119-自覚。
「……おかえりなさいませ。こうは……ご主人様」
「やっぱり似合ってますね」
「ですね。昨日もこれ着てたんですか?」
「そうだよ。可愛いよね」
「ちょっと! やめてよ、恥ずかしいんだから……」
スカートの裾を抑えながら赤くなって反論してくる。
「なんか昨日より短くなってませんか?」
「なんか昨日の売り上げが良くないみたいとかなんとかで……」
なるほど。それで色目にでたというわけか。
それにしても短い。太ももの半分くらいしかない。学校的にセーフなのか……?
「まぁまぁ、おねぇちゃんに似合ってるんだいいじゃない」
「よくないよ……。なんで私がこんなことに」
「先輩ずっとサボってましたからね。昨日とか」
「何も返す言葉がない……」
この調子だと自分のクラスには行かない方が良さそうだ。
先輩を長く引き止めるもの悪いしとっとと注文済ませちゃおう。
「と言ってもメニューこれしかないんですね……」
烏龍茶か乳酸菌飲料。
食べ物はポテトチップスかチョコレート。やる気のなさが伺える。売り上げの不調の原因はこちらではないだろうか?
「烏龍茶と……。チョコレートで」
「私は白いやつ〜。あとはポテトチップスで」
「はいはい、全種類ね」
「おねぇちゃん、お客さんなんだからもっとメイドさんぽくしないと」
「恥ずかしいからやらないよ! なんでわたしがこんなことを……」
スカートを抑えながら泣き言を言いながら席を離れて行く。
先輩が売り込めば売り上げなんて挽回できると思うけど……。受け込まなくても既にどこから噂を聞きつけたのか、人が多くなってきた。特に学校の生徒の男子達が。
本人は嫌そうだけど、周りは大喜びだ。先輩の表の顔をばら撒いて株を更にあげとくべきですね。普段はなんもしないし。
蘭ちゃんは蘭ちゃんで携帯で凄い撮ってる。完全に姉をおもちゃにしてる気がする……。
「楽しい?」
「はい! 早く私も通いたいです。あと半年が長いですね」
「受かればね?」
「あ、酷いですねー? これでも一応勉強してますってば」
「冗談だよ。受かるといいね」
「もう、意地悪ですね。小鳥遊さん写真いりますか?」
「写真?」
なんのだろうか。まさか先輩のとか……?
「今のですよ。おねぇちゃんのメイドさん姿!」
「んー。可愛いけど別に欲しくはないかな?」
「高く売れますよきっと」
「みんな撮ってそうだからそうでもないと思うよ」
先輩の写真なんてもらっても見返すことなんてないし、待ち受けになんて言わずもがな。
付き合ってもいないのに異性の写真を待ち受けにするなんて、ちょっと痛すぎる。
「待ち受けにしたらどうですか?」
「それはメンヘラ拗らせてない?」
「どうせ未来のお嫁さんなんですし、遅いか早いかの問題ですよね?」
「それ本当にいつまで言うのさ」
「結婚式に呼ばれるまでですかね」
「死ぬまで言うことになりそうだ」
だいたい、言うならこっちじゃなく先輩に言うべきだよね。
やがてジュースとお菓子が届き、他愛もない会話が続いた。先輩と話すよりも中身のある会話をしている気がする。
「そーだ小鳥遊さん」
ジュースが注がれたグラスは、空気中の水分を身に纏う。
「なに?」
「どうしてそこまでおねぇちゃんに付き合うんです? 別に他の人みたく、好きってわけじゃないみたいですし」
それらのいくつもが触れ合い、混ざりあって自らの重みで。
一縷の涙のように流れ落ちていく。
「なんでって言われると困るなぁ。惰性に、流れ。それに意外と楽しいし面白いから。かな?」
「おねぇちゃんのためにケーキもたくさん作ったり。わがままに付き合って、楽しくていつも一緒に過ごして可愛いと思って」
溶けて小さくなってゆく、氷たちが静かにほどけて。
「それってもう好きって感情じゃないんですか?」
からりと音を立てて、コップの底へと沈んでいった。
好きという感情。
それがどんなものかは分からないが。ケーキはみんなにも作っているし、可愛いと思うような子もクラスには何人かいる。
でも言われてみれば一緒に何かをしたりする人はいない。中谷を除けばね。
「といっても、私も誰もと付き合ったことのないおませさんですけど」
彼女は、あはっ。と笑って、氷の溶けて薄くなったジュースを呷る。
「先輩は別に……」
「あ、2人とも〜。食べ終わりそうだね。わたし抜けれなさそうだから一緒に回ってきてよ」
「りょーかい。ちゃんと働きなよ? おねぇちゃん」
「もう身を粉にしてるよ……。売り上げが悪いって言ってたのにこんなに混んでるじゃない。まぁそういうことだから蘭をよろしくね後輩くん」
「え、あはい。わかりました」
「話聞いてたー? お願いね。忙しいからわたしもう行かないと」
そのまま新しく入ってきた客のほうへと去っていった。
「それじゃ混んでますし、出ちゃいましょうか」
先に席を立った蘭ちゃんに促されて先輩の教室を後にした。
――それってもう好きって感情じゃないんですか?
その意味だけが自分の中をぐるぐると、巡っていた。




