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17 一触即発 前編

 至れり尽くせりの待遇で鬼人族の本拠地までやってきた。

 この島の雰囲気には興味と好奇心がふつふつと湧いてくる。


 リンドバーク帝国首都カリストロは文明が発展しているとは思うが、どこか戦争のために造られた建物・街の造りになっているため、気分が落ち着かなかった。

 それに対して、鬼ヶ島は島全体から文明と自然との共存がうまく成り立っている感じを受けるからか、どこにいても安心感を感じる。


 本当はあちこち探検したい衝動に駆られていたが、俺だけの指名で呼び出しがあったとなると、思い当たる人物は一人しかいない。

 梓に案内を受けている間に気を引き締め直した。


「失礼いたします。世渡一斗様をお連れしました」

「……通せ」

「はっ!」

 梓に通された部屋に入ってみると――予想通りの人物が立派に装飾された座椅子に座っていた。


「来てやったぜ、鬼徹」

「あぁ。待っていたぞ、一斗」

 戦い以外で初めて、鬼人族の総大将である鬼徹とようやく話すチャンスを得た。



 梓に促されて、鬼徹に対面する位置まで移動し、彼女が用意してくれた座椅子に俺も座ることにした。

「立派な座椅子だな。お土産に持って帰りたいくらいだ」

「そうであろう。梓、下がっていいぞ」

 口数が少ないが、俺の発言にどこか嬉しそうだ。


「それで、和平交渉は明日と聞いていたが、なんの用だ」

「なに、お前と二人だけで話しておきたかっただけよ。部下たちがいると余計な口出しされるのが目に見えるからな」

「だろう、な」

 カリストロで遭遇したときもそうだったが、五鬼将の連中――特に、羽生とかいうやつは俺にガンガン殺気を向けてきていたからな。

 殺気なんてまだ心地良いもんさ。

 マイやティスの満面の笑みに比べたら……思い出しただけで、ブルッときた。


「それで、俺に聞きたいことはなんだ?」

「……話が早くて助かる。一斗、お前は我ら鬼人族のことをどう思っているのだ?」

「どうって。そりゃあお前らには興味しかないな。そうでなかったら、わざわざこんなところまで出向くことはなかったさ」

「他の人族が抱くような、怖れや怒りはないのか?」

「まぁ、怖れはまったくなくはない。だが、恨みはこれっぽっちもない。なんせ俺はこの世界の人間じゃないからな」

「……それは一体どういうことだ?」


 驚いた表情を見せる鬼徹。

 そっか、そういった話はしてなかったっけか。

 いきなり問答無用で殺そうとしてきたから、そんな機会がなかったのは仕方ない。

 とりあえず、この世界に来ることになった経緯から、これまでの出来事について簡単に鬼徹に説明した。

 途中口を挟むことなく、俺の話に耳を傾けてくれていたため、すぐに説明は終えた。


「……いろいろ訊きたいことはあるのだが――つまりは、我々にかけられた封印を解いてくれたのは、一斗たちだったいうことだな」

「結果的にはだが、その通りだ。ただ、そのおかげで俺の夢が叶った。鬼と呼ばれる人族が忌み嫌っている存在と話し合うという夢が」

「そんなことが夢……か。本当にお前は変わったやつだ」

 デジャブのようによく見る、呆れているような、感心しているような表情をする鬼徹。

 お前もかよ。


「そんな俺とこの機会をつくってくれたお前もたいがい変わってるだろ?」

「フハハハハッ、確かにな!」

 俺の問いかけが嬉しかったのか鬼徹はご機嫌である。

 シャナルからは『鬼人族は話し合いの余地がない連中よ』と聞いていたが、本当かよと疑ってしまう。



「ちなみに、俺からも一ついいか?」

「なんだ?」

「お前たちも人族のことを今はどう思っているんだ? どうしていきたいと考えている?」

 そう、これだけは事前に訊いておきたかった。

 お互いの方向性が確認できていない状況で話し合っても、どうせ平行線のまま終わるのが目に見えているから。


「……正直人族の兄者への仕打ちは許せるものではない。我らを地下世界に封印したことも」

「兄者?」

「鬼人族の前鬼王でもある一鉄が我の兄だ」

 一鉄……聞いたことない名だ。


「その兄者を偽りの和平交渉で誘い、殺すだけでなく、兄者を媒介にして我らを封印した!」

「……」

 鬼徹から殺気が膨れ上がり、部屋中が殺気に怯えるかのように震えている。


「だから、我は封印が解けたときには、即座に人族を殲滅するつもりでいた――が、まさかのイレギュラーで出鼻を挫かれた。それがお主だ、一斗」

「あの島でのことか……」

「そうだ。復讐しか考えていなかった我が、お主と戦ううちに喜びを感じるようになった。それは、先日の戦いでも同じだった」

「あれは、さすがに死ぬと思った」

 ユーイが助けに駆け付けてくれなかったら、まじで危なかった。

 元々決着をつけるつもりがなかったから、作戦通りといえば作戦通りだったが。


「ふっ。完全復活した我にこの刀〈心頭滅却〉を抜かせたのは、兄者を除いてお主が二人目だ」

 鬼徹は自分の背後に立て掛けてある刀を指差す。


「二人目か。一人目も鬼人族なのか?」

「いや、一人目はお主と同じ人族だ」

「勇者か?」

「いや、ちがう。奴とは真っ向勝負していないからな。我を本気にさせたのは、やつの妹の――」

「まさかマイか!?」

「マイ? ……そうか、確か周りのものにはそう呼ばれていたな。けれど、なぜお主が彼女のことを知っている?」

 おいおい、やっぱりお前はかなりの有名人らしいな。


「知ってるも何も、俺をこの世界に連れてきたのがマイだからな」

「なんだと!? だからか……それなら納得だ」

「何を納得したんだ?」

「なぁに、こっちの話だ」

 ムムッ。

 何か隠していることがありそうだが、話す感じはなさそうだ。


「彼女は強かった。まだ今より弱かったが、全力を出しても彼女には勝てなかった」

「まじかよ!?」

「あぁ。もしあのとき彼女が我らを全滅させる気でいたら、そうなっていたであろうな」

 鬼徹にここまで言わせるとは、さすがマイだな。

 今のマイが全力を出せないでいるカールの説は、あながち間違えではないかもしれない。



「そうか……お主と初めて戦ったときから、なぜだか初めてな気がしなかった理由がようやくわかったぞ」

「なら今後は手加減してほしいものだな」

「それはできん願いだ」

 即答かよ。

 だが、不思議とおれも手加減する気が起きない。

 バトルマニアではない――とは思うが、全力を出せる相手がいる喜びは、きっと俺も同じなんだろう。



「鬼徹様、そろそろお時間でございます」

「もうそんな時間か。では一斗、名残惜しいが続きは明日だ」

「あぁ、わかった。穏便に行くのを願ってるよ」

「ふっ、それはあいつらに聞いてくれ」

 お前が何とかしろよ!

 と、つい叫びたくなったが、グッと堪えた。

 堪えたというよりも、まぁ無理やり抑えつけても、その反動が起きた方が余計に面倒だと思った。

 鬼徹は愛刀を背中に背負いこみ、こちらに振り返ることなく部屋の外に出ていった。



「ウフフ。お疲れ様です、一斗様」

 座椅子から降りて、畳の上でだらけていると梓が声を掛けてきた。


「ふぅ、今さらだが気が重いぜ」

「一斗様は本当に変わったお人ですね」

「……それはなぜか誰にでも言われる。俺は一般人なはずなのに」

 うん、そのはずだ。

 なのに、なぜかいつの間にか毎回最前線に出ることになっているという……。


「みなさん一斗様を気に入っているのでしょう。鬼徹様のように」

「鬼徹がか?」

「はい。あんなにご機嫌な鬼徹様はこれまで見たことございません」

「そうなの、か?」

 どんな相手だろうと、ご機嫌でいてもらえるなら嬉しい。

 しかも、こっちは別に気を遣うことなく。

 いちいち媚びへつらうのは性に合わんからな。


「そういえば、そろそろ夜のお食事の時間です。お部屋までご案内いたしますので、少々お部屋でお待ちください」

「おっ、飯か!? 楽しみだな~、早く戻ろうぜ!」

「ちょ、ちょっと!?」

 梓の手を握り、急ぎティスティが待っている部屋まで直行した。

 晩飯は何が出てくるのか楽しみにしながら。



 *



 次の日、予定通り和平交渉が始まった。

 和平交渉は二対二で行われることになった。

 鬼人族側は鬼徹と羽生。人族側は俺とティスティ。


 対等で接したいという鬼徹の意志を感じる。

 まぁ、周囲は鬼人族で囲まれているから、四面楚歌であることには変わらない。


 交渉として、まずは下記の鬼人側からの提案があった。

 一.クレアシオン王国およびリンドバーク帝国からの領土の譲渡

 一.交易に対する免税

 一.不可侵条約の締結


 まるで、戦争勝者の要求ではあるが、全然妥協できる点はあるように感じる。

 特に、三つ目については、どちらかというと人族側にメリットがある気がする。



「一つ質問していいか?」

「……何でしょうか?」

 羽生が鬼徹の代わりに答えようとするが、特に鬼徹は止める様子はないようだ。


「三つ目の不可侵条約についてだが、確約してもらえる証拠はあるか?」

「どういうことだ?」

「これは互いに言えることだが、『不可侵条約は結んだものの、形勢不利になったら簡単に破棄』な~んてことになったら意味ないだろ?」

 その場を取り繕うためだけの時間稼ぎという手もなくはないが、ただでさえお互いに全く快く思っていない状況では、時間稼ぎにすらならないだろう。


「人質は用意しろ、と?」

「なんでそんなのがいるんだ? 人質が必要な時点で、全然相手のこと信じようとしていないじゃん」

「……ならば、どう考える?」

 おっ、ナイスなタイミングで鬼徹が突っ込んでくれたな。


「互いにとって有益になることで交流はできないか? たとえば、この鬼ヶ島は自然と文明が見事に調和していて素晴らしいと俺は思う。こういった環境を創り出すために必要となる技術や知識を学べる機会――つまり、留学制度を俺は提案したい!」

 というか、俺が留学したい!

 それにハルクの親方達にも紹介したいし、アルクエードで荒廃した大地と生まれ変わる気がする。


「なるほど……」

「もちろんあんた達にとっても有益であることが大前提だから、人族から吸収したい技術や知識があることが前提だけどな」

「それならば、農業に関する技術や知識は我らにとって急務かもしれません。これまで我らの住む環境には適応してきたが、そうではない環境を手に入れたとしたときに自給自足できる下地は用意したい」

「それはいいね!」

 衣・食・住のどれかが欠けても、死活問題だ。

 特に、食は生命維持には欠かせないからな。



「……羽生、話はまとまりそうか?」

 しばらく羽生と情報交換していたら、沈黙していた鬼徹が再度会話に入ってきた。


「両国に約束を取り付ける必要がありますが、大枠は」

「ならば、和平を締結を進めるための条件が我には一つだけある。それは――」

「!? あぶねぇー!!」

 鬼徹が何かを言おうとした瞬間、この場の危険を察知して、俺は氣を部屋全体に展開。

 展開と同時に爆発が起き、外に通じる窓や外壁が粉々に砕け散った。





「こ、これは?」

「一斗の氣功術とやらだろ? 我らまで守ってもらってすまぬな」

「いいってことよ」

 俺は急遽4人を囲む形で氣を展開し、爆風をやり過ごした。

 部屋全体はカバーしきれなかったから、部屋全体は爆風で荒れ果ててしまっている。

 明らかに何者かによる襲撃だ。


「一斗、この気配って?」

「あぁ、そうだな」

 この部屋に近づいてくるやつと、周囲から感じる気配はつい最近感じたものと同類だった。


「やれやれ。先ほどの奇襲で何人か戦闘不能にさせる予定でしたが、まさか全員無傷ですか」

「あなたは――キーテジ村を襲っていた方ですね!」

「バロンと申します。ただ、おかげで貴女に復讐する機会を得たわけですから、嬉しい限りです」

 あー、あいつか。

 キーテジ村でティスにフルボッコにされて、もう少しで命を落としそうになったやつか。


「……一斗、お前の仲間か?」

「こんなバカが俺の仲間な訳ないだろ? この間、カリストロに侵攻してきた<マーヤー>とかいう組織の一味だよ」

「バカ……私が?」

「なんだ、自覚がないのか? 俺やティスだけを狙えばよかったものの、なんで鬼人族のやつらまで狙うだってーの」

 とは言いつつも、このタイミングを狙った理由はおおよそだが想像はつく。


「もちろん、鬼人族に喧嘩を売るつもりはありません。ただ、我々の指示には従ってもらいますがね」

「兄上!」

 バロンの後ろから現れた黒ずくめの二人が、見知ったやつを連行して姿を現した。


「夜叉様!」

「夜叉……か」

「人質ってやつかよ」

 先日俺が裏拳で一発ノックアウトした鬼徹の弟である夜叉が、<マーヤー>に拘束されたようだ。

 本当に鬼徹の弟か?

 弱すぎるだろ?


「……要件はなんだ?」

「現鬼人族の王は話が早くて助かります。話は簡単です。予定は変わりましたが、あなたにはそこの人族の代表と一騎打ちしていただきます」

「貴様! 人族の分際で、鬼徹様に指図するのか!?」

「指図ではなく交渉です。弟君を救う代わりに、要求を受け入れていただきます」

 こいつはアホか?

 交渉を履き違えてやがる。


 だが、この状況出来すぎているな。

 誰の差し金だ?



「……いいだろう」

「鬼徹様!」

「そこの女が手出ししないように、お前は牽制を頼む」

 鬼徹は何事もなかったように立ち上がり、部屋の片隅に立て掛けてあった刀をとり、俺と対峙する。


「という訳だ、一斗。すまぬな」

「なにが『すまぬな』だよ、たっく~……ここじゃあ色々巻き込んじまう、城の外でもいいか?」

「……」

 鬼徹は無言で頷くと窓から外へ飛び出した。


「一斗っ!」

「ティス、毎回厄介ごとに巻き込んでじまってすまないな。後は頼む」

「……気を付けて」

「任せろ、俺を誰だと思ってやがる!」

 俺はそう言いながら周囲を見渡すと、羽生と目が合ったが――そのままスルーし、後ろに振り返ったあとに親指を立ててジャスチャーを送った。


「じゃあ、いってくるかなっと!」

 俺は半壊した建物から飛び出し、鬼徹の後を追った。


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