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16 鬼ヶ島

「あ〜あ、退屈だな」

 馬車に揺られながら、一斗は大あくびをする。 

 彼でなくても、なにもすることがないことほど退屈なことはないだろう。


「よくそんなに自然体でいれるよね、一斗は」

「いつもと変わらない、だろ?」

「確かに――そうだけど」

 そういうティスティ自身も余裕がありそうだと一斗は感じた。

 鬼人族の馬車に揺られながら、彼は再びのんびり外を眺めることにした。


 現在一斗とティスティは、鬼人族たちに連れられて、彼らの本拠地に向かっている。

 捕虜的扱いを受けることも覚悟したが、思った以上のVIP待遇で拍子抜けだった。

 快適な馬車でのひと時。

 監視という名の身の回りの世話を何でもやってくれるメイド付き。

(緊張感がなくなっても、仕方、ない……)


 一斗はそのまま心地よい馬車の揺れを感じながら、いつの間にか眠りについたのであった。



 *






 ◆ティスティ


 はぁ、勢いで一斗についてきちゃった。

 鬼人族の敵本陣に二人だけで乗り込むことだけを思えば、不安でしかない。

 けれど、同行する相方に私を選んでくれた——そのことが不謹慎かもしれないけど、あの場で飛び跳ねたくなるくらい嬉しかった。

 浮かれていたら、マヒロさんとチヒロさんに色々釘をさせれたのは乙女だけの秘密だ。


「ワッ!? 急にどうしたの、一斗? って寝てる!?」

 急に私の肩に重みを感じたと思ったら、一斗の頭だった。しかも、ぐっすり寝てる。

 揺すっても揺すっても起きる気配は——まったくない。

 ど、どうしよう?


「一斗様はお疲れなのでしょう。そのまま寝かせてあげてください、ティスティ様」

「そう……ですね」

 なんだかんだ言って、一斗はどこへ行ってもいつの間にか人気者になり、休む間もないくらい引っ張りだこ。

 いつも誰かが一斗の近くにいて。

 アイルクーダの時も、エルピスの時も。

 それに、リンドバークに来てからも。


「ありがとうございます。え〜っと……」

「私の名前は、あずさと申します。鬼徹様の命により、お二人の身辺警護ならびにお世話を承っております」

 戦ったことのある鬼人族はがたいがいい殺気ムンムンの男の鬼ばかりだった。

 けれど、目の前に座る梓さんはそういった雰囲気をまったく感じない。

 丁寧な挨拶をしてくれた梓さんは、言葉遣いや立ち振る舞いが様になっている。『お淑やか』という言葉は、彼女のためにあるとさえ思ってしまう。

 それに、梓さんはユーイさんと同様で人族と鬼人族の間に生まれたハーフデーモンのようで、見た目は人族と同じで私としても接しやすい相手である。



「それにしても、一斗様はよほどティスティ様を信頼されているのですね」

「どうしてですか?」

「これからたった二人だけで敵陣に乗り込もうとしていて、今も周囲には敵しかいない。そんな状況なのに、無防備な状態で寝ていらっしゃいます。

 つまり、一緒に同行しているあなたを信頼あってのことではないかと」

「信頼!? う〜ん、どうかな。彼の場合はそれもあるとは思いますが、彼個人はあなた方にそもそも敵対心はないのかと」


 そうなのだ。

 彼は鬼人族自体に恨みは抱いていない。

 先日の戦いだって、双方犠牲者を最小限に抑えるように、作戦を考えていたと思う。

 それに、鬼徹さんのことをかなり警戒してはいるが、同時に会いたがっている節もある。

 なにせ、鬼徹さんの話をするとき、なんか嬉しそうだから。


「それに、一斗は鬼徹さんに対して信頼しているんだと思います。約束を履き違えることは決してしないと」

「そういう、ことですか。お互い様なのですね」

「といいますと?」

「実はあなた方の処遇をめぐって色々一悶着があったのです。しかし、『あいつは問題ない』という鬼徹様の一言で、私に出番が回ったのです」

「なるほど、そういうことですか」


 一斗と鬼徹さん、双方の認識が一致しているからこその現状なんだと、私の隣でぐっすり寝ている一斗を見て改めて実感するのであった。



 それから私たちを乗せた馬車は、首都カリストロから100キロ近く離れた海岸線にたどり着く。

 港は近くにないが、沖には3隻の軍艦が停泊していた。

 前回のようにオディールからの上陸ではなく、警備が手薄になっていたこの海域からの奇襲。しかも、その前に陽動と思われる空襲と、城内から<マーヤー>の同時襲撃。


 まさか鬼人族と<マーヤー>は結託している!?


 リハク様やレオナルドさんもそう推測していたが、その推測が正しいだろうことがここに来て実感した。


 馬車から軍艦に乗り移るタイミングでようやく一斗は目が覚める。

 結局馬車に乗っている間ずっと寝ていた。

 本当に和平の使者としての自覚はあるのかな?




 *



 波に揺られること丸3日。


 私たちを乗せた船は鬼人族の本拠地である通称鬼ヶ島に辿り着く。

 すごい荒れ果てたところを想像していたけれど、島は豊かな自然に囲まれており、イメージとのギャップが激しかった。


「歴史なんてそんなもんだろうな」

 そうボソッと呟いていた一斗は、とても興味深そうに周囲をキョロキョロしている。


 そのまま何も検閲を受けることなく城に通されて、立派な客間に案内された。

 部屋にはベッドや机・椅子はなく、座卓が一つ、座布団が二つ用意されているだけであった。

 それでも、簡素な造りになっておらず、とても居心地がいい。


「一斗様、ティスティ様。こちらが滞在中のお二人の部屋になります。自由に外出はご遠慮いただきたく存じます」

「りょーかい。あんたを困らせることはしないから安心しな」

 一斗はこんな風に言っているが、正直私は安心できない。

 ちょっと目を離した隙にどこかに行ってしまう常習犯だから。


「ありがとうございます。ただ、一斗さんはこれから私についてきていただきます」

「俺だけか?」

「はい、そのように申し付かっておりますので。ティスティ様には申し訳ございませんが、こちらで待機していただきます」

「……わかりました。私はこちらでゆっくりさせていただきます。一斗とのことよろしくお願いします」

 本当は一斗と一緒に行きたいのは山々だが、梓さんを困らせてしまうのは申し訳ない。

 ゆっくりするという私の発言に、恨めしそうな目線を向けてくる一斗にはとびっきりの笑顔を贈ったわ。



 渋々梓さんのあとについて部屋を出ていく一斗を見送って、私は用意された座布団に寝転わり、座禅を組むことにした。


 私にはフィレッセル城での一件以降、ずっと欠かさずにこなしている日課がある。

 それは、瞑想によってこれまで何度かこの身に宿したことのある真紅の魔女とのコンタクト。

 最初はこちらが一方的に話しかけるだけだったが、彼女に私の大好きな花の名前の一部をとって『キュラス』という名を贈ってからは、だんだん意志疎通ができてきた。

 キュラス自身のことを訊いても今は答えてくれないので、私が何を感じ、どうしたいのかを話し、キュラスはどう感じるのかを訊く毎日。

 元々自分の力の制御のためにやっていることだが、修業というような堅苦しい感じはなく、今は力の制御とか関係なく、キュラスとの会話を楽しんでいる。


 彼女の存在については一斗にしか話していないが、ヴィクスさんやシャナルさんはどことなく察している様子。

 実際、彼女は具現化しているわけではないので、今話したところで誰にも理解されないだろう。

 それでも、いつかキュラスのことはみんなに紹介したいと私は考えている。

『そんな必要はないわ』と彼女からは断られているが照れ隠しだと感じているので、いち早い実現に向けて今日も楽しい日課をこなすことに決めた。

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