15 一方的な和平交渉
「お前たちに名乗る名などない!」
き、決まった!
味方のピンチに颯爽と現れる謎のヒーロー。
それに驚愕して警戒する敵。
たまたまだけど、このシチュエーション最高だ!
「かずとー! 私たちは城下町の方の応援行ってくるね!」
「ば、馬鹿野郎、ティス! せっかく名乗らずカッコよく決めたのに。いきなりバラシてどうするんだ!?」
「はいはい。シェムルはチヒロさんを、ユーイさんはマヒロさんの支援をお願いします! 私はレオナルドさんのところへ」
「わかったわ!」「承知した!」
「……」
なのに、俺の意見は見事にスルーされ、彼女たちはこの場を離れていった。
「一斗殿――」
「それ以上言うな! ますます空しくなるだけだろ」
「おいっ!」
そうだ!
俺のせっかくのカッコいい登場シーンを台無しにしたティスが悪い!
「おいっ、お前!」
これまで何度邪魔されたか……。
だが、こんなことで諦める俺じゃないぞ!
「おいっ、聞いて――ぶへぇ~!」
「お前はいちいち五月蝿いんだよ! 少し黙ってろ!」
氣をこめた俺の裏拳をもろにうけた鬼は、そのまま建物の壁に激しくぶつかり、ぐったりしている。
「よう、リハク。間に合ってよかったぜ」
「……ありがとう、ございます」
リハクはまだ呆けているのか、生返事で俺の握手に応えてくれた。
まぁ、いきなり鬼に殺されかけたんだから、無理はない。
だが、この前の戦いで戦った五鬼将よりも弱すぎて、正直拍子抜けだ。
「リハク様!」
「おー、マヒロ。リハクは無事――どぅあ!」
マヒロに思いっきり体当たりで突き飛ばされた。
しかし、当の本人は俺にぶつかっても何も支障がなかったらしく、そのままの勢いでリハクに抱きついている。
「マヒロもありがとう、私はこの通り無事だよ」
リハクは慣れているのか、うまいことマヒロの勢いを流して受け止めている。
さすが宰相!
「ったく、命の恩人になんていう扱いなんだよ」
「それでこそ一斗じゃ」
起き上がろうとしたところをユーイが助け起こしてくれた。
でも、それでこそってどういうことだよ!
「ふ~、それにしてもそっちも早かったな」
マヒロとユーイが相手した鬼は、縄で縛られた状態で気絶しているようだ。
「妾も参戦したからな。三体とも麻酔をかけて捕縛させてもらったぞ」
「助かる。さぁて、こいつはどうするかな?」
捕縛するのはいいが、なにか鬼人族との間の交渉の材料にしたいものだ。
人質という扱いは正直気が乗らないが、これをきっかけに話し合いのテーブルにお招きしたいものだ。
「この氣は――まさかっ!?」
「残念だが、そいつは我が連れ帰らせてもらうぞ」
「「「!?」」」
突然馬鹿でかい氣を感じたと思ったら、先ほど倒した夜叉とかいう鬼の傍に一番厄介な相手が出現した。
しかも、五鬼将って呼ばれている連中が全員を従えて。
「鬼徹……」
「こいつが……」
おいおい、いきなりラスボスかよ!
もちろんそれも想定はしてたけれども。
マヒロもやつの氣に圧倒されちゃってるじゃねーかよ。
「そう簡単に連れて帰らせると思うか?」
「ふっ、相変わらずの強気だな。だが、今この城の周りを我々鬼人族が取り囲んでいる、と言ったらどうする?」
「なんだと!?」
周囲の氣を探ってみると、鬼徹の言うとおり城の周囲から人間ではないとても強い氣をたくさん感じる。
まずいぞ。
こいつらが一斉に襲い掛かってきたら、間違いなく俺たちは全滅だ。
どうする?
「察知できたようなら話が早い。もちろんタダで連れて帰るつもりはない」
「というと、どういうことだ?」
「我ら鬼人族は、お前たちと和平交渉を所望する」
「「「なんだって!?」」」
こいつ本気か?
圧倒的有利な状況を作っておきながら、和平交渉。
胡散臭い。
胡散臭いが無下にするという選択肢は、今の俺たちにはないだろう。
「条件はなんだ?」
「一斗!? あなた鬼人族と和平交渉できるって思っているの?」
「マヒロ、できるかどうかじゃない。今の俺たちにはこいつらの交渉のテーブルに乗るしかない」
「それは――そうだけれども」
納得できないよな。
だが、納得できなくても、今はなんとしてもこの場を打開する必要がある。
「一斗、お前は話が早くて助かる。羽生」
「はっ! 我らが和平交渉で望むのは2つある。一つ、人間代表一人を我らの本拠地に招き、そこで和平交渉をすること。二つ、その和平交渉の代表は世渡一斗であること。以上だ」
「話を受け入れちゃだめだよ、一斗! 絶対に罠に決まってる」
「ティス……」
「もちろん拒否してもらっても構わない。ただし、拒否した瞬間、我々はお前たちを一人残らず蹂躙する」
だろうな。
圧倒的有利な状況では、脅しは最も有効的に働く。
だがな――
「ひとつだけこちらも条件をつけたい」
「……なんだ?」
俺の意図が気になるのか、鬼徹が聞き返してくれた。
「和平交渉がどうなったのか見届ける人物を、一人だけ付き添わせてもらえないだろうか? その方があんた達にとっても都合がいいはずだ」
「そんなの認めるわけ――」
「いいだろう」
羽生が否定しようとしたが、鬼徹は即許可してくれた。
予定通りだ。
「そんな、鬼徹様。こいつの――」
「我に歯向かうのか、羽生よ?」
「い、いえ! そんなことは、ございません」
さすがの鬼徹直属の部下でも、こいつの殺気は受け流せないらしい。
「……それで、一緒に同行する相手はドイツだ?」
「それは――」
◆首都カリストロ城下
「すまない、一斗殿」
出立前にわざわざリハクが宿屋まで見送りにきてくれた。
「気にすんな。あの場面では誰もどうしようもできないさ。無駄に逆らって、死人を出す必要はねぇーよ」
あのあと、なんとか動揺をおさめるのが大変だった。
みんなには仕方ないことだと無理やり納得してもらった――のだが。
このマヒロ・チヒロ姉妹は猛反対。
「一斗、やっぱり私もついていく」
「そうよそうよ! この際、もう一人二人増えても変わらないでしょ!」
と、リハクの説得で反対はしなくなったが、今度は自分たちもついていくと言って、言うことをきいてくれないのである。
「だからなぁ。さすがにあれ以上の妥協点を見つけるのは難しいから、ここで待っててくれよな?」
「だってー」
「一斗のことが心配で」
そう言って、さっきから俺の両腕をガッチリホールドして離してくれる様子はない。
「こらこら、二人とも。一斗殿が困っているぞ。それに一斗殿を指名してもらえたのは、こちらとしても好都合なのだよ」
「それはどういうことでしょうか?」
「いいですか。まず、一斗殿は幸か不幸か、王国・帝国どちらにも所属していないから、万が一のことがあっても両国に直接的な打撃はない。それに、あの鬼徹という鬼とまともに相手できるのは、敵味方合わせても一斗殿だけ。つまり、一対一の状況に持ち込めれば勝機はある――ちがいますか、一斗殿?」
「ご明察だ、さすがリハク。まぁ、まともにやって勝てる相手ではないが、総力戦になるよりは可能性がある、そういうことだよ」
とは言ったものの、真っ向勝負の一騎討ちでようやく勝てる見込みが立つくらい、難易度の高い相手である。
こんなところで時間取って、相手の機嫌を損ねる事態は何としても避けたい。
「そんなことは」
「わかってるわ」
「♪〜♪♪〜♪♪」
「なら、なぜ?」
俺にはさっぱりわからない。
「あなたが最も適役であることも」
「一斗ならあの鬼に勝てることも」
「♪♪〜♪〜」
そこまでわかっていながら、なぜだ?
「でもね1つだけ――」
「納得いかないことがある――」
「……それは?」
「ねぇねぇ、一斗♪ こっちの服と、こっちの服どっちがいいかな?」
「「一斗の相手が、この女だってことよ!」」
「ん?」
あー、そっちね。
もうどうにでもなれだ。
結局指示された時間ギリギリまで、女たちの激しい言い争いは続く。
リハクとレオナルドというイケメンズのおかげでようやく事態を収拾でき、俺とティスは休む間もなく再び旅立つことになった。




