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09 こだわっている場合じゃない

「はぁ、はぁ、はぁ」

 訓練に参加している兵士たちは、訓練終了後もしばらくは荒い呼吸が続いていた。

 それは、普段なら常に冷静を装っているレイも同様であった。


 しかし、そうではない人間が5人だけいる。


 そのことがレイにとって気掛かりでしかない。



 その5人とは――


「はぁ、やっぱりレイのところが勝ったか――悔しいっ!!」

「当然よ! 私とククリもいるしね。ねっ、ククリ?」

「えぇ、訓練の意図にいち早く気が付いたレイ君のおかげで、早い段階から作戦が立てれたし」

 本気で悔しがるロイドと、同じチームのカティアとククリ。


「やっぱり一斗師匠のところで修業を受けている相手は手強いわね。たった数日でこんなにも差が出るなんて」

「まぁな。くそ~、あいつらがやられなければ負けなかったのに!」

「師匠だったらこういうよ、『それも含めての訓練だ』って」

 ロイドと同じく悔しがるエルクと、冷静に事態を受け止めているセシル。


 彼らだけが訓練後も疲れた様子は見せているものの、すぐに復帰して反省会。

 レイはあまりの疲労感のせいで会話に加われないでいる。



 教養だけではなく、もちろん体力にも自信がレイにはあった。


 しかし、本当にたったの一週間足らずで差は縮まったどころか、逆にそれぞれの得意分野では歯が立たなくなっているくらい差が開いたと、レイは感じている。


 こんなはずではなかった。

 もちろん自分だって訓練前後で自主的に猛特訓していた――それこそ寝る時間を削って。


 それなのになぜ?


 それだけが疑問でしかなかった。




「どうしてあいつらが急成長したのか、お前はわかるか?」

「一斗さん……いえ、わかりません。あなたから直接指導を受けていたから、という理由ではないとは思うのですが」


 今最も話しかけてほしくないけれど、最も話してみたい相手である一斗がいつの間にかレイの後方に立っていた。


「そりゃあそうさ。俺はそんな名指導者じゃないからな」

「それではなぜ?」


 そう、なぜなんだ?

 レイにはさっぱりわからず混乱している。


「なぜか? 正直俺はあいつら自身ではないから、実際のところはわかんねぇ。けどな、あいつらにあって、今のお前たちにないものならわかる。それはわかるか?」

「彼らにあって、自分にはないもの……向上心でしょうか?」


 そう言ったものの違う感覚があった。

 一斗の方はその様子を感じ取ったのか、特にレイの言葉を否定することなく、次の言葉をじっと待ってくれている。


「――ごめんなさい。やはりわかりません」


 必死に考えてみたもの、レイにはまったくわからなかった。

 こんなことはこれまで一度もなかったから、とても悔しかった。

 しかも、その悔しい想いを一斗とのやりとりで感じていることが、もっと悔しいレイだった。


「そう。それだよ、レイ!」

「? なにがそれなんでしょうか?」


 いきなり嬉しそうにレイの肩をガッと掴む一斗に、レイは訳がわからなくなった。


「今レイは素直にわからないって言えたよな? そういった素直さだよ。お前や他の兵士たちとあいつらとの間に能力の差はほとんどない。けどね、あいつらは本当に素直に実践して、なんでも貪欲に吸収する姿勢を見せて、お互い研鑽をし合って。俺はそんなあいつらの姿が見れて嬉しいが、羨ましいくもある」

「素直さ……ですか」


 それは自分にはないかもしれない、とレイは率直に思った。

 それこそこれまでは一人でなんとかやっていけたのだから。

 誰かに教えを乞うこともなく、自分でなんとかできると思っている節もある。

 一方で、彼らを羨ましいと表現する一斗のことが気になってもいた。

 あれだけの実力があって、何を羨むものがあるんだろうか。



「そんなに深く考えなくてもいいと思うぞ。まぁ、お前の立場からすると、俺と極力避けたいだろうからな」

「!? 私のことを知っているんですね」

「あぁ、悪いが調べさせてもらった。なんで関わろうとしてこない反面、すごく意識されているのか気になってな……イカエルのことは何も言い訳できないが、すまなかった」

「……あなたのせいではないです」


 一斗はレイに謝った。

 そんな一斗の姿に、レイは居心地の悪さを感じている。


 イカエルはレイの実父だが、権力争いを恐れてイカエルは母子の名を隠して地方に疎開させていた。

 ずっと音信不通だったが、ようやく父の情報が届いたと思ったら、殉職の知らせであった。

 キーテジで父が殉職したことが信じられなくて。

 事の真相を調べるために、父の葬式でそれとなく訊いてまわったところ、誰に訊いても「一斗」という名前が出てきた。

 その者は、キーテジで亡くなる直前に父と接点があり、王国の危機を救った人物でもあり、とても腕が立つということであった。

 父の死と一斗は直接関係ないのは頭の中ではわかっているが、「父を守れるだけの力がありながら見殺しにした」と思い込んであり、レイは一斗への憎しみに近い想いを抱くようになったのである。


 だから、一斗よりも自分は強くなって誰でも守れるような力を身に付けたかった。

 でも、一斗どころかケインにも歯が立たず。しまいには、レイの方が同期生よりも実力で優っていたはずなのに逆に差をつけられてしまったのが現状ある。



(もう、今更こだわっている場合じゃない!)

 レイはそう強く感じた。

 勝手に一斗のことを憎んで、強くなれるわけもないのだから。



「どうしたいんだ、レイ?」

「えっ!?」

「俺はお前の意志を尊重したい。もし強くなりたいなら俺は力になるぞ」


 避けてきた相手からまさかの有難い提案に、レイは一瞬で固まってしまう。

 しかし、今しかチャンスはないと思ったら――「よろしくお願いします」とスッとお願いしていた。



「あぁ、いいぜ! ただし、俺が教えるには条件がある」

「条件……ですか?」

「そうだ。レイ、これからおれは一切手を使わない。魔法でも武器でもなんでもいいから使って俺に手をつかわせることができたら、お前に教えてやる。そうだな、制限時間は10分間とする。どうだ、この挑戦受けるか?」

「……」


 正直そんな挑戦は無理だとレイだと率直に思った。

 そもそも、ケインへの稽古のときだって、二人が少しでも本気出したらレイは目で追うのがやっとなレベルである。

 それが、レオナルドやティスティとの実践訓練となると、もう何が起きているのか全くわからない。

 つまり、それだけ一斗との間にある実力差をレイは痛感している。


(それなのに、合えて条件をつけてきた。ということは、何かあるはずだ――何か!)


 無理だと思う反面これはチャンスだとも思った。

 これくらいの試験なら乗り越えられると思われたのかもしれない。

 だったら――


「もちろん受けます。少々お待ちください」

「いいぜ」

「ありがとうございます」


 レイはすぐさま行動を起こし、気掛かりな5人組のところに足を運ぶ。


「お、レイ! どうしたんだ、そんな真剣な顔で」

「お前たちに頼みがある」




 ※



 さぁて、どんな答えを出してくれるかな?


 レイの様子が変だと思って声をかけてみたら、やっぱり色々思い込んでいた。

 発破をかけるつもりはなかったが、どうやら気合がかなり入ったようでよかった。


「一斗、いくらなんでもそれはひどくない?」

「なんでだ、ティス?」

「だって、今の彼ではあなたに触れるなんて不可能だよ。ただでさえ実力差があるのに、今は訓練でもうヘロヘロなのに」

「そうだ、ヘロヘロだ。実力差もあるのはあいつも認めている。だが、それでもあいつは挑戦を受けたんだ」

「それは――そうだけど」

「だったら、どんな足掻きをみせてくれるのか面白そうじゃん!」


 そう、ないものはない。

 けれど、どんな状況でも打開できる策を講じることが、レイにはできると俺は思っている。


 そんなことをティスと話していると、レイがこっちに戻ってきた。

 ニヤニヤしているロイド・ククリ・エルク・カティア・セシルを連れて。



「応援でこいつらを呼んだのか?」

「いえ、あなたに勝つために彼らを誘いました!」

 レイが一言発した瞬間、全員臨戦態勢をとった!?


「はぁ、そりゃあ一体どういうことだ!?」

 なんでロイドたちまで俺に立ち向かう気満々なんだ。


「だってさ、一斗軍団長」

「レイ君に言ったんですよね?」

「魔法でも武器でもなんでもいいから使っていいって」

「だったらさ」

「私たちが参戦しても問題ないよね?」


 くっ!?

 まさかそんな禁じ手を!



「一斗殿なら余裕ですよね?」

「もちろん。一斗は誰にも負けない」

「たまには先生もやられてみるといいです」

 彼ら便乗するレオナルドたち。


「も、もちろんOKだ!(そこまで言われたら引き下がれるかよ)」

 追い詰められたときのレイを見てみたかっただけだが、まさか逆に俺が追いつめられるとは思ってもみなかった。




 10分経過後・・・



 結局6人に本気で攻められて、手を使わざる得ない状況になってしまい、レイにも特別訓練をすることになったのである。


「イテテテッ。お前らなぁ、少しは手加減しろよな」


 俺はレイたちの攻撃を両手で防ぎきり、6人組に抗議する。

 だって、防御しないとまじで危なかった。

 こいつら本当に武器とか魔法を使いまくりで、手加減する気が微塵も感じなかったのだから。


「だって、軍団長に手加減してたら、それこそ攻撃を当てるなんて不可能ですよ」

「ロイドの言う通りですよ。でも、レイ君のおかげで全力で戦えてよかったわ。特訓の成果も色々試せたし。ありがとう、レイ君」

「ふっ、それはお互い様だ」


 さっきまで悩んでいたのが嘘のように、スッキリした表情を見せているレイを見て俺は安心した。


「レイは本当にリーダー適正抜群だよな。即席な俺たちにも的確な指示を出してくれるし」

「そうそう! 一斗師匠に私らが一矢報いることができたのは、訓練同様レイのおかげよね」

「それは私も思う。帝国にもレイのような人がほしいわ」

 エルク・カティア・セシルがそれぞれ口を揃えて、レイのことを絶賛する。


 無理もない、か。

 想像以上の結果を見せてもらえたしな。

 それに、ロイドたちの訓練の成果も確認できたし、俺にとっては嬉しい誤算だったぜ。



「それで一斗はレイにどんな訓練するの?」

「よくぞ訊いてくれたな、チヒロ。今回のことでよくわかったんだが、レイは集団でこそその能力を最大限発揮できるらしい。戦っている最中にレイを中心にマナが共鳴し合って、相乗効果を生み出している気がしたしな。きっと、お前はエルクがいったようにリーダー向きなのかもしれないな」

「私が……リーダー向き?」

「あぁ、そうだ。ただ、指揮能力が高いだけじゃないぞ? だから、レイには色々な相手とタッグを組んで、チーム戦をたくさん経験してもらう。その中でお前の適正にあったスキルや魔法、武器を一緒に探していこうと思う。それでいいか、レイ?」

「はい! 改めてよろしくお願いします!」


 気合の入った返事をしてくれたレイに、俺も含めてみんな驚いている――が、俺はこれからのレイの成長がますます楽しみになった。

 こいつが素直さまで身に付けちゃったらどうなるんだ?

 って。


 今後が楽しみに思いつつも、「これからも続く鬼人族との戦いに絶対にこいつらを死なせない!」と改めて心の中で決意した。


 ふっふっふ、そのためにももっと面白い訓練メニューを考えよっと♪



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