08 訓練の意図
◆カルストロ城近郊にある森林地帯
訓練は短期間ではあったが、その成果を実戦形式で試すことになった。
まずは、攻撃・支援・守備グループが必ず含まれているようにして、三人一組のスリーマンセルを組んでもらう。
次に、三人の中から代表者を決めてもらい、赤玉と白玉が入っている箱から一個玉を選び、紅白戦をすることにした。
ルールは簡単。
制限時間である6時間の間に、敵代表者から玉を奪取。
最終的に一番所持している方が勝ち。時間内であれば、一度玉を奪取されてもやり返すことは可能とした。
赤組には全員支給されたバンダナが、敵味方の判別となる。
ただし、玉はどこかに隠したり、赤組なのにバンダナをしなかったりするのは反則で、発覚した時点で即失格。
相手を殺してしまう可能性がある行為は禁止としたが、魔法や武器による攻撃は有効とした。
また他のグループとの共闘も不可とした。
場所はカルストロ城郊外にある広大な森林地帯。
全員一斉には実施できるほどの規模があり、まさに訓練にはうってつけである。
「ねぇ、一斗」
「なんだ、マヒロ?」
「この訓練はどんな意図があるの?」
訓練の総責任者であるマヒロが、俺に問いかけてきた。
その問いかけに、以前のようなトゲトゲしさはない。
「マヒロはどう思う?」
「……どれだけ自分の特性を活かせるのかを試す――とか?」
「もちろんそれもある。けど、他にも色々意図はあるぜ。たとえば、限られた人数、限られた手段でどうやったら相手を出し抜けるのか――必死に考えてもらう」
「けれど、彼らはちゃんと訓練に参加するかしら? こういったら元も子もないけれど、いくらでもさぼれるし……」
マヒロが言いたいことはわかる。
今回の訓練地は、端から端までおよそ50キロメールもある広大な森林地帯。
少し奥地まで行けば、見つからずに逃げ切ることだってできる――そんなところだろう。
「もちろんその可能性もある――が、奥地に行けば行くだけ危険が伴う。あいつらには勧告しなかったが、ある領域を抜けると――」
「一斗! そろそろ時間よ!」
俺の言葉を遮るティスの声が聞こえてきた。
そちらに振り返ると、ティスの隣にはチヒロもいる。
「おー、今行く! それじゃあ本陣は任したぜ、マヒロ!」
「ええ!」
俺やティスなど軍に所属していないメンバーは、現場監督として不正や緊急事態が起きたときに備えて見回ることになっている。
(他のみんなには伝えていないこの実戦形式訓練の意図があるのだが……まぁ今は伝える必要がなさそうだからそのままにしておくか)
*
「本当にこんな簡単な訓練でいいのか?」
先行して訓練地に入ったある班のメンバーの一人は、つい疑問に思っていることを呟いた。
「マヒロ様が許可したことだ。もしかしたら、連日の地獄のような訓練に対するご褒美かもしれないぜ?」
「「確かに」」
三人の意見は満場一致した。
地獄のような訓練を課した張本人である一斗には不平の一つや二つを言いたいが、あっけなく自分たち帝国熟練兵士たちは彼に敗北したこと。
そして、その訓練を兵士にまじって楽々こなしている若い二人をみて、仕方なく訓練に参加したのである。
今までの訓練が遊びに思える内容に、最初の三日間はそれこそ血反吐を吐くような思いをしたのは彼らだけではない。
毎朝朝練前に実施される往復40キロの早朝ランニングから始まり、レオナルドやチヒロを始めとした鬼人族と渡り合ったメンバーからの直接指導。
一斗の時と同様に、相手は武器なし・魔法なし。自分たちは何でもありなのにも関わらず、複数人で立ち向かうのに一方的にやられっぱなし。
これまで持っていたプライドをズタボロにされた中でさらに追い打ちをかけるように、王国兵士――しかも、まだ15歳くらいの若造たち新兵にチーム戦で全戦全敗。
もうこの時点で心身ともにズタボロになっている中、訓練後にもかかわらず別メニューを課して訓練する新兵を見て、逆に奮起して訓練に明け暮れる一日を過ごす。
疲れを感じる暇もないくらい濃厚な三日間を過ごすうちに、短期間でいつの間にか今までにはない動き、力が湧いてくるのを誰も実感。
ようやく訓練にも慣れてきた――と思えてきた絶妙のタイミングで、さらに負荷のかかる訓練を笑顔で課してくる一斗。
声には出していないが、ほとんどの兵士たちが一斗のことを『鬼人族以上の鬼だ』と認識したのは、言うまでもなかった。
そんな鬼の一斗が提案した実践訓練内容を聴いたとき、誰もがそのあまりにも簡単な内容であることに疑ったのは無理もない。
「なぁなぁ、折角のご褒美なんだし、森林の奥まで行って、このまま時間までばっくれちゃおうぜ」
「でもよ、そんなことあの鬼が許すか?」
「許すもなにも禁止してない方が悪いだろ。それに、逃げ切ることも実力のうちだ」
「そりゃあ……そうだが」
「じゃあ決まりな! やっと休めるぜ〜」
三人は談笑しながら、森林の奥に向かって歩き始めた。
他の参加者も似たような感じだった――一斗のことをよく知っている者たちを除いては。
自分たちがとった選択を、この後ものすごく後悔するわけだが、この時点で彼らが気付くことは無理というものであった。
*
一方、一斗のことをよく知るメンバーたちは――
「ねぇねぇ、レイ・カティア。このまま見つからないように森林奥地まで行くのはどうかな?」
実力を身に付けたとはいえ、極力戦いを避けたいと考えたククリは同じ班の二人に声をかけた。
「えー、そんなのつまんないよー! せっかく訓練の成果を試す絶好の機会なのに~。ねぇ、レイ?」
一方、早く訓練の成果を師匠である一斗に披露したくてウズウズしているカティアは、戦いたいモード全開。
「……」
そんな二人の反応を目をつぶりながら感じていたレイは、答えることはせずじっと考えている。
レイ・カティア・ククリは同じ班として、現在訓練地である森林地帯に入って身を潜めて、作戦会議をすることにしたのである。
「何か気になることでもあるの?」
「……気になることはたくさんあるが、あまりにも訓練の内容が簡単なのがひっかかってな。二人ともそうは思わないか?」
「確かに……一斗さんの考えた訓練にしてはそうだね。普段の訓練だって、笑いながら無茶難題な指示を振りまくような人だから」
「そうかな~?」
ククリも疑問に思ったようだが、カティアはあまり実感がないようで首を傾げている。
レイからすると、戦闘になればカティアはあてになるが、作戦立案という意味ではまったく当てにしていないので、この反応は当然だと思っている。
(訓練内容が簡単だと逆に意味がある訓練なんてあるのか? もしあるとすると、一番考慮しなくちゃいけないことは――)
そこまで思考したときに、レイは一つの可能性に思い当たった。
「二人とも作戦が思いついたぞ。これからは我々は敵チームを見つけ、積極的に狩っていく」
「おっ、待ってましたその発言!」
「ちょ、ちょっと待って、レン。確かに簡単ではあるけど、そんな積極的に動いて大丈夫かな? 他のチームに逆に見つかりやすくならないかな?」
「ククリが心配するのは無理ないが問題ない――が、むしろ何もしないでじっとしていたり、奥地に入ったり、じっとしたりする方が危険な可能性が高い」
それだけ言うと、レンは戦闘態勢を整えると、カティアとククリもすぐにレイを見倣って移動を始める。
こうして訓練の意図を汲み取った班と、そうでない班とでまったく異なる訓練を味わうことになるのであった。
※
「なんというか……やっぱりあなたは鬼ね、一斗」
「はぁ!? 突然なんだよ、マヒロ?」
呆れた表情で話しかけたマヒロに疑問を投げかけた。
「だって、訓練に参加した兵士たちを見ればね〜」
「誰だってそう思うと思いますよ、一斗先生」
マヒロにケインも便乗してきた。
周りを見渡してみると、レオナルドも二人と似た表情をしている。
チヒロとティスはというと、苦笑いしている。
一体どういうことなんだ?
「はぁ、本当にわかってないみたいね。訓練で死者が出なかったのが、不幸中の幸いだわ」
マヒロの目線を辿ると、疲れ果てて身動きの取れないある種の屍たちが目に入る。
「あー、あいつらのことね。わざわざ過酷な方選ぶなんて、訓練熱心なやつらだぜ」
「「「……」」」
みんな何か言いたそうだが、言いたくないらしい。
言えばいいのになぁ。
「まぁ、いいわ。無事に訓練は終わったわけだし。それよりも、あの動物たちの存在やあの領域の正体に、いつからあなたは気付いていたの?」
「あぁ、そのことな。実は、それについてはここにいるケインから聞いてたぞ。帝国に着いてすぐの頃に」
「本当なの、ケイン君?」
「はい、いつもの朝練で先生と周囲を走っているときに、妙な気配を森林の方から感じまして。試しに森林地帯の奥に入ってみると、途端に気配が変わってそこら中で猛獣が暴れまわっていたんです。しかも、なぜか元来た道に戻れないという……先生がいなかったら僕はどうなってたのかと思うと」
最悪の事態を想像したのか、青ざめていくケイン。
確かに俺もトリックに気づけなかったら危なかったが、なかなかスリリングで楽しかったんだけど。
「そりゃあそうよ。私もあの森林には近づいたことなかったから知らなかったけど、リハク様の話ではどうやら禁断の地だったみたい。かなり昔森林を開拓する話があって、何度派遣しても調査団が戻ってこなかったそうよ。以来、暗黙の了解的に森林自体に誰も近寄らないようにしていたようね」
「私も知らなかった。けど、一斗たちと探検して面白かった」
マヒロは相変わらずヤレヤレって感じの表情をしているが、チヒロはそうではないみたいだ。
さすが、俺の嗜好の理解者チヒロ。
チヒロだけでなく、ティスも一緒だったから、ついつい楽しくなってそこら中探索しまくったからな。
まぁ、そのおかげで森林全体が把握できて、訓練に活かすことができたわけだし。
「でも、奥地まで行っていないのに、その場にいただけの方々も疲れ切ってるのはなぜでしょうか?」
「もっともな疑問だな、レオナルド。実は、俺も仕組みはよくわかっていないんだが、生物がその場でじっとしていると獲物判定を受けるっぽくてな」
「……何それ?」
マヒロが理解できないのは仕方ない。
だって、俺もわかんないし。
ただ、じっとしていたら誰か・何かの標的になった感じがして、突然猛獣たちに襲われるようになったのだから。
案の定、ナターシャにも調査してもらったところ、『私たちが標的になったタイミングで、マナの流れが急速に変化した』とのことであった。
「とはいえ、死ぬことのないようにティスやケインだけじゃなくて、ユーイたちにも頑張ってもらったからな。墓穴を掘った奴らもこれでより一層訓練に励むようになるはずだぜ?」
「……そうね。王国ではこういった訓練が普通なのかしら?」
「「「「違います!」」」」
「おいおい」
レオナルド、シーナといった元決起隊員だけではなく、ユーイ、シェムルといった元フィダーイーだったやつらまで速攻で否定してきた。
そんなに普通じゃないのか?
「一斗殿の訓練は一言でいうと、異常なのです」
「そうじゃ。妾のしごきがお遊びに感じるよのう、シェムル?」
「はい。ユーイ様のしごきも大概かと思っていましたが……」
「私は望むところですが、当時を思えばよく私耐えていなぁ~って思います」
「よせよせ、みんなでそんなに俺も褒めるなよな」
俺が一人照れていると、みんなそれぞれ呆れた顔をしている。
褒めてないのか?
「それはそうと、なんで猛獣に襲われていない子たちまで疲弊してるのかしら?」
「あーあいつらね」
「どうやら競争していたみたいですよ、内々で。一斗の一番弟子をかけて」
「一番弟子はケイン君ではないのですか?」
疑問に思ったのか、チヒロも話し合いに参加してきた。
リハクやマヒロの話によると、チヒロは仕事の話以外のことで自ら話に加わることがこれまで一切なかったようだ。
それに最近は、特にパット見た目でもわかるくらい喜怒哀楽を見せてくれるようになったことが、俺もすごく嬉しい。
「それが――みんなそのことを忘れていたようです」
「忘れてた!?」
「はい。みんな一斗に良いところを見せようって躍起になって、そのときは気づかなかったみたいです。可愛いですよね」
ただ単にあいつらが単純なだけじゃないのか。
そうとしか思えない。
結局新兵対決になったわけだが、お互い日頃の訓練メニューで強くなっていたのもあり、魔法や武器を使わない素手だけの戦いなのにかなり白熱した戦いになっていた。
さっさと玉を取ればいいのに、自分たちで勝手に『先にメンバーが一人でも気絶したら負け』という追加ルールを決めていたらしい。
まぁ、そのおかげでチームワークを意識した戦いを緊張感持ってできたわけだから、結果オーライではある。
「こういった結末は想定していたのですか、一斗殿?」
「いんや、全然。ただキッチリルールを決めず、自分たちでいろいろ考えて行動しなければならない状況を作れば、おのずと自分と向き合うだろうってな。どんな結果であったとしても自分で決めたことの結果であれば、自分事として受け止め、次にきっと活かしてくれるさ。俺はそう信じてる。」
そうだ。
俺はこのことをマイやティス、ケインたちから学んだんだ。
だから、以前のような後悔はなくなったし、経験を活かす場面は格段に増えたと思う。
「なるほど。だから、一斗の周りの人は魅力的な人ばかりが集まるのね」
「お姉ちゃん、私もそう思う」
馬鹿野郎。
マヒロ、チヒロ――お前たちだって十分魅力的だってーの。




