05 衝突と回避
◆ケイン・シーナ vs 瑞雲・飛翔・円超
2対3という不利な戦いだが、ケイン・シーナはなんとか五鬼将三人の猛攻を見事な連携で防ぎ切っている。
ケインの弓矢による威嚇と、シーナの剣戟は特に相性が良く、鬼人族は決め手が作れずにいる。
「なるほどな、たった二人で俺等の相手をしようとしただけのことはある。一方的じゃあつまらないと思ってたんだよ」
飛翔は好敵手を見つけたことに、喜びを強く感じた。
「とはいえ、これ以上時間はかけられない。飛翔、さっさと終わらせますよ」
「わかってるさ、瑞雲。あとは俺一人に任せてもらおうか」
飛翔の言葉に素直に応じた円超と瑞雲は、飛翔から距離を置く。
その間に、ケインの下にシーナは移動した。
「まさか……この時代の、しかも若造がここまでやるとは思ってもみなかったですね」
「瑞雲、真っ向から戦いすぎだ。奇襲ならば我が――」
「わかってますよ。暗殺を得意とするあなたを先行させることが最善……ですが、先手を打つ前にあの小僧に気付かれてしまってね」
瑞雲は悔しそうに、苦笑する。
小僧――つまり、ケインのことであるが、彼は類まれな索敵能力がある。
すべてが索敵できるわけではないが、瑞雲から漏れた一瞬の感情の高ぶりを即座に察知。
行動を起こされる前に迎撃の姿勢を見せ、真っ向から衝突するように仕組んだのである。
(『同じ土俵で戦うな。お前の得意な土俵で戦え』か。本当に先生の言う通りだ)
ケインは一斗の助言通り、戦闘経験豊富な相手に対して、攻撃手段を絞らせることで、なんとか均衡を保つことができた。
それを成し遂げるのに必要不可欠な集中力で、円超と瑞雲を牽制し、シーナが飛翔と一騎打ちできる環境を造りあげたのである。
しかし、その代償としてケインとシーナは格上相手に、疲労が顔に出てきてしまっている。
(もうこれ以上この状態を続けることはできない――どうする?)
ケインはシーナの状況を確認し、危機感を覚えた。
「お前たち、名は何て言うんだ?」
突如、飛翔はケインとシーナに質問する。
「シーナよ!」
「……ケイン」
「そうか――俺の名前は、五鬼将の一人<疾風の飛翔>だ。よくここまで粘ったな。前大戦でも、俺と一騎打ちでここまで戦えた奴はほとんどいねぇよ」
嫌味でもなく、率直な感想を口にした飛翔に対して、ケインは共感を覚えた。
「だが、これでオシマイだ……ハァ〜ッ!」
「なっ!?」
「……そんな――」
爆発的な氣の高まりにケインは驚愕し、シーナは恐怖のあまり腰を抜かす。
先ほどでさえ、ケインとシーナを凌駕する氣を展開していたのに、ケインの感覚では約三倍が高まった認識だ。
飛翔は戦意を喪失したシーナは視線から外し、ケインに狙いを定める。
次の瞬間、ケインの視界からいきなり飛翔の姿がかき消え、気付いたときには剣戟が目の前に――
「ガッ!?」
ケインは咄嗟に十連撃を<硬氣功>で防ごうとしたが、練りが足りなく、呆気なく突破され、上半身に深手を負い、その場に崩れ落ちた。
「ケイーンッ!」
シーナは泣き叫んだが、ケインはピクリとも動かった。
「人思いにバラバラに切り裂いてやるつもりだったが――鬼神化した俺を相手にお前はよくやったよ。寂しがることはない、そこの小娘もすぐに後を追わせてやる」
飛翔はケインの近くまで寄り、トドメを刺す構えをとった。
ピクッ
「さらばだ、ケイン」
飛翔の剣がケインの心臓を貫いた――かに思えたが、
「何!?」
ケインの体は残像となり、消えていった。
飛翔は慌てて周囲を警戒する。
「……誰を殺すって?」
「!? そこにいたか――(なんだ――この異様なプレッシャーは?)」
飛翔は声が聞こえてきた方を見たが、何か敵に違和感がした。
「ガハッ!?」
さらにケインは瞬間移動し、飛翔の腹に一発物理攻撃を食らわした。
飛翔はヨロヨロと後ろに下がった。
「や、やりやがったな(また見えなかった――それにこの攻撃力、瀕死のやつとは思えないぞ)」
鬼神化で攻撃面も耐久面も強化したはずなのに、まさか素手で突破されるとは思わず混乱した。
「飛翔! 大丈夫か?」
「――あぁ、大丈夫だ」
瑞雲が大声で飛翔に声を掛けると、飛翔は落ち着きを取り戻した。
改めて攻撃を与えた相手を観察すると、息も切れ切れで、服が裂けて出血も少なくはないように見えた。
そこで飛翔は念には念を入れて、遠距離から攻撃を仕掛けようとする――
「ま、待ちなさい!」
「ん? なんだ腰抜かした小娘?」
飛翔が仕掛ける前に、シーナが震える声で制止させる。
「ケ、ケインは――やらせないわ!」
「ほう? ならやってみな!」
飛翔はあえてシーナに対して無防備なところを見せつけた。
しかし、シーナはなんとか立ち上がれたものの、これ以上1ミリも体を動かすことができない。
「まぁ、焦らず待ってな。すぐに出番はくるからよ」
「ハァ、ハァ、ハァ(く、クソッ! 動け!)」
ケインは<内氣功>で回復しようとするが、氣がうまく集まらず立っていられるのがやっとである。
飛翔が再びトドメを刺そうとしているのはわかるが、さっきのように動かすことはできないでいる。
そのことが飛翔にも察知でき、今度は全力で切り裂くことにした。
「<風乾十烈斬>」
両手剣から繰り出す十連撃。
風の精霊の加護を付与し、何物でも切り裂くカマイタチを発生させる飛翔の得意技。
これでほとんどの敵を切り裂いてきた必勝の技である。
(まずは一人――目!?)
確実に仕留めることができた、と思ったが――、
「<灼熱の火柱>」
遠くで女の声が響き渡ると同時に、ゴーゴーと激しく炎の壁がケインの周囲で形成され、パシュンッという音とともに、飛翔が放った剣風は拡散した。
「馬鹿な!?」
飛翔は驚愕し、声が聞こえてきた方を警戒した。
そして、新たな敵が来たことを察知した瑞雲と円超は、飛翔の下に駆け寄る。
突如出現した炎の壁は、何事もなかったかのように消えていき、かろじて立っているケインだけが残った。
「ふぅ、何とか間に合ったわね、ティス」
「えぇ!」
二人組の女が姿を現す。
「貴様らは、あの無人島で――」
飛翔は、上空から小船で突っ込んできた馬鹿げた存在のことを思い出した。
「ティス! それに、シェムル!」
ティスティ・シェムルの二人が、ケインとシーナの救援に駆け付けたのであった。
*
ティスティは周囲を見渡す。
警戒している鬼人族三人、全身怪我をしているが命に別状はなさそうなシーナ。そして――
「(ケイン……)シェムル、二人をお願い」
「えぇ!」
ティスティの意図を汲み取り、シェムルはまずケインの下に駆け寄る。
「これは酷い――<安らかなる息吹>」
シェムルが詠唱すると、マナがケインを中心にして渦巻く。
<安らかなる息吹>
風の魔法で、対象を中心としてマナで結界を張り、自己治癒力を継続的に促進する魔法。
外から危害を加えることはできず、干渉しようとすると氣やマナを無効化する作用が働く。
次に、シェムルはシーナの下に駆け寄る。
その様子を確認した上で、ティスティは改めて鬼人族と対峙する。
「今度は、私が相手になるわ」
ティスティは紅色の氣を纏い、臨戦態勢をとった。アーバストの戦いのときのような変異はないものの、瞳は真紅色に輝いている。
「あいつと同じく、お前の氣も変わってるな」
「そうかしら?」
「あぁ――このまま殺してしまうのが惜しいくらいだ!」
鬼人族による飛翔の威圧も、ティスティは涼しい顔でやり過ごす。
「ほほぅ、お前は別格なわけだ」
その様子を見て、飛翔は一人歓喜に震えた。
本当なら、主人である鬼徹を追い詰めた一斗と戦いたかったが、任務優先で諦めていた。
しかし、目の前の敵からはあの時の一斗に匹敵する強さを感じるのだ。
戦いを好む飛翔にとって、これほど嬉しいことはなかった。
「飛翔、そろそろ時間切れ――」
「お前たちは先に行ってくれ。俺は――こいつの相手をする!」
そのまま返事を聞く前に、飛翔はティスティに斬りかかり、激しい攻防が始まった。
両手剣で斬りかかる飛翔に対して、ティスティは纏まった氣に炎のマナを巡らせ、両手足に一点に集めることで刃を受け止める。
その時できる衝撃波が、ボンッボンッと花火を上げているときのように音を立てて、周囲に響き渡る。
「――しょうがない。我らだけ先に進むぞ、円超」
援護は不要だと悟った瑞雲は、戦いに背を向ける。
「そこにいる奴らはどうする?」
「「クッ」」
円超が殺気を自分たちに放ってきたのを感じ、反射的に身構えた。
「――ほかっておいても作戦に支障はない。我らは作戦を遂行するのみ。者ども行くぞ」
「「「ハッ」」」
瑞雲の号令と共に現れた100名の鬼人族は、丘陵地帯の奥へと駆け抜けていった。
「シェムルさん」
その様子を見て、シーナは心配そうにシェムルを声をかける。
「大丈夫、レオナルドには伝えてあるわ。あの子(新人)たちのこともね。あとは、ティスに託しましょう」
「………はい」
シーナは頷くことしかできず、グッと悔しそうに拳を握るのであった。
◆連合国軍本陣
「伝令! 敵が前方からだけでなく、丘陵地帯からも現れました!」
兵から伝達を聞き、本陣近くにいた兵士たちの間で動揺が広がる。
「包囲される前に至急北方まで退却。殿はレオナルド・チヒロに任せます。あとは、私に続けー!」
「「承知!」」
そんな動揺を鎮めるかのような冷静かつ的確な指示が、マヒロから出されると、動揺が若干おさる。
本陣の部隊は即座に行動に移し、軍をまとめ移動を開始した。
現在、丘陵地帯をティスティたちを除いた全軍が抜けたところで、同時に前後から鬼人族が姿を現したところである。
敵の数は、前後合わせても千兵足らずではあるが、鬼人族の方が強靭であるという言い伝えを基にして、マヒロは数であたる作戦をとることにした。
とはいえ、囲まれてしまうと逆に格好の的になりかねないため、陣を立て直すことにしたわけである。
最後には、レオナルドとチヒロだけがその場に残る形となった。
「前にもこんなことがありましたね、チヒロ殿」
迫りくる敵軍を前に、レオナルドは懐かしんだ。
「えぇ、今度は負けない」
前回の無人島での戦いでは、チヒロは全く役に立たなかった。見せ場もなく、一方的に打ち負かされたのである。
チヒロだけではなくレオナルドもそうだが、再戦する機会を待ち望んでいた。
「二人だけで我ら鬼人族を止めれると思うなー!!」
「あいつらから殺せー!!」
怒涛の勢いで二人の下へと鬼人族が雪崩れこんでくる。
その様子を見て、レオナルドは安堵した。
「好都合です。シャナル行きますよ」
『わかってるわ。< 砂嵐 >』
シャナルは、砂嵐により敵全体をかく乱しつつダメージを与える遠距離攻撃魔法を敵中心地に向けて唱える。
『私の魔法も弱ったものね』
土魔法に耐性のない敵は次々に倒れていく――が、決定打までは与えることができず、残りの敵は再び襲ってきた。
「これだけできれば十分ですよ、シャナル」
「そう、あとはまかせて」
チヒロが<圏>を構えると、<圏>は形態が変化して白銀色に輝き始め、新たな力を帯びた状態になる。その感触を確認し、敵部隊に突撃――敵陣を瞬く間に崩していく。
「な、なんだ――こいつは?」
30秒も経たないうちに、先行部隊最後の一人をチヒロは撃退する。
チヒロは無人島での出来事があってから、短い時間であったが一斗に氣の扱い方について指南を受けていたのだ。
その最中にわかったことが、チヒロは氣を集めることが得意であること。しかも、武器や防具などに付与する力も長けていることだった。
そこで、一斗から氣を高める修行を勧められ、チヒロはそれのみを毎日欠かさず実践。結果、自在とまでは言わないが、氣のコントロールに関しては実践で使えるレベルまで昇華したのである。
さらに、チヒロが所持している<圏>は、ナターシャによると古代武器の一つであることが発覚。性能としては、氣やマナを高めることでその量や質によって形態変化し、バージョンアップするという、まさにチヒロのための武器だった。
こうして、鬼人族に対抗する力を得たチヒロである。
チヒロは残った鬼人族に見知った相手を見つけると、氣を高め――、
「<円月斬>」
氣に山の精霊の加護を付与した<圏>からの一撃を、捕捉した敵目掛けて放った。
それに対して――
「ハァ〜〜ア――ハッ!!」
円盤状に形成された氣による攻撃を、忠耶は爆発的に高めた氣のバリアを前方につくり、相殺させた。
「ウフフ、熟した獲物を狩るときがきたわ」
忠耶は耐え切れず、「ああ」と胱惚の声を漏らす。
その後ろで、羽生・瑞雲・円超はヤレヤレといった呆れた表情をした。
「今度はあなた達が敗北する番」
対するチヒロは動揺することなく、さらに仕掛けようとしたが――
ヒュ〜〜ン……パンッパンッ
突如オディール方面から狼煙が上がった。
狼煙が上がる少し前――
鬼徹との激しい攻防を繰り広げていたが、
「クッ!?」
全力で戦っているにも関わらず決めきれないどころか、ドンドン鬼徹の力が増してきているような気がして、次第におされていた。
「どうした、一斗よ? まだ我らは愛刀を抜いてはおらぬぞ?」




