02 思惑
「まさか王国・帝国と敵対している組織のトップ自ら、一人で敵本陣に潜入してくるとは思わなかったぜ」
改めて周囲を警戒してみるが、こっちを観察している対象は、少なくとも500メートル圏内にはいない。
(それに対して、こっちにはいざとなればレオナルドやティス、シェムルの力を借りてでも――)
「誰もこの場には来れませんよ」
「!?」
(心を読まれた!?)
「心は読めませんが、一斗様が発する気配でなんとなく」
なんとなくで察知されてたまるかよ。
相手がまったく臨戦態勢をとっていないことが、余計に焦りを感じさせる。
「今はこの周囲に結界を張っています。邪悪なものではないので、帝国の警戒を受けることもありません」
確かに……よくよく周囲の気配をサーチしてみても、何かが邪魔をして上手く察知することができない。
いつの間にこんな結界を――まさか、あの踊っているときか!?
普段なら結界を張られればすぐわかるはずなのに、わからなかったのは俺が起点になっていたからか。
「さすが一斗様。結界の仕組みに気が付いたみたいですね。とはいえ、この結界は七大精霊の加護で作っていますから、解除は不可能ですよ」
「……いいのかよ? お前の特性は七大精霊をバラしているようなものだぞ?」
「一斗様なら構いません。それに――」
ラキューナはひと呼吸置いた。
「改めて問います。一斗様、我々<マーヤー>の仲間に加わっていただけませんか?」
「断る!」
問答無用で断固拒否だ。
無益な戦いはしたくはないが、素性不明な奴らに素直についていく気はないからな。
俺が間髪入れず断わった瞬間、彼女は初めて驚きの表情をした――が、すぐに優しい笑みを浮かべる。
「わかりました」
「随分あっさり引き退るんだな」
二度目の誘いを断ったのに、正直拍子抜けだ。
「無理にお連れするつもりがないからです。とはいえ、これはこの世界を救うためのお話。そのためには貴方様の力が必要なのです」
「どういうことだ!? というか何を知っている!?」
「激しい行為も嬉しいですが――」
「あ、すまない」
つい興奮してしまい、ラキューナに詰め寄って両肩を掴んでしまったので、急いで離した。
「ハァ〜」
対するラキューナは、右肩を左で愛おしそうに撫でながら、艶っぽい声をあげた。
ソニアたちを平気で襲ってきておいて、俺に対しては攻撃の意思を示すことがない。それどころか、やけに好意的でもある。
本当にこいつといると調子が崩れる。
「俺の力が必要というのは、<リクター>としての力なのか?」
「そうです」
「……」
躊躇することなく肯定したな。
俺が<リクター>という世界のリズムを調律する者なのか、ぶっちゃけ俺にとってはどうでも良い話。
しかし、マイも俺のことを<リクター>って呼んでいたものある。
(結局、詳しい話は聴けずじまいだけどな)
王都奪還作戦後、ずっとマイは昏睡状態。
恐らく呪いの類いを受けたんじゃないかとナターシャは言っていたが。
「私は、あくまで世界を救うために動いています」
「鬼人族を滅ぼすことは、人族安寧のためにはなるが、世界を救うことにはならないのか?」
王国も帝国も、鬼人族を滅ぼせば平和が訪れると思っているようだ。
これまでの歴史上、幾度となく鬼人族の侵略を受け、略奪の限りを受けていれば世の中的には当然の反応なのかもしれない。
けれど、本当に鬼人族を滅ぼせばゲームクリアなのか?
「そのような考えだからこそ、これまでこの世界に本当の意味での平和が訪れていないのです。王国も帝国も、そして、鬼人族もそのことを理解していない――だからこそ……少し話過ぎましたね」
「どこへ行く?」
それだけ言うと、ラキューナはその場から離れようとする。
「一応私はこの国の貴族の娘。そろそろ戻らないと、皆が心配します」
「俺が三度々逃すと思うのか?」
「はい。今の一斗様では私の<七方陣>を自力で破ることは不可能でしょう」
「なに!?」
氣を臨界点まで溜めていつでも開放できるようにする――が、まったく氣を高めることができない。
そんな動揺している俺の下にラキューナはゆっくり近づいていき、俺の耳元に顔を寄せる。
「……どういうことだ」
「そのままの意味です。それでは一斗様、また近いうちにどこかでお会いしましょう」
ラキューナは優雅にお辞儀をして、踵を返すと以前のときと同様で静かに姿を消す。
「くそっ」
また何もできなかった。
せっかく俺のこと……この世界のことを知るチャンスだったのに。
一人テラスでうなだれていると、<七方陣>の影響がなくなり、結界が解け、建物内から陽気な音楽が一斗の耳に聞こえてきたのであった。
***
しばらくテラスにいたが、これ以上悔しがっていても意味がない。
そう思い、のそのそと建物内に戻っていくと、たまたまティスティの姿が目に留まった。
何かを必死に探しているようだ。
「どうした、ティス? そんなに慌てて」
「どうしたもないよ、一斗! どこへ行ってたの!?」
「悪い悪い。ちょっと踊り酔いしちゃってな。テラスで涼んでたんだ。それより、何かあったのか?」
俺の返答にティスティは一瞬怪訝な表情を示したが、『しょ~がないな』と言っているような仕草をした。
「実は、一斗を探している人が――」
「こんなところにいた」
ティスティが話しきる前に、別の女性の声が遮られた。
「お前は……チヒロか?」
「そう」
声の聞こえた方を振り向くと、ドレスアップしているチヒロがどこか嬉しそうな表情で立っていた。
青を帯びた白銀色の髪が短く伸びているのを見て、かろうじてわかった。
チヒロはいつも着用している士官服ではなく、ライトブルーのドレスに身を包んでいる。
そして、最初に出会った頃のような警戒心オーラをまったく感じなかったため、別人と思ったくらいだ。
「チヒロさん綺麗だよね、一斗?」
「あ、ああ。とても綺麗だ」
ティスティに話題を振られて、つい普段では絶対に恥ずかしくて出ないような本音がポロっと出てしまった。
「ありがとう」
対するチヒロは顔を赤らめて、俺たちからの称賛に心底嬉しそうに喜んでくれたようだ。
「それじゃあ、俺を探していたのはチヒロ、お前なのか?」
コクンっと、チヒロは頷く。
「それじゃあ、私はあっちに行ってるね!」
「お、おい! ティス!」
ティスティはチヒロにウインクすると、回れ右して会場内奥へと進んでいってしまった。
「なんだったんだ、あいつは」
わからん。
なぜティスがこの場から離れなくちゃいけないのか。
そのままウ~ン、と唸っていると、服の裾を引っ張る感触がした。
「どうした、チヒロ?」
「……」
そのまま裾を掴んだまま、チヒロは恥ずかしそうに俯く。
数秒その状態が続いたが、意を決して顔を上げた。
「一緒に……踊ってほしい」
音楽に打ち消されてしまうくらいの小声だったが、からだ全体から熱意が伝わってきて、なぜか俺の耳にはっきりその意思が届いた。
「もちろん、いいぜ!」
俺は左腕を差し出した。
その意図に気付いたチヒロは満面の笑みを浮かべ、両腕で俺の左腕に抱きついてきたので、そのまま踊り場へとエスコートすることにした。
――二人が踊って間のちょっとした1コマ
「う〜、チヒロ〜」
涙ぐむマヒロ。
「約束は果たせたかな」
上機嫌なリハク。
実は、リハクが舞踏会の話をチヒロにしたところ、「自分も出たい」と懇願されたので、条件付きで許可したのだ。
通常舞踏会に参加できるのは、貴族および王族に限られている。
執行官という立場でも、会場入りはできても、会自体に参加はできないルール。
リハクから提示された条件を満たしたチヒロは、今こうやって堂々と舞踏会に参加できているわけである。
そのことを知っているマヒロは、チヒロの楽しみを奪うわけにもいかず、手が出せないのであった。
***
舞踏会の翌朝、俺はいつも通り朝の鍛錬をしている。
「ふむ。やけに身体が軽いな」
あの後、チヒロと踊ったのを最後に舞踏会も終了した。
チヒロは終わった後、とてもご満悦な様子だったし、俺も楽しく踊れたから家まで送ろうか提案したが――
『私のことは大丈夫。どこかに姉もいるし。これ以上引き留めては彼女に悪い』
と言われ、そこでチヒロとは解散したんだったなぁ。
「チヒロさんとの踊りは楽しかった?」
と、意味深な感じで質問してくるティスティ。
「うう〜、軍事訓練がなければ僕も行きたかったです」
と、涙目で訴えてくるケイン。
「いいなぁ。一斗さん、今度は私も参加したいです!」
と、懇願してくるシーナ。
昨夜のことを回想していると、三人が好き勝手言ってきた。
三人同時に言われて、鍛錬中なのに答えれるかよ。
面倒だから、無視しておこう。
今回の遠征では、いつものメンバーであるティスティ、ケインの他にシーナも参加している。
シーナはレオナルドがマイの護衛に推薦するだけあって、素質がある。
氣やマナの扱いに長けていて、特に<散>の応用技、氣を操り物体に直接干渉する<響>。そして、体内の氣やマナを放出して相手の精神面に影響を与える<侵>に関しては、俺以上の使い手になることは間違いない。
その特性柄、回復役が適任であることを伝えると――
『それじゃあ、これ以上私は強くなれないんですか!?』
そう、シーナは必死に訴えてきたんだった。
そうなのだ。
シーナは、とことん強さを求めている。
必死さの原点はわからないが、今はそれが飛躍的な成長を促進に繋がっているからいいが……。
『力を与える時には、与えた責任を果たす覚悟を決めろ』
この言葉は、王都奪還作戦後よく思い出す言葉だ。
思い出すといっても、これも記憶を失う前のものだとは思う。
最近覚えていないはずの、青年時代の時のことを夢で見るようになったのに何か関係しているのかもしれない。
(まぁ、これ以上考えても無駄だな。シーナに何かアドバイスしてあげれることがあればいいんだけどなぁ)
今はティスティ対ケイン・シーナで組み手をやっている。
ティスティはともかく、ケイン・シーナもだいぶ様になってきている――それなら!
「よ〜し、一旦中止して集合!」
ティスティたちを集めて、次の訓練に移ることにした。
もっとゆっくり時間かけて稽古をつけてやりたいが、鬼人族や<マーヤー>たちは恐らく待ってはくれないだろう。
ラキューナが直接乗り込んできたのが、単なる牽制ならいいが――漁夫の利を狙われたら洒落にならない。
俺も含めてもっと強くなる必要がある。
自分以外の目に映る人たちも守れるように。
「ふ〜、最近らしくねぇことばっかしてるな。そう思うだろ、マイ?」
一斗は苦笑しつつ、遠くにいるマイに向かってそっと言葉を投げかけるのであった。
◆???
ちょうど舞踏会のあった頃、とある港に陣をひいた軍がある。
陣の奥には、巨体の存在が目をつぶり、精神統一しているようだ。
「羽生か」
「ハッ! 鬼徹様、戦の準備が整いました」
五鬼将の一人、羽生が鬼徹に声を掛ける。
「そうか……今度こそ、我々鬼人族の悲願を果たすときが来たわけだな」
「はい! それで、どっちから攻め滅ぼしますか? クレアシオン王国か、それともリンドバーク帝国か」
「報告では、帝国には彼奴がいるらしい……この間の借りはすぐに返す」
鬼徹は2メートル近くある愛刀の鞘を顔の前に突き出し、グッと握る。
「ハッ! それでは、全軍に指示を出して参ります」
羽生が姿を消すと、鬼徹はゆっくり立ち上がった。
「今度はあのときのようにはいかんぞ、一斗」
300年続いた平穏が、今まさに崩れようとしていた。




