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18 星降る夜

 ◆ガスタークの港町


 翌日、リンドバーグ帝国での連合国軍結成式典に参加するため、クレアシオン王国総軍団長であるレオナルドは1000人の軍勢を率いて王都を出発した。

 今回は、女王であるソニアと親衛隊長であるラインは王都で留守番で、全権はレオナルドに託されている。


 大軍を率いての遠征は大戦以来、約300年ぶりのこと。

 当然、すべてが分からないことだらけで、体裁だけ整えたと言っても過言ではない。

 それでも、体裁を整えることができたのは、ひとえに決起隊を裏で支えてきたレオナルドの手腕によるものである。

 レオナルドはまず軍団を大きく五つに分け、それぞれの軍団をまとめる長を立てた。


 軍の構成は下記の通りである。

 第一師団:300人

 第二師団:250人

 第三師団:200人

 第四師団:150人

 第五師団:50人


 第三軍団が補給部隊であるが、どの軍団にも数名ずつ要因は配置されている。補給部隊の要員は、ほとんどが訓練生で構成されており、基本的には戦いがあっても参戦しないことになっている。

 レオナルドは第一軍団を率いており、主戦力である第一から第四軍団の先陣を進んでいく。


 それでは、第五軍団はというと――



「なぁ、なんで俺たちが他の隊よりかなり前を歩いているんだ?」

 先頭を歩きながら、一斗は隣りを歩くティスティに質問する。


「だって、一番使いやすいんじゃない? どこにも所属してなければ、軍人でもない人ばかりだし。それに、いざとなれば一斗がなんとかしてくれるんでしょ?」

 ティスティはさも当然かのように返答する。

 事実、第五軍団は一斗たちと、非戦闘要員で構成されている。非戦闘とはいっているが、実は元フィーダーイーに所属していたメンバーが大半である。

 つまり――


「妾たちは元お尋ね者だからな。裏切っても支障がなく、でも有効活用できる位置に配置されたわけじゃ。レオナルドもよく考えておるわ」

「ユーイ、感心してる場合かよ(まぁ、あいつも一応立場があるからな……とはいえ、本当に人を見る目があるよ)」

 これまでの一斗が見極めることができたのは、あくまで自分にとって都合の良い人間かどうかだけ――当然都合の悪い人間は排除してきて、最後は逆に自分がその対象になったわけである。

 それに対して、レオナルドは常に大局を見通す能力に長けていて、適材適所に人を配置できる――ケインの素質を見抜いたときから、一斗はレオナルドのことをそう評価している。

 そんな彼を観察しているうちに、だんだん自分自身も人の特性や物事を客観的に見れるようになってきていることを、一斗は最近感じることができるようになった。

 だから、なぜ自分が元お尋ね者で構成されている第五師団を任されたのか。

 何をレオナルドに期待されているのかが分かってしまったのである――



「先生、ガスタークが見えてきたようですよ!」

「ほんとだな! じゃあ、ケイン、シーナ、ナターシャは後続の兵士たちが乗り込む船の手配を。ユーイたち隠密部隊は、各部隊への伝達と周囲への警戒を頼む」

「頼む」

「「はい!」」「(コクン)」

「承知した」

 ユーイを始めとした隠密部隊は、瞬時に姿を消す。


「残りのティスティとシェムルは俺と一緒に、軍団長たちが集まる予定となっている場所に行くぞ」

「わかりました、一斗さん」

「一斗、途中一つ寄り道をしてもらえないかしら? リンドバーグ帝国に行く前に、あなたたちに会わせたい者たちがいるの」

「「わたしたち?」」

 一斗とティスティは息ピッタリにお互いの顔を合わせた。


「そうだな、集合時間まではまだ時間がある。シェムルが会わせたいっていうなら、そこまで案内してくれるか?」

「ええ、いいわよ。宿屋で落ち合うことになっているから」

 そう答えるシェムルはどこか嬉しそうだった。



 *


 ◆ガスタークの港町

 一斗たち会議設営組と船の手配組は、ガスタークに入った時点で別れた。


 町の中を進んでいくと、街道には露店がそこら中に出ている。そこでは、食材や衣服などを販売しており、街中に人が溢れかえっている。

 町の人たちは戦争の不安がないわけではないが、それでも生きていることに喜びを感じているにちがいないと一斗は思った。


「なんかまだあれから3ヵ月しか経ってないのに、最初に来たときと全然活気が違うな」

 町の様子を伺いながら、つい思っていることが口に出た。


「そうだね。人がいるはずなのにほとんど気配が感じなかったもんね」

「ここは、特にアルクエードの影響を受けた町の一つ。そして、なぜかアルクエードが使えない少年少女<アポスラート>の出生率が高い地域でもあったわ」

「そうなの、シェムル?」

「ええ……」

 シェムルは<聖なる花園アバディーン>で自分がしてきたことを思い出したのか、暗い表情を浮かべている。

 シェムル自身は<アポスラート>選別の実行部隊ではなかったが、選別された子どもたちを実験台にする指揮をとっていたと証言。

 生死不明だったためお尋ね者リストにはいなかったが、重要参考人として何度か取り調べを受けたのである。



「それよりも、俺たちを――」「一斗さ〜ん!!」

「!?」

 シェムルが会わせたい人のことを確認しようとしたところ、これから向かおうとしていた宿屋の方から、一人の少年が一斗目掛けて全力疾走の勢いのまま突撃してきた。


「お前は――ゼツか!?」

「はい!!」

 名前を覚えてもらっていたことが嬉しかったのか、とびっきりの笑顔で一斗を見上げた。


「ユジンにリンカはどうした?」

「二人は宿屋でみなさんのことを待っています!」

 ゼツはみなさんというときに、一斗とティスティだけではなく、シェムルにも目配せした。

 そして、一斗の手を嬉しそうに引っ張りながら、宿屋へと誘導する。


「二人とも、一斗さんたちを連れてきたよ!」

 ゼツが宿屋に入ったところで大声を出すと、宿屋のロビーから二人の青年が席を立ち、一斗たちの方に向き直る。


「お前たち……」

「ユジン! リンカ!」

 感動のあまり不意に涙腺がゆるんで立ち尽くす一斗に対して、ティスティは涙を流しながら二人に駆け寄り強く抱きしめるのであった。



 シェムルから事前に、ユジン・リンカ・ゼツをはじめとした子どもたち数名は全員無事であることを聞いてはいた。

 いつかは会いたいと思っていたが、マイのことで頭が一杯で行動に移すことがなかった。

 ゼツのときは突然過ぎて状況がいまいち把握できていなかったが、改めて二人を見ている。


「二人とも……雰囲気が変わったな」

 最後に別れたときには悲壮感が漂っていた。

 無理はない――大事な仲間が目の前で無残に殺されたのだから。

 しかし、今はその感じが一切しない。


「あなた方に救っていただいた命です。僕にも何かできることはありますし」

「私もいつまでもメソメソしているわけにはいきません。生き残った子どもたちのお姉さんなのだから」

 ユジンとリンカはティスティに抱かれたまま、お互いの顔を合わせ力強く頷く。


「でも、本当に生きていてくれて嬉しいわ。それに――シェムルを助けてくれてありがとう」

 ティスティは三人に対して、誠心誠意感謝の言葉を伝える。


「ラインさんの戦う姿を見て思ったんです。憎しみから憎しみしか生まれない――けれど、その想いを許すことができたとき、別の何かが生まれるかもしれないって」

「僕もリンカと同じ気持ちでした。あの爆発があって、シェムルさんが動けない姿を見かけた瞬間、体が勝手に動いていたんです」

 ユジンとリンカは再びお互いの顔を合わせ、シェムルの方に向かって嬉しそうに微笑んでいる。

 ラインはフィダーイーの中でも、特にシェムルには痛い目に合わされてきた。

 シェムルの指示によって、命を失ったり、行方が分からなくなったりした決起隊隊員は少なくはなかった。

 当然ラインはそのことに対して憤りを感じていたし、絶対に許さないつもりでいた――それでも、相手を許したのである。


「あなたたち……」

 対するシェムルは、感動のあまり涙ぐんでいる。


「……とにかくお前たちが無事でよかった。これから軍の集まりがあって、俺は行かなくちゃいけない。ティスティとシェムルはここで待機しててもらえるか?」

「私たちは行かなくても良いの?」

 ティスティは一斗の側近として、一緒に行動するものとばかり思っていたから、何気なく質問する。


「いや、こっちは大丈夫だ。会議の準備はユーイが主導でやってくれているだろうし、異端軍団に発言権はないだろうしな。積もる話もあるだろうからユジンたちと一緒にいてもらえれば、後から合流する」

「わかったわ」「……」

「じゃあ、また後でな!」

 そう言うと、一斗はユジンたちの返事も聞かずに外に出た。



「罠にかかったやつらでもいたのかしら?」

「シェムル、か。さすがだな。ユーイから知らせがきてな」

 一斗は首にかけているネックレスを服の上から取り出す。

 これは一斗とユーイが互いに連絡を取り合うための通信手段であり、ネックレスに氣をこめることで即座に相手に伝わるようになっている。


「まぁ、そこまで氣が高まらなかったところをみると、ユーイたちだけで片が付くようだが……念には念をな」

「まだあなたからの信頼はないかもしれないけれど――彼らのことは任せて」

「……」

 彼女の瞳を真っすぐとらえ、真意を確かめようとした。


「……ティスティは腕は立つが、素直過ぎて心理戦には向かない。彼女も一緒に助けてもらえないか?」

「もちろんよ!」

「助かる。夜に戻ってくるから、それまでは頼む。それじゃあ!」

 軍団長たちが集まる予定となっている会場へと、一斗はゆっくりと歩みを向けた。


「……(なるほど。ティスだけではなくて、彼らが惹かれている理由が――隊長が変わった原因がよくわかったわ)」

 シェムルは一斗を見送りながら、そんなことを感じた。

 しがらみがなく、誰とでも変わらない態度で接する――たとえ、相手が女王だろうと。

 気さくなわけではないが、ここぞというときに頼りになる。

 けれど、普段は危なっかしいところが多いから、周りのフォローが必要不可欠。

 シェムル自身、一斗と二人っきりで話したことは今回が初めてであったが、ティスティから嫌というほど彼のことは聞かされていたこともあり、自然と接することができた気がしている。


(当時の私だったら、そもそも私から働きかけることもなかったわ……私も変わったんだわ、彼らによって――)

「シェムルさん! そういえば、以前話してくれた綺麗に見えるお化粧の仕方を教えてー!」

 シェムルは一斗の姿が見えなくなったところで宿屋に入ると、リンカとパッと目があった瞬間、目を輝かせて駆け寄ってきた。


「えっ、シェムルったらそんなテクニックを隠し持ってたの!? 私にも教えてー!」

 ティスティもリンカと同じように近寄り、お願いのポーズをとった。


「教えてあげたいのだけれど……あいにく道具が――」

「フッフッフ。そんなこともあろうかと、私がこっそり持ってきているわよ!」

 ティスティは持ってきた荷物の中から、化粧道具を取り出した。


「あんたねぇ。一斗から荷物は必要なものだけって言われなかった?」

「え~、化粧道具こそ必須だわ。いつ、どんなことろで、お披露目する機会が来るとも限らないでしょ?」

「まさか? これから戦争しに行くのに、そんなことあるわけないでしょ?」

 そんなやりとりをしていた、ティスティとシェムルだったが、まさかこの時のやりとりが一斗の窮地を救うことになるとは、夢にも思わなかったのである。




 *


(さぁ〜て、これからどうするかな?)


 リンドバーグ帝国へと向かう準備は整い、あとは明日船に乗って出発するだけである。

 襲ってきた暗殺者たちも、こちらが万全の体制で臨んでいるのに気が付いたのか、早々に退散したようだ。

 陽動の可能性もあったため追撃はしなかったが、現状は探りを入れているだけのようにも感じた。

 団長の会議も無事終了し、とりあえずの危険性がないと判断した一斗はケインたちと合流することにした。


 たまたま星空が綺麗だった話を一斗がしたら、女性陣が「星空を見に行きたい」というので、みんなで宿屋の屋上に移動した。


「わぁ、綺麗な星空〜!」

「ほんとだ!」

 屋上に着いた途端、あまりにも綺麗な星空に感動したティスティとリンカは、両手を広げて二人とも楽しそうにぐるぐる回っている。


「ほんとね! そういえば、知ってるかしら? 今日は20年に一度の星降祭せいこうさいの日よ」

「「「「「せいこうさい?」」」」」

 シェムルを除いた5人が同時に疑問の声を上げる。


「最も星が綺麗に見える日に行われる、クレアシオン王国の伝統的なお祭りのことよ。かつてのように大々的に行われることがなくなったようだけど、それぞれの町や村に一箇所だけある霊場に樹木を植え、願掛けの札を。

 ほら、あの辺り人だかりができているでしょ?」

「ほんとだわ! ねぇねぇ、シェムル。みんなであそこに行きましょうよ!」

「そうね……えぇ、行きましょうか」

 シェムルは一瞬一斗に目配せをして、一斗が軽く頷いたのを確認してから答えた。


「それじゃあ、早速行きましょう!」

「「わっ!?」」

 ティスティは素早くシェムルとリンカの手を握ると、瞬く間に二人を部屋の外まで連れ出し、先に向かってしまった。


「……僕らも行きますか?」

 目の前で起きた光景に唖然としていたユジンが、なんとか振り絞って声を出した。

「まぁ……な。女たちだけじゃ、夜道は危険だからな。それに、ユジンにゼツ。お前たちには話しておきたいことがある」

「はい!」

「改まってなんでしょうか?」

「それは――」


 一斗はこれからのことと、一つの望みを二人に託すのであった。



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