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17 遠征前日

「一つ確認したいことがあります……あの人は、一斗さんは一体何者ですか?」

 真っ直ぐにケインに対して問い掛けるレン。


「……それを聞いてどうする?」

「確かめたい……ただ、それだけです」


 しばらく、お互い真剣な表情で見つめ合ったが、ケインが先に苦笑しながら折れた。


「一体何者、か。それは俺の方が気になってるよ。まぁ、あくまで俺にとってあの人は、この国には知識や力を持っていて、次々と敵対していた人たちと打ち解けていく。普段は面倒臭そうにしているのに、いざとなれば一番頼りになる――そんな人かな」

 ケインは出逢ってからのことを懐かしく思い出しながら、再び夜空を見上げる。


「……敵国のスパイ……ではないんですか?」

 一言一言に強い想いを込めながら、レンはケインにさらに問い掛ける。

 その手は、強く握りすぎて血が出そうな感じになっていた。


「それはないな」

 そんなレンの状態を把握しつつも、ケインはスッパリと答えた。


「あの人に限っては――というより、あの人にはそもそも所属している国すらない。だから、この前あった遠征の功績で、女王様は師匠に爵位を与えて国に迎えようとしたらしい」

「爵位!?」

 ケインの話を聞いて、レンは素で驚いてしまった。

 前回の鬼人族との戦からこれまで、身分制度はあってなかったようなものだった。

 それでも、爵位を持つ家系には代々受け継がれた既得権益があり、そのことで前の戦争では身内騒動があった話は王国中に広まっていた。

 ちなみに、王国では無闇に爵位を与えることのないように、女王が自ら選定している。


「レン、君だったらどうする?」

「迷うことなく……快諾します」

「そうだよな、普通。俺でもそうする」

 ウンウン、とレンの発言に賛同するように強く頷いた。


「けど、師匠は即座に断ったらしい。『爵位なんかより、あいつの治療手段がほしい』ってな」

「……そんな無礼な発言して、一斗さんはよく処罰を受けませんでしたね?」

「この間の同盟交渉のとき、先生の人となりを女王陛下も理解されていたみたいでな。まぁ、本人からするとマイさんのことを餌に、今回の遠征に同行することになったことが、処罰だと思ってるみたいだけど」

 ケインは遠征の話があったときの一斗の態度を思い出しているのか、クスクスと笑った。


「マイという方は、一斗さんにとって大切な方なのですね」

「そうだな。ティスにとっても、もちろん俺にとっても。マイさんは父の命の恩人でもあるしな」

「そう……なんですね」

 レンは『これ以上踏み込まないでほしい』と言っているような気配をケインから感じ、追及するのをやめた。


「夜遅くにありがとうございました、ケインさん。それでは、おやすみなさい」

 レンはケインが返事をする前に、サッとテントへ戻っていった。


(結局、あの人の素性はわからなかった。ケインさんは敵国のスパイではないと断言されているが……まぁいい、まだチャンスはある)

 レンはポーカーフェイスのまま、心の中でそっと決意するのであった。



「ふ〜、やれやれ。無用なトラブルは起こしたくないんですがね、一斗先生」

 レンがいなくなったのを見計らって、視界では何も見えない暗闇に向けて声をかけた。


「おっ、バレてたか?」

「当然ですよ」

 暗闇の中から突如現れた一斗に対して、驚くことなく受けこたえる。


「まぁ、自分たちの話を最初から聴いていたようですが?」

「まぁな。ちょっとお前に相談しておきたいことがあったんだが、先を越されちまってさ」

「先生が自分に相談?」

 これまで相談することはあっても、相談されることはなかったので、ケインは緊張してしまった。


「あぁ、さっきのレンのやつについてな」

「レン? 確かにあなたの素性を知りたがってはいましたが……そのことで?」

「いや、素性が気になるのは一向に構わないが。ちょっと訓練中にあいつだけ他の奴らと違ったもんで気になってよ」

「何が違ったんですか?」

 ケインからすると、訓練中のレンはいつも通り口数が少なく、冷静な感じがしていた。

 それは周りとは違ったかもしれないが、それが普段と変わっていないとも言える。


「実はあいつだけ俺に殺気というか、怒りのようなものをぶつけている感じがしてよ。あいつの素性のことはどれくらい知ってるんだ?」

「レンは自分のこと話したがらないですからね。家族がいないということは他の訓練生から聞いたことがあります」

「そっか……念のため調べてもらえるか? 取り越し苦労に終わればいいんだが」

「もう明後日が遠征当日ですが、師匠からの頼みであればやれるだけやってみますよ」

「すまねぇな、ケイン」

「それでは、自分もテントに戻ります。明日の夜、例の場所に行きますのでそこで報告しますね」

「おぅ! 頼んだぞ」

 ケインは嬉しそうな表情を浮かべながら、教官用テントに戻っていった。




  ケインがテントに入っていったのを見送った後、しばらくその場で立ち尽くす。

 この世界に来てからというもの、マイやティスティと出会ってからこれまでの自分と今の自分との違いを比較し、なんとなく振り返る機会が増えた。

 当時の一斗は、仕事以外で人と関わることは極端に避けていた。

 仕事では部下が大勢いたが、自分の人望で付いてきていたというよりも、権力を振りかざして、人の弱みにばかりつけこんで無理やり従わせてきた。

 ところが、今はこうやって自分からあえて誰かのために動いている自分がいる。

 別にレイの件は一斗とは直接何も関係のない話だ。

 しかも、ケインや他の誰かから相談されたわけでもない。


「らしくねぇだろ、マイ? 俺が出会ったばかりの他人を気にかけるなんてな……さてと」

 これまでのことを回想して苦笑いしながら呟き、大きく深呼吸をして気持ちをキッと引き締める。

 気を落ち着かせた一斗は、テントには戻らず森の中へと深く深く入っていった。


 一斗には今回の遠征で得たいことは、マイを治療できる可能性のある人物――賢者カールを探すこと。ただそれだった。

 しかし、訓練生とのコンタクトを通じて、まだまだこれからの若者を必ず生きて返すこと。絶対にそうしたいと想いが芽生えたのを感じた。

 戦になったら必ず生きて返すことが難しいのであれば、どうすれば実現できるのか?

 頭の中で考えているだけでは答えは見つからないので、とにかく体を動かすことに決めた。

 そして、毎日日課にしている氣功術の型を、夜が明けるまで一つ一つ丹念に演じ続けるのであった。




 ◆遠征前日

 夜が明けて、遠征前日。

 ある意味今までにないくらい活気に溢れている城下町を、一斗とティスティは歩いていく。


「あっという間に明日が遠征当日だね、一斗」

「あぁ、そうだな」


 城内および城下町は今までにないくらい急ピッチで遠征の準備が進められている。

 今回の遠征では総勢1千人の兵を派遣することになっており、その数は王国軍の30分の1にあたる。

 規模からいうと、前大戦時の一小隊程度ではあるが、それでも王国の人口の半数以上が戦争に関わるため、まさに命懸けの選択である。


 その命懸けの選択に共鳴した者たちが今回遠征に加わっているわけだが、当然誰も戦の経験はない。

 なぜなら、武器を握ったこともないものたちが大半で、寄せ集めの軍勢であることは否めないからである。

 準備期間が1年以上あったとはいえ、戦の準備よりも国内の体制を整えるので手一杯。

 その証拠に、ティスティやケインのような能力は優れているが、軍人としての経験がまったくない人物が訓練生の教官として任命されている。

 そういった意味で、今回の遠征では前大戦後も軍隊が機能していたリンドバーグ帝国と共同戦線をはることは、命懸けではあるが王国にとっては価値のあることだと捉えていたわけである。


「帝国はともかくとして、この国はまだ戦の準備もままならないのに式典なんかやってても大丈夫かな?」

 ティスティの表情は決して明るくはない。

 どこでどう戦が始まるか分からない。

 始まったとしたら、もしかしたら自分の生まれ故郷が戦場になることだって十分考えられる。

 当然と言えば、当然の反応かもしれないと一斗は思った。


「大丈夫かどうかと聞かれたら、決して楽観視はできんだろうよ。ただ、両国ともそれぞれ思惑はあるみたいだから、やらないわけにはいかんのかもしれん」

 ティスティのボソッとした呟きに、一斗は感じているままに答える。


「それでも、俺たちは一度鬼人族を撃退しているし、帝国はある程度の軍事力を維持しているらしいからな。まぁ、俺は俺で成すべきことに専念させてもらう」

「それは、マイを治療できる人物を探すこと?」

「あぁ、そうだ。ただ、専念するためには必要不可欠なことがある――そのことを、同盟交渉と昨日の模擬戦で思い知ったんだ。だから――ティスお前に話しておきたいことがある」




 *




(なんだろう、一斗が話しておきたいことって……)


「話しておきたいことがある」と言ってから、一斗はどこか緊張した面持ちでティスティの先をサクサクと歩いていく。

 緊張はしているようではあるが、ティスティを嫌っている様子がないことはティスティも感じている。

 それでも、いつもならすぐに話してくれる相手が話すタイミングを伺っているのを嫌でも感じて、ティスティまで緊張してしまった。


「ここだ、ティス」

「ここって……酒場――って、一斗待ってよ~!」

 しばらく城下町を歩いていき、細路地にティスティが確認する間もなく、一斗はお店の中にズカズカと入っていく。

 店内は照明がついておらず、お客だけではなく店員の姿も見当たらない。

 酒樽やら、ガラスのコップなどが置いてあり、日光が差し込む感じが店内を感じのある良い雰囲気にしているようだ。


 一斗は何も言わずにカウンターに正面を向いた座り、ティスティはその隣に何も言わず同じように座る。


「これから先、あくまで俺にとって――俺たち必要な存在をここに呼んである」

「必要な存在って……ラインやレオナルドたちのこと?」

 ティスティは一斗に向き直ったが、あいかわらず一斗は正面を向いたままである。


「もちろんあいつらもそうだが――それ以外にも欠かせない存在がいる。あと1時間後には来てくれることになっているんだが……その前にだ」

 一斗は覚悟を決めたかのような表情でティスティの方に向き直った。


「俺にはティスティが必要だ」

「!?(まさか告白!?)」

 まさかのここで直球な物言いに、ティスティは一気に紅潮した。


「俺の紛らわしい態度のせいで、ティスに迷惑をかけたことはカタリナさんから聞いた」

「お母様から?」

 まさか母から一斗に直接連絡がいっていたとは知らず、さらに恥かしくなってきた。


「あぁ、そうだ。その後、同盟交渉のときはバタバタしていて、ティスとゆっくり話す機会もなかった。前のように話せるようになったからこれでいい――とも思ったんだが、肝心なことは伝える必要があると思ったんだ」

「うん」


「毎回のことだが、今度の遠征は今まで以上に危険が伴うはずだ。命の保証だってない。お前だってアイルクーダに残してきた家族のことが気になるとは思う。それでも――俺は一緒に来てほしいだ、ティスティ。一緒に来てくれるか?」

 一斗は堂々とした態度で、ティスティに右手で握手を求める。


(あぁ、やっぱり一斗はあの時とまったく変わらないね。私の命を救ってくれたときから――)

 ティスティの胸は温かい気持ちで一杯になった。

 マイと比べてどちらの方が大事に想われているかと、一斗の意中の相手が誰なのかとか、そういったことはもうどうでもよく感じる。

 命懸けかもしれないが、こんなに生きている実感を得られて、この人と一緒に歩んでいきたいと思えることはないと実感した。

 その想いを言葉で表すより先に、ティスティは一斗の右手を優しく両手で包んだ。


「ティス……」

「もちろん一緒に行くよ! 一斗と一緒ならどこへだって。アイルクーダを出発するときにそう誓ったのだから」

「――ありがとよ、ティス」

「うん!」

 この時間がずっと続けばいいのに――お互いがそう思えるような温かい時間が続いた。


 ところが――


「ゴホンッ!」

「「!?」」

 突然お店の出入り口から男の咳き込む声が聞こえてきて、二人は反射的に握り合っていた手を素早く手放した。


「ここはいつから愛を語らう場になったんだ?」

「なんで叔父様がここに!?」

 エルピスにいるはずのハルクが姿を現した。


「すまねぇ、親方!」

「……その表情を見る限りは、けじめをつけることはできたようだな」

「もちろんだ!」

 一斗は席を立ち、ハルクと固く握手をかわす。


「だが、後ろのお嬢さんたちは納得していないようだが?」

「「お嬢さんたち?」」

 ハルクが苦笑いしながらお店の外に目を向けたので、それにつられて二人も目線を合わせてみると――そこには、ジト~っとした表情を浮かべているシーナと、見た目冷静そうだが明らかに怒ってますといった雰囲気が伝わってくるユーイの姿があった。


「あははは」

 目の前の光景に、一斗はただ乾いた笑いを浮かべることしかできなかったのであった。




 *




「さて! メンバーも全員揃ったところで始めようか」

 あの後、一斗たちは机のある席に移り、メンバーが集まったところで改めて声を掛けた。


 集まったのは、一斗・ティスティ・ハルク・シーナ・ユーイ・ケイン・ナターシャ・シェムルの八名だ。


「忙しい中集まってくれてありがとな。今回の遠征で、式典後に独立部隊として動くメンバーに集まってもらった」

「あれ? ハルクさんは遠征についてこられるんですか?」

 ケインは誰もが抱いている率直な疑問を投げかけた。

 ハルクは復興メンバーに欠かせない人物であり、特に建設関係の総責任者でもある。だから、「離れることはない」と、集まったメンバーの誰もが思うのも自然な流れである。


「親方は遠征には参加しないが、今日この酒場を貸し切るのに尽力してくれたことと、これからの俺たちの動きを知っていてほしかったからこの場にいてもらうことにした」

「そういうことだ。町の復興はおれたちに任せてほしい」

 ハルクは集まった他のメンバーを鼓舞するように、力強い言葉を投げかける。


「今回の遠征では、女王様が参加しないからラインは同行しない。それに、マイのことがあるからヴィクスには引き続き護衛を頼んである!」

「レオナルドさんは?」

「あいつは軍団長だからな。遠征にはもちろん参加するが、トップとして独立した行動はできないはずだ。そこで、どの部隊に所属しておらず、マイのことを知る最適な面子だけで構成することにした」

「……一ついいかしら、一斗?」

 一人だけ神妙な面持ちだったシェムルが、納得いかない顔をして発言した。


「……なんだ?」

「最適な面子ということだけど、なぜ私が入っているのかしら? 私はもう以前ほどの身体能力もなければ、魔法も使えない――足手まといにしかならないわよ」

「それは――」

「その話は私が引き継ぎますよ、一斗さん」

「あぁ。任せたぜ、ナターシャ」

 一斗が答えようとしたところ、ナターシャが代役を買ってでた。

 最近のナターシャは以前とは違って、すごく積極的に人に関わろうとしている。

 シャナルの件で、自分の加害者だったことに酷くショックを受けていたが、そのことがショック療法になったのではないかと、一斗は推測している。


 一斗の了承を得て、笑顔になったナターシャであったが、真剣な表情でシェムルに向き直った。

「実は、一斗さんと相談して精霊との相性を計測できる装置を秘密裏に開発していたのです」


 ナターシャはバッグから一つの装置を取り出した。

 手のひらサイズの装置の先にはアンテナがついており、装置の表面には液晶ガラスが埋め込まれている。


「このアンテナを対象に向けることで、精霊との相性だけではなく、対象のマナ保有許容量まで計測できます。たとえば――ケインくんは、土の精霊との相性が良いようです。そして、マナ保有許容量は500となっています」

「その数値は多いのでしょうか?」

 ケインは興味津々で、ナターシャに質問する。


「多いかどうかで聞かれれば、ここのメンバーの中では一番少ないです――が、あなたの土の精霊との相性度は飛び抜けて高いです。高いということは、今後次第では精霊召喚もできるかもしれません」

「精霊召喚!?」

「ナターシャ、こいつの話をしていると一向に先に進めないからそこまででいいぞ」

 目をキラキラさせて食いつくケインに対して、一斗は話をぶった斬る。


「せんせ〜い」

「私も続きが知りたい……けどなぁ」

 恨めしそうに一斗に訴えるケインに対して、ティスティも続きが知りたそうにボソッと呟いた。


「あとあとあと! 兎に角、不特定多数の対象をナターシャと一緒に調査していたところ――」

「あり得ない結果が出た方がいたのです。それが、シェムルさん――あなただった。通常、精霊との相性が良いのは一つのケースがほとんどです。稀に、私やシャナルさんのように二つの精霊を使役できるデュオキャスターもいますが、大戦時でも三つの精霊を使役できた者は敵味方一人だけだったと言われいます。ところが、あなたは五つの精霊を使役できることが判明したのです」

 装置結果を見せながら、事の重大さをシェムルに伝える。

 液晶画面を見てみると、カラフルで綺麗な五芒星が表示されている。火・土・山・風・水の精霊との相性が均等に、しかも良いという結果であった。


「な、なんで私が? だって、私にはもう魔法を唱えるどころか、マナを感じることすらできないのに……」

 シェムルには、なぜナターシャが『あり得ない結果』と言ったのがよくわかるため、鵜呑みで信じることができずにいる。


「そうなのです。その答えが、あなたを今回のメンバーに私が推薦した要因の一つになります。まず、あなたが今の状態にあるのは、無理やりマナを行使し続け、その源をラインさんに断ち切られたことに起因します。では、なぜ力が弱まっているのかというと、あなたのマナ保有許容量が多いのにも関わらず、氣の巡りが悪くマナが枯渇してしまっているからです。例えますと――」

 用意周到なナターシャは紙を取り出し、図を描いて説明し始めると、他のメンバーもよく見える位置まで移動した。


「細い体型の人はあまりご飯を食べなくても体型を維持できますが、太っている人は体型に似合うだけの量のご飯を食べる必要があるのと同じ理屈です」

「……ん〜。つまり、シェムルはマナの許容量が多いから、その分のマナが他の人と比べて体内にないと生命の維持に関わるってことかしら?」

「その通りです、シーナさん。今はなんとかギリギリのところで保っていますが、一刻も早く治療が必要です。そのためには、ティスティさんの協力が不可欠になります」

 ティスティとケインはまだ状況が飲みこめていないのか、首を傾げている。

 その様子を見た一斗は髪をかきむしり、深い溜め息をついた。


「この話は、シェムル個人だけの問題ではないんだ。まだ尻尾を掴めていない謎の組織<マーヤー>によって、命を狙われる危険性だってある――シャナルのように」

 大戦後、シャナルが教会派の大臣の策略によって、研究の実験台にさせられたという話は一斗にとってすごくショックだった。

 しかも、同じような研究がずっと続いていて、<聖なる花園アバディーン>でも行われていたことから、まだ研究自体はどこかで続いていると一斗は睨んでいる。


「それに、おれたちにはあの鬼人族と互角に渡り合える人材はほとんどいない。そういった意味でいうと、シェムルが完治して一緒に戦ってくれることは、何より心強いんだ」

「そうだよ、シェムル! 一緒にいこうよ!」

 内容はよくわからなかったティスティだが、純粋にシェムルとまた一緒に旅をしたいという想いを伝えた。


「……少し考えさせてもらえないかしら?」

 ティスティの想いは痛いほど伝わってきたため、つい了承しそうになったが、改めて考え直したいと思った。


「もちろんいいぜ。ただ、もし同行しないとなると、あんたをマイと同様に保護できるように手配する必要がある。だから、小一時間で答えをきかせてもらえるか?」

「ええ、それで構わないわ」

 時間が経って落ち着いたのか、いつも通りのシェムルに戻っているように一斗は感じた。


「じゃあ、おれたちはそのうちにやること済ませてくるから、一人でゆっくり考えてな」

「ありがとう、一斗」

 一斗はそれ以上何も言わず店の外へ出ていき、他のメンバーもまだまだ明日までにやらなくてはならないことがあるため、各々の持ち場に戻っていった。



 小一時間後――

 一斗たちがお店に戻ってみると、そこには椅子に座って静かに待っているシェムルがいた。

 彼女は悩んだ結果、一斗たちに同行をする意志を伝えた。

 その後、改めて遠征時の役割や予定について共有して、お開きとなった。


(これで遠征する前に憂いはなくなった。マイのことはヴィクスやラインたちに任せるしかないしな。やれるだけやる、ただそれだけだ)

 気を引き締め直した一斗は、ティスティ・ケインと共に遠征前最後の訓練をするのであった。



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