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16 はじめての模擬戦(後編)

 ククリの大声で訓練生たちの動きが一瞬止まった。

 そして、誰もがククリのせいで相手に気付かれたと思った。


「……まさか!? みんな散れ!」

 しかし、レンは再びいち早く冷静さを取り戻し状況を確認すると、敵も驚いた顔をして動きが止まっているのがわかり、すぐさま包囲メンバーに指示を出した。

 そして、すかさずレンもその場から脱出することにした。


(敵は驚いていた……おそらく自分たちの作戦を逆手にとって、一網打尽にするつもりだったに違いない。しかし、無線機から聞こえてきた声と攻撃を仕掛けるタイミングが重なったからか躊躇した……と言ったところか)


「ワァ〜!!」

「く、来るな!!」

「キャー!!」

「逃げろ〜!!」


 仲間たちが次々に敵の攻撃を受けていることが、遠く離れたところから聞こえてくる悲鳴から嫌でも伝わってくる。

 とにかく後ろを振り返ることなくレンは走り続け、途中で発見した岩穴に急いで身を隠した。


「ハァ、ハァ、ハァ……どれだけ生き残った――」

 探知器で仲間たちの現状を確認し、息をのんだ。

 生き残りは<10名>と表示されている。

 つまり――ほんの僅かな時間に、強襲部隊はレンを除いて全滅したことになる。


「フ〜。それにしても……ハァ、ハァ、本当に勝てるのか、あの人に……」

 レンは力なく呟いた。

 何も成果を上げることなく、半数以上の仲間を一気に失ってしまった。

 脱落した仲間たちは武器を装備していたはずで、相手は丸腰。

 それなのに、おそらくケインと同じようにあっさりと倒されてしまったのである。


『レン、レン! 応答して!』

「……こちら、レン」

『よかったわ、レン。あなただけでも無事で』

「……いや、みんなをあっさり脱落させてしまった……申し訳ない」

 どうしようもなかったこととはいえ、これだけ完膚なきまで負けたことはなかった。

 平静を装って返答するものの、内心悔しさで一杯であった。


『あなただけの責任ではないわ……それよりも、至急実行に移したい次の作戦があるの』

「作戦?」


 時刻は、二二三〇。

 制限時間まで残り1時間半で、生き残りは10名。





 ◆一斗サイド


(まさか動く気配を察知されるとはな……さすがククリ、といったところか)


 まさにこれから仕掛けようと思ったタイミングで知っている声が聞こえ、行動に移すのを躊躇してしまった。


「みんな散れ!」という叫び声が聞こえ、訓練生たちが逃げようとするのを察知し、今度は一人も逃さないつもりで追撃。


 一気に氣を使ってしまったが、20名の訓練生を脱落させることに成功した。しかし――、


「一番強そうな相手を逃してしまったか……まぁいい、このまま手応えがないようなら、そろそろ詰めさせてもらうか……って、なんかこの台詞いかにも悪者って感じだな」

 自分の独り言に対して、一斗は苦笑した。


(色々思惑があって実施した模擬戦だったけど、まだ時期尚早だったか……!?)


 考え事をしている一斗に対して、突然何かが飛んできたのである。

 慌てて回避した一斗が飛翔物体を確認すると、一本の弓矢が木に突き刺さっていた。


「みんなかかれー!!」

「「「オーッ!!」」」


「ナニッ!?」

 弓矢を避けたところへ、訓練生が一斉に武器を持って襲いかかってきた。

 剣や槍、斧――なんでもありだ。

 さすがに今素手で受け取ることはできず、受け流すことでなんとか避け続けている。

 距離をとろうとすれば、容赦なく弓矢が飛んでくる。

 それを避ければ、また剣と槍と斧の嵐。


(戦術が変わった!? このままでは――)

 まるで考え事をしている間を与えないように、剣が顔の横を勢いよく通り過ぎた。


「休ませんよ、一斗さん!」

 レンは果敢に攻め続ける。


「……なるほど、お前が指揮官か!?」

「……ここであなたを倒させてもらいます!」

「そう、上手くいくかな?」

 一斗は上手く攻撃をかわしながら、相手の人数を確認し、機が熟したと感じた。


(そろそろか潮時か……)


「なかなか良い作戦だったが……最後は俺の勝ちだ!」

 一斗が地面に拳を突くと、ボンッという音を立てて土煙が発生した。


「な、なんだ!?」

 突然視界が白くなり、訓練生たちは一斗を見失った。


「おい、敵はどこに行った!?」

「探せ! まだこの辺りにいるはずだ!」

 訓練生たちは警戒しながら一斗を探すが、結局見つからなかった。


「まずいっ!?」

 レンはこの場から敵が立ち去った意図がわかり、焦りの表情を浮かべるのであった。





「ふ〜。危ねぇ、危ねぇ! あいつらにしてやられるところだったぜ」

 一斗は訓練生たちを撒いて、目的の場所へとたどり着いた。


「あ〜あ、やっぱり来ちゃったか」

 ティスティは残念そうに一斗に声を掛けた。


「仕方ないだろ? 実践は初めてなんだからな」

 一斗はゆっくりとティスティに近付いていき、彼女の目の前で止まった。

 そして、一斗はティスティに接触するために手を伸ばし――


「させません!」

 もう少しで接触できると思ったまさにその瞬間、一斗の赤いハチマキを奪い取ろうと、ククリの手が伸びていた。


(取った!!)

 ククリがそう確信した、のであったが――


「えっ!?」

 伸ばした手は宙を掴んだだけであった。

 なんと、いつの間にか一斗の姿が見えなくなっていたのである。


「惜しかったな、ククリ」

「!?」

 声の聞こえた方にククリはバッと体を向けてみると、そこにはいつの間にかティスティに接触している一斗の姿があった。



『敵に姫が奪還されました。これにて模擬戦終了です』


 拡張器を用いた模擬戦審判役の兵士のアナウンスが、ハイムの森中に響き渡り、12時間続いた模擬戦は一斗の勝利で幕を閉じたのであった。




 *




「そ、そんなぁ」

 ククリは崩れ落ちるように、地面にペタンと膝をつけた。

 勝てたはずであった。

 けれど、実際に自分は一斗の赤いハチマキは掴めておらず、一斗はティスティと談笑している。


「作戦自体は悪くなかったぜ。最後までこの場に残っていたことを気付かせなかったんだからな」

「……」

 一斗はククリに手を差し伸べると、ククリは悔しそうな顔をして無言で手を握った。

 そんなククリを見て苦笑しながら、一斗は彼女を助け起こす。


「……なんで……避けることができたんですか?」

「それはな。ティスティに触れようと手を伸ばした瞬間に、ティスティの背後から気配を感じたんだ。それがなかったら、間違いなくやられてたかもな」

「確かに! もう少しで一斗が負けて悔しがる姿を見れたのになぁ」

「って、ティス! お前どっちの味方だったんだ!?」

「それは――可愛い子の味方よ」

 ティスティはククリの両肩を、両手で優しく触れた。


「けっ、どうせいつも俺は悪役だ」

「まぁまぁ、そんなグレないの。さて、もう夜も遅いことですし、今日のところは一旦お開きにしましょう。反省会はまた明日ということで」

「そうだな。俺は訓練生たちを集めてくるから、お前たちはそこで待ってろ」

 一斗はハンデとして装着していたものを脱ぎ、地面に投げ捨てた。


「よろしくねー、一斗」

「おうっ!」

 さっきまでの疲れを感じさせない速さで、一斗は森の中へと入って行くのであった。



「惜しかったね、ククリちゃん」

 一斗が見えなくなったのを見計らって、ティスティはククリに話しかける。


「いえ……あれだけハンデをもらってもこの結果です」


『十分過ぎるハンデをもらって、ようやく最後の最後で一矢報いることができただけ』

 そうククリは認識していた。

 だからこそ、余計に自分たちの不甲斐なさが悔しかった。


「そんなに落ち込むことないわ。だって、一斗。最後に本気であなたの攻撃を避けてみせたんだから」

「それは……」

 ククリからすると、一斗は憧れの存在だ。

 自分の言いたいことは素直に言うし、思い付いたらすぐに行動する。

 普段は「かったるい」とか言ってはいるが、どんなことにも一生懸命で、そんな一斗に救われた人は多いと聞く。

 目の前の女性ティスティもその一人らしいが、一斗自身からそのような話をすることはなく、そんなところもククリは好感が持てるのである。


 ガスタークで一斗と出逢い、彼に一歩でも近付きたいと思うようになり、初めてククリは自分の想いを父親に打ち明けた――「一斗さんの下で修行をしたい」と。

 当然ククリの父親は猛反発。

 しかし、これまで一切反論することがなかった自分の娘が、自らの想いを言葉にして伝えている。

 2時間にわたる親子の口論は続いたが、最後は父親が折れて一斗が住んでいるエルピスに一人娘を送り出すことになった。

 ククリの父親としても、一斗はガスタークを活気のある町にしてくれた功労者であり、見ず知らずの相手ではないこと。そして、王国の後ろ盾もあり、繋がりを深めておいても損はないことなどを理由に挙げ、承諾したのである――その際に、あることを父親から提案され、顔を真っ赤にしたとかしなかったとか……。


 その後、ククリの父親に娘を託された一斗は、ククリの意志を尊重することに決めた。

 こうして、ティスティ・ケインに続いて3人目の弟子が誕生し、後にケインと共に連合国軍のエース中のエースとして成長していく。

 もちろん現在は体力を付けている段階であり、訓練生の中でも実力は下の方である――肉弾戦では。



「でも、何でククリはあの時一斗さんが襲ってくるのを感知できたの?」

 女訓練生の一人がククリに尋ねた。


「それはね……突然氣の流れが変わったのがわかったの?」

「氣の、流れ?」

「あ、氣というのは、どんな生命にも流れているエネルギーのことだよ――この森の中にもね」

 心地良い氣の流れを感じ、先ほどまで落ち込んでいた気分がス〜ッと晴れていくのをククリは感じた。


「そうなの? う〜ん……私はまったく感じないわ」

「僕も……」

 引き上げてきた訓練生たちは、思い思いに氣を感じようとするが――誰も手応えを感じることはできないでいる。


「まぁ、そんな簡単にできるもんではないさ」

「「「ケインさん!」」」

 一斗に肩を借りて、ケインが戻ってきた。


「体の方は大丈夫なんですか?」

「あぁ、痛みとかはないから大丈夫だ。その代わり、まだ思うように体を動かせない一撃をもらったけど……」

 ケインはじーっと横目で一斗を睨みつける。


「はっはっはっ! 女性陣に囲まれて浮かれている弟子に、天罰を下さないといけないと思ってな」

 対して、一斗は目的を達成してスッキリした表情でケインの視線を受け流した。


「まぁ、それは冗談として――」

「「(いや、絶対に本気だ)」」

「……ちゃんと模擬戦の狙いはあったぞ」

 訓練生たちの心のツッコミも、一斗はサラッと受け流す。


「それは一体なんですか?」

「ん〜、内緒♪ 今日のところはゆっくり休め。それで、みんなで今回の模擬戦を振り返ってみろ。きっとお前たちなりの答えが見つかるはずさ。正解は一つじゃないんだならな」

「正解は……一つじゃない……」

 一斗の言葉をじっくり噛み締めながら、ククリは復唱した。

 他の訓練生たちは納得できずにいたが、初めての長時間にわたる訓練――それに伴う緊張による疲れもあり、しぶしぶ宿泊先のテントへと戻っていった。


「……」

 そんな中、その場から動かずいる訓練生が一人いる――強襲部隊のリーダーを任されていたレンであった。

 彼の視線をある一点をじっと見つめている。


「どうかしたか?」

 その視線が自分に向けられていることに気が付いた一斗は、レンに声を掛ける。


「いえ……失礼します」

 レンは特に表情を変えることなく、ゆっくりとした足取りでテントへと歩いていく。


「……あいつ俺に何か用があるじゃないのか?」

「どうでしょう……あいつは先生に似て負けず嫌いのところがありますから」

「そうね。冷静なフリをしているところもそっくりかも」

「……褒め言葉として受け取っておくよ。じゃあ俺らもそろそろ休もうぜ」

「では、僕は彼らと一緒に寝ますので、ここで失礼します」

「おぅ、またな」

 ようやく満足に体を動かせるようになったケインは、足早にテントへと向かっていった。




「さてと。改めて今日はありがとうな、ティス。おかげで俺も良い経験になった」

 一斗はティスティの横に並んだ。


「どういたしまして」

 二人きりになったときに、改めて感謝の言葉を伝えてくれるこの瞬間を、ティスティは好きだった。

 毎回照れくさそうに――けれど、真っ直ぐ彼の想いが伝わる感じがする。


「今回はあくまで模擬戦だけど……あの子たち、ちゃんと生きて帰ってきてくれるかな?」

「……絶対はないが、そうあってほしいと思ったから、俺らでも力になれることがあれば協力するって決めただろう? そもそも、本当は戦争なんかしたくないけどな……」

 平和な日本で育った一斗にとって【戦争】は、過去の出来事という認識しかなかった。

 この世界に来てからかれこれ2年近く経つが、とても身近に感じるようになっている。

 特に、3ヶ月前に遭遇した事件――ラキューナ率いる<マーヤー>や鬼人族との遭逢は、近い未来始まる大きな戦を予感させた。

 自分は戦とは無関係、そう思い込んできたが――


(マイのことやこの世界にやってきた意味を考えると、避けては通れないかもしれないな。どうする、俺?)

 訓練生の育成や連合軍結成式典に参加する時点で無関係とは言えないが、それでも踏ん切りがつかないでいる。


「そうよね……そういえば、ククリちゃんの成長ぶりはどうかな?」

 ティスティは気分を入れ換えるかのように、話題を切り替える。


「ククリか、あいつはケインと似たタイプだな」

「ケインと……どういうこと?」

 幼馴染のことを思い浮かべてみたが、一斗の言いたいことがよくわからなかった。


「全般的な能力は人並みかそれ以下。けれど、何かに特化している。ケインでいえば、集中力」

「でも、今回一斗に気付くことができず、あっさり奇襲されちゃったよ?」

「あ〜、それはそうなりやすいように俺が仕組んだんだ。氣で相手の位置がわかる探知器を、訓練生たちに支給していただろ?」

「ええ。みんなの話では、開始早々一斗の位置がわからなくなったって……それで慌てたところに――まさか!」

 当時の状況をもう一度思い出しているうちに、ティスティは一斗が仕組んだ内容がわかった。


「『ケイン自身が氣で探知する』という選択肢をなくすために、あの探知器を――」

「ああ、そうだ。もちろん訓練生たちは俺の位置がわからないだろうから、ハンデのために支給したんだけどな。それでも、事前に探知器を配っておいたんだから、その性能をしっかり確認しておけば、いきなりやられることはなかったかもしれないだろ?」


 探知器は極微量の氣は探知できない。

 仮にできてしまうと、人間以外の動植物の氣を誤って感知してしまう可能性があるからだ。

 だから一斗はその性能を逆に利用して、自然界の氣に同化することで気配を隠すことに成功したのであった。


「なるほど〜。一斗もいつも行き当たりばったりなわけじゃないんだね♪」

「おいおい、いつも俺は――ごめんなさい」

 反論しようとした一斗であったが、その瞬間垣間見たティスティの笑顔を前にしたら、ただただ謝罪することしかできなかったのであった。



「まぁ、ケインもいずれ独り立ちする。きっと今よりもさらに大勢の仲間たちをまとめていく存在になるはずだ。その時に活きるような経験を出来る限りやってあげたいんだ、俺は」

「それは、ケインが弟子だから? それとも、今回のように異性に持てはやされているケインの鼻っ柱を折るため?」

 ティスティは一斗の目を覗き込むようにして、ジト〜とした目線を一斗にぶつける。


「あははは。最近のティスは手厳しいな。まぁ模擬戦を思い付いたきっかけはそれだったが……実際にあいつらと接することで認識が変わったよ。ただ、例え弟子じゃなくても、伝えたいことや俺から学びたいことがあるんなら、最大限力になる。それが、今の俺の原動力だからな」


 この世界に来て、初めて訪れた街アイルクーダ。

 そこでマイの魔法<マジカルアート>で自分の内面を知り、どれだけ相手に一方的に求め続けるだけの存在だったかを思い知った。

 それから今の自分に何ができるかを考え行動するようになって、ハルクとの出逢いに繋がったときの事を一斗は思い出した。


(そうだな……俺にとっての最優先事項は決まってるんだ。マイを覚醒させる――そのためには、有力な手掛かりを知っているだろう大賢者カールと再会する必要がある。カールに会うためにはリンドバーグに出向くことになるが、情報収集のことも考慮すると穏便に行きたい。となると、リンドバーク帝国と繋がりは必要不可欠……か)

 何度シミュレーションしても、この流れしか思いつかない。

 思いつかないのに行動に移せないのは、もしかしたら『戦争に協力することに対して、踏ん切りがつかないでいる』という事を行動できない理由にしている可能性がある――そんな気がしてきた一斗であった。






 ◆訓練生サイド


 一斗とティスティと別れたケインは、訓練生たちと合流。

 訓練生たちが全員テントに入り就寝したのを見届けて、ケインは星空がよく見える位置へと移動した。

 その場所は、ケインが一斗との修行でよく利用する場所。大きな岩に二人で腰掛け、一晩中語り明かしたことがあり、ケインにとって大切な思い出の地である。


「ケインさん、少しいいですか?」

「ん? レンか……どうした?」

 すると、ケインがこの場所に来るのを見計らったかのようなタイミングで、レンが声を掛けてきた。

 見た目の表情では分かりにくいが、ケインはレンの様子がいつもと違うことを感じ取った。


「一つ確認したいことがあります……あの人は、一斗さんは一体何者ですか?」


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