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15 はじめての模擬戦(前編)

 一週間後、いよいよ模擬戦がハイムの森で始まった。


 事前に訓練生たちはトラップを仕掛けたり、配置を考えたり、出来る限りのことをしてその日を迎える。


「絶対に勝てる!」

 とまでは思っていないが、自分たちに有利な条件であること。そして何より、ケインが指揮官として指揮をしてくれることが、訓練生たちにとって精神的余裕を与えているのは間違いない。


 今回訓練生たちが立てた作戦はこうだった。


 部隊を大きく二つに分け、一斗を強襲する部隊とティスティを死守する部隊を編成。

 前者にはケインも加わり、被害を最小限にしつつ制限時間ギリギリまで粘る作戦をとった。



 一方、一斗は隠密な行動をとることなくハイムの森に入る手前で立ち止まる。

 開始時刻である一二〇〇になったを見届けて――

「さぁ、早速行くぜ!」

 一言ボソッと呟くと、一斗の姿はかき消えた。



「(!? 先生の氣が消えた?)索敵班、敵の位置はどうなっている?」

 一斗の気配を探っていたケインであったが、模擬戦開始と同時にまさか対象の気配を見失うとは思ってもみなかった。


「……どこにも見当たりません、指揮官!」

「もしかしたら、一気にティスティを捕獲しにいったのかもしれません。別部隊に連絡を!」

「は、はい!」

 ケインの指示で、慌てて連絡をとる女訓練生。


(先生は訓練生たちそれぞれの気配は知らないはず。だったら、どんな相手かわからないところには、いきなり向かわないはず。わからないところ……まさか!?)

 ケインは自分が迂闊だったことに、今気が付いた、のだが――


「まずは頭を叩く。当然だろ?」

「カハッ!? (標的は……最初から僕だったのか)」

 ケインは防御を構える暇もなく、一斗の手刀による一撃を首に受け、そのまま気絶。


 ケインが身につけていた判定シールが剥がれ、敵味方の位置がわかる探知器に『失格者:ケイン』と表示された。




「さぁ〜て、次はどいつだ?」

 一斗は威嚇する氣を放ちながら、周囲にいる訓練生に向かって一歩ずつゆっくり歩きはじめる。

 そんな一斗に対して、訓練生たちは叫び声も上げることもできず、身動きもできずにいる。


「(このままでは全滅だ!?)各自散開!」

 いち早く正常に戻った訓練生の中では一ニを争う優等生であるレン。

 一斗に対する恐怖のあまり、動けなくなっている周りの仲間たちに慌てて声を掛けた。

 その言葉で金縛りが解けたかのように体が動かせるようになり、訓練生たちはそれぞれバラバラの方角に逃げていく。


「なるほどな。訓練生とはいえ、冷静に状況が判断できるやつがいたか……まぁ、いいさ」

 一斗はすべて思ったようにいかなかったことを、逆に嬉しく感じた。


(一方的なゲームじゃあつまらないからな……楽しませてくれよ)

 高まめた氣を抑えて、一斗はその場で静かに目を瞑るのであった。




「ハァ、ハァ、ハァ」

 一度バラバラに散った訓練生たちは、一斗からだいぶ離れたところで再び集合した。

 集合したメンバーは、男女各1チームの六人である。

 他にも4チームが強襲部隊の任にあたっていたが、作戦が失敗した時点でもう一つの部隊のところへ戻っている。



「化け物かよ、あの人は」

 誰もが息は切れ切れだったが、男訓練生の一人が自分の中にある恐怖心を吐き出すように呟く。


「ハァ、ハァ。私たち六人が全力で立ち向かっても、一撃も与えれなかったケインさんに――」

「抵抗される前に――」

「一発で気絶させるんだもんな」

 どの訓練生も顔色は暗かった。

 人数的にも、物資的にも自分たち訓練生チームの方が有利だと誰もが確信していた。

 ところが、開始早々チームの柱でもあったケイン隊長が、まさかの離脱。

 いきなり雲行きが怪しくなってきた事態に、誰もが不安を隠せずにいる――ある一人の男を除いて。


「……」

「レン、どうしたんだ?」

 訓練生の一人がレンに声を掛けた。

 不安で押し黙っているというよりも、何か考え事をしている様子のレンに対して、みんなが注目した。


「……なんで敵は隊長を真っ先に狙ったんだろうな?」

「そりゃあ……隊長を倒せば、後は楽勝だと思ったからじゃないか?」

「でも、俺らは誰も倒されていないし、今のところ姫も奪還されていない。あんな真似ができる敵が、あれから10分以上経っているのに何もアクションがない」

「「「確かに」」」

 レンの言うことも尤もである。

 事実、一斗はあれからあの場から一歩も動いていないし、他の訓練生が退場した報告も上がっていない。


「姫を守っている部隊にもさっき連絡をとったが、特に動きはないようだ。きっとすぐに行動できない理由と、したくない理由があるはずなんだ……」

 みんなに話しかけているようで、まるで自分自身に問いかけるように、レンは再び話し始める。


「私たちも他の部隊に合流する?」

「いや、今何も策がないまま下手に合流すると、一網打尽にされるかも」

「なら、動かない敵に対して一斉に攻撃を仕掛けるとか?」

「隊長を一撃で倒すような人を、私たちで?」

「そう、だよな」

 レンの問いかけをキッカケにして、他のメンバーがお互いに思っていることを発言し始めた。

 そんな彼らの表情からは不安の色は消え、現状を打開する案を必死に模索している。



「レン、どうする?」

 色々な案が出たが、レン以外のメンバーは最終的な判断をレンに委ねた。


 集団行動のとき、その中でも特に意見が分かれる場合には、リーダー的存在が不可欠である。

 訓練の座学で耳にタコができるくらい聞かされた知識を、早速活かすチャンスがやってきたのであった。



「敵の思惑はわからないけど、俺らの目的は?」

 レンは他のメンバーたちに目線を送り、改めて質問した。


「姫を死守しつつ――」

「誰か一人でも制限時間まで生き延びること」

 六人は目的を確認できたことで、お互い頷き合った。


「そうだ。今あえて敵わない相手に食ってかかる必要はない。もう一度姫たちを死守している部隊に連絡をとって、冷静に現状確認をしよう。ミルダ、君には敵を見失わないように監視していてくれ」

「了解♪」


「バルク。君たちには念のためこの周囲への警戒にあたってもらいたい。もしかしたら、また奇襲をかけてくるかもしれないから」

「了解だ」


「そして、ナナルとロイド。察知能力に優れた君たちには、敵の尾行をお願いしたい。隊長の話では、100メートル以内に近付くと察知される可能性が高いようだから、近付くときには特に注意してほしい」

「わかったわ」「おぅ、任せておけ」


「レン、お前はどうする?」

「ロイドと一緒に周囲の警戒にあたりながら、次の作戦を考えるつもりだ。敵があのままずっと動かない、なんてことはないだろうしな。それじゃあ、各自よろしく頼む!」

「「「「「了解!」」」」」


 レンが的確に支持を出していくことで、他のメンバーも完全に調子を取り戻したようだ。


 その様子を頼もしく思ったレンであったが、思うようにはいかないのが実戦であることを、訓練生たちは思い知ることになるのであった。





 ◆ティスティ(姫)死守部隊サイド


「あれからレンたちからは連絡はあるか?」

「ええ、定期的にミルダから報告は受けているわ。けれど――」

「敵は全く動く気配なし、か。果たしてどうしたらいいものか……」


 ケインが一斗の奇襲を受けて離脱してから、かれこれ三時間は経つ。

 一斗を強襲する部隊はレンたち六人を除いて、一旦姫を死守する部隊に合流している。

 強襲するどころか、初っ端に出鼻をくじかれたため、浮き足立っているのが現状である。



「さすがね、一斗」

 訓練生たちの様子を遠目で見ながら、擁護された(ことになっている)ティスティはボソッと呟く。

 訓練生たちはなんとか現状を変えようにも、ケインが奇襲を受けてから状況がまったく変わらないことが、逆に訓練生たちを不安にさせている、とティスティは推測する。


(けれど、一斗はどうするつもりなのかしら。もうこれで一斗を倒せる可能性のある相手はいないのだから……とはいえ、いつもの様になんか企んでいるかもしれないわね)

 一斗とこれまでずっと一緒に行動していたティスティは、毎回彼の言動や行動に驚かされっぱなしだった。

 驚かされると同時に、ティスティにとっては毎回新鮮だったことと、遊びであろうと全力で取り組んでいる姿勢に刺激を受け続けている。

 ――巻き込まれる側は翻弄されっぱなしではあるが。


 とはいえ、面倒なことは避けたがる一斗が、遠征前にわざわざ自ら提案した模擬戦。


(どんなことを考えているのか、お手並み拝見ね)

 ティスティはこれからの展開を楽しみにしながら、訓練生たちを引き続き見守ることにするのだった。




 一方、訓練生の中で誰よりも動揺している女訓練生が一人いる。


(どうしよう、どうしよう……私どうしたらいいの?)


 彼女の名前は、ククリ。

 ガスタークの港町から志願してきた女性。

 年齢は15歳で訓練生の中でも、最年少である。

 セミロングの黒髪で、綺麗に整った顔立ちをしており、とても戦に向いてなさそうな可愛らしいお嬢様のような雰囲気が漂っている。

 事実、ククリの父親はガスタークでも有数な資産家で、ククリはその令嬢である。


 争いごととは無縁な生活を送っていたが、ある想いを持って志願したククリ。

 今回の模擬戦では死守部隊として探索の任に就いていた――そして、唯一ククリは訓練生の中で、一斗の実力の一端を知っている。

 だからこそ、当然のこととはいえ誰よりも動揺してしまっているのであろう。


(一斗さんが本気になったら……勝ち目なんか。私たちが束になっても倒せない相手――迂闊に手は出せない。手を出せばすぐにやられてしまうわ)


 結局何も手が打てないでいる状況を何とか打開しようと考えては見るものの、まったく打開策が思いつかずにいる。


「みんなこっちに集合して! リーダーたちが話し合ってきたことを共有するわ」

 そんな時、死守部隊を取りまとめている女訓練生から伝達がまわってきた。

 ククリを含めた女訓練生三人はお互いの顔を見合わせ、集合地点へと向かうことにした。



「――というわけで、強襲部隊として残ったレンたちは改めて敵に攻撃を仕掛けることになったわ」

「大丈夫なのか? あのケイン隊長を一瞬で仕留めた相手だぞ?」

「とはいえ、もうかれこれ9時間以上立つが何も進展がないんだ。やられっぱなしというわけにはいかないだろう!」

「た、確かにそうだが」

「とにかく強襲部隊はもう動き始める準備を整えているわ。応援要員を派遣して、二二〇〇を以って作戦を結構するよ。みんないいわね?」

「「「了解!!」」」


 次の作戦はこうだ。

 相手が動かないのであれば、まずは逃げ場がない様に包囲網をひく。

 その上で、ジリジリと相手に近付き、多少の犠牲を払ってでも一斉攻撃を仕掛けて、敵を討ち取るという作戦である。


「…………」

 ようやく事態が動き始めたものの、ククリは不安な気持ちで一杯であった。

 なぜなら一斉攻撃を仕掛けるのはいいが、作戦の詰めが甘すぎると思ったからである。

 包囲した後の作戦がそもそもなく、数で押し切れると考えている節がある。

 訓練生30人のうち半数以上の21人が強襲部隊として参加する。ということは、数字的には21対1で明らかに訓練生側が有利なのは確かである。


(こんな時、あの人ならどうする?)


 ………………

 …………

 ……


「俺は戦のことはよくわかんねぇ。けどな、相手との駆け引きで大事なのは、常に勝てる状況を意識することだ」


「もし、勝てない状況だと判断した場合は、どうすればいいんですか?」


「その時は逃げることだけ考えろ」


「逃げることだけ?」


「そうだ。例えば、大勢に囲まれてしまったとき、退路を妨げられたとき。勝てる見込みが半々ではないと判断したときは、すかさず逃げろ! ただ……もし相手があえてその状況を作り出しているのだとしたら――」


 ……

 …………

 ………………



(『それは罠』だとしたら……)


「一二〇〇、作戦決行!」


 ククリが考えに暮れている間にも、作戦は決行された。

 応援要員も強襲部隊に合流し、敵に対して慎重に包囲網をひいていく。


「敵、未だに動く気配なし」

 レンは無線機に対して、小声で話しかける。


『了解。引き続き作戦を決行せよ』

「了解」

 無線でのやり取りを終えて、レンたちは目標を肉眼で目視できるところまで移動した。


「強襲部隊のみんな聞こえたな? このまま作戦を続ける。準備はいいな?」

「もちろんだ。いつでもいいぜ、レン!」

「こっちもだ」

「相手は気付いていない様子だ。今のうち倒してしまおうぜ」

 訓練生たちは茂みに隠れて、襲いかかるタイミングを今か今かと待ちわびている。


「それじゃあ、作戦けっ――」

『みんな! 今すぐその場から逃げて!』

 レンが敵に攻撃を仕掛けようとしたまさにその時、無線機からククリの焦った声が周囲に響き渡った。



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