14 賢者カール
「賢者カール? そいつは何者なんだ?」
一斗は聞いたことのない名前に首を傾げ、シェムルに聞き返す。
『賢者カール――年齢不詳でどの国にも属さず、人里離れて転々と世界各地を旅していて、さすらいの賢者とも呼ばれている方よ。私の命の恩人で、生きる術を色々と教えてくれたわ』
「(カール……どこかで聞いたことのある名前だが)ん!? お前が生きていたときって言ったら、もう300年近く前の話だろ? 生きてるのか?」
『彼は……生きているわ』
「……どうしてそう言い切れる?」
シェムルの言葉には、確証はないと言っているけれど生きていると考えられる根拠があるように感じた。
『先日レオナルドと共にエルピスに行った際に、彼がここ最近この町を訪れた思念を感じたの』
思念体として現存しているシェムルは、その場所に残っている強い思念を感じることができるようである。
『レオナルドにも接した痕跡があったのだけれど……彼は覚えていないようなのよ』
「申し訳ございません。カールという名前と、医術に長けているという情報だけでは――」
「(医術に長けている……カール……)あ〜!! あいつだ……俺も会ったことあるやつだろ?」
一斗の頭の中でバラバラに記憶されていた情報がバシッと繋がった。
『え、ええ。あなた覚えているの?』
信じられないといった様子のシェムル。
「あぁ、覚えているぞ。そいつとはハイムの森に初めて出向いたときに出逢った。そして、キールとの一件の後、俺が助けることのできなかった重病人をそれこそ医術で治療してくれたぞ。いつの間にか、その後姿を消していたが……(でも、何で忘れてたんだ?)」
『彼は……旅先でカールとして人と接することがあると、出逢ったその人から記憶を消していくのよ。普段は人と関わることを極端に避ける方で、厄介事に巻き込まれるのを嫌がるわ。私も当然記憶を消されていたけれど……なぜかエルピスに訪れたときに思い出したの』
「そうなのか……(俺の知っているカールは、どちかというと積極的に俺たちに関わってきたような気がしたが。別人なのか?)」
〜〜〜
「魔法ではないさ。おそらく古代道具を使ったのだろう」
〜〜〜
そう言って、突然一斗・マイ・ティスティの前に現れたカール。
ケインの父であるヘッケルがマイと同じように意識不明になっていたが、彼の症状を診てカールが処方した薬草で意識を取り戻したことがあった。
(気配を一切感じさせない実力……そして、どんな症状でも治してしまう医療技術。あいつなら確かにマイを治療できるかもな)
『その話を聞いてもレオナルドが思い出さないところをみると、どうやらあなたは特別のようね』
「この世界の住人ではない、という点では特別だがな。でも、肝心な居場所はわかるのか?」
『カール様の痕跡を辿ってみたわ。すると、ガスタークの先の海へと続いていた……つまり――』
「「リンドバーク帝国!?」」
一斗とレオナルドの声が見事に重なった。
*
エルピスに戻ってきた一斗は訓練所に顔を出したのだが――、
「ハァ〜、勢いでオッケーしてしまったぁ」
城から戻ってきてから、ずっと未練がましく唸り続けている。
いくらマイのためとはいえ、女王ソニアに上手いこと丸め込まれた感が満載である。
賢者カールの探索を条件に帝国行きを了承したが、連合国軍の式典に呼ばれたという時点で参加して終わりということはないであろう。
(とは言え、自分を囮に使われたことを根に持っていやがるからな……あの女王様は)
レオナルドと話した後、再度ソニアに謁見。
帝国行きの条件を色々提示した上で、それでも渋っていた一斗に対して言ったソニアの「囮って大変ですわよね、一斗殿?」と笑顔で一言。
これ以上渋ることに身の危険を感じた一斗は、渋々と帝国行きを決めたのであった。
「一斗、そんなところでウダウダしているくらいだったら訓練手伝ってよ」
「ティス……と言ってもなぁ」
一斗はティスティが指導している集団(大半はティスティと同年代ぐらいの若い男子)をチラッと見る。
すると、「何親しくしてるんだよ……」と言わんばかりの鋭い目付きで、ガン見してきたのである。
(あははは、ティスはどこでも男どもから人気あるよな)
一斗は乾いた笑いを浮かべながら、ティスティを再び見てみる。
「ん、どうしたの? きっとみんなも一斗から教わりたいと思ってるよ!」
一斗の目線に気づいたティスティだが、彼らの視線の意味を履き違えているようだ。
次に一斗は何気なしに別の訓練風景を見てみると、ティスティが教えている集団とは正反対の集団(つまり、大半が若い女性たち)が弓矢の射的訓練をしていた。
訓練なのに、度々黄色い歓声が上がっている……まるで青春学園ドラマを生で観ている感じがした。
驚きなのは、その部隊の指導官がなんとケインなのである。
軍事訓練はできないが、ケインの弓の技量は王国では並ぶ者がいないくらいに成長していた。
格闘技の才能はなかったが、敵を察知する能力と射撃能力は一斗との修行で開花。
また、訓練とは無関係ではあるが、ケインは修行を始めてから身長はグングン伸び、レオナルドのようなイケメンへと成長。
一斗とは異なり、礼儀正しく優しい性格の持ち主でもあるため、ケインの株は急上昇したようである。
(ケインのやつ、弟子の分際で美味しいところばかりもっていきやがって――!? まてよ……)
「……何を企んでいるの、一斗?」
「(ギグッ)な、なんのことかな〜? そうそう訓練を手伝ってやろうと思ってな」
「本当かな〜」
ティスティは疑いの目を一斗に向け続ける。
「本当だとも! そうだ、折角だから合同訓練をしないか? ケインたちと一緒にな(フッフッフッ、見てろよ)」
「ケインたちと? 一体何をするの?」
「そいつはケインと一緒に伝える。お〜い、ケイン!」
一斗はケインに向かって大声で呼び掛けつつ、ケインの下へと歩いていった。
「はぁ〜、しょうがないわね」
そんな一斗の姿を見てため息をつくティスティ。
元々一斗を訓練に誘ったのが自分であるため、邪険に扱うこともできず。
何事も起こらないことを願うティスティであった。
「「模擬戦!?」」
ティスティとケインの声が被る。
「訓練生同士がチームを作って――」
「先生と戦うんですか!?」
「そうだ。戦うといっても、俺は攻撃は一切しない。だが、戦場と動揺の緊張感を持ってもらう。今までの成果を試す、良い機会だと思うが」
一斗は二人に賛否を委ねた。
「……いいわ、望むところよ! ねぇ、ケイン?」
「そうだな。その戦い受けて立ちます! では、早速みんなに――」
「い、いや。あいつらには俺から話す」
慌てた一斗に対して、ティスティはさらに疑いの目を向ける。
「ルールが間違って伝わってはまずいだろ? それにあいつらには頑張るための秘策を伝えないといけないからな」
「「秘策?」」
「そうだ。お前たちには内緒にしないと意味がないから、ちょっと待ってろよ!」
それだけ言うと、ティスティとケインの了承を得ないまま、二つの集団を一箇所に集めてコソコソと彼らに何かを伝え始めた。
「ケイン……私は何か悪い予感しかしないのだけれど」
「奇遇だな、僕もだよ。ただ、先生があんなに活き活きしている姿は久しぶりに見れたなって」
「それもそうだね……」
マイが意識不明になってから、特に一斗のことを心配していたのがティスティとケインであった。
その心配していた当の本人が望むことであれば、出来る限り叶えてあげたいと二人は思ったのである。
「「「エイ、エイ、オー!!」」」
「なっ!?」
「何があったの!?」
突然自分たちが指導している訓練生たちが、これまで出したことがないくらい気合の入った声を上げて、ティスティとケインの顔は驚きの色を隠せないでいる。
「やぁ、これで絶対に面白くなるぞ〜」
そんな二人と相対するように、満面な笑みを浮かべながら一斗は二人の下へと戻ってきた。
訓練生たちはやる気十分のようで、そのことが嬉しくもあり、逆に怖くもあると感じたティスティとケインであった。
こうして、一斗 vs ティスティ・ケイン連合チームの模擬訓練が、一週間後に行われることになったのである。




