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13 暗躍する影

 ◆エルキュリア島


 リンドバーク帝国の領土内にあるエルキュリア島。

 帝国の領土ではあるが無法地帯となっており、島周辺では行方不明になる者が続出。

 今では一般人だけではなくて、帝国の兵士たちですら近づけない地域になっている。


 島の中央部は森林地帯になっており、一見すると無人島のように見えるが――



「さて、これからどうする?」

「王国と帝国が同盟を結んだらしいぞ」

「あいつらは何やってるんだ! <マーヤー>のやつらは!」

「ラキューナはまだか!?」

 地下に作られた施設になっており、そこには高貴な服装を身に付けた者たちが隠れ潜んでいた。

 その中には、王国と帝国の貴族が紛れていて、彼らにとって由々しき事態に焦り慌てている。


「ガジル殿はどう思う?」

「……ラキューナ殿の到着を待ちましょう、クワイフ殿」

 ブランチ島で死んだことにしたクレアシオン王国宰相ガジルと、リンドバーク帝国摂政クワイフの姿がそこにあった。

 二人とも無傷であることから、一斗の推測は正しかったと言える。



「失礼いたします! ラキューナ様がおいでになりました」

 兵士が部屋にラキューナを到着を知らせると、部屋の中で待機していた者たちは一斉にそちらに振り向いた。

<マーヤー>の幹部たちに続いてラキューナが姿を表した。


「お待たせいたしました、皆様」

 優雅にお辞儀をして、ラキューナは部屋の中に入っていく。

 その一つ一つの仕草に、先ほどまで動揺していた者たち全員が心を奪われている。


 ラキューナが席に着席し、幹部三名はその後ろに控えた。


「皆様、それではこれまでの出来事をご報告いたします」

 ラキューナが再び発言したのをキッカケにして、貴族たちは正気を取り戻した。

 その様子を見届けてから、ラキューナは報告を始めるのであった。




「――以上になります」

「「「……」」」

 ラキューナからの報告を聞き、一同は深刻そうな表情を浮かべている。


 それもそのはずだ。

 ブランチ島に両国の主要人物が集まるように誘導する――ここまでは上手くいっていた。

 それ以降の作戦がすべて失敗している。


 ガスタークでの女王暗殺を元フィダーイーのせいにする作戦。もしくは、それが上手くいかなかった場合には、女王が危ない目にあったことを元フィダーイーのせいにする。その上で、フィダーイーの責任者であるラインを失脚させるという作戦であったが、どちらも上手くいかなかった。


 次に、もしガスタークでの作戦が失敗した場合には、ブランチ島で何者かの仕業にして当事者すべてを抹殺する計画を立てていた。

 しかし、その作戦も阻止された。


 そして、最後の奥の手として、鬼人族に対してブランチ島で同盟交渉がある情報を流して、あわよくば鬼人族に後始末をつけてもらうことを企んだ。

 ところが、この最後の奥の手ですら失敗という結果で終わった。

 ガスタークに潜ませている密偵によると、当事者たちは全員無事に帰還。

 しかも、実際に鬼人族に遭遇したのにもかかわらず、撤退したのではなく撃退しての帰還という驚きの報告を、ラキューナは受けたのである。



「これから<マーヤー>はどうするつもりだ?」

 クワイフはラキューナに苛立ちながら質問をする。


「はい。恐れながら、今は表立って動かない方が良いと思われます。我らの後ろ盾であるあなた方の存在を察していると節がありましたので。これまで通り、次に行動に移すタイミングを伺いたいと」

「……お前たちは我らのおかげで活動できているのだ。そのことを忘れずに忠義に励め」

「承知いたしております、クワイフ様。皆様への恩義、決して忘れておりません。それでは、私はこれで失礼いたします」

 ラキューナは立ち上がり、もう一度優雅にお辞儀をする。

 そして、幹部を連れて退出していった。


「これでいいのですか、ガジル様? 奴らに任せっきりで」

「ラキューナ殿の話が正しければ、少なくともクワイフ殿と私はマークされている可能性がある。それはお主たちにも言えている。ならば、こちらから無理に危険を冒す必要はないはずです」

「なるほど、さすがガジル様」

「我らは高みの見物と決め込みましょう。美味しいところだけ、我らはもらえばいいのですから」

 貴族たちは悪どい笑みを浮かべながら、談笑を続けた。




 一方、ラキューナたちは無言で施設を出て、地上に上がってきた。


「ラキューナ様」

「どうしました、ヤハウェイ?」

 ラキューナの右側に控えていた男、<マーヤー>幹部の一人ヤハウェイが小声でラキューナに話しかけた。

 ヤハウェイは組織のブレインであり、組織全体を実質的には彼が管理している。

 丸縁、青いレンズのサングランスをかけている。


「あんな奴らに言われたい放題……このままで本当によろしいのでしょうか?」

「ヤハウェイ、あなたのその怒りはわかります。しかし、我らが作戦を失敗した事実があります。それに、物資から人材、情報など組織に必要なものはすべて彼らから頂いているでしょ?」

「確かにその通りですが――」

「ラキューナ様の仰る通りだ、ヤハウェイ」

「ハイド……しかし……」

 ラキューナの左側に控えていた男、<マーヤー>幹部の一人ハイドはヤハウェイを窘めた。

 ハイドは組織の作戦参謀として、作戦の企画・立案・指揮を執っている。

 真面目な性格をしており、個性の強い者たちをまとめるのは彼にしかできないと言われている。


 まだヤハウェイは納得しきれていない様子だが、ラキューナが納得しているならこれ以上自分が何を言っても無意味だと悟った。


「それでは、ラキューナ様。私は引き続き密偵の任務に移ります」

「お願いします、バロン」

「ハッ、ラキューナ様!」

 ラキューナの後ろに控えていたバロンは、彼女に対して深々と臣下の礼をとり、姿を消した。



「……あやつに任せてもよろしいのでしょうか? 彼は密偵でありながら、逆上する傾向があります。もしそのことが仇となり、敵に捕まったりでもしたら……」

「ハイド、あなたの心配はわかります。けれど、大丈夫です」

 ラキューナはハイドの心配を他所に、穏やかに微笑んでいる。


「ハイド、お前も諦めろ。ラキューナ様が決めたことは絶対だ。そうだろ?」

「……昔からそうだったな。本当にあなた様は」

 ヤハウェイとハイドは苦笑した。


「あなた方にはいつも世話をかけますね」

「我らはあなた様に命を捧げた身」「あなた様の側に仕えることが喜びであります」

 ラキューナに対して、ヤハウェイとハイドは臣下の礼をとった。


「それでは、後のことをお願いします。私は次の作戦に移ります」

「承知いたしました」「くれぐれも無理をすることがなきよう」

 この先ラキューナが何をするのか二人は聞いていないが、彼女の決定に従うことに決めた。



 そんな二人を余所目に凛とした気品ある佇まい優美な動きで、ラキューナは先頭を歩いていく。


(さて、これからが益々楽しみですね。私にとっても、あの方にとっても……そして、この世界にとっても、ね)

 ラキューナはヤハウェイとハイドには見えないように、妖艶な笑みを浮かべるのであった。







 ◆エルピスのまち


 リンドバーク帝国との同盟が成立した話は、ガスタークを基点となり瞬く間に王国全土に広がっていった。

 その話は慣習で残っていた身分の違いによって、まったく異なる受け取り方をしている。


 例えば、貴族たちの間では不安が広がっていた。なぜなら、人徳のあった宰相ガジルが国を裏切ったことにより、女王主導による粛清が貴族の間で始まったからである。

 粛清が始まったとはいえ、すぐに罰せられるということはなかった。それでも、王国のために積極的に働かない者は、場合によっては貴族としての身分を剥奪されることになったのである――裏切者として。

 これには、これまで働くということをしたことがなく、変にプライドが高い貴族たちは大いに動揺した。


 一方、国民の七割を占めている位の低い(貴族ではない)者たちは、ウェルカムな態度をとっている。なぜなら、同盟が成立して以来王国内の町村だけではなく、隣国リンドバークとの交流が活発化。それにより、雇用が生まれ、食料不足が改善されたからである。

『自分たちが生き残るためにはどうすれば良いか?』

 そのことを考え、行動に移すことが国民の生き甲斐にも繋がっている。



 交流が盛んになったことで、大きな賑わいを見せている場所は現在三地点ある。


 まずは、インフラ整備・雇用が充実しているアイルクーダ。

 いち早くアルクエード中心の日常から抜け出していたこと。

 そして、他の地域では失われていた土木技術がハルクによって復活し、多くの技術者が育成されていたことが大きい。


 二つ目は、リンドバーク帝国との交流の基点であるガスターク。

 元々漁業や貿易で栄えた港町だけあって、その基盤がもう一度出来ていくと町の様子は一変していった。

 それこそ、同盟交渉以前と比べると、まったく別の町に変わっている。

 さらには、現在造船計画が急ピッチで進められており、王国中から雇用を求めた民たちがガスタークに集結していることも大きい。


 そして、三つ目は<サムソ>が活動拠点としているエルピスでは――


「ほら、そこっ! サボっていたらいつまで経っても成長しないぞ!」

「はい!」


「第一部隊集合! これより一時間休憩をとる。各自、次の訓練まで解散!」

「「「ハッ! ありがとうございました!」」」


 連合軍の一員として参加するための訓練所がエルピスの近郊に作られ、<サムソ>の隊員たちが中心となり訓練が行われている。

 なぜ<サムソ>が訓練を担当しているのかというと、王国直属の兵士たちの数が入隊希望数に対して圧倒的に足りていないことに起因する。

 そこで、白羽の矢が立ったのが、戦闘経験のある<サムソ>であった。

 とは言え、<サムソ>も人員が足りているわけではないため、さらに白羽の矢が立ったのが――ティスティとケインであった。

 二人は一斗直属の弟子であり、一般人から戦う力を身に付けた存在としてラインから直々に依頼があったのである。


 ただし、ティスティとケインは軍属でもなく、兵士でもなく、軍事訓練を一切受けていない。

 そのため、軍人としての訓練ではなく、肉体面・精神面を高めるための訓練を担っている。


 では、ティスティとケインを鍛えた張本人である一斗は、今何をしているのかというと――



「はん!? 何でリンドバーク帝国で開かれる式典に、軍人でも役人でもない俺が行かなくちゃいけないんだ?」

 女王の勅書を受けて再びフィレッセル城を訪れ、女王であるソニアに謁見している。


「私もそう思うのですが……今回はリハク殿から直々の懇願でして。詳細については書かれておりませんが、一斗殿には是非来て欲しいと」

「……」

 来て欲しいと言ってもらえることは個人的に嬉しいが、同盟交渉の時とは違って長期間王国を離れる可能性がある。

 そのことが一斗には引っかかっていた。

(今回の遠征ではマイの下から離れなくてはいけない……)


「一斗殿が懸念されていることはわかっております。だからこそ、今回の帝国への遠征は私からも推奨します」

「……それはどういうことだ?」

「詳しいことについては、連合国軍大将から訊いてください。その上で、どうするかを決めていただけますか?」

「……わかった。あいつは今どこにいる?」

「彼は今連合軍の作戦司令室にいます。案内をさせますので付いていってください」

 ソニアが近くにいた兵士に目配せして、一斗を案内させることにした。

 一斗はソニアに一礼し、案内役の兵士の後ろを付いて王座の間を出ていった。



「でも、何でリハク様は一斗を名指しで指名したんだ?」

 ソニアの後方で控えていたラインが、疑問に思っていたことをソニアに質問する。


「わかりません……ただ、もしかしたら彼は本気で考えているのかもしれませんね(これは我が国も何か対策を立てなければなりませんね)」

「??」

 ソニアは理由がわからなくて唸っているラインを余所に、今後の計画について考察を始めるのであった。





 そんなことになっていることを知らない一斗は、兵士に案内されて作戦司令室にやって来た。


「大将、失礼するぜ」

 部屋には巨大な世界地図を広げることのできる台や、武官が座るための椅子がたくさん設置されている。

 そして、部屋の奥に一人の男が待機していた。


「お待ちしておりました、一斗殿」

 待機していた男――それはレオナルドであった。

 レオナルドは手を伸ばし一斗に握手を求め、一斗はそれに応える。


「あんたがこの国の大将なら無益な血が流れることもないだろうな。頼むぜ!」

「もちろん全力を尽くします。とは言え、こんな責任重大なポジションに私が就くことになるとは……一斗殿が辞退しなければ」

 同盟交渉後に、今回の出来事における働きに対する恩賞・処罰が与えられたのである。

 まず、ソニアの暗殺を謀ったエルネアには処罰が下された。

 ソニアを身を呈して守ったルミナ、護衛の任を果たしたユーイ。そして、殿としてソニアを無事に撤退させることに成功したレオナルドには恩賞が与えられた。

 特に大きな働きをしたと判断されたレオナルドには、男爵としての位も与えられた。

 これにはソニアなりの理由がある。

 連合国軍のクレアシオン王国側の大将にはレオナルド、と考えていたのが一つだけ問題があった。それは、『大将に選ばれる存在は貴族であること』という取り決めをしていたからである。

 身分で言えばただの平民であったレオナルドを大将に推薦するためには、彼が貴族であればいい――


「まぁそういうなよ。元々俺はこの国の民ではないしな」

 一斗は一箇所に留まるつもりがない。

 そもそも、アルクエードから離れた理由は、元の世界に戻る方法やアルクエードの謎を解く旅に出るためであった。

 元の世界に戻る方法は正直何もわかっていない。

 アルクエードの謎の一部は解明されたが、大半はまだわからずじまい。

 すぐにでも旅を再開したいところだが、今ではマイが意識不明になっているため旅に出れずにいる。


「……仕方ないですね。それよりも、一斗殿に話があります」

「そうだ、その話を聞きにきた。一体どんな話だ?」


『それは私から話すわ』

<マジック・ブレイカー>に宿っていたシェムルが姿を現した。


「シェムル……一体どんな話だ」

『もちろんあなたが欲しがっている情報よ。助けたいのでしょ、マイを?』

「助けられるのか!?」

 シェムルの一言に過剰に反応した一斗は、一気にシェムルに詰め寄った。


『も、もちろんよ。ただし、確証はないわ。それでも知りたいかしら?』

「……頼む」

 一斗はとにかく何でもいいからマイを助けるための情報が欲しかった。

 そのために今できることは、シェムルに素直に尋ねることだと思ったのである。


 その様子を見て、レオナルドもシェムルも一斗にとってどれだけマイが大切な存在なのか改めて認識するのである。


(あなた……やっと大切なものを見つけたみたいね)

 シェムルはこの事態を嬉しく思った。

 マイが意識不明なことは由々しき事態ではあるが、戦友の新たな一面を知るキッカケを得られたのである。

 戦時中、マイは第三者と深く関わろうとはしなかった。

 それは仲間たちも例外ではなく、アレッサンドロが間に入ることで会話が成立していたのである。

 だからか、一人でいることも多く孤独な印象をシェムルは受けていた。



『マイの容態をこの間診せてもらったわ。あれは身体的な問題でもなければ、精神的な問題でもない。言ってみれば、彼女の源でもあるマテリアル自体に問題がある』

「……マテリアルにマイの気配がないことか?」

『やっぱりあなたは気づいていたみたいね』

「あぁ、ただ……それがわかったとしても何も出来なかった。何も……」

 一斗は悔しさのあまり拳を握り締める。

 不甲斐なさや無力感を感じることを、一斗は極端に恐れている。

 それは記憶がないから、以前の世界では自分という存在が希薄に思えていた。

 マイと出逢ってからその傾向はだいぶなくなったが、一斗にとってマイの存在はとても大きいものとなっているため、動揺は隠せないのである。


『正直こんな症状を、私は見たことも聞いたこともないわ。だったら、そんな時こそ頼れる方がいる』

「そんな存在がいるのか!? どこの誰なんだ、そいつは?」

 これまでそういった存在を一年以上探してきたが、まったく手がかりがなかった。

 八方塞がりとはまさにこの状況のことを指すのだと、一斗は痛感し続けてきたのである。


『今どこにいるかはわからない……けれど、名前は知ってるわ』

「……なぜ知っている?」

『思い出したのよ……忘れていたことを。私の師匠――賢者カール様のことを』



だいぶ前回から間が空いてしまいましたが、不定期ですが連載を再開します!

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