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12 連合軍結成

「んん……ここは?」

 チヒロが目を覚ますと、自分がベットに横たわっていることに気が付く。


 トントン、というノックが聞こえたと思うと、姉のマヒロが個室に入ってきた。

 そして、妹が目を覚ましたことに気付き、慌てて小走りでベットに近付いた。

「チヒロ、私のことがわかる?」

「お姉、ちゃん……」

「どこか異常はある?」

「異常……特にない」

「よかった〜。レオナルドさんからあなたが鬼人族との戦闘で負傷したと聞いて……しかも、戻ってきてから丸五日も寝てるから、お姉ちゃんは心配で、心配で」


(レオナルドさん……鬼人族……負傷……丸五日)

 チヒロの中で一つ一つのキーワードを頭の中で呟いてみる。

 ところが、何か足りないキーワードがある気がした。


「あの男もこれで命拾いしたわね! チヒロに何か悪さしていたら、承知しなかったんだから。でも、本当にもう大丈夫なの?」

 妹のことが大好きすぎるマヒロは、チヒロのこととなると容赦がない。

 以前、チヒロが同僚の兵士たちから言い寄られている現場を目撃したところ、鬼のような形相で男たちを追い払ったことがある。

 そういったことがずっと続いているため、マヒロとチヒロは高嶺の花でもあり、迂闊に近付いてはいけない存在として帝国の貴族や兵士たちから認識されているのである。


「あの男……!? 一斗……」

 一斗というキーワードが出たことで、ようやく自分が今置かれている状況がなんとなく理解した。


「そうそう、一斗さ・ん! あの男、こともあろうに気を失っているあなたを背負っていたから、一発殴ってやろうと思ったのだけど――」

「殴ったの!?」

 非難に似た驚きの声をチヒロは上げた。


「……軽々と避けられたわよ、あなたを背負っているのに。憎たらしい限りだわ」

「そう……それよりも、ここはどこ? 同盟交渉はどうなったの?」

 ホッとした表情を隠しつつ、チヒロは話を変えた。


「ここは、クレアシオン王国のガスタークという港町の宿舎よ。同盟交渉はさっき無事に終わったわ。後は、燃料を補給して本国に帰還するだけよ」


 マヒロは事の顛末について、一つずつ丁寧に説明していく。


 〜〜


 鬼人族を退けた後、一斗たちはティスティとシェムルの案内を受けて、逃がしたメンバーと合流。


 助けにきてくれたティスティたちは、無謀にも小型ボートでブランチ島まで来て、たまたま逃げていたラインとソニアを発見。


 まず、森の中の負傷者がいる氣を察知したティスティは、ユーイのそのことを伝えた。

 そして、シェムルがまとめた報告書をラインに託し、殿に残ったメンバーの救出に向かったのである。


 敵の脅威があったとはいえ、このままブランチ島にいる理由もないため、別の場所で話し合いの詰めをやることに。

 その候補地としていくつか挙げられた。

 その中でも、ティスティからの情報で、現在ガスタークには<サムソ>が駐留していることを知ったラインは、ガスタークでの開催を提案。

 リハクの了承を得られたことから、ガスターク行きが決定。

 そして、時間を節約するために、帝国の船で話し合いの続きをすることになったのである。


 チヒロが目覚めないため、チヒロを除いての会談ではあったが、決めるべきことは思っていたスムーズに決まった。

 それは、共通の脅威について、お互いが再認識できたことも大きい。


 仮想敵に対しては、クレアシオン王国とリンドバーク帝国で連合国軍を結成することが決定。

 軍の代表として各国から一名選抜。

 軍としての組織力のあるリンドバーク帝国の代表が、総司令官に任命されることになった。

 復興支援およびそれ以外の活動に関しては、クレアシオン王国が先導し、組織編成は後日決めることになった。


 敵の情報収集および提供については、至急動く必要があると考え、まずはユーイたち元フィダーイーたちが先行してすぐに任務に就いた。


 ガスタークに着く頃にはほぼ内容は固まっていて、つい先ほど同盟交渉は締結したのであった。



 〜〜


「同盟が成立してからが本番ね。これからもっと忙しくなるわよ、チヒロ」

「そうね……」


 マヒロの話が終わり、若干の間が空いたところで、再びドアをノックする音が聞こえてきた。


「失礼します。あ……マヒロさん、こんにちは! それに、チヒロさん目が覚めたんですね! よかった〜」

「あなたは……確か」

「こんにちは、ティスティさん。あなたたち殿の窮地を救ってくれ、あなたにずっと治療を施してくれた命の恩人よ。ちゃんとお礼しなさい」

「……ありがとう」

「どういたしまして。まぁ、チヒロさんに関しては、私は何もしていないわ。ほとんど治療は終わっていたから。あの人に任せた方が、本当は確実なのだけど……」

 マヒロを横目で見ながら、ティスティは苦笑して答える。


「ダメよ、あんな男にはチヒロのことを任せられないわ! ねぇ、チヒロ?」

「……それよりも、いつまでこっちにいれるの?」

 チヒロは何か言おうとしたが、強引に話題を変えることにした。


「明日には本国に戻るわよ。早く戻って国の体制も整えたいし。そうだわ、チヒロが目を覚ましたことをリハク様に報告してくるわね!」

 チヒロはササッと動き、部屋を足早に出ていった。



「じゃあ、念のため今日も体調を確認する?」

「いや、もう大丈夫……あいつは今どこにいる?」

「あいつって、一斗のこと?」

「……」

 ティスティの問いに対して、チヒロは頷きで答える。


「一斗はこの時間なら造船所にいると思うわ。帝国の船に乗ってから、興奮して何か造っているみたい。行ってみる?」

「……行く」

 チヒロは体を起こし、スッと立ち上がった。

 その様子から状態は良好であるとティスティは感じたが、チヒロを一斗のもとに連れていくことを躊躇った。


「お姉ちゃんのことは気にしないでいい」

「そ、そう? じゃあ、私についてきて」

 真剣な表情のチヒロに、心を読まれた気がしてティスティは動揺した。

 だが、気を取り直して、チヒロを一斗のところに案内することにしたのである。


 チヒロはそんなティスティの動揺には目をかけず、服を着替えはじめた。

 そして、ティスティと少し距離をとりながら、一斗のもとまでついていくのであった。




 *




 チヒロとティスティが造船所に向かう道中、街中は大勢の人が忙しなく動いていた。

 一斗たちが初めてガスタークを訪れたときとは、真逆の様子である。


「荷物運びは終わったか? まだ終わってないだって!? 明日には出航するんだぞ、早く準備するんだ」


「食事の準備はまだなのか?」


「物資はここに積んでくれ! そうそうそこに!」


(これは……一体どういうこと?)

 いろんな声が飛び交い活気に溢れている感じがして、ラインたちから聞いていたガスタークのイメージと違った印象をチヒロは受けた。


「チヒロさんも驚きますよね? 女王様やチヒロさんたちリンドバーク帝国の要人が、ガスタークに来られることを知った町の住人や近隣住民たちがこぞって集まったんです。『何かできることはないか?』って」

「そう……」


 確かにチヒロの目から見ても、やらされている感は一切感じず、逆に活き活きしている姿を多く見かける。



「アルクエードが使えていたときは何もしなくても願いが叶って。そのことが幸せだと思ったけど、満たされた感は全然なくて。私もそうでしたし」

 苦笑して語るティスティ。


「けれど、一斗と出逢ってからは、いろんな人と出逢ったり、体験したりして。怖い思いや、怒りを感じたこともたくさんあったけれど……最近こう感じるんです。『あ〜、私って生きているんだ』って」

「生きている……」

「はい。今ここにいるみなさんは、私と同じように生き甲斐を感じているのかもしれません。キッカケは鬼人族との戦争ですが……それでも、そのおかげでこうやって交流がなかった他国の方とお話できるチャンスに恵まれたことは、とっても嬉しいです」

 ティスティはチヒロの目を真っ直ぐ見つめ、喜びの笑みを浮かべている。


(そうやって笑顔でいられるのは、今のうちよ……)

 チヒロはティスティを心の中で非難する――が、どこか羨ましさも感じている自分に気が付く。


 チヒロはこれまで執行官としての任務に明け暮れていた。

 帝国の内乱を鎮圧する部隊の指揮をとることも度々あり、チヒロは悲惨な現場を幾度なく見てきた。

 そこには当然笑顔はなく、憎しみと悲しみに満ちていたのである。


 それに対して、この国はどうだろうか?


 バスカルの反乱があったとはいえ、死傷者はごく僅か。しかも、自国内での内乱はほとんど起きておらず、復興に向けて動いている。

 まだガスタークの住人しか見てはいないが、住人たちやティスティたちのような役職に就いていない民でなくても、国のトップであるソニアを筆頭にその部下たちにも笑顔が垣間見えた。



「チヒロさん、ここが造船所です」

 チヒロが思考に暮れているうちに、いつの間にか目的地にたどり着いた。


「ここ、が?」

 チヒロからすると、造船所というより仮設のボロ工場といった印象を受けた。

 そう思ってしまうのも仕方がない。

 何せ、ガスタークにある造船所は帝国からすると、二世代くらい前の造りである。

 しかも、長年使ってなかったから、老朽化も進んでしまっている。


(こんなところで、船が造れるの?)

 チヒロでなくても、そう感じてしまう雰囲気がある。


 ところが、いざ入ってみると、意外と内装は綺麗になっていて、チヒロは驚いた。

 なんでも、「持ち場が汚いと良いものがつくれない。清掃協力者求ム!」と一斗が力説をしたことがキッカケになったらしい。そのことを、ティスティも後から知った。

 そして、力説した内容が街中に伝わり、清掃協力者を募ったことから始まったのである。


 さらに、それを後押ししたのがソニアだった。

 労働の対価として、臨時に食料を提供することを国王権限で確約。


 そこからの流れは速くて、求人が一気に殺到して瞬く間に造船所内の清掃は完了。

 食料は近隣住民から買い入れて、労働者への報酬も無事に確保。

 清掃が終わると、今度は別の仕事を求める人たちであふれ、結果的に街は活性化。


 一週間も経たないうちにまったく別の――大戦前後のときのような、活気あるガスタークが復活したのである。



(なんでそんな行き当たりばったりな対策が実を結ぶの? しかも、何も影響力のない――でもないわね)

 チヒロ自身、目の前の光景が信じられなかった。

 しかし、そのキッカケを一斗がつくったと考えると、話は別だと思えた自分にチヒロはビックリした。


「一斗だからね」

「一斗殿が言うことならやってみましょう」

「一斗さんについていきたい」

 身分や年齢、生まれ育った場所に関係なく、誰にでもそう思われるような魅力が一斗にはある、と。



 そう思わせた男は、今何をしているのかというと――使い古した素材を必死に磨いていた。


「かずと〜、チヒロさんを連れてきたよ!」

「……」

「かずと〜!」

「……」

 ティスティが二度声を掛けても、まったく気付く気配がない。

 そこで、ティスティは一斗の耳元に口を近付けて――


「か〜ず〜と〜!!」

「――」

 さすがに耳元で大声を出されたら、熱中していた一斗でもティスティの存在に気付く。

 耳がキーン、となって苦しそうではあるが……。



「何するんだ、ティス! ピカピカ磨きまくり大会で、負けた方が美味しい料理をご馳走する約束になってたのに〜!」

「かんせ〜い! これで私の勝ちですね、一斗さん」

「くぅ〜、負けは負けだ! 今夜は俺の奢りだ――って、チヒロか! いつからそこに? というか、体調はもう大丈夫なのか?」

 ようやくチヒロの存在にも気付いた一斗が、気さくな感じで声を掛けてくれた。

 たったそれだけのことなのに、チヒロは嬉しく感じた。相変わらず、表情には一切出さないが。

 一斗と勝負していた者たちは、歓声を上げながら離れていった。


「……もう、大丈夫」

「そっか! なら良かったぜ。まぁ、ティスがあのあとの治療を引き受けてくれたから、問題ないとは思っていたけどな」

 チヒロの体調が良くなったことを、本当に喜んでくれていることが、さすがのチヒロにも伝わってきた。


「……ありがとう、一斗。」

 それだからか、初めて素直に感謝の言葉を発したのである。

 しかも、微笑しながら――


「おう!」

 一斗はサムズアップ(親指を立てるジェスチャー)をして、チヒロの感謝の言葉を素直に受け入れた。



(ム〜!)

 そんな二人の間に良い雰囲気を感じたティスティは、不満を感じて話題を変えることにした。


「そういえば、一斗はここで何をしているの?」

「使えるものは再利用しようと思ってな。古くなっていても、磨いたり、修理したりすれば使えるかもってな。新しい船を造ろうには、人手やお金があっても、そもそも素材がなければ始まらないだろ?」


 チヒロが周囲を見渡してみる。

 確かに作業員たちの中には、ゴミ山から使えそうなものを選定している者や、一斗と同様のことをしている者が多く見受けられた。


「その上で造船かな? 俺は船のことはよくわからんから、誰か詳しい者から教えてもらいたいところだが……」

「なら、私たちの船に来るといい。船に詳しいやつ、たくさんいるから」

「本当か、チヒロ!? じゃあ、目ぼしい技術者を呼んでくるから。ちょ、ちょっと待ってろ! お〜い――」

 瞬く間にチヒロの目の前から一斗の姿は消え、どこかに行ってしまった。


「……」

「いつもあんな感じですよ、一斗は」

 呆然とした表情で見送るチヒロに対して、ティスティは楽しそうに補足するのであった。




 *




 チヒロが目覚めた日の夜。

 リハク・マヒロ・チヒロの三名は、宿泊先として用意してもらった建物のリビングに集まった。

 その宿舎は一斗たちが襲撃されたところではなく、元々宿屋として使っていた場所を綺麗に清掃して使っている。

 この建物内には三名しかいないが、周囲を<サムソ>の隊員が厳重警戒体制で警護している。



 チヒロが目覚めたことは、リハクの耳にもすぐ入っていた。

 なぜ、すぐ耳に入ったのかというと――


「……お見苦しい姿を見せてしまい申し訳ございませんでした、リハク様」

「いい加減自重して、お姉ちゃん」

「自重してって……私はあなたのために――」

「ハハハハッ。同盟交渉が始まってからというもの、二人の新たな一面を知れて私は嬉しいぞ」



 新たな一面――

 実は、一斗がチヒロに連れていってもらった先での出来事。


 チヒロが一斗を案内しているところをマヒロに目撃され、勝手にチヒロが一斗に襲われていると勘違いしたマヒロは――


「この女の敵〜!!」

「へっ!? ぶぇ!」「お姉ちゃん!?」「マヒロさん!?」

 なんと問題無用で、一斗の顔面をぶん殴ったのである。


 その後、帝国の船上で暴走したマヒロを止めるために、兵士たちが止めに入ったが制止できず。

 結局、チヒロとティスティが止めに入ったことで、事なきを得たのだが……。

 乱闘騒ぎは町中に広がってしまい、当然ソニアと会っていたリハクの耳にも入ることとなった。


 駆けつけたリハクが目にしたのは、怒った表情でマヒロを説教しているチヒロと、ショボくれた顔で正座をしてチヒロに説教されているマヒロの姿であった。



「それよりどうだ、この国は。マヒロはどう思った?」

「正直文明レベルで言えば我が国より劣っています。しかし、女王陛下への忠誠心は高いものがあると感じました」

「そうだな。帝国は一枚岩ではないし、派閥争いが混沌としているからな」



「チヒロはどう思ったか?」

「……感心と同時に、脅威も感じました」

「それはなぜだい?」

「民一人一人の好奇心の強さです。アルクエードの影響で無力感が蔓延していると聞いていましたが、私が出会った人たちは活気に満ち溢れてた」

 マヒロの乱闘騒ぎの後、チヒロは乗組員から聞いた話を話すことに。


「『船の勉強に来た人たちは、料理人や学校の教師、元傭兵といった畑違いの人たちばかりでした。けれど、学ぶ意欲と吸収力はものすごいものがあり、次々にいろんな質問をしてきて、全然作業に戻れませんでした。きっとあの人たちなら、自力で我が国以上の船を造ってしまうでしょう』と。本当に実現する気が、私もします。忠誠心もそうですが、この国から本国が学ぶところは多いと思いでしょう」


「「……」」

 リハクとマヒロは驚いている。

 チヒロが長台詞を吐くことも珍しいが、それ以上に『仕事以外のことで部下と話した』という事実だ。

 先にも述べた通り、帝国の関係者はマヒロ・チヒロ姉妹を恐れていた。正確には、仕事以外のことでチヒロに話しかけると、マヒロの性格が一変して凶暴になるからである。

 それでも、マヒロは通常気さくな性格であるため、そのギャップが逆に魅力となり人気がある。

 しかし、チヒロはどんな時でも無口で無表情であるため、誰も近寄れずにいたのである。


「……いかがされましたか、リハク様?」

「いや、チヒロ。お前の成長が喜ばしくてな」

「……私も成長する必要がある。そのためには、変わる必要もあるかと」

「なるほど、今回の出来事は私たちにとっても有意義な時間となったようだな。明日には本国に戻る。これまで以上に忙しくなるが、引き続きよろしく頼む」

「「ハッ!」」




 次の日の早朝、リハクたちはソニアたちに見送られて本国へと戻っていった。

 鬼人族との戦の準備、町の復興、帝国内の組織改革。

 やるべき事はたくさんある――もちろんそれはクレアシオン王国も例外ではない。


 そして、各国で急ピッチに改革は進められ、あっという間に3ヶ月という月日が流れた。


 連合軍結成式が1ヶ月後にリンドバーク帝国で行われることが決まり、その式典になぜか一斗も参加することになったのである。


「なんでだ!?」

 状況が飲み込めないまま、再び巻き込まれていく一斗であった。



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