11 ピンチ再来
「さて、まずは小手調べだ」
鬼徹は刀を抜くことなく、手足を使った格闘技で仕掛けてきた。
「クッ」
それに対して、一斗は攻撃を必死にさばいていく。
相手の方がリーチが長いのと、一撃一撃がどれも重いこともあり、防戦一方であったが――
「このやろー! <疾風迅雷>」
「ムッ!?」
突然一斗の動きが速くなったことに驚き、鬼徹は一瞬動きが止まった。
「その背中に背負ってるもんは飾りかよ! <掌底破>」
一斗はその隙を逃さなかった。
脇腹目掛けて渾身の一撃を打ち込み、鬼徹を吹き飛ばした。
「どうだ!」
土煙が舞っていて相手の状態は確認できないが、手応えを一斗は感じていた。
ところが――
(そ、そんな――奴の氣が回復しているだと!?)
一斗が与えたはずのダメージがどんどん回復していた。
「まさか……手加減していたとはいえ、私が不意打ちを受けるとはな。さすがはこの島の人間たちの中では一番強いだけある。しかし――」
鬼徹は何事もなかったかのように立ち上がったのである。
鎧の隙間を狙った攻撃だったはずだが、肉体どころか鎧などにも傷一つ見当たらない。
「私を倒すのにはまだまだ力不足だな」
「……へっ、そうかよ。まぁあの一撃が決定打になるようだったら、あんたたちとの戦争はすぐ終わっていたはずさ」
「かもしれぬな。しかし、何で嬉しそうなのだ?」
余裕そうに構えている鬼徹を目の前にして、一斗はなぜか嬉しさを感じていた。
自分の渾身の一撃が通じなかったのにもかかわらず。
「なぜかな? 俺もまだ全力を出せてはいない。どこまで通じるのかを試せると思うと、嬉しくなってきてよぉ」
まだ全力を出せていないというのは、半分当たっていて、半分間違っていると言った方が正しいかもしれない。
一斗は、封印が解ける度に飛躍的に成長している。
しかし、成長すればするほど、これまでのスタイルでは力が出し切れていないことをうすうす感じていた。
その違和感を最初に感じたのは、フィレッセル城でマイと初めて激突したときだった。
イメージした動きができなかったわけではない。むしろ、完璧にできていたのである。
だんだん違和感がなくなるキッカケになったのは、マイから未知の攻撃が次々と繰り出されるようになったときであった。
(黒い影を消し去った力。あの力を自在に扱えれば……勝機はある。それに今回は倒すことが目的ではないからな)
「変わったやつだな、貴公は。試す前に力尽きるなよ?」
「あったりまえだー!!」
一斗は纏っていた氣を解き放ち、蒼い氣を纏った。
「初めてみる氣だな。何という氣なのだ?」
相手は感心した表情で訊いてきた。
「知らん! 自然と湧き上がってきただけだからな」
「そうか……ならばその力、確かめさせてもらうぞ」
鬼徹は刀を抜き、刀を立てて右手側に寄せ、左足を前に出して構える<八相の構え>をとった。
すると、殺気が掻き消え、まるで鬼徹がその場に同化したように一斗は感じた。
「そちらから来なければ、こちらから行くぞ?」
「何!?」
目の前に鬼徹がいたはずなのに、いきなり背後から声を聞こえた。
危険な気配を察知して、振り向くと同時に体を無理やりよじらせて地面を転がる。
ズバンッ、という破壊音が聞こえたのと同時に、つい先ほどまで一斗のいた地面が鬼徹の剣戟によってえぐられた。
えぐられたあとは、なんと直径1メートルほどのクレーターができていた。
「あぶねぇ、あぶねぇ(あんな攻撃をまともに食らったら、それこそ一撃でひとたまりもないぞ)」
あとほんの少しでも一斗の回避が遅れていたら、体の一部が豆腐のように簡単に潰されたであろう。
そのことを痛感した一斗の額からは、冷や汗が流れた。
「ほう? まさか初見で<幻影>が見破られるとはな」
いつの間にか鬼徹は、攻撃を仕掛ける前の位置に戻ってきていた。
「<幻影>だと……どこが幻だっつーの!」
「もちろん、ただの幻ではないがな。それよりも、貴公は本当に興味深い。任務とは別で連れて帰りたいものだ」
「へへへ、そう簡単にいくと思うか? 力づくでやってみろよ」
「ならば、そうさせてもらおう!」
「「!?」」
いきなり話に割り込んできたのは、鬼徹の部下の羽生であった。
「こいつらの命が惜しければ、素直に投降してもらおう」
「レオナルド! チヒロ!」
レオナルドとチヒロが羽生以外の鬼たち四人にそれぞれ拘束されていた。
「お前たち!?」
「貴方様の戦いに乱入してしまった無礼をお詫び申し上げます。しかし、これ以上時間はかけれないため、お許しいただきたい」
「……わかった。後の戦い手筈は任せる」
鬼徹は部下が言いたいことがわかり、刀を収めることにした。
いかにも不完全燃焼であることが明白な様子である。
「てめーら、よくも――」
「一斗殿……逃げて……ください」
「レオナルド!」
意識を取り戻したレオナルドが苦しいのを堪えて、一斗を逃がそうとする。
「その……通りです。あなたは……逃げて」
チヒロも息切れ切れで、一斗に逃げるように訴える。
「……」
「お前が残れば、他の二人を逃してやる。だが、お前が逃げるようであれば誰一人逃さない。さぁ、どうする?」
一斗は目を瞑って考えた後、目線を羽生に向ける。
「残念だが、てめえ等の提案はのめない。死ぬつもりもないし、誰も犠牲にはしない」
「そうか……ならば――」
交渉決裂だと判断し、仲間たちに殺すように目配せした瞬間――
「どいて〜〜〜〜!!」
「何だ!?」
突然空の上から女の声が聞こえてきたと思いきや、羽生たち目掛けて一隻のボートが突っ込んでいき、間一髪でその場から離脱。
ズドーン、という爆音を上げてボートは地面に激突した。
「ゴホゴホ、何とか、無事合流ね」
「無事……といえばそうだけど。もうちょっと安全にはできなかったの?」
「何者だ、お前たちは?」
新たに二人の女の声が聞こえてきて、羽生たちは警戒した。
「私の名前は、ティスティ・クロノセル。彼らの助っ人よ」
ティスティはまるで一斗のように堂々と名乗りを上げた。
「ティスティ、馬鹿正直に名乗らなくてもいいのよ?」
シェムルは頭を抱えながら、ティスティにツッコミを入れる。
「そうなの? 訊かれたからちゃんと答えた方が良いと思って」
「はぁ〜、そんなのでよくバスカル様を倒せたわね。それよりも……」
「よく来てくれたな、ティスティ」
一斗は拘束がゆるんだ瞬間を逃さず、レオナルドとチヒロを救出に成功。
久しぶりに再会する仲間の登場に、一斗は喜びの笑みを浮かべるのであった。
「……ここは一旦引き上げるぞ」
鬼徹は人質が解放されてしまったのに、悔しそうではなく淡々と指示を出す。
「しかし……バカな!?」
羽生は手ぶらでは帰れないと思い、一斗たちをキッと睨み付ける。
すると、戦闘不能まで追い込んだはずの二人が、自力で立ち上がったのを見て驚きの声を上げた。
「ありがとうございます、一斗殿」
「礼なら助けるキッカケをくれたティスと、隣にいるもう一人の姉ちゃんに言ってくれ」
一斗は二人を回復させたが、それができたのも相手の気をそらせたティスティたちの功績だと思ったのだ。
改めてレオナルドがティスティにお礼をしようと向き合うと、他にも別の女がいることがわかった。
「あなたは……フィダーイー幹部のシェムルでは?」
「……そうよ」
レオナルドが身構えながら質問すると、シェムルは落ち着いて答え、二人の間に微妙な空気が流れる。
「まぁ、細かい話は後ということで。それよりも一斗……」
「あぁ。今はこいつ等を蹴散らすぞ、ティス」
話したいことはたくさんあるが、今は目の前の敵を何とかすることだと、一斗とティスティは認識した。
「……ティス」
「なに、一斗?」
「あれやるぞ」
「ええ、いいわよ!」
お互い横に並び、体を斜めに向き合う。
一年振りのティスティとの連携。
離れる直前はなぜかギクシャクしていたが、今はすごく以心伝心できている気がした。
「何をする気だ、あいつ等は!?」
「とにかく鬼徹様をお護りするぞ!」
五鬼将たちは鬼徹の前に立ち、防御を固める。
そんな部下たちの姿を――そして、一斗たちを目で捉えた鬼徹は「……仕方ない」と小声で呟き、刀に手を伸ばす。
「いくぞ!」
「ええ!」
「「<双竜天翔>」」
氣を<集>で一気に高め、両手に集中させることで氣功弾を生み出す。
そして、氣功弾を蒼い竜と紅い竜に具象化させ、敵に襲いかかる一斗とティスティの合体技。
具象化した双竜は鬼たち目掛けて襲いかかる。
「クッ、なんだこの技は!?」
「我々が全員で抑えにかかっても、抑えきれんとは!」
「こ、このままでは……」
双竜は五鬼将の防衛線に対して、勢いが衰えることなく暴れまくる。
ジリジリと後ろに押されていく五鬼将たち。
「よくやったお前たち……」
鬼徹は刀を抜き、下段の構えをとって、力を溜め始めた。
「き、鬼徹様――みんな散れ!」
羽生はこれから鬼徹が何をするのかを察して、止めようとするが――もう間に合わないと思い、他の五鬼将にここから離れるように指示。
「<羅刹連斬>」
鬼徹は部下たちが離脱したのと同時に、下段からクロスに刀を振り上げる。
それにより発生した衝撃波が双竜と激突――
両者の拮抗は数秒間続いたが、スパンッという風船が弾けた音が鳴り響く。
後には両者が激突した衝撃による痕跡が残り、双竜と衝撃波は完全に消滅したのであった。
「ハァハァ、どうなったの?」
ティスティは氣を一気に消耗した反動で、息を切らしている。
「……残念だが、相殺されたらしい(あれを無傷で防がれるとはな。ただ、体力は消耗されたまま……何かあるな)」
一斗は現状を把握した上で、冷静に答える。
先ほどの鬼徹との戦闘では、鬼徹の体力はすぐに回復していた。
ところが、今回は回復するどころか、逆に弱まっている傾向がある、と一斗は感じている。
「……惜しい。私が万全であれば……」
「鬼徹様! クッ、ここは急ぎ離脱するぞ!」
羽生は、他の五鬼将を鬼徹の周りに集めた。
「逃げるのか?」
一斗は鬼徹に挑発をするが、鬼徹は逆上することなく一息つく。
「ここは退かせてもらう。もう一度貴公と正々堂々と戦うためにな」
殺気とはまた違った雰囲気で、真っ直ぐ一斗を捉える。
「……行きな」
「!?」
そんな鬼徹に対して、どういう態度で応えるか一瞬迷ったが、黙って見過ごすことにした。
そんな一斗の対応にチヒロは口を挟もうとしたが、そのまま口を噤んで押し黙る。
「また戦場でお会う、一斗」
鬼徹はそう言い残して、部下たちと共に戦線を離脱していくのであった。
*
「ふぅ、任務成功〜っと(あれで退いてくれて助かったぜ、まじで)」
緊張感が解けた一斗は、尻もちをついて脱力する。
実際、一斗は精魂疲れ果てていた。
特に駆け引きばかり続いたのもあって、精神的な疲れが一番大きいかもしれない。
ガスタークでの戦い。
ブランチでの戦い。
これまで私的な戦いが多かった一斗にとって、誰かのために身を投じた戦い。
自分の行動次第で、他の多くの人たちの運命を左右する戦いは今回が初めてだった。
まだ終わってはいないため油断はできないが、これまでに味わったことのない達成感を一斗は味わっている。
そして、落ち着いたところで改めてお礼を、今回最大のピンチを救ってくれたティスティたちに伝えることにした。
「助かったぜ、ティス。それに……」
「シェムルよ。世渡一斗、あなたのことはティスから色々聞かせてもらったわ。あなたのこと――」
「シェムル!?」
「ムゥー、ムゥ〜!!」
ティスティは都合の悪いことをシェムルに話される気がして、シェムルの口を慌てて防いだ。
「アハハハッ! シェムルもセンキューな。おかげで俺らは命拾いしたぜ」
レオナルドとチヒロは一斗に合わせてお辞儀をしたが、チヒロは見知らぬ存在に対して警戒をしている。
「たまたまよ。冗談半分で立てた作戦が、まさか決行されるなんて」
「ウフフフ。ね、上手くいったでしょ?」
「作戦って……まさかあのボートで特攻するのが、でしょうか?」
レオナルドが引き攣った笑いをしながら、ティスティに確認した。
「そうですよ。いち早く駆け付けるためにまずは氣を探ってね。現場に二人で直行できるようにボートに乗った状態で、<レイヴァン>で浮遊させて、目標に向けてズドーンってね♪」
「なるほどな! <レイヴァン>にそんな使い方があるとはな……毎度のことながらティスのアレンジ力は半端ないな」
「エヘヘへ」
いきなり和みはじめた一斗とティスティに、ついていけないチヒロとシェムル。
「お二人とも。一斗殿とティスティ殿はいつもあんな感じなので、理解ではなく諦めると良いと思います」
「おい、レオナルド! ……まぁいっか」
一斗は反発するのではなく、素直に受け入れることにしたのだった。
「とにかく、すぐに先に逃がしたみなさんに追いつきましょう。詳しい話はまた後ほどで」
「そうですね。私たちが女王様たちの退避場所を知っていますので、ご案内します。お願いね、シェムル」
「はぁ〜。ティス、あなたが案内するんじゃないのかしら?」
「お願いします」
シェムルはティスティに文句を言いつつも、渋々と案内をはじめた。
その隣りに立ち、嬉しそうについていくティスティ。
レオナルドはあくまで冷静に二人についていく。
「……」
一方、チヒロは立ち止まったままだ。
次々と移り変わっていく事態についていけなくなったチヒロは、思考だけではなく行動も停止してしまった。
(一体何が起きたの? この人たちは一体何者? それに――)
チヒロは座りこんだままの一斗を見つめる。
(私の全力でも太刀打ちできなかった相手を圧倒し、あの長身の男にも互角の戦いをする実力者。おそらく帝国でも、あれほどの使い手はいないわ。しかも――!?)
ようやく動き始めた思考を巡らせていたら、パッと一斗と目があった。
「どうした? 少しは回復させたはずだが――でも、まだ辛そうだな。はいよ」
そう言って、一斗は突然チヒロの目の前で背中を向け、しゃがみこんだである。
「なんのつもり? 私にそんな情けは――痛っ!?」
「ほら見ろ? おぶってやる間に治療もしてやるから。困ったときはお互い様だろ?」
「……」
すぐにでもリハクと姉マヒロの安否を確認したいチヒロであったが、痛みでまともに動けなけば元も子もない――そう悟ったチヒロは、渋々と一斗の背中に乗った。
「じゃあ、行くぜ。<レイヴァン><活氣功>」
一斗はチヒロが背中に乗ったのを確認してから、チヒロに二つの氣功術をかける。
瞬く間にチヒロは一斗の蒼い氣によって包まれ、わずかに体が浮遊した。
(何、この心地良さは? それに、なんで……こんなに……安心で、きる……)
そして、ゆっくりと歩き出した頃には、チヒロは気持ち良さそうに目を瞑り、深い眠りについたのであった。
◆ブランチ島沖海上
「任務を一つも達成できず、誠に申し訳ございませんでした!」
羽生を筆頭として、五鬼将たちは深々と頭を下げ鬼徹に謝罪する。
「お前たちの、責任ではない」
鬼徹は椅子に腰掛け、不意に体勢を崩した。
「鬼徹様! おい、急いで薬草を!」
「善い……このまま安静にしていれば、いずれ回復する」
肩で息をしている鬼徹は、明らかに疲れ切っている様子だ。
「クソッ! 封印の副作用さえなければ、あんな奴らには――」
「飛翔、それ以上言うな。見苦しいぞ」
五鬼将の一人、<疾風の飛翔>
素早さが自慢の好戦的な男。
荒っぽく豪快な性格から敵味方問わず恐れられることが多い。
「も、申し訳ございません!」
慌てて飛翔は鬼徹に謝罪した。
「しかし、奴らにはやられっぱなしです。捕獲していた人間たちも、いつの間にか解放されてしまっていました」
「……お前たちが戦った二人、手合わせしてみてどうだった? 瑞雲」
「槍と土魔法を駆使して戦う男、あいつは戦いのセンスがあり手強かったです。もっと経験が豊富であれば、我らと同等な戦いができたやもしれません」
同じく五鬼将の一人、<渦紋の瑞雲>
分析が得意で聡明なメガネをかけた男。
鬼徹や羽生が下した指示から作戦を立案する役割を果たすことが多い。
「忠耶はどうだったか?」
「おいらと飛翔、円超の三人を相手にいきなり斬りかかって女。こちらは一対多の戦いにも慣れしているようでした。切り札を持っているようでしたが、使わせる前に無力化したため詳細は不明です」
「私も、そう感じました」
五鬼将の一人、<雷光の忠耶>
五鬼将の中で紅一点ではあるが、負けん気が人一倍強く、即断即決で実行するタイプであるためか女っ気は感じられない。男性が使う言葉を好んで使う。
五鬼将の一人、<暗闇の円超>
言葉数が極端に少なく、必要最低限しか話さない寡黙な男。
ステンレスのようにそこにいるはずなのに気配が全く感じられないため、諜報に特化している。
「そうか……後から駆け付けてきた者たちも、なかなかな手練だったしな。殺しがいがありそうだ。それに――」
鬼徹は先ほどの戦いのことを思い出す。
殺気をぶつけても、殺気ではなく喜びで返されるとはまったく予想外の展開であった。
通常、殺気をぶつければ大半の人間は戦闘放棄する。
しかし――一斗は怯むどころか、果敢に攻めてきたのである。
「世渡一斗……あやつと私が次に戦うとき、何人たりとも介入は許さん。これは命令だ」
「「「「「ハッ! しかと心得ました」」」」」
(私に復讐のことを忘れさせる人間、か……面白い。出鼻を折られてしまったが、次はそうはいかんぞ)
まだ力が戻らない右手をギュっと握りしめながら、鬼徹は一斗との再戦を願いつつ、一族の祈願を果たすべく行動することを心の中で誓うのであった。




