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09 同盟成立

 しばらく港から逃げ去った船の方角を、一斗とユーイは呆然と見つめて続ける。


 しかし、ここにいても埒が明かないと察し、二人はラキューナの仲間の一人を捕虜として確保し、ラインたちがいる建物へと戻っていった。



「おっ」


 戻ってみると、同盟交渉が行われている場は一斗が立ち去る前よりも、会談は活性化していた。

 お互いの意見はただ出ているだけではなく、次の話に繋がっていく。

 どうやら話はまとまりつつあるようだ。


「やれやれ、俺たちの苦労も知らず……」

「いいのではないか? お主が功労者であることは、妾が一番良く知っている」

 ユーイは一斗の肩に手を置き、慰めた。


「……センキューな」

 一斗はユーイに聞こえない程度の小声で感謝の意を伝えた。


「ふっ」

 照れている一斗に気付き、ユーイは聞こえない振りをすることにした。



 *



「――それでは本日決まったことを、私レオナルドが整理していきます。まずは、クレアシオン王国とリンドバーク帝国の同盟成立により、互いに不可侵条約を締結いたします。目的は、共通の敵である鬼人族および謎の組織<マーヤー>に対抗し、両国の治安を維持するため。そのためにできる限りの協力は両者とも惜しまないものとします。我が国ではインフラ整備や食料面については余裕がありますが、人手不足が蔓延しています。リンドバーク帝国の現状はいかがでしょうか、マヒロ殿?」

「はい。我が国では物資が豊富に存在しますが、それを加工する技術が失われております。人手はたくさんありますが……実際それを維持するだけの食料が不足しております。軍事力は大戦時と同等のものを保持しています」

「それは凄いですわね。我が国では兵力の増強が急務ですのに」

「手放しに称賛できるものでもないわ」

 ソニアの呟きに対して、チヒロが無愛想に答える。


「? それはなぜでしょうか?」

「それは――」



 チヒロが淡々と帝国の現状を語ってくれた。


 リンドバーク帝国に教団の本部があるが、実はクレアシオン王国ほどアルクエードによる平和ボケはしていない。

 その要因はいくつかあるが、教団信者の多くはクレアシオン王国に流れていたことと、帝国内での内乱が度々起きていたため治安は大戦後も悪いままであった。

 それでもアルクエードの普及後少しは治安が良くなったように思われたが、互いの欲望のままにアルクエードを急激に使役すぎた影響か、ある日突然アルクエードの効力が効かなくなったである。

 そのことに国民は大いに動転した。


『あの町ではアルクエードが使えるらしい』

 という噂が流れれば、その町を理性を失った者たちが襲い、町が滅んだ数は一つや二つではない。


『教団がアルクエードの力を独占している!』

 という噂が流れるようになれば、教団本部を集団で取り囲む騒動が何度も起きた。


 そして、王都奪還作戦直後では――

『帝国のお偉いさんたちがアルクエードによる恩恵を独占している』

 という噂が流れており、各地で暴動が起きて、帝国の兵士たちが内乱の治安を取り戻すための対応に追われている。

 噂が流れて一年近く経ちようやく内乱は治まりつつあるが、その影響で国全体が疲弊しているのである。



「つまり、我が帝国が戦える力を持っているのは内乱が絶えなかったためなのです。お恥ずかしい話なのですが……そこで、貴国には町の治安を向上するためのインフラ整備と、食料面での支援をいただきたい。その代わり、そのために必要な物資や人手はいくらでも提供しましょう」

「ありがとうございます、リハク殿。その案に依存はありません。よろしくお願いします」

 リハクからの提案にソニアが賛同したことで、改めて今後の方針の目処が立ったのである。



「……さて、ここまでで何かご質問はありますか? ……ないようですので、次に具体的な対策の話に移りたいと思います」

 レオナルドは話が一区切りになったのを見計らって、マヒロに目配せした。

 意図を汲み取ったマヒロは頷き、椅子から立ち上がった。


「ここからは、私リンドバーク帝国執行官であるマヒロが進行役を務めさせていただきます。我々の仮想敵について確認したいと思います。まずは今回の同盟成立の発端となったのが、300年前より以前から人族の敵だった鬼人族。大戦終結時に封印された鬼人族でしたが、一年前の出来事により封印が解け――再び我らを脅かす危険性がある、と」

「その通りだ」

 ラインが相槌を打つ。


「奴等の出現はまだ確認されてはいないが、警戒しないにこしたことはない。そうなると、問題なのは……身内の問題か」

「そうですね……誠に遺憾ですが」

 ラインとマヒロは悔恨の念に駆られ、他のメンバーもつられるようにやりきれない表情を浮かべる。


「教団信者もしくはバスカル様と縁が深かった人物が要注意人物となります。帝国側のリストアップはすぐに実施します。また、ガジル様と同様に我が国でも生存不明になっている方がいます」

「クワイフ……ペテルギス」

 チヒロがマヒロの代わりにその人物の名前を淡々と答える。


「クワイフ様は帝国では摂政という役職に付いており、国王様を補佐する立場になります。本来ならばクワイフ様が国の実権を握るところですが……国王様は国民からの支持が高いリハク様を高く評価しており、クワイフ様はその事でリハク様を妬んでいるという話はよく小耳に挟んでおりました」

「あいつなら、リハク様を亡き者にする動機がある。許せない……」

 チヒロは表情こそ変化はないが、発する言葉は怒りに満ちている感じが伝わっていくる。



「なるほどな。お互い国の実権を握ろうとしている者たちが裏切者であり、黒幕に絡んでいる可能性が高いってわけだ。ガジル様も余計な仕事を増やしてくれたものだ」

 ラインが溜め息をつく。

 すると、ソニアが一瞬悲しそうな表情を見せたのでラインは慌てた。


「ま、まぁなんだ。おれたちはまだ真意を確かめてはいない。もし生きているんだったら問い質せばいいだけだよな、サ……女王様?」

「……そうですわね(ありがとう、ライン)」

 ソニアはラインが不器用でも気を遣ってくれたことを嬉しく思い、心の中で感謝を伝えた。


「それに、派閥争い以外にも関与している組織があります」

「ソニア様たちを襲った<マーヤー>という輩のことですね? 我々も聞いたことがない名前ですが、一体どんな組織なのでしょうか?」

「……詳しくはわかりません。ただ、私たちが確認できた限りでは、未知の古代道具を所持し、魔法を扱うことができます」

「油断できない相手……というわけですね」

 マヒロは次々出てくる難題に対して、さらに身が引き締まるのを感じた。




「話の腰を折るが、ちょっといいか?」

 一斗はしばらく間が空いたタイミングを見計らって、発言の機会を求めた。

 あくまで平然を装って。


「……なんでしょうか? 確か、一斗さん……でしたでしょうか?」

 マヒロは尊敬するリハクの前で良いところを見せたいと思ったが、特にこの状況を打開するような案を思い浮かばず、しぶしぶ発言の機会を一斗に譲る。


「ありがとさん。早速で悪いんだが……一刻も早くこの場から立ち去ることを進言する――死にたくなければな」

「……どういうことですか? なぜ我々が立ち去らなければならないの?」

 マヒロは一斗の発言には嘘が含まれていないことを感じ、聞き返した。


「あんたたちは真面目に会談していたから気付かなかったかもしれないが――小一時間ほど前に例の奴らがこの島を襲撃した」

「「「「「!?」」」」」

「嘘では……ないようね。それで?」



 事の顛末を一斗は話し始めた。

 島に一隻の船がやってきて、そこにはラキューナをはじめとしたガスタークで襲ってきた謎の組織<マーヤー>の一員が乗船していたこと。


 そして――


「ラキューナは言っていた。『このままここに残れば、危険に巻き込まれる可能性が高くなりますよ』と。どんな危険が待っているのかわからないが、撤退する手際を見る限りでは「一刻も早くこの場から立ち去りたい」という思いが感じられた。両国の要人を危険に曝すわけにはいかないだろ?」

「……いかがなさいますか、リハク様?」

 マヒロは自分一人では判断できないと思い、リハクに確認をとる。


「ここは一斗殿の進言を信じ、一時撤退しよう。仮に危険がなかったとしても、損失は何もないわけだからな。ソニア様もそれでよろしいか?」

「はい。一斗殿には何度も助けられてきました。では、この続きは後日改めて――どうかしましたか、レオナルド殿?」

 突然ソニアの視界に入っていたレオナルドが険しい顔をしたので、気になって問いかけた。

 すると、レオナルドだけではなく、一斗やユーイも同様で、三人とも臨戦態勢をとっていた。


『どうやら……遅かったようですね』

「シャナル、それは――」

 不意にシャナルが姿を現し、レオナルドがシャナルに確認をとろうとした瞬間――


「リハク様! 大変であります!!」

 バンッと激しく音を立ててドアが開き、傷だらけの兵士が一人部屋に雪崩れ込んできた。


「どうしたのです、そんなに慌てて!? それにその傷は!?」

 淡々と無表情を貫き通してきたチヒロが慌てて兵士に駆け寄り、容態を確認した。


「チヒロ様、一大事です! 先ほど島の周囲を探索していた仲間から『正体不明の船団

 あり』という報告を、受けまして……。急いで我々船に控えていた兵士も駆けつけたところ、奴らが――鬼人族が姿を現したのです!!」

「「「何だって!? (何ですって!?)」」」


(ついに……この時が来たか。だが、俺はこんなところでは死ぬつもりはない! こいつらも死なせない……絶対にな!)

 一斗は握り拳を見つめながら、改めて強く決意するのであった。




 *




 ブランチ島の森に、リンドバーク帝国の兵士が数名倒れている。

 全員息はしているが、気を失っているようだ。


「これで全員か?」

 木の影から長身の男がゆっくりと姿を現わす。


「いえ、一名取り逃したようです……どうしますか?」

「……先に進むぞ」

「「「「「「ハッ!」」」」」


 長身の男に続くように、その仲間が後を追っていく。

 彼らに共通するもの――それは、額から生えている二本の角であった。


(待っていろよ……人間共)

 長身の男は殺気をギンギンに発し、瞳の中に復讐の炎を宿しながら歩みを進めていく。




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