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07 揺さぶり

 突然自分の身を守るはずの者が逆に暗殺しようとしたり、この場にいないユーイが乱入したり。

 いまいち状況が掴めないソニアであったが――


「なるほど……私は囮役だったわけね」

 ソニアはユーイがこの暗殺未遂を予知していたことを悟る。


「そうじゃ。反撃の狼煙を上げるために……まぁここまで読んでいたとは、さすが一斗じゃ」

 ユーイは暗殺未遂の女エルネアを束縛し、軽々と担いだ。


「詳しい話はちゃんとしてくれるのよね?」

「そ、そうです! 女王様を囮にするなんて考えられません!」

「問題ない。一斗のやつがしっかり弁明する(はず)」

「「……」」

 ユーイは二人からの催促をサラッとかわし、説明責任を一斗になすりつけることに成功する。

 二人はここでユーイを問い詰めても無駄だと思い、押し黙ることしかできなかった。



「この子……エルネアはどうするの?」

「尋問して吐かせたいところじゃが……そなたには優先すべきことがあるようじゃ」

「?」

 ユーイの言葉の意図がわからず首を傾げると――「お待たせしました、女王様」と言って、一斗が姿を現した。


「準備が整いましたので、俺についてきてください」

「一斗殿……誘導をお願いします」

「はっ! では、参りましょう」

 一斗は臣下の礼をとり、踵を返して、元来た道を戻っていく。


「……行きましょう、女王様」

「ええ。わかったわ、ルミナ」

 昨夜ソニアを光の矢から庇った女親衛隊ルミナがソニアの前を歩き、その後をソニアが続く。

 そして、エルネアを担いだユーイが最後尾を歩き、ラインたちがいる建物に向かうことになった。



 *



 ソニアたちを引き連れて戻った一斗は、同盟交渉が行われる予定だった建物に戻った。


 さすがに血が飛び散っている部屋では話し合いはできないからと、急きょ仮設の部屋を綺麗にしてそこに長机と椅子を配置。

 そこに訪れたのが、リンドバーク帝国からの使者三名である。

 姿を現したときから三名は警戒はしていたが、戦闘の意志はなく、話し合いができると判断したレオナルドが使者三名を交渉の部屋まで案内をした。

 使者たちには簡単な経緯のみ伝え、クレアシオン王国の女王であるソニアが戻った時点で会談を開始することが決まったのである。


 そして、ソニアが戻ってきたのを合図として、クレアシオン王国とリンドバーク帝国の同盟交渉が始まった。


「なるほど、そういうことでしたか……由々しき事態ですな、ソニア様」

「その通りです、リンドバーク帝国現宰相リハク様。鬼人族との問題以前に、我々人間同士で内部分裂してしまっています」

 リンドバーク帝国現宰相リハク・マッケン。

 前宰相バスカルの後任として任命された良識人で、帝国の幅広い年齢層から支持されている聡明な男。

 黄緑色の長髪で、髪は背中でまとめている。

 身長は一斗よりも若干高めで、スラッとした体型をしており、凛々しい顔付きなのもあって、特に女性から人気がある。


「そちらの推測によると、互いの国に内通者がいるとのこと。それは、私マヒロや妹のチヒロが調査した結果とも合致します。考えたくはないことではありますが――」

「裏切者には、死を」

「チヒロ、思っていても軽々しくそういったことを言わないの」

「……ごめん」

 リンドバーク帝国執務官マヒロ・ハルメーンとチヒロ・ハルメーン。

 双子の姉妹で、現在はリハクを補佐する立場として任務に就いている。

 姉のマヒロは、黄金色の髪をポニーテールにまとめており、クリッとした瞳から可愛らしさと活発さを感じる女性である。

 対して、妹のチヒロは白銀色の髪で、ボーイッシュな印象を受ける短髪。射抜くような鋭い眼光をしていることから、近寄り難いクールな印象を受ける女性である。

 二人とも若干二十歳ながら、執行官というエリート職に就いていることと、リハクから絶大な信頼を得ていることから称賛以上に、嫉妬からのやっかみを受けることも珍しくない。



「チヒロ殿がおっしゃることも尤もな話ですが――今回の黒幕の正体を暴き出さない限りは、蜥蜴の尻尾切りで終わってしまいます。いかがなさいますか、女王様?」

「そうですわね……」

 レオナルドが再度ソニアに話を振ると、ソニアは相槌を打つものの、そのまま黙ってしまう。

 それは他のメンバーも同じであった。

 ちなみに今この場にはユーイとルミナ、それに捕縛したエルネアはおらず、別室でユーイがエルネアを尋問している。



 話し合いたい議題を取り上げたいのも山々だが、同盟の話を進めようにも互いの国の内部で不穏な動きがあることが、話し合いの進行を妨げていた。


(こういった堅苦しい場は苦手だな。そういう場って、さっきから話が堂々巡りしていることがわかっていても、自分の立場を気にして何もできないから余計に……)

 元いた世界でもそうだった。

 一斗は仕事の会議でよくあった光景を思い出す。

 例えば、上司がいると上司の顔色をうかがって各自の意見が出せない。出せたとしても上辺だけの意見で、話が一向に先に進まない。ところが、仮に上司がいなくても、下手に意見を言ってしまうと自分が責任を負わなくてはいけなくなるため意見が出にくい。

 つまり、ただ意見を出すだけに固執すると、意見が出なくなるという逆説的な結果に陥りがち。


 そんな場が嫌いでとにかく意見を出しまり、自分にとって優位になるようにして、強引にでも意見を通した。

 そうすると、確かにその場は話が進んでいき、良い結果が出れば自分の功績に。逆に、悪い結果が出れば、意見を出さなかった部下たちの責任にしてきた。



(俺が辞めさせられたときに誰も悲しまず、むしろ喜んでいたのもわかるな……今なら。さて、どうしたものか……)

 一斗は今話し合いに加わらず、第三者として俯瞰的に現状を捉えようと心掛ける。


(そっか!)

 すると、一斗はあることに気がついた。


「ちょっといいか」

 そして、沈黙の隙間を狙ってすかさず声を上げた。


「どうした、一斗。何かわかったか?」

 ラインは今まで黙っていた一斗が何かこの場を打開してくれる気がして、期待の眼差しを向ける。


「……いや、な〜んもわからん!」

「「「「「「ハッ!?」」」」」」

 お手上げポーズをしながら堂々と答えると、各代表者たちは素っ頓狂な声を上げた。


「わからん――って。おいおい一斗、お前なぁ」

「そんなこと言ってもよ〜、ライン。お前はわかるのか? この場で何が話し合われていたのか? 何を決めようとしているのか?」

「そ、それは――」

 一斗の指摘に対して、ラインは言葉を詰まらせる。

 他の代表者たちも同様だ。


「この島で起きていたこと、同盟のこと、内通者のこと、それに――黒幕のこと。話したいことがたくさんあるのはわかるぞ。だけどな、どの話も中途半端。具体的な話にするわけでもなく、特定の話をするわけでもなく。一体あんたたちは何がしたいんだ? この場は、話し合うのが目的なのか?」

 客観的な立場にいてわかったこと――それは、想いだけが先行してしまった方向性がバラバラな話し合いだった。

 特に、疑惑や不安といった感情から生み出された雰囲気の中で話し合っている影響が大きい、と一斗は感じていた。


「……我々はどうすれば良いと思う、一斗殿?」

「リハク様!」

 しばらく沈黙が続いた後、身元もわからない者に素直に教えを乞おうとしているリハク。

 そのことを窘めようとするマヒロを、リハクは手で制する。


「よい。この者の話は尤もだと思うのだ。このまま話を続けても埒が明かないだろう」

「それは――」

「私も一斗殿の意見を訊きたい。訊かせてはいただけないでしょうか?」

 ソニアもリハクに倣って一斗に問いかける。


「いいぜ。まずは状況整理からだな。結論から言うと、この島で起きたことと内通者についてはほぼ推測できている(・・・・・・・・・)

「何ですって!? あっ、失礼いたしました」

 一斗の一言に、ソニアは驚きのあまり大声をあげてしまった。


「驚くのも無理はないが、内通者についてはあくまで王国側についてだけだ。ただし、もし俺の立てた推測が正しいとすると、あんた達の内通者についても目処が立つかもしれない」

「……続きを」

 一斗の話に動揺の色を隠せないリハクであったが、目を瞑り、冷静に一斗の話を見極めようと続きを催促する。


「今回の同盟交渉が実施されると聞いたときから、俺は正直きな臭い気がしていた。なぜだと思う、レオナルド?」

「なぜって……それは、これまで以前よりも国交が衰退していた帝国との話がすぐに実現したからでしょうか?」

 急に話を振られたレオナルドであったが、彼自身も疑っていたことが理由だと思った。

 リンドバーク帝国との国交は大戦時中まで頻繁に行われていたが、百年も経たないうちに国同士の国交は断絶したと言っても過言ではない状況であった。


 転機が訪れたのは四代前の国王の時代。

 その当時の帝国宰相であったバスカルが、教団の代表としてクレアシオン王国に派遣されてから、帝国出身の教団信者が王国に度々訪れるようになったのだ。

 ただし、それはあくまで教団の信者同士の交流であって、国家間の交流ではなかったのである。


 だから、鬼人族の脅威があるとはいえ、すぐに同盟交渉の場が設けられると聞いたときに、耳を疑ったのはレオナルドだけではなかったであろう。



「それもある。ただし、俺はこれまでの国交の状況はまったく知らなかった――が、それでも怪しいと思った。その理由は、交渉の話を取り付ける役として自ら立候補した存在、奴の動向を探ってみると何かを企んでいる気がしたからだ」



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