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05 すれ違いの原点

 王都奪還作戦一ヶ月後のことを、ティスティは回想しながら語り始めた。


 〜〜



 お城から戻った後、私たちはレオナルドさんを除いて一旦ケインの家にお世話なったの。

 レオナルドさんは街に戻ると、すぐに決起隊の皆さんと一緒に街の治安活動を従事していたわ。

 ユーイさんとヴィクスさんは怪我が癒えたら、それぞれの今できることを始めたわ。

 私と一斗はマイの看病をしながら、ケインのお父様ヘッケルさんや、決起隊、そして、街のみんなのために動き始めたの。でも――一斗だけはいつもと違うがした。


 何が違うって?

 そうね……笑顔でいることが多くなったことかな。


 普通ならそれって良いことかもしれない。

 けれど、どこか違和感があったわ。

 元々彼って普段はブスっとしていたり、気の抜けた状態になっていたりするでしょ?

 なのに……いつも笑顔でいるの。

 ニッコリ笑っている。ニッコリと。


 その違和感にみんな気付いていた。

 けれど、誰も一斗にそのことを指摘しようとしなかった――いや、できなかったわ。

 意識が戻らないマイを目の前にして、平然を装っているようだけれど……握りしめている拳がそうではないことを雄弁に物語っていたから。


 一斗はマイが目覚めないことに不安を抱えていると思った。

 だから、その不安が少しでも和らぐように、「もしこの場にマイがいたらどうするだろうか?」を考えて、行動するように心掛けるようにしたの……。


 〜〜



 ここまでティスティは語って、ふ〜っと一息つく。


「お嬢様の表情から察すると、この後に何か起きたのですか?」

「えぇ……私にとっては、ね。一斗にとっては……どうだろう」

 ティスティはマリィに顔を向けて、苦笑いした。


「一斗殿は何かをしたという認識がない、と?」

「そうね……あれは不可抗力で、たまたま耳にしてしまっただけだから」

「……どんなことをでしょうか?」

「それは――」

 再びティスティはあの時のことを思い出す。



 ………………

 …………

 ……


「ふ〜、ようやく終わったわね」

 ティスティはケインと共に街の人々から不安や要望などがないかを、一軒一軒回りながら訊いていた。

 エルピスは他の街とは違い、アルクエードが使えなくなったことによる混乱はなかった。

 その代わりに、『封印が解けたことによって鬼人族がいつ攻めてくるか不明であること』に対して、街中では動揺の波が広がっている。

 それに対して今すぐできることと言えば『まずは話を直接聞くことしかない』、と思ったティスティが自主的に始めた活動であった。


「そういうことだったら、俺も手伝うぜ。町長の息子という肩書きをこういう時にこそ活かさないとな!」

「……ありがとう、ケイン」

 ティスティにはケインの心遣いがとても嬉しく感じた。


「それよりも……ティスの方は大丈夫なのか?」

「……何が?」

 ケインの言葉に一瞬ドキッとしたが、落ち着いた口調で聞き返した。


「朝から晩まで毎日フル活動だろ?」

「大丈夫……今は緊急事態だから私にできること、後悔のないようにやっておきたいわ。それに――何でもないわ。それじゃあ、これからマイのところに行ってくるわ」

「おう! そうだ、一斗先生を見なかったか?」

「……ううん、今日は見てないわ」

「そっか。朝練は一緒だったんだけど、それ以降姿が見えなくてさ。見かけたら俺が探していたって伝えてもらえるか?」

「わかったわ。それじゃあ」

 ティスティはケインとの会話をサッと切り上げて、ケインの屋敷に一人戻っていく。


「……ティス」

 ティスティの後ろ姿から明らかに彼女が無理しているのが伝わってきたが、自分では何もしてあげることができない感じがして寂しさを感じるケインであった。



「――」

「――」

 マイが寝ている部屋に近づくと、部屋の中から二人の声が聞こえてきた。


(ん? 一人はミレイちゃんだとして、もう一人は誰かしら?)

 ティスティは首をひねった。

 部屋の中には気配を断つための結界が張られており、誰がいるのかわからないようになっている。

 なぜそのようにしているのかというと、身動きのとれないマイが何者かに狙われないようにするためであった。

 マイが勇者の妹であることは極一部の人間だけか知らない。

 しかし、もしかしたらバスカル経由で把握していない第三者に知れ渡っているかもしれず、マイが何かよからぬ事件に巻き込まれてしまうのを未然に防ぐためでもあった。


「一斗お兄ちゃんはティスティお姉ちゃんのことをどう思ってるの?」

「それは――」

「!?(何で私の名前が出てくるの?)」

 ドアをノックしようとしたところで、一斗とミレイが自分のことを話しているのを耳にした。

 自分のことを実際どう思っているのかを知るのは怖いし、盗み聞きすることに対して罪悪感もあった。しかし、それ以上に知りたいと思う好奇心の方が勝り、ティスティはノックをするのをやめて、耳をすますことにした。


「……正直、今のティスと一緒にいるのは辛い」

「!? (な、なんでそんなことを言うの、一斗?)」

 まさか一斗から自分と一緒にいるのが辛いと思われているとはティスティは夢にも思わなかった。

 全身ブルブルと震え、顔は青ざめていく。


「何で辛いの? あんなにもお姉ちゃんがお兄ちゃんのために尽くしてくれているのに……」

「……ティスが……あまりにもマイのように俺に接してくるから。物真似は……いらない」

「えっ!? (そ、そんな……)」


『物真似は……いらない』

 一斗の言葉がティスティの頭の中で何度もリフレインする。

 ティスティはその場に倒れ込みそうになるのを何とか堪え、静かにその場を去っていく。



「おぅ、ティスティ。そんなしけたツラしてどうしたんだ?」

「ライン……久しぶりね。女王様の護衛はいいの?」

 いつの間にか建物の外に出ていたティスティは、建物の前でラインに遭遇した。

 ラインは現在決起隊の隊長をレオナルドに譲り、女王であるソニアの護衛に就いている。レオナルドの話では女王直属の親衛隊長に任命される可能性が高いらしいことを、ティスティは耳にしている。


「護衛は一時的に王国の兵士たちに任せてある。ようやく話し合いの場から一時的に解放されてな……ってそうだ、一斗のやつ見なかったか?」

「……さぁ、知らないわ」

 ティスティは咄嗟に嘘を付いてしまった。


「そうか……ちょっと今回急いでてな、一斗を探す時間がないから伝言頼まれてくれないか?」

 ティスティの表情を見て何かを感じたラインであったが、そのことには触れず今は用件を済ますことを優先した。


「……もちろんいいわ。何の件なの?」

「それはな――」



 *



 ラインからの事伝を受け取ってから三日後。


「ティス!」

 一斗は勢いよく部屋に突入すると、部屋にはティスティが旅支度をしていた。


「……そんなに慌ててどうしたの、一斗? それに、女の子の部屋を入るときにはノックを――」

「そんなことはどうでもいい! なんでラインからの話を俺に教えてくれなかったんだ?」

 そうなのだ。

 ティスティは結局ラインからあった話を一斗にはしていなかったのである。


「ラインからの用件は私で済んだ。今回は私が一番最適なはずよ。アイルクーダと各地を繋ぐ橋渡し役は……違う?」

「それは――」

 ティスティの言っていることはごもっともで、反論することもできない。


「それでも、一言相談してくれても……」

「ごめんなさい。でも、もう決まったことだから、私は行くわね……マイのことはお願い」

「おぅ、任せとけ! 任務が終わったらすぐに戻ってこいよ」

「……どうして?」

 一斗は気軽に声を掛けるが、そのことがかえって今のティスティを苦しめていることに気付いていない。


「どうしてって……そりゃあ、ティスは街の人たちから人気あるし、マイが目覚めたときにお前がいないと寂しがるだろうし」

「そう……」

 一斗の言葉に対して、どこか寂しそうに反応するティスティ。


「じゃあ、行ってくるわ」

「おう! ハルクの親方によろしくなー」

「ええ」

 手短に受け答えして、ティスティはまるでその場から逃げ去るように、足早とエルピスのまちを出発したのであった。


 ……

 …………

 ………………



「お嬢様が突然こちらに戻ってきてから一年近く経ちますが……そういった経緯があったのですね」

「……はい」

 マリィは直観的に感じことがある。

 それは――

(お二人ともすれ違っているだけだわ。互いの想いをしっかり確認できていない)

 ということだ。


 もし仮に確認できていれば、もっとお互いハッキリした態度をとれるかもしれない。

 ところが、ティスティの態度を見る限りでは何かに迷っていることを明白である。



「ライン様から王都への招集をお断りになったのも、親善大使としてのお勤めを優先させたというよりも――一斗殿に会いたくなかったのですね?」

「会いたくなかったわけじゃないの!」

 マリィの問いかけにティスティは鋭く反論した。


「一斗に会いたい……会いたいのよ。けれど、その気持ちが強くなればなるほど怖くなった。一斗から頼りにされないことよりも、嫌われていることがこんなに怖いなんて……」

 ティスティは体をブルブル震わせながら、頭を抱え蹲ることしかできずにいる。


「お嬢様……一つだけ助言をしてもよろしいでしょうか?」

「……なんですか?」

 普段まったく介入してこないマリィが、自分のことで本気で介入しようとしている。

 そのことが新鮮であるとともに、是非聴いてみたいとティスティは思った。


「一斗殿はおそらくお嬢様のことを嫌っていません。嫌っているどころか大切に思っているからこそ、『物真似は……いらない』とおっしゃったのだと。そして、お嬢様の真意を一斗殿は気付いていないのです」

「つまり……どういうことなの?」

「今すぐにでも戻って、一斗殿と話をすることです。今回の経緯を話すことです。そうすることで、すべての問題が解決するはずです」

「それは――(もし問題が解決するのであればすぐにでも動きたい! でも……)」

 ティスティはおおいに躊躇った。


「あっ」

 そんなティスティをマリィは優しく抱きかかえる。


「一斗殿についていくと決めたお嬢様自身を信じてあげてください。あなたが自ら選択した道はけっして間違っていないのだから」

「お母様……」

 今のマリィはティスティの本物の母親ではないが、マリィから本物の母親と同じような愛情を強く感じたティスティであった。




「……お母様、私戻ります。私の居場所に」

 マリィからゆっくり離れ、力強く語りかけた。


「えぇ。いつでもまた帰ってきてもいいのですからね」

「ありがとうございます、お母様!」

 マリィの温かさに触れ、嬉し涙を流した。



(戻ろう、一斗のもとへ。一斗がどう思っているのかは、この際関係ないわ。問題は――私。私が創った問題なら、私なら解決できるはず。でも、どうすれば――)


「お〜い、ティスティ!」

「!?」

 思考を巡らせていると、遠くからティスティを呼ぶ声が聞こえてきた。

 ティスティが声の聞こえてきた方を振り向いてみると、ハルクがティスティたちに向かって手を振って歩いてきた。


「どうしたの、ハルクおじさん? まだ終わってないことでもあったの?」

「いいや、任せていた仕事は完璧だ。本当に助かってるよ――ってそんな話をしにきたわけじゃなくてな。ティスティにお客様だ」

「お客様……どなたですか?」

「何でもキーテジからわざわざ会いに来てくれたみたいだぞ。確か名前は――」

「久しぶりね、ティスティ。聖なる花園以来だけど、あなたは随分出世したみたいね」

「あ、あなたは!?」

 ハルクの後ろから一人の女性が姿を現した。

 女性の髪は黄色でショートカット。どこか立ち振る舞いに気品を感じる。


「シェムル・ピリャール。あなたに命を救われた者よ」

 聖なる花園をバスカルが爆破した際に、爆発に巻き込まれて死亡したとばかり思っていたはずの人間が、今ティスティの目の前に現存していた。


 驚愕のあまりティスティはパクパクと口を開けたまま、ティスティはしばらくの間声を出せずにその場に立ち尽くすのであった。


 ……

 ……

 ……


「お嬢様、お嬢様、お嬢様!」

「ハッ! あ、ごめんなさい。あまりにも驚きすぎて……生きていてくれて本当に嬉しいわ」

 ティスティはスッとシェムルに手を差し伸べた。

 すると、シェムルは微笑んでティスティと握手を交わした。


「あなたに伝えたいことがたくさんあるけれど、緊急の用件から伝えるわ。まずはこれを読んでみて!」

 シェムルは懐から巻物を取り出し、ティスティに手渡した。

 緊急という言葉が引っかかったティスティは、巻き物を受け取ると素早く文面に目を通す。

 読み進めていくと、次第にティスティの顔は真剣になっていく。


「これは!? これに書いてある内容は信ぴょう性高いの?」

「私を信じてくれるなら、ね。どうするかしら?」

「決まってるわ! 今すぐこのことをみんなに知らせないと! ハルクおじさん――」

「いきな! 重要なことなんだろ? 後のことは俺たちに任せてくれ!」

「ありがとう、ハルクおじさん。お母様、行ってきます!」

「えぇ、行ってらっしゃい。帰りを旦那様とお待ちしています」

 快く送りだしてくれる二人に感謝し、最後にシェムルと向き合う。


「あなたもついてきてくれるかしら?」

「もちろんよ。言われなくてもそのつもりだったわ」

 シェムルは当然といった表情で快諾してくれた。

 まさか一時は敵対した相手と、共に行動することになるとは思わなかった――が、すぐに考えを改めた。

 これまでも敵対した相手とは、なぜか友好な関係を築いているからだ。

 ラインやレオナルドを筆頭とした決起隊メンバーや、ユーイやナターシャ、ヴィクスといった元バスカルの直属諜報部隊フィダーイーのメンバーたち。

 きっとシェムルとも一緒にやっていけると、ティスティは確信した。


(待ってて、一斗。みんな、無事でいてね)




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