03 ガスタークの港町
ガスタークの港町――王都から最も離れたところに位置した町の一つで、リンドバーク帝国に近い。そのため、教団の影響が大きかったこともあり、王都奪還作戦直後にはちょっとした内乱が起きた。
内乱はすぐに沈静化されたが、治安はあまり良いとは言えない。
なぜなら、ガスタークはアルクエードによる恩恵に特に酔いしれた町でもあり、アルクエードが使えなくなったことによる不安は、近隣の町の住民よりもとても大きかったことが容易に想像がつく。
「ここは相変わらず辛気臭いな」
「故郷のことをそんな風に言うもんではありませんよ、ライン?」
「……」
一斗はラインとソニアのやりとりを聞きながら、無言で街の様子を伺う。
これまでエルドラドに転移してからいくつかの街や村を訪れたが、この街が一番異世界っぽくないと一斗は感じた。
(辛気臭いというよりは……日本の大都市でも見かけたことのある浮浪者が住まう街に、雰囲気が似てるな)
今回はあくまで極秘の対談にあるため、ソニアは変装しており、一同は旅の一行として振る舞うことに決めた。
とはいえ、どこで情報が漏れるかわからないので、女王にもしものことが起きても対応できるようにする必要があった。
そこで、街中を歩くときには中央にソニアを配置し、その両脇を親衛隊二人、先頭を一斗とユーイ、後衛をレオナルドとラインで固めながら、目的地へと移動することにしたのである。
「そういえば、ユーイ。今向かっている目的地っていうのは安全なのか?」
「部下に事前調査した限りでは、この街の現状では最も安全じゃ」
目的地というのは、明日リンドバーク帝国のある大陸に渡る前に泊まる場所のことである。
現在、ガスタークの情勢を鑑みて、野宿をするには危険すぎる。かと言って、ガスタークには宿屋として機能しているところはない。
だから、ユーイは自分が所属していたフィダーイーの元メンバーたちに指示を出し、先行してガスターク周辺の諜報活動をこれまでさせてきた。
調査結果によると空き家が何軒かあり、そのうちの一軒が安全面を考えてお忍びで泊まるには好都合な立地が見つかり、そこを拠点とすることにしたのである。
「ここじゃ」
「……ここ、か?」
目的地を目の前にして、ユーイとソニアを覗いて唖然としている。
それもそのはず。
なにせ、見るからにボロボロの一軒家なのだから。
「まぁ、贅沢は言えませんが……隊長や私たちはともかくとして、女王陛下がここにお泊まりになるのは――」
「別に構いませんよ、レオナルド殿」
ソニアはボロボロの建物を目の前にしても平然としている。
「決起隊を結成当初はこんな建物を転々としたものよ。ねぇ、ライン?」
「あぁ、そうだったな。お前と俺と、そして……キール。三人でよく野宿もしたし。懐かしいぜ」
ラインはソニアの隣に並び、二人して懐かしそうな表情で目の前の建物を見つめている。
「とにかく中に入ろうぜ。話はそこで(早くこの依頼を終えてエルピスに戻らないといけないからな)」
一斗は賛成を得る前に単独で建物の中へと入っていき、他のメンバーは一斗の後に黙って続くのだった。
夜になり同盟交渉のための打ち合わせが始まった頃、街には灯りがほとんどなく、辺りは静まりかえっている。
昼間には多少人通りはあったが、夜はまったくない。
そんな中、一つの影が街中を素早く移動していく。
「……ここも異常なし、と」
屋根伝いに飛び移りながら、街の様子を伺うユーイの姿があった。
「一斗も人遣いが荒い……まぁ、理由はともあれやる気になっていることはいいことじゃ」
現在、ユーイは一斗の頼みで周囲を偵察している。女王を狙う輩がいれば、障害を取り除く必要がある。だだ、一斗からは――
………………
…………
……
「なんじゃと?」
「頼む。可能な限り不審者は生け捕りにしてほしい」
「生け捕り……また難しいことを言うのぉ」
一斗からの依頼に、ユーイは渋った顔をした。
生け捕りは殺害することよりリスクが格段に高くなる。
相手を無力化した上で、自害させないようにして、連行する。この連行するときも他の仲間がいないか警戒する必要がある。
それらを今回はすべてユーイ一人で担う――ユーイが渋った顔をするのも仕方のないことであった。
「城内の雰囲気が……何かおかしいとは思わないか?」
「城内? 王族や貴族たちのことか?」
「それもそうだが。今回の同盟交渉についても、内部からの反対があまり感じなかった」
「それは……いいんじゃないか? 交渉が上手くいくなら」
「そうなのだが……」
ユーイが言うことは最もな話である。だからこそ、一斗には引っ掛かっていた。
(仕事でもよくあった。内部からの反発がないときに限って、後から責任を押し付けられ……って、俺も仕返しとばかりにやり返してきた俺だからこそわかるんだ)
以前は当時のことを思い出す度に苛ついていたが、今ではあのときの経験が活きていることに苦笑した。
「……承知した。一応今はそなたが妾の責任者じゃからな」
「責任者としてではないのだが……頼む、ユーイ」
「御意」
ユーイは瞬時に姿を消し、偵察の任に就いたのだった。
「頼んだぜ、ユーイ」
……
…………
………………
(一斗には大きな貸しもある。それに……)
「あやつがこれから何を成すのか、一緒に見てみたい。出来る限り近くで……フッ、変わったものだな、妾も」
緊張感のある任務の最中なのにもかかわらず、不謹慎だがどこか穏やかな気持ちでいることができる。
これまでにはなかった感覚――そのことに戸惑いつつも、うれしさを感じるユーイ。
「あの冷酷なあなたが、まさかそんな表情をするとは――」
「何奴!?」
シュッ――キンッ!
突如響いてきた声の位置に目が掛けて、ユーイはクナイを投げつけたが弾かれた音がした。
今度は相手から何かが投げつけられる。
「甘い!」
投げつけられた物体が爆弾だと思い、双剣で瞬時に4つに切り分ける。
パンッ!
「何っ!?」
すると、物体は風船が割れたように弾け散り、ユーイを中心に光のドームが覆った。
ドームから抜け出そうとするが阻まれ、抜け出せそうもない。
ユーイは双剣で目の前の壁に斬りつけるが――キーン、という音が響くだけで傷一つ付けることができなかった。
「なぜじゃ!?」
「それは古代道具の一つだそうですよ。なんでも十分間だけ対象を光の壁に封じることができるとか。しかし、あなたを少しでも足止めできれば、暗殺は容易い……それでは」
謎の男はそれだけ言い残して、気配を消した。
「ぬかった! 早く一斗にこのことを知らせねば」
ユーイは急いで懐からペンダントを取り出し、宝石にマナを流しこんだ。
〜〜
「さぁ〜て、これからどうすっかな?」
一方、一斗は同盟交渉のための打ち合わせには参加せず、隣の部屋で待機している。
建物は二階建てで、打ち合わせは二階の角部屋を使用している。
一斗とユーイ以外のメンバーは夜遅くなっても打ち合わせを続けており、休む気配がない。
「話し合いに出ても、この世界の情勢はよくわかんしな。それよりも――本当に静かだな、この港町は。異常なくらいに」
氣の流れからこの地の異常さを、一斗は感じ取っていた。
人がいるはずなのに、氣の流れが滞っている感じ。そして、何か不穏な雰囲気が漂っており、そのことがずっと気掛かりなのである。
「外敵はユーイに任せてあるから大丈夫だろう。こんな時あいつらがいれば……」
『こら、一斗! そんなことだから、いつも早とちりな結果に陥るのよ』
『ぐぬぬぬ』
『まぁまぁ。それくらいにしてあげなよ、マイ。一斗も反省しているわ』
『そうだそうだ!』
『もぅ、ティス。だめよ、一斗を甘やかしては。そんなことだから――』
「……」
アイルクーダからずっと一緒に旅をしてきたマイとティスティ。
一緒にいるのが当たり前すぎて、彼女らが今この場にいないことが夢のように感じている。
こうやってじっと待機できているのも、自分を間近でフォローしてくれると思える存在がいないからであった。
『ダメ、一斗! それに触れたら!』
マイが庇ってくれた時のことを思い出す。
「あ〜、駄目だ! このままんじゃあ、絶対にマイが目覚めたときに笑わちまう。俺がもっとしっかりしなきゃ……俺が」
己の不甲斐なさのあまり、一斗はマイが目が覚めなくなってから自己嫌悪をし続けている。
「ん!? この反応は?」
落ち込んでいた一斗であったが、異常な気配を察知。
持っていたペンダントが青く点滅し始めた。
「まさかユーイの身に……はっ!? 危ない!! <響>」
一斗は女王たちがいる隣の部屋に壁を破って突入し、部屋全体を氣で覆った次の瞬間――仮面を被った黒尽くめの集団が乱入してきて、それぞれ武器を構えた。
「何事です!?」
「おそらくあなたを狙った暗殺者です。ユーイを手玉に取るような相手だ、油断はできない(ふ〜、危うく全員無力化されるところだったぜ)」
とっさに氣のバリアを張り、外部からの影響を一時的に遮断することに成功した一斗。
「この場所はもう危険だ! 安全な地帯まで突破するぞ! おれは女王を、レオナルドと残りの親衛隊はおれの後衛を。一斗は……すまないが殿を頼む!」
一斗の発言を聞き、緊急事態であることをいち早く察したラインはそれぞれに指示を出す。
「「「はっ!」」」
「了解した! 周囲のガスは全体に吸うなよ、おそらく催眠ガスだ。あとで必ず追いつくから、ちゃんと女王様を護りきれよ、ライン!」
「もちろんだ!」
ラインは<アクト・シャフト>を取り出し光の刃を出現させると、窓際にいる暗殺者を二人撃退し、外に脱出していった。
「ま、待て!」
暗殺者たちはターゲットがまさか2階からいきなり飛び降りるとは思わず、追いかけようとするが――
「おっと、追撃はさせねーよ」
一斗はラインたちを追撃させないような位置取りをして、相手を牽制する。
「くっ、ターゲットを庇いだてするなら容赦はせぬぞ!」
目の前の相手を排除しなければ、ターゲットを追えない。
そのことを肌で感じたのか、一斉に襲いかかる。
「さぁて、久しぶりにひと暴れするか」
襲いかかってくる暗殺者たちを前にして、不敵に笑うのだった。
襲撃地点から逃走中のラインたち。
特に追撃を受けることなく、一旦街の外へと脱出することに成功する。
「ハァハァ、ライン」
「……どうした?」
「一斗殿は……お一人で大丈夫なの?」
「あいつは大丈夫だ。少なくともあいつらに遅れはとらんさ。なぁ、レオナルド?」
「えぇ、その通りです。一斗殿よりも……問題は――我らということですね、隊長?」
「それはどういう――」
「あなた方の命はここまで、ということです。ソニア女王陛下」
レオナルドの発言の意図がわからず、ソニアが確認しようとしたところ、あらぬ方向から見知らぬ声が聞こえてきた。
「お前が……頭か?」
ラインはソニアを守るように<アクト・シャフト>を構える。
「その通りです。元決起隊の隊長で、現クレアシオン王国の女王直属親衛隊長のライン・スターディア」
比較的小柄で仮面を被った男が姿を現した。
すると、その男の背後から十人の暗殺者らしき者たちが出現し、戦闘態勢をとった。
「あなたたちは何者ですか? 私たちの正体がわかった上での行動のようですが」
「このような状況でも強気でいれるとは、さすが女王陛下。だから、あなたは狙われるのです――さて、もちろんこれから死に征くあなた方に正体をばらす必要は……ありません!」
「キェー!」
暗殺者たちがソニア目掛けて襲いかかっきた。
「ここは私にお任せを……ハァ〜ッ!」
レオナルドは槍を構え、一気に横一閃に振り切ると、衝撃波で暗殺者たちは全員吹き飛ばされた。
「……」
「形勢逆転ですね。さて、残るはあなただけです」
目の前の光景が信じられず、謎の男は唖然としている。
「正直驚きました。まさかあなたのような隠し玉を持っていようとは……ただ、これで終わりと思ったら大間違えです」
「あなた一人で何ができるんです!」
レオナルドはすかさず男に攻撃を仕掛ける――が。
キンッという音とともに、レオナルドの攻撃は男に当たる寸前で何者かによって防がれてしまった。
「なかなかいい攻撃だ。思っていたより楽しめそうだな」




