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02 マイの容態

<サムソ>本部の建物内を迷うことなく歩みを進める男の姿がある。

 男が向かった先には部屋が一つあり、ドアの前には門番が一人立っているようだ。


「一斗さん!」

 門番の女が向かってきた人物に気付き、声を掛けた。


「いつもご苦労さん、シーナ」

 元決起隊員でもあり、現<サムソ>の女性隊員でもあるシーナ。彼女は一斗たちと初めて遭遇したときの出来事が、彼女にとって忘れられない出来事となっている。

 女でありながら腕っぷしもあり、度胸や根性もあるシーナは、実動部隊として隊長であるラインとともに前線に出ることが多かった。

 そして、エルピスで教団の動向を探っているときに、見知らぬ若い男女三人が教会から出入りした姿を目撃。

 見た目からすると全然強そうに見えない三人だったから、教団派の一味として捕縛し事情を訊き出すのは簡単だとシーナは思った。

 ところが、隊長であるラインは男によって無力化され、自分自身もなす術もなく無力化されてしまった。さらに、せっかく無力化したのに、何も危害を加えることなくその場を立ち去ってしまった。

 このときの一件があってからシーナは、一斗たちに興味を抱くようになった。

 無力化した手段も知りたかったが、なぜ敵対行動をした自分たちに対して反発してこなかったのかが不思議で、是非理由を本人から訊いてみたくなった。


 その機会はすぐに訪れた。

 キールとの一件が決着が着き、副隊長であるレオナルドと一斗との対決が行われた後に、一斗から武術を教わるチャンスが巡ってきたのである。


(こんな絶好のチャンス、無駄にはしないわ!)

 一度そうと決めたら達成するまで諦めないシーナは、一斗のすぐ近くを陣取ることに成功。

 間近で一斗から教えを受けることで、新たな境地を知ることのできたシーナは喜びに満ち溢れていた。


 すると――

「あんた、すごく嬉しそうだな」

 なんと、指導の最中に相手の方から声を掛けてきてくれたのである。そう言っている本人も嬉しそうに――。


「それはもう嬉しいですよ! まだまだ私は強くなりたいですから。悪者をやっつけるために」

「……そうか。力だけではどうしようもないこともあるけどな」

「えっ!?」

 シーナの発言を聞いた一斗は、一転して寂しい表情を見せ、聞き取れないくらい小さな声ボソっと呟いた。


「……そういえば、あんたとはあの時以来だな。あの時は、問答無用で襲ってこられたから困ったぞ」

 再び笑顔に戻った一斗はシーナに話し掛けた。


「あの時って……まさか私のこと覚えていてくれたんですか!?」

「まぁな。ライン以上に本気さが伝わってきたからな」

「あははは……あの時は申し訳ございませんでした!」

 シーナが謝罪すると、当の本人は何とも思っていない様子だった。だから、訊いてみたかったことを尋ねてみた。


「……あんたたちから敵意は感じられたが、殺意はなかった。なら、まだあんたたちとは話し合える余地はあると思った。あのときではなく、な」

 このときの一斗の言葉に何か含みのある印象をシーナは受けたが、わかったことが一つだけあった。

 それは、自分が一斗に惹かれていることだ。

 異性として好きでという感じではなく、言葉にはできない何かに惹かれているのは間違いなかった。

 この日以来、シーナは一斗と話す機会を率先して作っていった。そして、一斗以上に会うようにしたのが、マイとティスティだった。


 二人は一斗と一番付き合いが長く、彼女たちから自分が一斗に惹かれている要因が訊き出せると考えた。

 いざ会って話すようになると、二人とも普通に女子をしていたのはすぐに判明した。一斗に好意を抱いていることが、あからさまに伝わってくるからである。

 当の本人である一斗はあまり気付いていないようだが。

 そんな二人ではあるが、実は一斗に関すること以外でも色々自分で考えて動いていることも、仲良くなるにしたがいわかってきた。

 マイは独自でアルクエードの影響調査を続けていたし、ティスティは生活に困っていることはないかを自主的にエルピスの住人たちから一件一件訊いてまわっていた。

 隊長の命令や決起隊の目的にただ従ってきただけのシーナにとって、一斗だけではなくマイやティスティの存在はとても特別に思えた。

 そして今回、親交を深めてきたマイが意識不明であり、もしかしたら何者かに狙われる危険性があると知ったとき、シーナは即座にマイの護衛役を申し出て、今がある。


「いいえ! 一斗さんたちのためなら、いつでも私たち元決起隊員は喜んで力になりますので。そうそう、今日もミレイちゃん、マイさんの看護に来てくれてますよ」

「そうか……中に入っても大丈夫か?」

「……どうぞ」

 一斗をマイとミレイがいる部屋の中へと、シーナは静かに誘導するのだった。



「一斗お兄ちゃん……」

 一斗が部屋に入ると、ミレイが一斗に声をかけた。

 ミレイは椅子に腰掛けていて、その側にはベッドが設置してある。そこには、マイが目をつぶったまま横たわっていた。


「ミレイ……いつもマイの看病、サンキューな」

「気にしないで。私がマイお姉ちゃんの面倒を看たいだけだから……どこかに行くの?」

「……あぁ、ソニア――女王様のお願いでな。なぁに、心配することはないさ! チャチャって片付けてすぐに戻ってくる。それまで引き続きマイのことをよろしく頼む」

「うん、もちろんいいよ! マイお姉ちゃんのことはミレイに任せてね」

「……頼む」

 一斗は快くマイの看病を引き受けてくれたことにホッとする。そして、マイの方をもう一度見つめた瞬間顔色を変えたが、すぐに元の表情に戻り部屋の外へと出ていった。


 バタンッと部屋のドアが閉まって、部屋には再びミレイとマイのみが残される。

「……私じゃあ、マイお姉ちゃんの代わりは無理なのかな?」

 一斗が部屋を去るまでミレイは笑顔でいたが、しばらくしてどこか寂しい表情を浮かべるのだった。





 ミレイとシーナに別れを告げた一斗は、再びレオナルドやユーイが待っている部屋に戻ることにした。

 マイが意識不明になった知らせを聞いたエルピスの街の人々は、一年経った現在でもこぞってお見舞いに来てくれている。

 そのことを一斗は素直に嬉しかった。

 マイのことを大事に想ってくれる人が大勢いるってことが。


「くそっ、今のままじゃダメなんだ。今のままじゃ……」

 ところが、時間の経過に伴いその事実が、逆に一斗を苦しめている。

 一斗は思い付く限りのすべてのことを試した。

 氣功術はもちろんのことだが、薬草なども試してみたが効果はなかった。

 それでも、マイは何かの症状が発症している様子がないことが、不幸中の幸いだと誰もが思ったのだが――自分を庇ってくれた嬉しさ以上に、大切な人に庇ってもらってしまったという情けさが募るばかりであった。


 さらに言えば、

「自分はただ落ち込んでいるだけ」

「他のみんなは誰かの役に立っているのに、俺は――」

 という感じで、自分で自分の価値を下げて苦しんでいるという一面もある。



「もう出発できるか、一斗?」

「……あぁ、行こう」

「…………」

 ユーイの先導で建物を出ていった一斗。

 それに対して、レオナルドは黙って一斗をじっと見つめたまま見送る。


「……副長」

「はい、レオナルド新団長」

「団長は付けなくてもいいです。それより――」

「一斗さんとマイさんのこと、ですね? マイさんのことは任せてください。看病は常にミレイちゃんがしてくれていますし、部屋の前は常に信頼のおける仲間が見張る手はずになっています。それに――いざという時のために、ヴィクスさんがこの街に残ってくれています。しかし、一斗さんのことは正直心配です」

「……そうですか。今回の同盟交渉からティスティ殿が合流しますし、気分転換になるでしょう」

「気分転換って、隊長〜。私たち人間にとって大事な大事な話し合いの場に行くんですよ?」

「そうですね。ただ、きっと彼なら――一斗殿なら大丈夫。これまでもそうだったように」

「はい……そうですね」

 二人は再び思い出していた。

 一斗と出会ってからのことを。

 これまで敵対していた人たちがどんどん味方になっていく。

 それに伴って、事態もどんどん変化していっている。


 今回のリンドバーク帝国との同盟交渉もそうだが、自分たちが生まれたときから当たり前にあったものアルクエードがなくなり、これまで過去の話だと思っていた鬼人族との戦いが現実味を帯びている。

 それは喜ばしい話ではないが、ようやく「自分たちはこの世界で生きているんだ」と実感できる人が増えていっていることも事実である。

 これからどうなるかは未知ではあるが、これからもこの世界がどう変わっていくのかを見届けたいと思った二人であった。




 ◆フィレッセル城


 エルピスを出発した一斗・ユーイ・レオナルドの三名は、フィレッセル城に直行した。

 王都奪還作戦によって城の至る所が破壊された形跡が、一年経った今でも残っている。


「よう、一斗!」

 呼ばれたから振り返ってみると、親衛隊が着用する鎧を身に纏ったラインが片手を挙げながら声を掛けてきた。


「ライン、元気してたか? おっと、ここでは女王直属親衛隊長って呼んだ方がいいか?」

「今まで通りラインで構わないさ。それに、まだ周りから認められているわけではないからな」

「「!? ……」」

 ラインが周囲を急に見渡すと、途端に目をそらす貴族たちの存在が目に留まる。


「……なるほどな(懐かしいなぁ、この光景。元の世界ではこの視線を浴びることが、成功社の証だと信じていたが)」

「格好は決まっていますが……孫にも衣装といった感じでしょうか?」

「ソニア様」

 ラインの後ろからソニアが姿を現すと、周囲にいた者たちは一斗を除き皆が臣下の礼をとり、一斗は慌てて周りに合わせて構えをとった。

 ソニアの格好はバスカルとの戦いのときに装着していた鎧ではなく、王家の正装である。


「……」

「あら、ライン。そんなに私に見惚れなくてもよいのですよ?」

「よく自分のことをそこまで持ち上げれるもんだぜ。なぁ、一斗?」

「俺を巻き込むな。それで……ティスはもう来ているのか?」

 肩を組んでくるラインの手を払いながら、ラインに尋ねた。


「ティスティは街の方で手が離せない出来事が起きたようで、急きょその対処に追われているようなんだ。だから、同盟交渉には欠席だな」

「そっか……」

「まぁ、今回のメインは女王陛下だからな。同盟を成立させて早く戻ってこよーぜ!」

「……そうだな。じゃあ今回はこのメンバーで行くのか?」

 一斗は近くにいるメンバーを目で確認した。

 主役のソニア、側近のライン。その他に、護衛としてユーイ・レオナルドが同行することはきいていたが、念のためである。


「後は親衛隊二名が追加になるくらいだ。大人数で行くと変に他国を刺激しかねないからな。それに……ただ数が多いだけでは足手まといになる可能性も高い」

「そこで、女王の身の安全を確保できる妾たちが、国境にある港のまち・ガスタークまでまずはお供することになっておる」

「ガスターク……確かラインとキールの――」

「あぁ、故郷だ。かれこれ十年は帰ってないけどな……」

 ラインは故郷やキールのことを思い出しているように見える。


「今回の遠征はとても重要です。リンドバークとの同盟が上手くいくかどうかが、我々の運命を左右するといっても過言ではありません。皆さん、道中よろしくお願いします」

 ソニアは同行メンバーに対して、深くお辞儀をした。


「まぁ、今回は相手にとっても有益な話のはず……絶対に上手くいくはずだ。そうだよな、一斗?」

「そうだな! 早く終わらせて帰ってこようぜ」

「行きましょう、まずは隊長の故郷ガスタークへ」

 鬼人族の侵略行為が開始されるよりも、一日でも早く同盟成立を成功させるために動き出したソニアたち一行。


 しかし、リンドバーク帝国との同盟交渉は思わぬ事態に陥ろうとは、このときは誰も予測できなかったのである。



久しぶりの更新です!

これからどういう展開にしていこうか、その間に考えていたのですが……

考えすぎると逆に書けなくなるという悪循環になるようで(^^;

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