20 時代の流れ
黒い影は一斗に起きた変化を驚いたのか、不気味な煙を吐くのを躊躇した。
そんな相手の方へと、一斗は平然と歩みを進めていく。
「クッ」
特に一斗の見た目は何も変わっておらず、強い氣は発しているわけでもない。
それなのに、威圧されているように感じた黒い影は後ずさりした。
実際、ティスティたちから見ても一斗の雰囲気は異様で、ある種神がかっているように感じた。
「あの黒い煙は何だ? それに……お前の先には誰がいる?」
「……ドチラモ、スナオニコタエルトオモッタカ?」
「そうか……ならば仕方ないな」
黒い影が答えるのにわずかに間が空いたことから一斗は黒幕の存在を確信し、刀を持っていないのに抜刀の構えをとった。
そして、シュッと、瞬時に抜刀する動きをとったと思いきや、元の自然体に戻っていた。
「?? ナンノツモリダ?」
黒い影は一斗の不可解な行動に動揺したが、何も起きなかったことに安堵したような口調に変わっていた。
「<雲散霧消>……もう終わった……」
「「「なっ!?」」」
ところが、一斗は言い終わるや否や、黒い影の体がスパッと真一文字に切り裂かれ、言葉を発することなく消滅していった。
「ティスティ、マイの様子はどうだ?」
「えっ!? あ、はい!」
急に元の一斗に戻り、ついあたふたしてしまったティスティ。
ティスティは慌ててマイのもとに駆け寄る。
「……マイ! マイ! マイ!! …………ダメね、まったく起きる気配がないわ」
「そうか……」
「それは……そうじゃ。あの黒い影は……おそらくあの方の……刺客……儂を監視するための。そして、あの方は……この星エルドラドの歴史を知る者」
バスカルは自分の命が尽きようとしているのを感じながら、最後の力を振り絞り語り始める。
「歴史を知る者……」
自分がつい先ほどフラッシュバックした脳裏の光景を、一斗は思い出した。
「繰り返されてきた憎しみの連鎖……その真実を教えてくださった。だから……儂は………フッ、もう過ぎた話じゃな」
「……もしかして、禁術をアレクに伝えたという人物のこと?」
「……そうです、シャナル様。今は……どこにいるのか……わかりませぬが……ゴホッゴホッ」
「そう……」
シャナルは何かまだ思い当たり節があるようで、考え込んでいる。
「バスカル様……」
封印を解いてから徐々に老いていくバスカル。その姿を目の前にしてユーイはバスカルの死期が迫っていることを感じ、堪らず傍に駆け寄った。
「ユーイよ。儂の平和は……そなたを含め数え切れない者たちの……人生を狂わせてきた」
「そんなことは……ありません。あなた様は妾を救ってくださり……感謝しかありませぬ」
ユーイは泣きながら感謝の意を伝える。
「リクターである一斗――彼奴は……憎しみの連鎖を断ち平和に導くキーマンとなるじゃろう。共に行動して、儂が果たせなかった夢を……今度こそ――」
「もちろんです……約束します。必ずバスカル様が抱いた夢を叶えてみせます!」
「たのん……だ…………ぞ」
最後の言葉を話した後、バスカルの身体はアルクエードで老朽化を防いでいた反動を受け、肉体は骨と化した。そして、その骨も塵となり風に乗って空へと散っていくのであった。
*
「……さて、これからのことを話し合わねばなりませんね」
いろんなことが立て続けに起き、未解決な問題も残ってはいるものの、今回の事件の元凶であったバスカルは死亡。
ここは一旦仕切り直す必要があると感じたソニアは、真っ先に声を上げた。
「そうだな……俺とティスティ。そして、ユーイとヴィクスは一旦エルピスに戻らせてもらう。それに――あなたの名前、シャナルと言ったか? あんたはどうする?」
「……どうすると言っても、私にはもう実体がないわ。このままだといずれ……まぁ、バスカルの最期を見届けることができたし、もう――」
「貴女はそれでいいのですか?」
素っ気なく答えるシャナル。
そんな彼女に対して、意外にもレオナルドが問いを投げかけた。
「……なんですって?」
「あなたはまだ見届けていないことがあります……ナターシャ殿」
「な、なんでしょうか?」
突然話を振られて慌てるナターシャ。
「確かナターシャ殿の愛弓<天之麻迦古弓>は、蓄積したマナを宿らせることができたはず。同じような理屈でシャナル殿を宿らせることはできませんか?」
「……この弓では残念ながら……ですが、ラインさんがマイさんから託されたその<アクト・シャフト>を宿り場にすることは可能だと思います。ただし……ラインさんとシャナルさん、両者の合意が必要です」
「というわけで、シャナル殿。これからは我々と共に行動してはいただけないでしょうか?」
レオナルドはまずシャナルの意志を確かめることにした。
「……一つだけ条件があるわ。宿り場の担い手はあなた――レオナルドであること。それが守られないのであれば、私はこのまま消滅することを選ぶわ」
「…………」
真剣に語るシャナルの口調から、本気で言っていることが一斗たちにも伝わってくる。
そんなシャナルを前にしてなんて答えたらいいかわからず、レオナルドは目でナターシャに助言を求めた。
なぜなら、<アクト・シャフト>はラインがマイに託された武器である以前に、レオナルドも扱えないのが現状だからである。
「それは……<アクト・シャフト>以外となるとそれに準ずる――って、ラインさん。腰にもう一つ備えているそれはまさか――<マジック・ブレイカー>! なぜあなたが!?」
ナターシャはラインに勢いよく詰め寄る。
「こ、これか? これはさっきの戦いの最中にマイから借りたものだが――知ってるのか?」
「知ってるもなにも……それは<精人族>の至宝の一つだったもので、一族の恩人に贈与したはず……まさか、マイさんが? ……でも、<マジック・ブレイカー>なら今ある工具でなんとかなると思います!」
「……それならば、私に異論はありません。何よりシャナル殿と共にいれるのであれば、私にとっても望むところです。しかし、これはマイ殿の――」
「構わないさ。レオナルド、あんたがそれを使ってくれ。マイなら……きっとそれを認めたはずさ」
一斗は意識不明のマイを見つめた後、ラインから<マジック・ブレイカー>を受け取り、そのままレオナルドに託した。
「一斗殿がそう言うのであれば……。では、よろしくお願いします、シャナル殿」
レオナルドの言葉に嘘偽りがないと悟ったのか、シャナルは照れ臭そうにそっぽ向き、頷くことで快諾の意志を伝えた。
「それでは、シャナルさんにはレオナルドさんと召喚契約を結んでいただきます。契約締結を証として、シャナルさんの魂を柄に宿らせます。よろしいですか?」
「わかったわ……私シャナルはレオナルドと契約を結ぶ。如何なるときでも共にあることを誓う」
「私レオナルドは……その契約を受諾する!」
互いの合意を確認したナターシャが「悠・」と印を結ぶと、<マジック・ブレイカー>にシャナルが吸い込まれていき――
「……無事に同化が完了しました。すぐには彼女と同調できませんが、明日にはできるかと」
「そうですか――ならば、問題ありません」
レオナルドは<マジック・ブレイカー>をじっと見つめた後、腰に携えた。
「あと、私も一斗殿たちと共にエルピスに向かいます。残してきた隊員たちだけではなく、街の人たちのことも気掛かりなので」
「ならおれも――」
「隊長は陛下の近くに。これから先何が起こるかわからず不安定な情勢では、陛下を護衛する人材が必要かと思います。それに、ナターシャ殿もいれば、陛下も心強いはず」
「そうですね……ありがとうございます、レオナルド殿」
ソニアはレオナルドの好意を受け取り、ナターシャも声には出さなかったが深くお辞儀をすることで応えた。
「では、俺たちは戻らせてもらう」
一斗は平然とそう告げた。
そして、マイを背負い、壊れ果てた王座の間を出ていき、ユーイとヴィクスは黙ってそれに続いた。
(一斗……)
ティスティは明らかに無理している一斗に対して、先ほどからかける言葉が見つからずにいる。
「ティスティ殿。一斗殿はマイ殿のことで頭が一杯です。あなたが彼の支えになってあげてください」
「レオナルドさん……わかりました(私がしっかりしないとね……マイの代わりに)」
レオナルドの言葉からヒントを得たティスティは、意を決して一斗たちの跡を追っていった。
「あいつらのことも頼んだぞ、レオナルド」
「ええ、もちろんです。では、女王陛下。これにて失礼いたします。隊長、ナターシャ殿。また後日お会いしましょう」
「おぅ!」
「今回は色々お世話になりました。シャナルさんの件は再会したときに改めて」
レオナルドは残りのメンバーに別れを告げると、急ぎ一斗たちの跡を追った。
「行ってしまいましたね――」
「そうですわね。彼らへの礼はまた後日として、それより――ナターシャ、あなたが無事で何よりだったわ」
「――姫様!」
ナターシャは感極まって、泣きながらソニアに抱きついた。
「あなたが洗脳されていくのを、黙って見過ごすしかできなかった私を許してほしい」
「許すもなにも! 姫様は何も悪くありません。悪いのは――」
悪いのは『バスカルの仕業』。
そう言いかけてナターシャは口をつぐむ。
確かに自分を操るように仕組んだのはバスカル。しかし、マイから聴いた話が本当なら、騙して幽閉し続けたのはクレアシオン王国の仕業、ということになる。
当事者はもう誰一人生き残ってはいないのにもかかわらず、過去に囚われたままでいる。
そのことにナターシャは、シャナルの一件もあり疑問を感じるようになっていた。
「これからどうするんだ、サクヤ? いや、やっぱりソニア女王陛下と呼んだ方がいいか?」
「サクヤで構わないわ。とにかく、アルクエードが使えなくなったことによる弊害――民への周知や今後の対策が急務だわ。すぐに私の他に捕まっている者たちを救出しましょう」
「そうだな。それに、封印が解けたって言ってただろ? それってつまり――」
「いずれ鬼人族が完全復活し、再び人間たちを滅ぼしに来るでしょう」
ナターシャは予測ではなく、そう確信していた。
「そうとなれば、近隣諸国とも早急に今後の方策について話し合わねばなりませんね」
一難去って、また一難。
しかも、今度の一難は300年前の再来。
鬼人族との泥沼の戦いが待っている。
そのことを思うと、ここでのんびりしているわけにはいかないと感じた三人は頷き合って、次の行動に即刻着手するのだった。
◆封印の大陸:アグニレド
ゴゴゴゴゴッ
ピカーン
ゴロゴロゴロ
雷が鳴り止まない大地。
そこはかつて鬼人族が生息していたアグニレド大陸であった。
この地に勇者アレッサンドロは鬼人族を封印。
それ以来、封印が何かの拍子に解けるのを恐れた人間たちは、誰もこの地に降り立つことを避けてきた。
ピカーン
ズガンッ!
大地に落雷すると巨大な魔法陣が現れ、魔法陣が徐々に消えていった。
薄っすらと霧がかかりはじめる。
すると、その霧の中から頭から角を生やした人影が何体も姿を現すのだった。
第四章 創造のまち編 了
next continue 『第五章 輪廻のまち編』
今回で第四章が終了しました!
いよいよ物語も核心に迫っていく予定です(^^)v
ようやく?って感じですが(^^;




