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19 黒い影

「まさか……こんなことが――」

 バスカルが最後まで言葉を言い終える前に、体から発せられる光が全身を包み込んでいく。

 しだいにバスカルと勇者の元の姿が同時に現れはじめ、完全に二つに分裂した。


「これは……一体どうなってるんだ?」

 禁術を解いた本人が現状を把握しきれておらず、困惑している。


「おそらくはマイ様があなたに託したそれは、術の効果を打ち消す古代道具の一つ――そうですよね?」

「その通りよ、ソニア。原理はラインの持っている<アクト・シャフト>と似ているけど、これは――<マジック・ブレイカー>は効果を限定的にすることで、<アクト・シャフト>よりも扱いやすくなっているわ」

 ソニアの問いに答え、ラインに貸した<マジック・ブレイカー>を受け取る。


「そんな効果があるって初めて知ったぞ、俺は?」

「ウフフフ、それはそうよ。だって、あなたに話してないんだもの」

「そりゃそうだ」

 一斗とマイは何がおかしいのかわからないが、二人して嬉しそうにクスクスと笑った。


「この流れもお前の作戦通り(・・・・・・・)って訳か、マイ? ……いや、お前たちの」

 そんな二人をラインは鋭い目付きで睨みつける。


「作戦? そんなもんはねぇーよ。あったのは、マイの行動を何があっても信じる気持ちだけだ。たとえ、裏切られたように感じても、な」

 先日キーテジでの一件があったあと、一斗はマイに対して強い疑いの目を向けた。

 それは『信じていたのに裏切られた』という思い込みから生じたのだろう。

 なぜなら、マイとは一緒に行動するようになってからよく口喧嘩していたが、マイのように頼りになり、親しみを持てる人物はこれまで記憶で覚えている中では一人もいない――つまり、一斗にとってマイのことがいつの間にかかけがえのない存在になっていたからである。

 そんな存在なら自分のことを分かってくれていて、期待通りに動いてくれると錯覚してしまっていた。

 だからこそ、エルピスに戻ってきてからマイと和解した後、一斗は今後自分にとって理解できない行動をマイがとったと感じても、彼女自身のことは信じることにすると心に決めたのである。


「マイはこの世界でまだやるべきことがある(・・・・・・・・・)。それに――兄様を禁術の呪いから解放する絶好のチャンスだと思ったの。バスカルが兄様と融合することを望んでいる。そう察したあのときから」

 一方マイは、無断で一斗たちから離脱したことを一切詫びることもなく、自らの想いを貫いている。たとえ、どんな状況になっても。

 その強い想いがラインやソニア、ユーイに通じたのか、疑いではなくある種の尊敬の念を向けるようになっていた。



「なるほど……な。さすが我が自慢の妹……だけのことある」

「兄様! 意識を取り戻したんですか?」

「あぁ。今さっき、な」

 マイにとっては数年振り。

 アレッサンドロにとっては約10年振り。

 しかし、実際には二人が離れ離れになってから今こうやって再会するまで、約300年の月日が流れている。

 周りの人間からすると兄妹涙の再会だが、二人は涙を流すことなく、じっと抱き合うだけ――それでも、暖かく見守りたくなる光景である。


(よかったな、マイ)

 一斗は心の中でそっとマイに声をかけると、「ありがとう、一斗」というマイの心の声が聞こえたような気がした。



 しばらくして、ソニアがゆっくりとアレッサンドロの前まで歩いていく。

 その気配を感じたマイはそっと兄から離れた。そして、ソニアがアレッサンドロの前まで来たところで突然臣下の礼をとった。

「勇者様……これまで我が王国が背負うべき罪をあなた様お一人に背負わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

「……似ていらっしゃる……ブリアンナ女王に」

「ブリアンナ……女王?」

「ブリアンナ女王とは――」

 一斗の疑問に対して、ソニアが明かしていく事実。


 第18代国王ブリアンナ・ウル・フィオリーナ。

 鬼人族での戦いの火種となった、先代女王の暗殺事件。

 300年よりも以前から、人族と鬼人族との間で争いが絶えなかった。その事態を打開しようと動いたのが、当時であるクレアシオン王国の女王率いる和平派。そして、鬼人族の和平派であった。

 それぞれの和平派のトップが極秘裏に集まった会談は、人族と鬼人族の境界線にある島<オキシリ島>で行われた。

 平和に導くために行われた会談は、ある一報から事態が一変。


『鬼人族の工作により和平派要人暗殺』

 その知らせの消息が絶たれるという一報を受けた王国調査団は、現地で大量の血痕と女王が肌見離さず身につけていた指輪を発見。

 そして、人族の使者たちの所持品は見つかったが、相手の使者たちの所持品は見つからなかったことから、調査団は鬼人族に疑いをかける。

 決定的になったのが、調査を終えて島を出ようとしたところで鬼人族に襲われ、派遣された調査団は十人中たった一人のみ生存。残りはすべて虐殺された。

 よって、一連の事件は鬼人族による仕業だと断定され、クレアシオン王国を筆頭にして人族は鬼人族に宣戦布告。建国以来初めての全面戦争へと発展していった。

 のちに、<オキシリの惨劇>と呼ばれたこの事件後、次の女王として即位したのは当時まだ17歳だったブリアンナ姫であった。

 その後、戦時中に起きた抗戦派による内乱を見事に収め、戦争終結から戦後の復興に尽力したブリアンナ女王は稀代の名君として崇められるようになったのである。



「そう……あの泣き虫アンナ(・・・・・・)がね」

「彼女は……一度は崩壊寸前まで陥った王国をよく立て直した思うよ、マイ。そんな彼女の王国を――平和を待ち望んだ人々のために……私は自ら封印されることを望んだ」

「……でもよ、なぜあんたが封印されなくちゃいけないんだ? 悪いことしたわけでもないんだろ?」

 一斗がアレッサンドロに疑問を投げかける。


「そなたは?」

「俺の名前は世渡一斗。こことは違う世界からあんたの妹に訳わからず連れてこられた者だ」

「そうか……そなたが妹がずっと探し求めていた人物――リクターという訳だな」

「リクターかどうかは知らんが、そうらしいな。なぜ俺なのかわからんが、それでもマイには感謝している。この世界に連れてきてくれたことを……」

「一斗……」

 マイは一斗から感謝されるは思わず、嬉し涙が流れてきそうなくらい嬉しさを感じた。


「だからこそ、知っておきたい。結局アルクエードってなんだったんだ? それにあんたが唱えた禁術についても」

「……禁術は王国のある魔法師に『何でも願いを叶える術』として教わったものだ。

 術を発動するとエルドラド外部からの干渉を遮断することで、願いを叶えやすい空間<断絶領域ブレイクフィールド>を作る。

 そうすることで、鬼人族を封印できると私は信じていた。

 しかし、術を発動してから十年近く経ってもまったく老いる気配がなく、むしろ力が湧き上がり続けることに私は疑問を感じた――」


 アレッサンドロの話によると、アルクエードは発動した術者を媒介として<断絶領域ブレイクフィールド>を生成し続けるために、魂魄を喰らって術者を不老不死にする。つまり、実体がなくなる。

 そして、生成し続けるためのマナを周囲から吸い続けるため、そのことに気づいたアレッサンドロは自ら封印される道を選択したということであった。


「……禁術の副作用を厳密に調査せず、あなた様に使わせてしまった……そのことをブリアンナ様は生涯ずっと悔いていたと――」

「仕方ないわよ。あの禁術の存在自体ずっと隠されてきたものなんでしょ? けれど、兄様が不老不死の状態で封印されているとわかったおかげで、兄様の魂を救う手立てが思い付いたわ」

 マイはソニアをなだめつつ、がなぜ勇者の封印を解き、バスカルとの融合を促したかを語り始める。


「マイがラインに託した<マジック・ブレイカー>は実体がある者にしか通じないの。だから、バスカルから封印の全貌を聴き出せたことで確実に兄様の封印を解放するためには一度実体化させる必要があると確信したわ。だから――」

「なるほど……儂はあの方だけではなく……マリアンヌ様にもまんまと泳がされたわけですな」

 マイの解説中に横入りしたのは、倒れた状態で弱々しく発言したバスカルであった。


「「「バスカル(様)!!」」」

 そんな突如乱入してきたバスカルに対して、武器を構えたライン・ソニア・ユーイ。

 まだ何かしでかすかもしれない、という恐怖が三人の頭をよぎったのである。


「よせ……もう彼には……何もできぬよ。そして、私もな」

 そんな三人をアレッサンドロはやんわりと制止した。そして、ソニアの方を向き、ソニアが握っている両手剣を指さした。


「さぁ、急ぎあなたのその剣で……私を浄化してください。それで、この世界は破滅の危機からは脱することが……できるはずだ」

「この剣に……そんな力が……」

 ソニアが王家に代々伝わる剣を見つめる。

 ソニア自身、先代からは代々伝わる特別な剣の存在しか聞かされてはいなかった。



「あなたはいつもそうね、アレク。人の業を一人で背負いこもうとして……まぁ、そこに惚れたんだけどね、私は」

 別の声が聞こえてきた方をバスカルを除く全員が振り向いてみると、そこにはレオナルドとナターシャ。そして、思念体化して実体がなくなっているシャナルの姿があった。

 ナターシャはソニアの存在を発見したとき、喜びの笑みを浮かべ今すぐにでも抱きつきたい衝動に駆られたが――今はそんな雰囲気ではないと感じ、グッと堪えることにした。


「「シャナル……」」

 シャナルのことを最もよく知るイクシス兄妹が、シャナルを懐かしそうに見つめる。


「済まないな、シャナル……こうするしか道がないんだ……」

「えぇ、わかってるわ……先にみんなの元に逝ってて。私は……まだやることがあるから」

 シャナルは今にも泣きそうな衝動を堪えながら、想いを寄せていたアレッサンドロに別れを告げる。


「あぁ、わかった。一斗君……マイのことを頼む。優秀で強がってはいるが、脆いところが多い……どうかこれからも助けてやってほしい」

 ヨロヨロと一斗に向かって手を伸ばすアレッサンドロ。


「もちろんだ。あんたの妹のことは確かに俺が引き受けた。安心してほしい」

 さすがにここは恍ける場面ではないと察した一斗は、いつになく真剣な顔で力強くアレッサンドロの手を握り返した。


 二人の手が離れ、アレッサンドロが目を瞑ったのを見計らって、ソニアは剣をアレッサンドロのみぞおちに突き刺した。

 すると、アレッサンドロの肉体が浄化されていき、最終的には塵となって昇天していった。



「儂もこれで……終わりじゃ。なにもかな儚く散っていく」

 バスカルはアレッサンドロの最期を見届け、次は自分の番だと悟った。


「最後に一つだけ教えろ。何度もあんたが言ってるあの方って何者だ? そいつが黒幕か?」

 一斗は気になっていた。

 何度もバスカルの口から出ていたあの方という言葉が。

 それはラインやソニア、ユーイにとっても同じであった。


「それは……!? お、おやめくださ――ガァァァ!」

「「「なに!?」」」

 突然バスカルが今までにないくらいに苦しみだすと、そこから黒い影のような存在が姿を現した。



「ココマデオゼンダテシテヤッタノニ、デキソコナイメガ」

「何者だ、貴様は!?」

「オマエガリクターカ? ナラバ、ココデキエテモラウ」

 影は一斗の発言は無視して、黒い煙を一斗目掛けて吐いた。


「そんなヒョロい攻撃通じるかよ!」

 一斗は右手に氣を纏い、煙を振り払おうとししたところ――


「ダメ、一斗! それに触れたら!」

 一斗が振り払おうとした瞬間、マイが一斗を突き飛ばした。


「マイーーーーー!!」

 一斗の代わりにマイが煙に包まれていく。

 慌てて一斗がマイに近付こうとしたが――


「来ちゃだめ、一斗! ……邪魔よ!」

 マイに制止させられ、当の本人は魔法で煙を一瞬にして消すことに成功した――が、そのままマイは倒れ込んでしまった。


「マイ! 大丈夫かよ、おい!?」

 マイに慌てて駆け寄り、体を抱きかかえた一斗は彼女の体を強く揺さぶる。


「あなたが無事でよかったわ……一斗」

「おい、マイ! 返事しろよ、おい! …………」

 息はあり外傷はないがなぜか気を失ってしまったマイを、一斗は呆然と抱きかかえることしかできないでいた。


「バカナオンナヨ。サァ、コンドコソオマエノデバンダ」

「……待ってな、マイ」

 黒い影に構うことなく、一斗がゆっくりとマイを床に横たわらせると、自分の身体中から不思議な力がジワジワと湧き上がってくるのを一斗は感じた。




 ザザッ

<繰り返される戦いと平和の連鎖。そこから生まれる愛情と憎悪>

 一斗の脳裏には、これまでこの世界で生きてきた人間たちの歴史がフラッシュバックした。


「俺は、今度こそ……」

 ザザッ

<大切な存在を守りたいという想いは同じはずなのに……分かり合えることはなかった>

 その中には人間だけではなく、角が生えていたり、耳が長かったり様々な種族が含まれていた。


「大切な誰かを……そして、この世界を……」

 ザザッ

<それでもなお、どんなに憎しみ合い分かり合えないと思っている同士でも、いつか分かり合える日がくると信じたものたちがいる。その切なる願いが時間を超えて……俺の元にやってきたんだ>

 種族を越えて分かり合えると信じたものたちもまた、種族にかかわらずいたことを一斗は感じた。


「絶対に守りきってみせる!」

 パキーンッ!

 一斗のみぞおち辺りから五芒星の魔法陣が現れた。鎖でがんじがらめで固められていた星のうち、四つ目の星に固められていた鎖が砕け散って消滅した。




「なんだあれは!?」

 ユーイは初めてみる光景に目を疑った。


「あれは……一斗にかけられた封印のようなもの……その一つが解放された証だそうよ」

 ヴィクスに抱えられて現れたティスティ。

 これで二度目の光景に驚きながらも、目の前の現象を説明した。


「ティスティ、ヴィクス! お主たちも無事であったか――って、封印ってなんじゃ!? 一斗のやつは単なる記憶喪失ではないのか?」

 ユーイは気になっていた二人の安否が確認できホッとしたが、一斗本人から聞いていた話とは違うことに疑問を抱いた。


「一斗自身もよくわかってないみたい……ただ、わかっていることが一つだけある。一斗ならきっとなんとかしてくれるってことが」

 状況がまったくわからないティスティであったが、一斗ならなんとかしてくれると信じていた。

(私の命を救ってくれたときのように――)



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