18 桃源郷
「で、あいつがバスカルで間違えないんだな?」
「そうよ、ライン。中身はあいつよ。格好は……違うけど」
マイは悔しそうな表情でラインの質問に答える。
「ということは、あの容姿は勇者様?」
「そうですよ、ソニア・ウル・フィオリーナ女王陛下。あなたたち王国によって封印させられた勇者アレッサンドロ様ですよ。まさか知らないとは言わせませんよ?」
「それは――」
「まぁ、そのことはもう関係ありませんが。これからはすべてが我の思うがまま……フッフッフ」
バスカルがソニアの問いに一方的に答えると、ゆっくりとマイたちに近付いていく。
「もうすぐ桃源郷が完成する……長年求めた世界が――」
「そんなことをさせると思うか?」
「あなたの行為は国家反逆罪の域を越えています」
ラインとソニアはバスカルを挟むような配置について武器を構え、矛先を向ける。
「いいでしょう。世界が終わるまでの最後の余興を楽しませてもらいましょうか」
そんな二人のことはお構いなしに、マイを目掛けて歩みを進める。
「あなたには戦時中に何度も注意したはずよ。思った通りにいったと思っているときの方が危険だって」
「それは今の我には無意味な言葉ですよ。なんせ今の我は――」
「「なっ!?」」
不意打ちでラインとソニアが仕掛けた攻撃を、バスカルは危なげなく剣と盾で器用に防ぐ。
「下がって、二人とも! <重力の鉄槌>」
「ぬっ!?」
相手を抑えつけるために放った魔法で、バスカルの身動きを封じようとした。
「もらったー!!」
すかさずラインが止めを刺すために、バスカルの<アクト・シャフト>で心臓を一突きした。
「ごふっ……ば、馬鹿な」
心臓を貫かれたバスカルは血を大量に吐き、あっけなく仰向けに倒れる。
「や、やったの?」
「心臓を一突きしたんだ、当然だろ? それよりも……なんでこの野郎を倒したのに、この奇妙な現象は収まらないんだ?」
ラインの言う通り、世界の変動は起き続けている。
外部からの影響を完全に遮断したことで、氣の巡りが悪くなり、マナが供給できなくなっている。
そのため、マナが枯渇したことにより、異常気象や地割れなどが相次いで起きており、世界各地で混乱が続いている。
このまま事態が収拾できなければ、いったいこの世界がどうなるのだろうか――
「ライン……そこからすぐに離れなさい」
「何だ、マイ? 唐突によ――」
「早く!!」
「!?」
突然背後から殺気を感じた気がして、ラインは大きく間合いをとった。
「やれやれ、いくら我でもいえ刺されたら痛いんですよ?」
「そ、そんな……まさか――」
「そう、今のあいつは傷を負ってもすぐに元通りになる……まさに不死身のような存在なのよ」
マイが吐き捨てるように言い放つと、バスカルの体はゆっくりと起き上がってきた。
そして、ラインが一突きしたはずの胸は修復されており、血は一切流れていなかった。
「これでわかったでしょう? 我を倒すことはできない。倒すことができなければ、当然私のやっていることを阻止することもできない。つまり――あなたたちは我の前では無力なのだよ」
マナを一気に解放すると、バスカルの全身を纏うように龍を象った雷が出現した。
「愚かなる者たちに天の粛清を。<天龍雷怒>」
キャシャー!!
「「アァーーーーーーーーッ!!」」
龍から放たれた稲妻の嵐がマイ・ライン・ソニアを襲った。
「ほぉ、よくあれを回避しおったな。さすがは決起隊隊長、といったところだな」
先ほどの戦いでユーイが受けた<天雷>とは比較にならないくらいの威力で、ラインを除いた二人は今の攻撃で気絶してしまった。
ラインは咄嗟に<アクト・シャフト>で避雷したため、直撃を避けることができた。
しかし、それでもラインの全身は落雷の余波で、軽く痺れた。
「……クソッ…………相変わらず魔法っていうのは厄介だな。ハァ、ハァ……(それにしても、何でこんなに俺は疲れているんだ?)」
傷を負っていなければ、攻撃も受けていない。
それに、急いでここまで駆け付けたとはいえ、息切れするくらい疲労するような動きはしてこなかったはずであった。
「違和感がしてきたようだな」
「これもお前の仕業なのか!?」
ラインは槍で攻撃を仕掛けるが、いつもと比べると明らかに精彩を欠いており、楽々と回避される。
「マナはエネルギー源。それを外部から供給できなくなれば、消費していくばかり。このままいけば、お主たちは我が手を下さなくても……時機に死に絶える」
「ガハッ」
ラインの攻撃を避けた反動で、バスカルは剣の柄をラインの腹に叩き込んだ。
もろに一撃を受けたラインは痛みに耐えかねて、その場に蹲った。
「まずは一人目――」
「く、クソォ。(こんなところで!)」
「「ライン!」」
気を取り戻したマイとソニアが叫び声を上げたときには、バスカルが剣でラインを真っ二つにしたときだった――が、
「えっ!?」
「ぬっ!? 残像……だと!?」
真っ二つにされたと思ったラインの残像は、次第に消えていった。
「危ない危ない。まぁヒーローはピンチに現れるってな」
「お前(お主)は――」
「世渡一斗、ここに見参!」
マイの魔法で隔離されていたはずの一斗が、活き活きとした状態で姿を現した。
そして、間一髪のところを助けたラインを床に座らせ、今度は一斗がバスカルと対峙するのだった。
「一斗、毎回……ピンチのときだけ……現れる……なよな」
「たまたまだぞってな。動けるか、ライン?」
「ちょっと休めば動ける……勝てるのか、あいつに?」
「さぁ……な。だが、バスカルの野望が潰えるという結末だけは確かだ」
「それはどういう――」
一斗はラインが追求しようとするのを無視して、一人バスカルに立ち向かっていく。
「結末だと?」
バスカルは一斗の発言に対して、明らかに不愉快そうだ。
「そうだ。最初から決まっていたことのようだが……お前の企みは成就することなく終わる。俺が手を下すことなく、な」
言い終わると同時に一斗はバスカルに攻撃を仕掛け、バスカルはその攻撃をすかさず盾で塞いだ。
「その程度の拳では、この盾は破れぬぞ」
「それは……どうかな? ハァ〜ッ!」
「なんだと!?」
一斗の素手が蒼く輝きを増していくと、盾がなんと粉々に砕けていったのである。
(あり得ない……こんなに簡単にこの盾が破壊されるなんて。この盾は鬼人族からの度重なる攻撃でもビクともしなかったはずだ)
そのことに、驚愕の表情を浮かべるバスカルであった。
「まだまだそんなもんで驚いてもらっちゃあ困るぞ」
畳み掛けるように攻め続ける一斗に対して、危険を察知したバスカルはなんとか回避を続ける。
「それならば! 愚かなる者たちに天の粛清を。<天龍雷怒>」
一斗の素手による攻撃を回避しながら、マイとソニアを戦闘不能にさせた魔法を唱えると、電撃が一斗を直撃する。
その様子を見届けたバスカルは勝ち誇った表情を浮かべた。
「フハハハハッ、馬鹿め。我を侮るからこんなこと――」
「侮る? お前に対してそんなことはしない」
「まさか!?」
電撃をもろに直撃したにもかかわらず、一斗はまったくの無傷であった。
「<燃犀之明>。お前の電撃はもう俺には通じない」
「こ、こんなことが……」
電撃をまだ前進に帯びているにも関わらず平気でいる一斗を見て、バスカルは相手が言っていることが確かであると認識せざるを得なかった。
「なぜお前たちは平和のない世界をつくる我の計画を、ここまで邪魔する?」
狼狽えはじめたバスカルに対して、一斗は肩すくめる。
「前から感じていたことだが、その話に着地点はあるのか?」
「な、なんだと?」
「そもそも平和って誰基準だ? 人間以外の動物たちは、常に生死をかけた環境に身を置いているぞ――弱肉強食の世界でな。死の危険がなく争いのない状態が平和。それがもし正常だとしたら、自然界で起きていることは異常なのか? お前の描く平和を大切にするのは構わないが、それだけが唯一正しいと思うのはどうかと思うぞ」
一斗はずっと疑問だった。
前にいた世界でも言えることだが、世界中の国々が【平和】を掲げているのにも関わらず、未だに世界各地で紛争がなくならないことに。
しかも、その状態が何千年も続いているという事実。
「それに……お前がつくろうとしている世界は構想時点ですでに破綻しているからな」
「……よかろう。ならば、その目でとくと見届けよ。この世界の最後をな! 臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
バスカルは剣を床に刺し、印を結びはじめた。
「お、おい! 一斗、そいつを――マイ?」
「……一斗に任せておけば大丈夫よ。それよりも――」
ラインは一斗にバスカルのやろうとしていることを阻止するように言及しようとしたが、そんなラインを気絶から回復したマイが止めた。
そして、同じく目が覚めたソニアを手招きで呼び寄せ、二人に耳打ちするのだった。
「これで最後の印を結べばこの世は終わりぞ。何か言い残すことは?」
「……ご愁傷さま」
「!? まぁよい」
馬鹿にしている感じではなく言われた言葉に対してバスカルは一瞬戸惑ったが、すぐに気持ちを切り替える。
「これで最後だ。御!」
バスカルが最後の印を結ぶ。
ゴゴゴゴゴゴッ
「「なに!?」」
すると、突然城全体が大きく揺れ始めた事態に、ラインとソニアは焦った。
「フッフッフ……フハハハハッ! これでこの世界は終わり、新たな世界が始まるのじゃ!」
両手を広げ、歓喜の笑みを浮かべているバスカル。それに対して、一斗は若干下を向きながら目をつぶり、両腕を組んでじっとしている一斗。
さらに揺れが続き、このままでは城が崩壊するのではないかと思われたまさにそのとき――ピタッと揺れが止まった。
それと同時に、これまで起きていた奇妙な現象も収まっていく。
「……なんだ…………何が起きた? 貴様、何をした!?」
突然の出来事に動揺を隠せないバスカル。
その原因がある一斗にあると思ったバスカルは一斗に詰め寄った。
「……俺は何もしていない。だから言っただろう、俺が手を下すことなくお前の企みを成就することなく終わるとな」
一斗はバスカルが掴んできた手を振り払うことなく、淡々と答えていく。
「…………馬鹿な。長年夢見てきた桃源郷が……なぜだ?」
「誰に唆されたか知らないがな、もしその<桃源郷>っていうものがつくれたとしたら、もうすでにその世界が続いていてもおかしくないだろ?」
「……そんな……あの方の話は間違っていたのか? 認めぬ……そんなことは認めぬぞ――」
グサッ
「な……に……」
「仲間たち……キール。そして……実験の犠牲になったキオンの仇だ」
激しく動揺していたバスカルの不意を付いて、ラインはある武器をバスカルのみぞおちに突き刺した。
ある武器とは――
「あれは!?」
一斗が一度見たことのあるものだった。
この世界に来る前にマイが所持していて、この世界に転移するキッカケになったナイフ。
ナイフと言っても一見すると柄だけだが、一振りすると長さ20センチほどのエメラルド色の刃が出現した奇妙な武器。
(どことなくラインが持っている<アクト・シャフト>に似ているが……)
「……」
そう思いながら一斗はマイに疑問の目線を向けると、対するマイは真剣な表情で頷いた。
ラインが突き刺したナイフを一気に引っこ抜く……すると、バスカルのみぞおち辺りから血が吹き出すことなく光り輝き始めた。
十秒ほどして光はおさまっていく。
その光景を誰もが黙って見届ける。
当の刺された本人でさえ。
しかし、何も起きない事態を認識したバスカルは安堵する。
「虚仮威しか……そんなもの――」
大したことない、そう言おうと思ったバスカルは突然停止ボタンを押されたかのように静止した。
「貴様、何をした!? ウ、ウァーーーーーッ」
そして、何かを察したのか鋭い目付きでラインを睨み怒鳴ったが、急に胸を押さえて苦しみだした。
「兄様にかけられていた禁術を、マイが貸したその武器で断ち切ってもらったのよ。これで兄様にかけられた不死の呪いも解けたはず。あとは、禁術の源さえ断てば、アルクエードも一切使えなくなる。そうなれば――あなたはただでは済まないわね、バスカル?」




