16 避けられない戦い(前編)
◆王座の間
ユーイの先導のもと王座の間へ続く道を迅速に駆け抜けていった一斗は、王座の間にたどり着いた。
「待て、一斗」
ユーイはさらに先へ進もうとする一斗を引き止め、一斗は黙って動きを止める。
「この先にはバスカル様だけではなくて、おそらくは――」
「マイもいる、だろ?」
一斗は振り返らずにユーイの言葉を代弁し、扉の先を見透かすかのような目線をしている。
「マイのこともだが、バスカルの野郎の考えていることも実際よくわかんねぇ。だったからどうする?」
「……戦うのか?」
「わからん! だから俺はここまで来た。だったてよ、本心を聴きたいたらまずは直接会ってみるしかねぇーだろ!」
一斗は語尾を強めながら、気合を入れて扉を開けていく。
「お前もそう思わないか? なぁ、マイ」
扉の先にある王座にはバスカルが。
そして、その前方には無表情でマイが立っていたが、一斗の姿を確認すると僅かだか微笑んだのを一斗は見逃さなかった。
「三度、儂の邪魔をするような奴はお主が初めてじゃわい。改めて名前を聞こうかのう?」
バスカルは目の前に直径40センチほどの黒い球体を膝に抱えながら、一斗に名前を尋ねた。
黒い球体は怪しく光り輝いており、どこか禍々しい雰囲気が漂っている。そして、それはまるで脈打っているかに光を放っているようだ。
「俺の名前は、世渡一斗。お前とこいつに話があってやってきた」
一斗は自己紹介しながら、バスカル・マイの順に指差した。
「セトじゃと? まさか――」
「俺の名前を知ってるのか!?」
「……さて、どうかのう? して、話したいこととはなんじゃ?」
バスカルは一斗の名前を聞いたときに一瞬ハッと驚いた顔をしたが、何事もなかったかのように一斗に聞き返した。
「あんたたちの過去のことはざっくりだが知った。だからこそ、『平和』にこだわる理由もわからんでもない。その上で、一つだけ確認しておきたい。こうするしか……本当に手立てはなかったのかよ?」
一斗は両手をグッと握りながら問いかける。
「儂が望んでいる世界は争いがない世界じゃ。人が欲望のまま行動すれば、行き着く先どうなるか? お主もわかるじゃろ? それに――過去の連鎖を断ち切る……ためにもな」
「……」
バスカルの最後の発言に対してマイはピクッと反応したが、そのまま聞き逃した。
「過去の連鎖……それは一体?」
話し終えたバスカルの表情は、一斗から見てもいわゆる悪人面にはとても見えなかった。
とはいえ……だからと言って、バスカルの独断での『平和』を受け入れることはできない。
その上で、マイも反応したバスカルの発言が気になった。
「それは――」
「待ちなさい、バスカル。それ以上は不要よ。早く兄様の封印を解くことに専念してください」
バスカルが一斗に返答しようとしたのをマイは遮り、戦闘態勢をとった。
「そなた、それでも一斗の――」
「いいんだ、ユーイ」
マイの反応に異議を唱えようとしたユーイを一斗は制した。
「どうやらマイにとって勇者の復活は不可欠らしい。だったら――マイを退けることが今の俺にできることらしい……ハァ〜!」
一斗は迷いを吹っ切るかのように氣を発散させた。
「ユーイ、後はお前の好きにしな。そのためにここまで来たんだろ?」
「一斗……」
「そのまま何もしないのもよし。バスカル達に加担するのもよし。逃げ帰るもよしだ」
ユーイに向き合った一斗はニカっと笑いながら問いかけ、ユーイの返答を確認することなくマイと再び対峙した。
「待たせたな、マイ」
「一斗、女の子は待たせるものではないわよ?」
「悪りぃーな。時間にはルーズなものでな――じゃあお前の望み通り、戦ってやるよ」
「そうこなくちゃ……」
何か小さい声でマイは呟き、そして――初めて一斗とマイは激突するのだった。
コツ……コツ……コツ……
激しい戦闘が始まっているすぐそばを、ユーイは確かな足取りで通り過ぎて行く。
ユーイはキッと前方にいるバスカルを瞳に捉えながら、マナを解放していく。
すると、ユーイの以前までは隠してきた鬼の力が覚醒し、頭から二本の角が姿を現した。
「ほう? その力を制御できるようになったのじゃな。して、何しにおめおめとここまで来たのじゃ? その力で儂を倒しにきたのか?」
バスカルは珍しそうな表情を浮かべながら、目の前までやってきたユーイに話しかけた。
「……いいえ」
「ならば――」
「信じてみたくなったのです。崇高な精神やもっともな大義名分があるわけでもなく、ただ――」
ユーイはキーテジで一斗と戦ったときのことを思い出す。正義を押し付けてくることなく、自分の正体を見ても偏見を抱くことなく接してくる彼のことを。
冷静な判断力があるわけでも、人を統率するような人物にはとても見えないが、それでもなぜか彼の周りには様々な境遇の人が集まっている。
「私のような異端な存在でも、自らを偽ることなく繋がれる世界を」
つい最近までずっと敵対関係だったはずなのに、同じ場にいることができていること摩訶不思議な光景。そして、その中に自らも当事者としていることが信じられないでいるユーイであった。
「……そうか、ならば――」
バスカルは左手で黒い球体を持ち、空いた右手を天井に向かって掲げる。
すると、右手から電撃を纏ったマナの巨大な球体が出現した。
「裏切り者には改めて天罰を下そうかのう。<天雷>」
球体から電撃が解き放たれ、稲妻がユーイに襲いかかる。
「くっ!? (バスカル様……)」
不意打ちを受けた前回とは違い予め攻撃が予測できていたため、ユーイは事前に冷気のバリアを張ることができた。
しかし、完全に防ぎ切ることもできず、バリアを突き抜けた電撃を受け、全身に痺れが走った。
歯向かうつもりはなかったが、命の恩人でもあるバスカルとの戦いが避けられないことを、ユーイは改めて痛感した。
「ユーイ!!」
マイとの戦闘の最中、突然まるで何かが破裂したような爆発音が響いてきた。
(まさかあの状態からでもあれほどの魔法を……ユーイのやつは――)
「私と戦っている間に他人の心配している暇は、あるの?」
「なっ!?」
一斗がユーイに気が向いている隙に、さっきまで距離をとって魔法を仕掛けてきたマイがいつの間にか間合いを詰め、一斗のすぐそばに現れていた。
そして、回し蹴りを繰り出そうとしているのを察知。後方に跳躍することで、服にかすった程度でかわすことに成功した。
「あ、危なかったぜ」
「本当に?」
「?? うっ……な、何!?(間違いなく避けたはずなのに!?)」
なぜか攻撃を受けていないはずの腹に重い一発を食らったような衝撃を受け、両膝をついて蹲った。
「<歪曲>。攻撃する際に手足の周りの重力を歪めることで、何倍も重みのある攻撃が可能になる補助系魔法。かすった程度とはいえ、それだけのダメージですむなんてさすが一斗ね」
「……当たり前だ」
一斗は短く返事しつつ、マイを観察した。
(確かにあいつの手足辺りで氣の流れが歪んでやがる。あれと直に接触するのは危険だな……それなら!)
見様見真似でマナの代わりに氣を両手足に集中させ、マイに対して積極的に攻撃を仕掛けた。
ぶつかり合う度に衝撃波が生じ、ドンッと弾ける音が響く。
(思った通りだぜ。まともにやり合わず、流してしまえばいいってことだな)
マイが詠唱した魔法に対して、氣をぶつけることで魔法の源になっているマナを相殺させる。
「まさかすぐに対応してくるとは思わなかったわ。相変わらず適応が早いわね、一斗!」
「オメェのおかげでな! けど、その力が最初から出せていたら、俺の出番はまったくなかっただろうがな!」
「あなたに出し惜しみはしたくはなかったわ。ごめんなさいね」
「謝るくらいなら、事情を説明しろっつーの!」
一斗の正拳突きを両腕でカバーしたマイは、衝撃に逆らうことなく後方に飛ばされた。
「やはりあなたをなんとかするしかないようね、一斗」




