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15 理不尽な運命

 ◆大戦


 シャナルは鬼人族との大戦前に生を受けた。

 当時は、八大精霊の加護を持って産まれてくる新生児が大半である。

 その中でもシャナルは土の精霊の加護を強く受けていて、草木や大地とも会話ができるほどであった。

 しかしながら、皆がそうできるわけではなかったため、幼少期の頃は周囲から異質な存在として煙たがれていた。

 両親もそんなシャナルとどのように接したら良いかわからなくて、彼女が六歳のときに突然失踪。

 親族が他にいないシャナルは住んでいた村から放り出され、あてのない放浪に出るのだった。


 放浪の旅に出て一ヶ月後、行き倒れているところをある男によって助けられる。

 一人で行きための術は、その助けてくれた男から学んだ。

 狩猟や食材採取だけではなく、自分の身を守るための術までも。

 シャナルはその男のことを師匠と呼び慕い、なぜ見ず知らずの自分を助けてくれたのか一度訊いたことがある。


「あなたとは縁が繋がっていたのですよ」

 一部記憶を消去されてしまったため師匠の顔は思い出せないが、その一言を聞いただけで心が温かくなった感覚はずっと残っている。

 十歳の誕生日を迎えたとき師匠との約束で独り立ちすることになり、記憶はそのときに消された。わざわざ消す必要がないと思ったが、師匠は意味のないことはしないと思ってシャナルは黙って受け入れた。



 それからさらに六年が経ち、シャナルは自然の力を借りて森の中で生き延びている。

 ひっそりと生活はしたかったが、やはり人恋しくなり森の中に入ってきた人間たちに声をかけてしまったのが運の尽き。彼らは古代の財宝を盗んだり、希少種を捕獲したりするハンターたちだったのである。

 シャナルが草木などと会話できると知った彼らは、シャナルを捕縛して高値で売り払おうとしたが――、


「姉御!」

 頭にバンダナを巻いたいかにも盗賊らしい男が、シャナルに声を掛けた。


「何? 騒々しいわね」

「クレアシオン王国から傭兵たちが我々の討伐にやってくるようですぜ」

「また? 懲りない連中ね……あんたたちで軽く追っ払ってやりなさい」

「ハッ!」

 男はシャナルの命に従って、傭兵たちを迎え討つために仲間を連れて出ていく。


 何を隠そう、シャナルは六年前に盗賊たちに襲われたが、簡単に返り討ちにしたのである。

 そして、盗賊たちの習性なのか『強い奴に従う』という暗黙のルールがあるようで、シャナルは不本意にも十歳にして盗賊の頭にされてしまい現在に至る。


「まさかこいつらの中に……いたりしないわよね?」

 再び一人になったシャナルは横になり、空を見上げながら何気なく呟いた。

 実はもう一つ師匠から言われたことで、覚えていたことがある。

 それが「あなたにとって愛する存在と必ず巡り会いますよ」というメッセージである。

 正直、シャナルにとって人からの愛とは無関係に生きてきたから、そんな人物が現れる気がまったくしない。

 実の親から捨てられ、故郷には見捨てられ――、

「あ、でも師匠には見捨てられたわけではないんだっけ。あいつらは六年間も私と一緒にいるけど、形だけの頭にも裏切る様子はないし」


 実際にシャナルは盗賊の頭として扱われているが、自身が窃盗をしたことはない。

 そもそもシャナルは森から離れるつもりがないため、もっぱら盗品を守っているだけの存在である。

 とはいえ、どこから嗅ぎ付けたかわからないが、同業者やクレアシオン王国の兵士もやってくる。

 基本は盗賊たちがすべて返り討ちにしているが、どうしても対処できない敵がいたときのみシャナルが一人で対応している。

 今回はおそらく一般兵では対処しきれないと悟った国が、腕に覚えのある傭兵を雇ったのだろう。それでも、盗賊たちも度重なる戦闘や、シャナル直々の特訓で強くなっているため、シャナルの出番は最近まったくない。

 つまりは、何もすることがなくなって暇をもちあます日々が続いている。


「あ〜あ、私を打ち負かすようなやつはいないのかしら?」

「あら? それならマイが相手になろっか?」

「!? (気配がまったくしなかった?)」

 不意に聞こえてきた女の声にビクッと反応したシャナルは、俊敏に相手との距離をとるために移動した。


 声の聞こえた方角を凝視してみると、そこにはシャナルと同じ年くらいの少女が悠然と立っていた。

 この地方では珍しい黒髪に黒い瞳、黒と白がベースの法衣を着ており、右手には杖を装備している。誰の目から見ても美少女といった感じで、とてもこの場に一人でいることが似つかわしくない見た目をしている。


 あくまで見た目は。


「(何者なのこいつは?)ここに来る前に誰かと遭遇しなかったかしら?」

 突然の事態にシャナルは一時的に混乱してしまったが、すぐに警戒モードに切り換えつつ笑顔で訊き返す。


「あ〜、いたよ! 興奮した目付きで近寄ってきたから、少し大人しくしてもらってるわ」

「そう……でも、私は甘くみないことね」

 シャナルは戦闘の構えをとり――らしくなく、額から冷や汗が流れているのを感じた。

 どこから見ても強そうに相手は見えない。

 しかし、盗賊たちがいるはずの方角からやってきたところを考慮すると、相手の言っていることは真実なのだろうとシャナルは確信した。


(相手は魔法使い、この間合いは危険ね。一気に詰め寄っ――)

 シャナルが状況を整理して、女に攻撃を仕掛けようとした瞬間、相手から杖を槍のようにして突き刺してきた。

 展開していた防御魔法でかろうじて相手の突きを防ぐことに成功したが、出鼻をくじかれたシャナルは防戦一方だ。


「あんた、魔法使いじゃないの!?」

「魔法使いというよりも魔術使いかな、地の妖精シャナルさん?」

「!? なるほど、私の正体はバレバレってわけね」

 シャナルは目の前に岩壁を作りだし一撃を防いだ隙に、後方へ跳躍して相手との距離をとった。

 後方に下がった瞬間に飛んできたクナイは、前方に展開しておいた砂の壁で防ぎきった。


「私もあなたのことは聞いたことあるわ。各地で起きている紛争を終結させている二人組の一人、<濡羽の舞姫>さん。黒の長い髪をした絶世の美女と言われ、戦場を華麗に駆け抜けていく女なんていないと思っていたけれど――(予想外だったわ)」

 シャナルは戦いを鼓舞するための眉唾な話だと思っていたが、ここまで強いとは思わなかった。

 しかも、魔法使いかと思いきやまるで戦士のように接近戦を仕掛けてくるため、対応が難しい。


「どんな素敵な二つ名を付けられても嬉しくはないわ。戦いを綺麗事にしようとするから、無駄な争いがなくならないのだから」

「同感ね。それでどうする、まだやる?」

 相手が誰なのかはわかったが、全然相手は手の内を明かしておらず、増援も考えられるため最大限周囲に注意を払うシャナル。


「本当はここらで切り上げて、さっさと帰りたいわ」

「そう……でも、私の領域で好き勝手やっておいて、ただで帰れると思う?」

「なに!?」

 シャナルは仕掛けておいた魔法を始動させ、巨大植物を召喚。植物から伸びる無数のツルでマイと呼ばれる女の捕縛に成功した。


「なるほど、この地に遥か昔から住む古代種の植物を呼び出したわけね」

 冷静にマイは状況を確認する。


「よく知っているわね。じゃあ、この植物に拘束されると、魔法を行使できなくなることも知っているかしら?」

「……」

「あなたの力は未知すぎて危険だわ。ここで排除させてもらうよ!」

 シャナルはマイの周囲にある岩礫を多数出現させ、一気にマイ目掛けてそれらを解き放つ。


「ふぅ〜。さすがに身動きもできず、魔法も使えない状況なら、さすがの<濡羽の舞姫>も――」

「危ないかもね?」

「!?」

 突如真横から女の声が聞こえたと思ったら、いきなりシャナルの全身が見えない力によって地面に叩きつけられた。


「な、なにを……した?」

 叩き潰されて苦しい中でも、シャナルはマイを睨め付けながら、なんとか声を振り絞って出す。


「あら、よくまだ話せるわね? あなたに周囲の数十倍の重力負荷をかけているのに」

「重力……まさか」

 八大精霊の中では重力を操作できる精霊はいない。唯一できるのは、時空間を操ることができる精霊のみ。その加護を受ける存在は、世界の危機に姿を現すという伝説がある。


「あなたのその力、頂くわね」

 ゆっくりと微笑みを浮かべながら近付いてくるマイに対して、今度はシャナルの方が成す術がなくなった。


(こ、こんなところで終わりたくない! まだ愛することのできる存在と出逢っていないのに!?)

 シャナルはマナを集めようと必死になるが、重力の影響かろくに集中もできず、ただ地面に平伏すしかできない。

 目の前までマイが迫ったところで、いきなり重力負荷による影響が一瞬で消えた。


「そこまでだ、マイ」


 突如として現れた男は、シャナルとマイの中間に立っていた。まるで、二人を仲裁するかのように。

「兄さん……今いいところなのに――<ガツンッ>いったーい!」

 目の前でさっきまで戦っていた相手が拳骨を食らっているところを、シャナルは呆然と見るしかできなかった。


「あ、あなたは?」

 先ほどの戦闘の影響で、シャナルはまだハッキリと新たに出現した人物を確認できていない。


「あぁ、すまない。私の名前はアレッサンドロ・イクシス。クレアシオン王国の傭兵さ。シャナルさん、あなたを迎えにきた」

 本来なら新たな敵が現れたのなら警戒するところなのだろうが、シャナルにはまったくその気が起きなかった。

 だからか、なんの躊躇もなく差し出された手をとり、助け起こされるのだった。


 ……

 …………

 ………………



「マイというのはまさか?」

 レオナルドは驚いた表情でシャナルを見つめた。


「えぇ、そうよ。あなたたちもよく知っているマイのことよ。まだ生きているなんて、相変わらず気に食わない女だわ」

 シャナルはマイに嫌味を言ってはいるが、その一方でどこか嬉しそうであることを、レオナルドとナターシャは感じとり、表情を緩ませる。


「あのときのことは今でも鮮明に思い出せるわ。アレク……後に勇者と呼ばれるあの人に出逢えたときのことは」

「でも、あなたは彼らと敵対したんですよね?」

 ナターシャは素朴な質問をした。


「敵ってなんなのかしら? あの時代、生き残るため……自分の身を守るために周りのすべてが敵だと認識している人も少なくなかったわ。安心できる場なんてどこにもなかった……イクシス兄妹に出逢ったときまでは」

「では、結局マイさんたちは何しに来たんでしょうか?」

「仲間を探していたそうよ。鬼人族と戦うための仲間を」

 史実でも勇者は仲間を募り、八人の小規模傭兵団として戦地を縦横無尽に駆け巡ったとされている。


「その後、私の他にも五人の仲間が加わったわ。あなたたちが昨日エルピスで出逢った<烈火のアーバスト>も、もちろんそのうちの一人ね」

「……それで、大戦はどうなったのですか?」

「開戦後は、戦いのない日がないんじゃないかくらいに激動の毎日だったわ。人間側唯一の主戦力だった私たちの部隊は特にね。そんな戦いの最中、マイは突然離脱……さらに、仲間の一人が街を救うために、命を落としたわ。もちろんそれまでにもっと多くの人が死んだわ……人間と鬼人族もね」

「……」

 レオナルドは自らが体験したことのない壮絶な日々をシャナルは体験した。そのことを肌で感じとり、何も言えなくなった。


「アレクは……結局底抜けに優しいやつでね。仲間の死を痛く悔やんでたわ。それで、ある男から伝授されたという禁呪を使うために鬼王のいる城に特攻。鬼王をなんとか倒し、鬼人族を地底に封印して戦争終結よ」

「でも、それで終わらなかったわけですね?」

「そうよ、レオナルド。むしろ、そこから始まったと言っても過言ではないわね――世界の崩壊が。私がなぜあの中尉に力を貸すことに決めたかも、この後の出来事がキッカケなのよ」

 シャナルは一つ一つ言葉を丁寧に紡ぎながら、今度は終戦後の記憶にアクセスするのだった。


 ………………

 …………

 ……



「アレクはどこ?」

「シャナル様。勇者様は現在世界各地を巡っており、まだ戻ってきておりません」

 シャナルの質問に対して、クレアシオン王国の大臣がいつも通り機械的に答える。


「……わかったわ」

 大臣の態度が毎回気に入らないシャナルではあったが、しぶしぶ諦めてフィレッセオ城をあとにした。

 大臣はシャナルのそんな後ろ姿を、冷たい目線で見送るのだった。



 大戦最終局面でアレッサンドロが仲間たちの前から姿を消してしばらくしたら、世界中から鬼人族の存在が消えたという報告が相次いだ。

 彼の仲間たちはアレッサンドロが人類の祈願を果たしたことを純粋に喜んだ。

 そして、鬼王との戦いを終えたアレッサンドロが一ヶ月振りにクレアシオン王国に帰還すると、王国の人々は勇者の帰還に湧いた。

 さらに、勇者が解き放った禁呪によって編み出された術者の願いを叶える魔法<アルクエード>の存在は、戦時中良い知らせがほとんどなく悲惨に暮れていた国民を活気づけるには十分だった。


 アルクエードは魔法使いでなくても、ほとんどの人間が操ることができることがわかると、それを普及するための組織として教団がいつの間にかできていた。

 その普及活動に勇者と呼ばれるようになったアレッサンドロは駆り出されるようになる。


 生き残った仲間のうち、アレッサンドロを含む五人は王国の賓客として迎えられたが、他の二名は誘いを断った。そのうちの一人は戦時に大怪我を負って今でも療養中で、シャナルは戦争孤児を支援する施設を建て、戦後の復興に尽力している。


 普及活動を始めて最初の頃、シャナルはアレッサンドロを見かけることがあったが、戦後十年経った今ではまったく見かけなくなった。

 そして、一年前を境にアレッサンドロの気配をまったく感じれなくなったことを、シャナルは危惧するようになる。

 王国にアレッサンドロの行方を訊いても、さきほどのように門前払いされる始末である。


「絶対にあいつら私に何か隠してるわ!」

 シャナルは酒の入ったジョッキをテーブルに叩きつけ、怒りはぶちまけた。


「あなたもそう思うでしょ、ウェル?」

「まぁまぁ一旦落ち着け、シャナル。食事は美味しく食べようぜ」

 ウェルと呼ばれた男はシャナルの怒鳴り声にも動じず、幸せそうな表情を浮かべながらご飯を食べている。


 城から城下町に戻ったシャナルは、かつての仲間の一人であるウェルが経営している酒場に来ている。

「はぁ、重傷を負ってもあなたは相変わらずね」

「当たり前だろ? 怪我如きで俺様が変わるもんか」

 右腕で力こぶして元気さをアピールしているウェルの姿を見ていたら、シャナルは先ほどまで怒っていた自分がアホらしく感じてふ~っと溜め息をつく。

 しかし、ウェルの左腕が目に留まった瞬間、シャナルの表情が曇った。


「でも、その怪我は――」

「おっと。それ以上はもう言わない約束だぞ、シャナル? 俺が好きでやったことだ」

「そう……だったわね」

 ウェルは一見すると五体満足のように見えるが、実際には右腕以外はすべて義足・義手である。

 なぜ、そんな状態になったかというと、終戦間際に起きたある出来事が原因であった――



 大戦時、置手紙だけ残して、突如姿を消したアレッサンドロ。

 仲間たちは冷静に振る舞おうとしたが、誰一人として動揺の色を隠せなかった。

 そんな中、ウェルはもう一つの非常事態を把握した。

「おい、さっきまでそこにいたシャナルがいないぞ……まさか!?」


「待ってて、アレク! あなたを見殺しには絶対にさせない」

 シャナルはアレッサンドロを追いかけて、敵陣のど真ん中に一人で無謀にも突っ込んでいったのである。

 いつものシャナルなら大地に同化して隠密行動して奇襲をしかけるのだが、冷静さを欠いた彼女は闇雲に鬼人族に攻撃を仕掛けたのだ。

 最初はやられっぱなしの鬼人族だったが、相手が一人だとわかると大人数でシャナルを包囲して確実に討ち取る策をとった。

 多勢に無勢となったシャナルはしだいに追い詰められ、マナが尽きて万事休すというところでシャナルは意識を失う。


 そして、シャナルが目を覚ましてると、全身に何か重みを感じた。その正体を確認しようと、重みをどかして疲れ切った体を起こしてみると――

「い、いやぁーーーーーー!!」

 全身に致命傷を負っている瀕死のウェルが、気を失って倒れていたのだった――



 運良くその後すぐに他の仲間にシャナルとウェルは発見され、ウェルは回復魔法のおかげでなんとか九死に一生を得る。

 しかし、全身の損傷が激しく、ウェルの左腕と両脚は使い物にならなくなり、切断せざるを得なかったのである。

 意識を一向に取り戻す気配のなかったウェルだったが、終戦一ヶ月後にアレッサンドロが帰還すると同時に意識を取り戻した。

 切断したウェルの手足はクレアシオン王国直属技工士の尽力によってなんとか復元されたが、以前の様な激しい動きができないことがわかる。

 すると、ウェルは王国から受け取った報奨金を使って、城下町でなぜか酒屋を開いたのだった。


「それよりもシャナル、さっき言っていた王国の大臣には気をつけろよ」

「ん、どういうこと?」

 シャナルはウェルの言いたいことがよくわからなかった。


「他の仲間たちとちがって、何も縛られるものがないお前は奴らから危険視されているからな。まっ、アレクのことになると見境がなくなることもだがな」

「……何か知ってるのね、ウェル?」

「まぁな。ここは様々な情報が行き交う場だ。帝国の情報だって入ってくる。デマ情報も混ざってはいるだろうが、お前の件については信憑性が高い(中途半端な情報を与えてしまうと、こいつはまた正面から突っ込みそうだからな)」

 真剣な表情で真偽を確かめようとするシャナルを見て、ウェルは隠すことなくあえて伝えたが、個人的な本音の部分は、あえて口には出さなかった。


「そう……でも、彼らに何ができるの? 総動員したって私を制圧することは無理よ」

「これまでのお前なら、な。お前は護るべき存在や、譲れない存在ができてしまった。そのことがお前を強くしてもくれるが、最大の弱点になることだってある。たとえば――」

「人質とすることで、私を無力化することね」

「あぁ、そうだ。あとは、実験体にさせられることだ」

「実験体? 一体誰が何の実験をしているのよ?」

「詳しくはわからん。だが、教団がアルクエード絡みで色々暗躍しているらしい。シャナル、お前は特に彼らにとってはレアな存在だ。二つの精霊から加護を受けているお前はな」

 今までは地の精霊の加護のみであったが、大戦間際に負った怪我がキッカケで水の精霊の加護も受けることができるようになった。

 ただし、地に比べたら水の加護はわずかで、魔法として駆使するまではできずにいる。


「そう……忠告ありがとう、ウェル」

 シャナルは椅子からゆっくりと立ち上がり、お店の外に出ていこうとした。


「荒事は控えろよ、シャナル。もうすぐお前の助けになりそうな人物に声を掛けているからな」

「……そんな存在、もう他にはいないわ」

「いや、いる。リンドバーク帝国にな。俺たちと一緒に戦ったあの新米中尉が」

「……彼は元気にしてる?」

「もちろんだ。あいつは大戦時の功績が認められて、あの若さで大将だってよ。帝国各地で起きていた小競り合いもようやく沈静化したから、近いうちにリンドバーク帝国大使としてこの国を訪問するらしい」

「また会いたいわね……中尉殿にも」

 ウェルの方に向き合ってそれだけ伝えると、シャナルは店の外に出ていった。

 まるで、何かを決意したような足取りで。


 そんなシャナルをウェルは何かを悔んでいるような表情で見送った。

「やはり俺ではお前を止めれないのか……アレク、俺たちが死ぬもの狂いで手に入れた平和って一体なんだったんだろうな」


 この日が、ウェルにとって生きたシャナルと最後に対面した日となった。



 ◆



(ごめん、ウェル。やっぱり私はじっとしていられないわ)

 そして、ウェルの話と照合して一番怪しい場所と睨んでいたところに来ている。

 シャナルは一度自室に戻り、緊急事態に備えて大戦時に着ていた服装を装着することにした。


(それに、もう誰も私のために犠牲になることなんてないんだから)

 シャナルは自身に透明化の魔法をかけて、見張りの兵士たちに見つかることなく目的地までたどり着いた。

 目的地――それは、クレアシオン王国の王族が住んでいる建物最深部である。

 王族の住んでいる建物の裏口から王族ではない存在が出入りしていることを、シャナルは以前から気付いていた。

 しかし、アレッサンドロとは無関係だと思って深入りはしなかった――が、よく建物全体を観察してみると、地下部分だけマナがまったく感じられないことが判明した。

 通常マナは濃度の濃さはあるものの、均一に周囲に漂っている。したがって、マナがまったく感じられないということは普通は考えられない。


(そう、誰かが意図的に操作しない限りはね)

 シャナルの予想通り、地下最深部に進んでいくと城には似つかない人工的な空洞ができていた。

 空洞と言っても大規模のものではなく、直径25メートル・高さ5メートル程でドーム状の形をしている。


「この先に、アレクがいるのね」

「いや。この先に彼はいないよ、シャナル」

 シャナルが空洞に入ってきた方から、男の声が聞こえてきた。


「あんたは!?」

「こっちにもいるわよ」

 今度はこれから向かおうとした先から、女の声が聞こえてきて男女二人組が現れた。


「まさか、かつての仲間とこんなところで会えるなんてね」

 シャナルは最大級の警戒態勢をとった。

 それは相手が偽物だと思ったからではなく――


「シャナル、賢い君ならわかっているはずだ。即刻ここから立ち去れ。そして、アレクのことはもう忘れて、孤児院に専念しろ。そうすれば、ここまで不法侵入したことは不問とする。いいか、これは仲間としてできる最終勧告だ」

 相手もフル装備で、臨戦態勢を整えていることがわかったからである。


 ……

 …………

 ………………



「勇者の仲間三人とあなた一人ですか……いくらあなたでも――」

「ええ、そうよ。まともに戦えばただでは済まない、そう思ったわ。だから、先制攻撃で一気に畳み掛けようと考えたけれど……あさっりと制圧されてしまったのよ。精霊の力を無効化されてしまってね」

「無効化したのなら、他の三人も無効化されたのでは?」

 質問したナターシャはシャナルが簡単に制圧されてしまったことに、疑問を抱いた。


「いいえ。何のアイテムを使っていたかわからないけど、相手は魔法が普通に使えていたわ。それで、間抜けなまでに簡単に捕まってしまった私は気を失い、目が覚めたときには……実験台に張り付けにされ身動きがまったくとれない環境で、ある研究のモルモットにされていたのよ。このマナ石を使った研究のね」

 当時のことを思い出しシャナルは身震いしながら、懐に忍ばせていた石を取り出した。


「それは私が持っているのと同じ石……まさか!?」

「あなたは気付いたみたいね。そうよ、そのあなたが持っている石に込められているマナはね、私の全身から(・・・・・・)搾り取ったマナなのよ」

「そんな!? そんなことが許される――」

「わけないと思った。身動きができない私を前にして研究者たちは言ったわ。『あなたは平和の礎なったのですよ』とね」

「「……」」

 シャナルの衝撃的な話にレオナルドとナターシャは絶句した。

 特にナターシャは、自分がこれまで研究のために使ってきた石が、シャナルの犠牲のもとに作られていたことに大きなショックを受けている。


「最終的に精神が崩壊してしまった私からマナが作り出せないことを知った彼らは、私を廃棄したそうよ。使うだけ使っていらなくなったら捨てる――まさに使い捨てとしては最良の使い方よね」

 彼女としては、この話を他人に話すことは情けない自分をさらけ出すことになる気がして誰にも話すつもりはなかった。

 とはいえ、すでに話してしまったことに後悔はしていない。


「それで、あなたはクレアシオン王国への復讐を願ったのですか?」

 しばらく沈黙が続いたが、レオナルドが意を決してシャナルに尋ねた。


「言ったでしょ、建前は……ね。本音はアレクと、もう一度会いたかったのよ」

「あと、もう一つありませんか? あなたの大事にしていることが」

「なぜそう思うの?」

「『相反する想いがある』そう言っていたのは貴女ですよ? 『アレッサンドロ殿に会いたい』だけが貴女の願いだとしたら、貴女の態度が理解できないからです。なぜなら、私たちに対して貴女が手加減せず、容赦なく戦っていたら、私たちに勝ち目はありませんでしたから」

 レオナルドはそのことを最初の接触時から感じていた。

 なぜなら、最初からずっと監視していたとしたら、事前にいくらでも罠を張ることだってできたはずだし、ソニアを助けた牢屋で魔法を使って生き埋めにすることもできただろう、と。


(まだ諦めるのは早いってわけね。平和を誰に委ねるのかを決めるのは)

 一方、シャナルはレオナルドの答えに満足したのか、喜びの笑みを浮かべるのだった。



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