14 相反
◆フィレッセル城 <すべてがある空間>エントランスホール
お互い名乗りを上げたが、双方相手の動向が読めないせいか身動きが取れない状態が続いている。
レオナルドはシャナルの魔法を細心の注意を払っているものの、このままでは埒があかないと感じた。
「ナターシャ殿、一つ確認してもよいですか?」
レオナルドはシャナルを警戒しながら、ナターシャに話しかける。
「なんでしょうか?」
大事な話があると判断したナターシャは、 小声でも話し声が聴こえる距離まで移動する。
後方支援を期待して、レオナルドは自分をこの場に残したとナターシャは考えている。
(でも、今の私にできるのは後方支援といっても、回復やけん制くらいしか――そもそも私の攻撃でけん制になるのかは微妙ですわ)
彼女は、自分の非力を心の中で嘆くことしかできなかった。
「あなたのその武器はマナの力によって増幅する、ということで間違いは?」
「ないです――が、現在私のマテリアルが不安定なため、自分でマナを収集することができません」
「了解しました、なら問題ありません……」
レオナルドはさらに小声で話し、ナターシャに作戦を伝えていく。
相槌しながら話を聴いていたナターシャだったが――
「そんなことができるんですか!?」
「えぇ、理論上は。私も実践では初めてなのでぶっつけ本番になりますが……この作戦に乗りますか?」
この場にもしラインがいたらビックリ仰天するだろう。なぜなら、レオナルドはこれまで一か八かの提案をこれまで一切したことがないし、受け入れたこともないからである。
「もちろんです。私には他の手立ては思いつきませんから」
「なら決まりですね」
話がまとまったところで、ナターシャもシャナルに対して戦闘態勢をとった。
「そろそろいいかしら?」
「ええ。お待たせしてしまい申し訳ありません」
「気にすることはないわ。男女の別れの時間を邪魔するほど、私は無粋ではないもの」
シャナルは砕けた言葉遣いで応じるものの、彼らのやりとりを傍目で見て一つの確証を得た。
(やはり精人の子が後衛で、レオナルドが前衛。彼は何かを企んでいる……それこそ私を葬り去るための秘策を)
そうとわかると、シャナルの行動は早かった。
あくまでナターシャの攻撃が陽動ならば、まずは本命を叩く。そうすれば、相手の作戦は無意味と化す。
「そんなっ!?」
ナターシャは自分の攻撃が簡単に防がれていく光景に、悲痛な声を上げた。
ナターシャからは弓による遠距離攻撃が続くが、シャナルの体の周囲に展開している岩礫の断片たちが攻撃をすべて防いでいるのだ。
これで心置きなく攻撃に専念できると判断したシャナルは、攻撃対象を完全にレオナルド一人に絞り、土魔法を次々に唱えて付け入る隙を与えない。
このような攻守ともに優れているシャナルの特性から、彼女は大戦時に単独での作戦を任されることが多かったのである。
砂嵐により敵全体をかく乱しつつダメージを与える遠距離攻撃魔法< 砂嵐 >
岩石を生み出し敵に向かって解き放つ近・中距離攻撃魔法< 岩砕牙 >
自分の両腕を岩で固めて鉄のように強化する補助系魔法<岩鉄>
術者の周囲に岩礫を展開し、認識した敵の攻撃を自動的に防ぐ防御魔法<絶壁陣>
あらゆる種類の魔法を使い分けて攻撃を仕掛けるシャナルに対して、レオナルドはホール中を逃げ回ることしかできていない。
近付こうにも下手な攻撃では防がれてしまう上に、カウンターによる一撃が予想されるため無闇に近付くのは躊躇っているようにシャナルは感じた。
明らかにシャナルが優勢な状況が続く――のだが、シャナルはある疑問が生じた。
(なんであいつはまったく攻める気配を見せないの? まさか、私のマナが切れるのを待ってる!?)
確かに、シャナルが保有するマナの絶対量はかなり多い。
それでも、この時代は精霊との結び付きが弱まっているから、外部からの供給はあまり期待できないから油断は禁物だ。
「そろそろですか」
レオナルドは自分に言い聞かすように呟いたのを皮切りにして、これまで防戦一方だったのに突如攻撃に転じたのである。
何かを狙っていたのを察知していたシャナルは、まったく別人のような切り換えの早さにも対応してみせた。
「やっぱり私が弱るのを待っていたのかしら?」
「さぁ、それはどうでしょうか!」
土や岩石によってシャナルへの攻撃は防がれていくが、問答無用でレオナルドは槍を突いていく。
<絶壁陣>によって攻撃の勢いは多少殺せてはいるものの、鉄のように固い岩々が簡単に粉砕されていくので、今度はシャナルが防戦一方となった。
レオナルドの休む間もない猛攻で、シャナルは疲労で軽くバランスを崩してしまう。
もちろんそんな絶好のチャンスをレオナルドは逃すことない。
「これで終わりです!」
急所を狙ったレオナルドの一撃を、なんとシャナルは自分に岩礫をぶつけることで回避を試みたのである。
(チェックメイトよ!)
ギリギリ槍による攻撃を避けたところで、シャナルはカウンターで形勢逆転を狙う。
攻撃がレオナルドに当たると思ったまさにその瞬間――膨大なマナ量を別の場所から感じて、無意識にそちらを向いてしまった。
そこには、ナターシャが愛弓を構えてまさに今矢を放ったところだった。
先ほどシャナルを攻撃していたときと比べて、マナで作られた矢は桁違いに大きくなっている。矢の先の大きさはティスティの身長並みになって、以前マイを放った一撃よりも倍以上の大きさだ。
(まさかこれが――)
レオナルドにカウンターを食らわせるために攻めに力を割いていたため、守りは手薄。
しかも、シャナルは攻撃を加える動作をしている最中だったため防御も回避もできず、モロにナターシャの一撃がシャナルを直撃したのだった。
*
意識を取り戻したときには、周囲は暗闇に包まれて何も見えない。
(『根こそぎの戦鬼』なんていう二つ名で、鬼から味方からも怖れられていた私が、また願いを叶えることができずに終わるなんて……)
思考はできるのに、身体は動かせない。
何もできないこの状況は、まるであのときの追体験だとシャナルは思った。
(もう諦めよう……)
何度そう思ったか。
しかし、シャナルはどうしても諦めきれなかった。
その機会がいつか来るかもしれないと信じて、ここに残り続けたのだから。
(あっ……)
すると、感覚的には前方にぼんやりとした光が見えてきた。そこから、誰かの手が差し出され、シャナルは無意識にその手を掴んだ――
「ん……」
シャナルの目は開いていき、次第に視界がクリアに。
まだ意識は不安定だが、だんだん正気を取り戻してきた。
「大丈夫ですか?」
「アレク!? ウッ……」
声を掛けてきた人物が再会を待ち望んでいた相手(勇者)かと思った。
「なんとか<外氣功>によって一命を取り留めることができました。それでも、貴女はまだ危険な状態です。もうしばらく安静にしていてください」
「お、お前は?」
先ほどまで勇者だと思っていたイメージが消えて、別の人物に切り替わる。
「記憶の混乱がまだあるようですね。私の名前はレオナルド。先ほどまで貴女と戦っていた男です」
「そうか……私負けたのね」
「えぇ」
返答をしつつ、レオナルドはシャナルの治療を続ける。
「これは何? 情けでもかけているの?」
殺し合いをしていた相手に情けをかけられる。プライドの高いシャナルにとっては、許し難い行為だった。
「情け、とはちがいます。適切な言葉を見つけることが難しいですが、貴女とは一度話したかったのです」
レオナルドはシャナルに微笑みながら答えた。
「……一つ質問してもいいかしら?」
シャナルはレオナルドとどのように接するか迷ったが、気になることだけでも訊きたいと思った。
「なんですか?」
「最後の戦闘シーン。なぜ彼女は……いつの間にあれだけの膨大なマナを集めていたの?」
シャナルはそのことが理解不能だった。
少なくともこの周囲にあるマナはシャナルが強制的に集めて使っていたし、ナターシャ自身のマナ量は一般の人間とほとんど変わらないからだ。
実際にナターシャの弓矢による攻撃は、普通の矢と同じくらいの大きさだったし、その程度の攻撃なら防御をしないでも弾くことができた。
「わ、私は集めていないですよ。最終的に受け取っただけです、あなたの使ったマナを」
ナターシャはレオナルドの後ろに隠れながら、オドオドと答える。
「マナを……集める。バカな、そんな真似が――」
できるはずがない、と言いかけてシャナルは口を噤んだ。
あり得る。少なくとも、イクシス兄妹や名前の知らない師匠ならやってのける気がした。
師匠なのになぜ名前を知らないかというと、修行が終わった後本人に関する記憶のみ消されたからだ。
それなのに、学んだことや言われたことは覚えていることができたのが、ずっと不思議ではあった。
「からくりは簡単です。この空間全体に氣の網を張って、魔法に含まれているマナを拡散前に捕獲。その捕獲したマナが保有されている氣の流れを、ナターシャ殿に繋げたのです」
シャナルはレオナルドの話を聞いてナターシャに意識を向けると、彼女の足元に落ちている石を発見した。
「……なるほどな。だから、戦闘当初は逃げ回っているように見せかけたわけね。はぁ、結局まんまとやられたわけね、私自身に」
そして、意味深な言葉をため息とともに吐くのだった。
これまでシャナルが脅威に感じた存在の中には、という限定した範囲では氣の使い手はいなかった。
だから、対策の立てようがなかったわけだが、それはアルクエード以外の魔法を知らないレオナルドたちも同様である。
「私からも一ついいですか?」
「ええ、いいわよ(とはいえ、まぐれではなくここまで完全に私を打ち負かした相手だものね)」
シャナルは仕方なさそうに、でもどこか嬉しそうに質問に答えることを承諾した。
「貴女の願いはなんですか?」
「願い?」
「そうです。もし仮に貴女が本気で私たちの存在が邪魔だと考えていたのなら、恐らく私たちは簡単に殺されていたでしょう。しかし、貴女はそれをしなかった。バスカルの命令かもしれませんが……何か貴女から二つの相反する想いのようなものを感じまして」
「!? それは……」
秘宝やアルクエードの秘密を訊かれると思ったシャナルは、予想外のレオナルドからの質問に息をつまらせる。
対して、レオナルドは直前まで考えていた質問ではない問いかけをした自分自身に、表情には出さないが驚いている。
「願い、という意味では確かに私はずっと願っていた二つのことがあるわ。滅入る話だけどそれでも教えてほしいかしら? そっちの精人は特に」
「わ、私……ですか?」
話の矛先が急に自分になり、ナターシャはあたふたした。レオナルドに目で助けを求めると、『あなたに任せます』というような優しい目つきが返されたので、ナターシャは覚悟を決めた。
「私も訊きたいです!」
「そう……なら長くなるけど話すわ。大戦前の私が幼少時代からね」
シャナルは目を閉じて、当時の記憶にアクセスを試みるのだった。




