11 試される覚悟
◆フィレッセル城 本殿エントランスホール
本殿エントランスホールには扉が四つあり、一つは王座の間と繋がっている。
残り三つは城下町との出入り口と王族たちの住まいがある建物、および晩餐会が開かれるホールや訓練所などがある複合施設<すべてがある空間>に繋がっている。
城に入ってすぐにあるエントランスホール内の兵士をすべて鎮圧した四人は、特に息を切らすことなく王座の間に通じる扉の前で止まった。
床には三十人以上いた兵士たちが気を失って横たわっている。彼らは一斗たちを捕えるというよりも殺す気で襲ってきたため、殺してはいないもののすぐには動けない程度に痛めつけることにしたのだ。
「……おかしいのぅ」
さっきから倒した兵士たちのことを凝視しながら、ずっと考え事をしていたユーイがボソッと呟く。
「何がおかしいんですか、ユーイさん?」
「ティスティよ、この城の兵士たちは妾の<魅了>にかかっていた――が、それでも妾の命令には従わなかった」
「……というと?」
「つまりは、妾の<魅了>による効果は何者かによって打ち消された上に、上書きされたようじゃ」
ユーイの<魅了>は、ユーイより意志の強い者であるか、ユーイが意図的に効力を解かない限りは逃れることができない。効果の期間は長い者で一年以上、短い者でも一ヶ月程度ということが長年の実験から判明している。
それがユーイが城を離れてから1週間足らずで、効果が打ち消されるのは考えにくいとユーイは推測しているのだ。
「妾の術を打ち消すほどの存在として考えられるのは、バスカル様ぐらいなのじゃが――」
「いや、他にも考えられるだろう」
珍しくユーイが話している途中でヴィクスが口を挟む。
「ヴィクスよ、それは誰じゃ?」
「つい先日屋敷を襲撃してきた者だ……確か名前は――」
「烈火のアーバスト……勇者の仲間の一人だとか言っていた、あのクソ生意気な奴か」
「クソ生意気ときましたか」
「「「「!?」」」」
一斗がヴィクスに思い付いた名前を口にしたら、突如後方から声が聞こえてきて四人は慌てて声のした方を振り向く。
「お久しぶりです、皆様」
振り向いた先には、ちょうど話題に上がっていた張本人が優雅にお辞儀をして挨拶をしてきた。
「まさか馬鹿正直に真正面から突っ込んでくるとは思っても見ませんでしたよ。おかげで、いのままに操れる駒がなくってしまったではないですか。それに、私に対する無礼な発言の数々……許せませんね」
「「うっ」」
あくまで笑顔を保ったまま言葉を紡いでいくアーバスト。
しかし、笑顔とは裏腹に、どす黒いマナを周囲に拡散していき、俺とティスティは慣れないマナに一瞬体がぐらついた。
ユーイはすぐさま双剣を構え、ヴィクスはそんなユーイを守護する位置に即座に移動した。
「どうするのじゃ、一斗? こやつを突破しなければ、先に進めそうもないぞ」
「わかってる! しかし……(俺が残ればこいつに対抗できるかもしれねーが、余力は残せないぞ……どうする?)」
俺は正直迷った。
恐らくユーイとアーバストの相性は氷と炎で最悪だ。
仮に氷の方が優勢だとしても、感じられるマナの絶対量は彼女よりやつの方が遥かに高い。
ヴィクスは相性は良いかもしれないが、おそらくやつのスピードにはついていけないかもしれない。そのことを考慮に入れると、決定打にかける。
となると――、
「……一斗、あなたは先に行って。それで、マイを連れ戻してきて」
俺がティスを話しかける前に、ティスからそう懇願された。
その目はとても冗談を言っているわけでも、無理をしているわけでもなさそうだ。
「しかし――」
とはいえ、あまりにも危険だ。
ティスの力は、実際のところはかりかねている。
マーティカで見せたあの力があれば、『もしかして』という事態も想定できる。ところが、ティス本人が制御できていないという不安要素が、判断を鈍らせる。
「どちらでも私は構いませんよ。貴女が一人で残られても、どのみち貴女を仕留めた後に他のみなさんもすぐに同じ運命を辿るだけなのですから」
アーバストは俺の方を見ながら、王座の間に繋がる扉に向かって『どうぞどうぞ』とジェスチャーで促してくる。
普段の俺なら挑発にとことん乗るのかもしれないが、散々暴れたおかげか、いつも頼りにしていたマイがいないからか、冷静に話を聴くことができる。
「一斗よ、お主はユーイ殿とともに先に行け」
「!?」
何で悩んでいるのか察しているかのように、ヴィクスはアーバストに向かって歩き出し、大きな壁となってアーバストに対して立ち塞がった。
「この娘のことは命に代えても我が守りぬく。お主は成すべきことを果たせ」
「しかしだな――」
俺は、言いながらユーイに目を向ける。
「もう何を言っても無駄じゃ、一斗よ。こやつがここまで自らの強い意志を示したことは、これまでにない。そなたは二人の意志を無駄にするのか?」
「ユーイ、お前まで――」
てっきり俺と同じくユーイも異議を唱えるかと思ったが、ちがったようだ。
すでに敵に背を向けているユーイ。
一見すると冷静な表情をしているように見えるが、強く握られている拳がそうではないことを物語っているように感じて、俺は何も言えなくなる。
覚悟――彼ら三人に共通していて、俺にないもの。
まさにその一言に尽きる。
………………
…………
……
『覚悟が足りないんだよ、あんたたちは!』
営業成績の悪い同僚たちに、これまで幾度となく言い放ってきた台詞だ。
嫌味たっぷりな口調で。
ところが、そういう自分はどうだったか?
今思えば、俺が一番覚悟することを恐れていたかもしれない。
自らの保身のために……。
だから、自分の身を守るために、相手に責任のあるところを押し付けるだけ押し付け、美味しいところだけをもらおうとするようになったのだろう。
……
…………
………………
「……わかった。ティス、ヴィクス。先に進んで待ってるからな」
一斗は不安を受け入れ、その上で殿の役目を二人に託した。
これ以上悩んでいても埒が明かない。
(だったら、一秒でも早く二人にも託されたバスカルとの決着を優先させる)
一斗はそう決意した。
「任せろ」
「ええ、わかったわ。必ずヴィクスさんと共にあなたたちを追いかけるから」
アーバストに相対する二人の姿をしっかり目に焼き付け、一斗は背を向ける。
「いいのかな、一斗とやら? この中では唯一私と戦いになりそうなのは、君だけだと思うが」
一斗の不安を煽るように的確に突いてくるアーバスト。
「あまり二人を侮らない方がいいぞ。死人は大人しくさっさと退場するんだな……いくぞ、ユーイ」
「うむ」
一斗とユーイは振り返ることなく、王座の間に続く扉を開けて、その先で待っているだろう人物を目指して駆け出すのだった。
*
「あ~らら、残念。折角すぐにでも楽しい戦いができると思ったのに……少しだけお預けですね。それでは――」
一見すると無防備の態勢のまま歪な笑みを浮かべつつ、アーバストはティスティとヴィクスに向かってきた。
すでに一斗とユーイの姿はなく、ティスティとヴィクスの他には、ホールには気絶して倒れている兵士たちとアーバストだけが残る形となった。
「アーバストさん、戦う前に一つ質問があります」
「……なんでしょうか?」
今更質問をしたいことがある、という相手に興味を覚えたアーバスト。
「あなたはかつて勇者様と世界の危機のために戦ったと伝え聞いています。バスカルがこれからやろうとしていることは、世界の危機に繋がるとは捉えていないということでしょうか?」
ティスティはできる限り無駄な戦いを避けたいと考えている。
それは、生死をかけた戦いが怖いという思いも確かにある――が、それ以上に大戦時の英雄から純粋に本音を聴いてみたいと思ったことが大きい。
大戦以前の文献はほとんど残っていないといわれており、ティスティ自身は実際見たことが一度もない。
鬼王を倒した勇者の存在までは知っていたが、名前はもちろんのこと一緒に戦っていた仲間の存在については知られていない。
そういったことをティスティはこれまで疑問にも思わなかった。
しかし、一斗やマイたちと出逢ってからというものの、未知なことにしか遭遇しない。
『どうすることが正しいのか?』がわからない状況だからこそ、こちらの思い込みだけで判断するのではなく、敵対する相手だろうと確認したいとティスティは考えたのである。
「答えは、否だ」
「だったら――」
「考え直せ、ですか? それこそ今更ですよ。今回、中尉殿――あぁ、あなたたちはバスカルと呼んでいますね。彼は、勇者の仲間を全員現界させたわけではなく、思い通りにいくだろう人物しか現界させてはいないのです」
やれやれと首を振りながら答えていくアーバスト。
ただティスティには彼の言っている意味がよくわからず、首を傾げている。
「あいつは勇者個人への忠誠心、独占心を買われた。そして、私は――」
「クッ!?」
アーバストを中心にしてそこから熱風が吹き荒れ、ティスティが飛ばされそうになったところをヴィクスが巨体を盾にして風を防いだ。
「理由に関係なく、戦闘を好む性格を買われたわけです」
ティスティは元々停戦の余地はないと思っていたが、相手が世界を滅ぼす行為を容認していることに無性に腹が立った。
「ヴィクスさん、あそこに倒れている兵隊さんたちをもっと安全な場所への避難をお願いします」
それだけ言うとヴィクスの了承を確認する前に、アーバストに対してティスティは逆に先制攻撃を仕掛けるのだった。




