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10 支配

「お二人とも、いい加減スッキリしましたか?」

「「……」」

 ラインとソニアの喧嘩はあの後一〇分ほど続いた。ラインたちのために時間稼ぎしながら潜入している一斗たちがこのことを知ったら、抗議が殺到することは間違いないだろう。

 当の本人たちはというと、疲れ切って倒れたあとにレオナルドから黙って治療を受けている。互いにそっぽを向きながら。


「ハァ〜」

 そんな二人にやるせなさを感じたナターシャが、そっと溜め息をついてしまうのも無理のないことである。


「これで治療は一通り終わりました、女王陛下」

「ありがとう、レオナルド」

 レオナルドの治療に対して、ソニアは誠意を込めてお礼を伝える。

 その様子をチラっと覗き見するライン。


(そういえば、こいつとの初めて出逢ったときも同じような感じだったか)

 彼の頭の中には、キールと故郷を旅立ち、彼女と出逢って組織を結成するときまでの懐かしい思い出が過ぎっていく。


 ………………

 …………

 ……


 ◆291年 ある町の隠れ家


「あなた方が、王国に反旗を翻していると噂されている二人ね?」

 キールと見つけた隠れ家に、突然謎の女が一人で乱入してきた。

 目以外の顔全体を布で覆っているため表情はよくわからないが、声を聞く限りではかなり若いだろう。

 武装は腰に備えてある剣のみで、甲や胴体、膝から脛にかけて防具を身につけているのがマント越しでもわかる。


「(キール)」

「(ライン……ここは任せてください)人違いではありませんか? わたしたちは旅人で、この町には長期滞在しているだけのものですが」

 キールは動揺することなく、逆に丁寧な口調で聞き返す。


 まさかこの場所に拠点を構えてから、一ヶ月も経たないうちに足がつくとは二人とも思ってもみなかった。

 というのも、キールの提案でこれまで極力表立った行動は控えてきたはずだからだ。

『アルクエードをこの世からなくす』という目的があっても、そもそもアルクエードのこともよくわかってはいないし、聖なる楽園アバディーンを管理している王国の実情も正直把握できていない。

 だから、今は情報収集に力を注ぎつつ、これまで訪れた村の住民台帳を盗んで焼却したくらいだった。アルクエードの犠牲者をこれ以上増やさないようにするために、今の二人にできるささやかな抵抗ではあったが、その成果が出ているかどうかは不明である。


 そして、現状かなり不利だった。

 出口は女が塞いでいるし、仮に女を撃退したとしても周囲を王国の兵士がすでに取り囲んでいる可能性がないとは一概に言えない。

「では、あなた方はどこの国から旅立って、これからどこに行く予定でしょうか?」

 あくまでも威圧的な詰問ではなく、質問してくるだけの相手に強硬手段をとってもいいのかどうか、キールも躊躇っているようだ。


「わたしたちはガスタークのまちから旅立ち、次にどこに旅に出ようか資金を集めながら考えているところですよ」

「……そうですか、気ままな旅というものもいいものですね」

 キールの供述に嘘偽りのないことを看破したのか、女はそれ以上の追求ができずにいるようだ。


(さすがキールだぜ)

 もしおれだったら、例え女だろうがそのまま口封じしか選択できなかったと思う。


 しばらくして、女は構えていた剣の鞘を下した。

「わかっていただけましたか?」

 キールは念のため再確認した。

 追求を諦めたかどうかの。


「ええ、わかりました」

「「(ホッ)」」

 相手が警戒を解いたと感じて、おれもキールも気を抜いてしまった――まさにその瞬間、女の気配が忽然と消え、気付いたときには腹に何か衝撃を受けて吹き飛ばされていた。


「ガハッ! (な、何が起きたんだ?)」

 今度は背中から壁に激突し、一瞬気を失いかけたが何とかこらえた。


「ライン!?」

 キールが慌てて近寄ってきて、肩を貸して助け起こしてくれる。

 痛みは壁に激突した反動によるものぐらいで、これくらいなら本来なら問題ない。

 ――なのだが、何を受けたのかわからないが、さっきから力がほとんど入らない。


「あら? あの一撃で気を失わないなんて、やはりあなたは只者ではないですね」

 女は一見すると無防備に――けれど、落ち着き払ってラインとキールに近づいていく。


「何をするんですか!?」

「何をするも何も……試しているだけですよ。本当にあなた方が対抗できる存在なのか」

「対抗できる……存在?」

「そうですわ。さて、あなたも試させて――」

 キールと会話しながら更に距離を詰めてきた女は目前で突如身を翻して、軽やかに宙をバク転しながら後退した。

 そして、さっきまで女がいたところには、右拳を突き出しているラインの姿がある。


「あらあら? 女性に対して問答無用に拳を繰り出すとは、マナー違反ですわよ?」

 女が綺麗に着地すると、動いた反動で顔面を覆っていた布が解けてポニーテイルにした茶髪の長い髪が宙をサラサラと舞い、素顔が明らかになった。

 女のあまりにも綺麗な顔立ちに、ラインとキールは心を奪われた。

 どこかで出逢ったことのある人物の面影を感じながら。


「……マナーだと? そっちこそいきなりおれに攻撃しておきながら、よくそんなことを言えたもんだぜ」

「ライン、大丈夫なのか?」

「あぁ、大丈夫だ。もう力はある程度戻ったしよ。それに、これから鬼退治ならぬ女狐退治をしないといけないしな」

 ラインは拳の標準を女に合わせたまま答える。


「女狐……それは私のことでしょうか?」

 女はこめかみをピクピクさせながら、それでも笑顔を崩さないようにラインに確認をする。

「フッ、他に誰がいるんだ? 良い子ちゃんぶっても、正体はわかってるんだよ」

「……私にそんな口をきいたのはあなたが初めてですわ、考えなしの猪さん」

「そりゃあ光栄だな、腹黒女狐さん」

「「……」」

 険悪なムードが漂う中、ラインと女はお互い作り笑顔で向き合っていたが――部屋のどこかで<ガサッ>という物音が響いたと同時に二人は拳をぶつけ合い、そのまま乱闘が続いた。


「(チッ~! 一撃で仕留めるはずが)」

「(やはり一筋縄では……いかないようですわ!)」

 二人は拳や蹴りの連打を繰り返すが、見事なまでに勝負は拮抗している。

 ラインとしては体格的に押し負けることはないと思っていて、女としてはスピードで圧倒できると思っていたのである。


 約一分ほどぶつかり合ったとき、ラインは先ほどの影響がまだ抜け切れていなかったのかよろけて態勢をくずしてしまい、その隙に女に懐に入られてしまう。

「(ま、まずい!?)」

「ハァハァ、ここまでです」

「クッ!」

 ラインが顔を上げたときには、女の手刀が首に当てられており身動きが取れなくなり大ピンチ――と思いきや、


「はい。ここまでです、そこの麗しき方。既にご存知かもしれませんが、わたしの名前はキール・アルトーゼと申します。もう十分ではないでしょうか?」

 キールは現状にまったく動じることなく、謎の女に声をかける。


「……情報通り、あなたは相当頭が切れるみたいですね」

 女はキールに話しかけられしばらく沈黙していたが、あっけなく手を引っ込めて降参のポーズをした。


「一体、どういうことだ?」

 一人、目の前で起きていることが理解できていないライン。


「要するにですね。彼女はわたしたちの追手ではなく、先ほどもちらっと言っていたように何らかの意図があってわたしたちを試したわけですよ。そうですよね、名無しさん?」

「……そうよ。どうしても事前に試す必要があったから。それよりも、私の名前は名無しではないわ。サクヤ・ビルターゼ――私のことはサクヤ、そう呼んでもらえるかしら?」

「……」

 サクヤはニッコリ微笑みながら、起き上がるためにラインに手を差し出す。

 ラインは一瞬彼女の笑顔に心を奪われたが、そっぽを向きながら差し出された手を握ると、彼女は一気にラインを立ち上がらせた。


「ライン・スターディアだ……とりあえず起こしてくれた礼を言わせてもらおう。ありがとう、サクヤ」


 その後、お互い情報を交換し合い、話し合いの末にサクヤを仲間に加えることが決まる。

 そして、アルクエード関連を統括している組織である教団に対抗するために、決起隊を三人で結成することになったのである。


 ……

 …………

 ………………



「何惚けた顔をしてるの、ライン?」

 いつの間にか目の前に手が差し出されていて、あごを軽く上げてみると、そこにあのときよりもさらに大人びて美しくなった女性の笑顔があった。


「お前と初めて出逢ったときのことを思い出してな――」

 ソニヤはラインが言い切る前に、彼を勢いよく立たせた。


「あの頃と変わっていなくて――とにかく無事で安心したぜ、サクヤ」

「え~、私あの頃よりも綺麗になったでしょ?」

 言いながら、ソニアは右手で握っていたラインの手を、さらに左手で優しく包み込み、上見遣いでラインを見つめる。


「……どんな状況でも、その減らず口が叩けるところは変わっていないな」

 ラインは当時と変わらない彼女の態度を嬉しく思った。

 なぜなら、ナターシャから実は彼女の正体は女王陛下だと聞かされて、まったくピンっときていなかったからだ。

 彼の知っている彼女は、育ちが良くて淑女な面を感じることもあったが、人懐っこくてすぐに誰とでと仲良くなっていくムードメーカー的な存在だった。

 それに、行動を共にすることも多かったからか、いつしか彼女に惹かれていることを感じるようになっていたのである。

 だからこそ、もしもソニアの身に何かあったらと思うと、居ても立ってもいられなかったので心底ホッとしている。


「ゴホンッ!」

「「!?」」

「ようやく感動の再会を満喫されているところ誠に申し訳ございませんが、そろそろ本題に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」

 レオナルドは真顔でラインとソニアに確認をとると、同時に二人は弾けるように握っていた手を離し、後ろに身を引いた。

 そして、何度も高速で頷いて賛成の意志を表明することで、この場を乗り切ろうとするのだった。


(ふぅ、やれやれ。まさか、女王陛下が隊長と同じタイプの方とは……対応策も同じでいいのは助かりますが。さて、これからどうしましょうか)

 安心したのも束の間で、これからのどんな行動をとるのかについて正直迷っていた。

 ソニアから家宝の在り処を尋ねたところで、恐らく彼女がいないと意味がない可能性が高いと踏んでいる。

 仮に在り処を知っていれば何とかなるのであれば、当の昔にバスカルがその場所を突き止めていただろう。

 では、彼女に案内してもらうのが一番ではあるのだが、それではバスカルの刺客による襲撃リスクが高くなる……とはいえ――、


「レオナルド殿、私は構いませんよ」

「!?」

「あ〜、レオナルド。お前のことだから、きっと安全にサクヤだけでも脱出させようと考えてくれたんだろうけど――こいつは絶対に逃げないぞ?」

 自分の考えていたことをまるで見透かされているかのように、二人が声を掛けてきて驚いた。


「あなた方は恐らく我が一族に伝わる封印した家宝を探しているのでしょう。そして、それはあの者も探していたもの。しかしながら、それは王家のものでないと封印を解くことはできないのです」

「ソニア様、それが何なのかあなたはご存知なのでしょうか? 私の推測では――勇者の封印を解く鍵かと」

 ナターシャが持論を伝えると、ソニアは真剣な表情でゆっくりと首を縦に振った。


「封印? ということは、あのイカれ炎野郎が言っていたように、マイの兄貴は生きているのか?」

 ラインはマイが失踪する前日に潜入してきたアーバストという存在のことを思い出した。


「マイの……兄貴? エッ、エッ!?」

 ソニアはラインの言った言葉の意味を頭の中で照合してみると、あり得ないことをサラッと言われた気がして軽くあたふたしてしまった。


「ええ、私も信じられませんが……どうやら、ラインさんたちのお仲間のマイさんは勇者の妹君であり、バスカルとも旧知の仲のようです」

「あの者と!? 勇者様の妹君ならば人族だと思いますが……まさか、アルクエードで――」

 ソニアはバスカルと同様に、アルクエードを使って延命していると考えた。


「いえ、どうやらちがうようです。マイ殿の話を信じるのであれば、ですが」

 レオナルドは苦笑しながら答えた。

 精人エルフ族のナターシャのように寿命が長いわけではない人族のラインやレオナルドたちからすれば、『大戦時に生きていた存在が今でも生きている』という事実は、そうやすやすと信じられるものではない。

 かと言って、これまで起きたことを踏まえると、否定もできないでいる。


「とにかく、バスカルの野郎がアルクエードを悪用しているせいで、この星が今かなりヤバイことになっているらしい。この嬢ちゃんが言うには」

「ムムッ! 私は嬢ちゃんではありません! 歴とした大人の女です」

「「「…………」」」

 ラインの一言に異論を唱えたナターシャ。

 胸を張って堂々と宣言するものの、胸の発育は良くても、背は小さく、童顔な顔付き。そんな彼女からは大目に見ても大人の女とは思えなく、他の三名は言葉につまった。


「えっと……ゴホンッ。先祖代々の言い伝えではこう伝えられているわ。『勇者様の封印が解けるとき、世界が滅びる』と……とにかく先を急ぎましょう、バスカルがいる王座の間へ」

「世界が滅びる――ですか」

「ム〜、ソニア様まで……」

 完全に『大人の女』発言をスルーされてしまったナターシャは、蹲っていじけた。


 ソニアは気持ちを切り換えるように牢屋の外に向かって歩き出し、他のメンバーもそれに続いた。

 牢屋を出た四人は、王座の間に続くエントランスホールに急いで向かうことにした。

 途中、誰ともすれ違うことがないことを疑問に思いつつも。


「じゃあどうするんだ? 下手にバスカルのもとにお前を連れていくのはマズイんじゃないのか? だって、王家が隠している家宝の封印が解ければ、あいつの願いが叶ってしまうんだろ?」

「……一つだけ家宝を使わなくても封印を解ける方法があるわ――ですが、それは不可能なはず。封印を解くためには、火・土・水・山・木・天・雷・冷の八大精霊たちの加護が必要になるわ。そして、それらの精霊の頂点に立つ時空の精霊の加護を持つものは、ほとんど現れないはず……勇者様の妹君……まさか!?」

 言いながら思考の整理をしていったソニアは、一つのある可能性にたどり着いてしまった。それは――、


「おっと。それ以上の詮索はなしですわよ、女王様」

「「「「!?」」」」

 あと少しで建物の外に出ることができるというタイミングで、誰とも出逢わずに通り過ぎたはずの後方から声が聞こえてきた。


 四人が急停止して振り返ってみると、そこには黒ずくめローブを羽織った少女が 「最初からずっとそこにいました」と言わんばかりの堂々とした態度で立っていた。



次回は再び一斗サイドの話に戻ります!

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