06 行方不明
「久し振り、というべきか。まさかあなたとも再会することになるとはね。大戦時に兄とともに結成した傭兵団の初期メンバーの一人、烈火のアーバスト」
マイはあらぬ方向に向かって声を掛けると、さっきまで誰もいなかったはずの場所に突如炎が出現し、炎が消え去ると同時に一人の若い男が現れた。
男は青色の服を羽織っており、動きやすいように帯を締めている。右手には手甲をつけており、顔には友好的な表情を浮かべて立っている。
「私の感覚では貴方と別れてもう何十年も経つのですが、貴方のその容姿は最後に会った時のままお美しい」
アーバストはゆっくりとマイに近づいていく。
あまりに自然に、あまりに当たり前に近づいていくアーバストに対して誰も近寄れずにいた――ある一人を除いては。
「待て、殺気立った兄ちゃんよ」
一斗はアーバストの肩を掴んだ。
「殺気立つとは失礼ですね、あなたは。こんなに穏やかな私に向かって」
アーバストは一斗の方に笑みを浮かべながら振り向いた。
「穏やかだと? なら!」
正拳突きをアーバストの顔面に喰らわせようとしたが、瞬時にアーバストは残像を残して一斗の拳をかわした。
一斗は驚かず、そのままさらに追撃する。
対して、アーバストは紙一重でかわし続けていたが、次第に炎を帯びた両手で一斗に応戦し始める。
「二人ともやめなさい!」
マイが大声をあげて二人の戦いを制止させ、その声を聞いた一斗とアーバストは互いの拳を相手の目前で止めた。
「あなたは戦いに来たのですか? それとも、バスカルからの言伝を伝えにきたのですか?」
「……彼からの伝言です。『時の魔女が封印を解く鍵なり』」
「……」
アーバストの言葉でマイは押し黙った。
「そなたは何者だ? バスカル様の側近でそなたのような存在はいなかったはず」
「あなたが元フィダーイー隊長のユーイ殿ですね。あなたもとてもお美しい。殺すのが惜しいくらいだ」
「させぬ」
アーバストがユーイに近付こうとしたところを、ヴィクスが立ち塞がる。
「おっと、俺らもいるぜ」
「何者かは知りませんが、好きにはさせません」
ラインとレオナルドがそれぞれの武器を構える。
「やらせないよ。ここにいる誰もね」
ティスティも構えをとって、アーバストを警戒する。
「あぁあ。これが命令じゃなければ、今すぐにでも戦いたいところですね。……しかし、今回は用事も済んだことですし、ここは一旦引きましょう。それではみなさん、また相まみえる日を楽しみにしていますね」
「アーバスト……」
「マリアンヌ様。良い返事を期待しています」
現れたときのようにアーバストは自らを炎で纏い、一瞬にしてその姿を消した。
「結局緊急会議どころじゃあなくなったな、マイ」
「……そうね」
あの後、会議を行っていた部屋内の雰囲気は戸惑いの色で淀んでいた。
俺とアーバストのほんの十数秒の戦闘で、大部屋の中央部分は荒れ果ててしまった。
戦闘による人的な被害はなかったが、精神面ではそうとは言い難い。
マイの話だけでも信じられない話ばかりだったのに、これからの方針が固まる前に大戦時のマイのことを知るアーバストと名乗る男の出現。
マイが信じるに値する人間かどうかというより、今さっき起きた事件から受けた印象がそのままマイに対する認識になってしまっていることを俺とマイはなんとなく感じ取っていた。
そして、なし崩し的に会議を解散した後、俺とマイはそのまま部屋に取り残される形となったわけである。
「の割には、そこまで落ち込んでないようで安心したよ」
「そう見える?」
「ああ、見えるな」
「そっかぁ、ざ〜んねん。一斗に慰めてもらおうと思ったのに」
いつものように、マイは甘えるように抱きついてきた。
いつものように。
「まぁ、なんだ。とにかく時間がない。マイから提案のあった王都奪還計画。『実行するなら明日まで』と言っていたが……あれってどういうことだったんだ?」
「そのままの意味よ。本来なら入念に計画を立てて、体制を整えるが常套手段かもしれないわ。けれど、今回は……それでは遅いのよ」
絞り出すように答えるマイ。
「今回は、ということはそれなりの理由があるってことだな?」
「ええ。ただ……さっきまでは確信がなかったの。けれど、旧知の仲であるアーバストとも再会して、バスカルからの伝言をきいて、マイの今やるべきことがはっきりしたわ」
一つ一つの言葉にマイの強い想いが感じられる。
「なら俺たちはどうすればいい?」
「一斗たちには女王の救出と並行して、バスカルの策略を妨害して欲しいの」
「それが、王都奪還計画には必要なんだな?」
「うん。それに……あなたが探し求めているアルクエードの謎に迫ることにも繋がるはずよ」
アルクエード。
結局、聖なる花園ではアルクエードと元の世界に繋がる情報は得られなかった。
<魂抜>や<栄光の涙>の精錬工場がアルクエードの原理を利用していることは判明したが、あれだけ派手に破壊されたら証拠品が残っている可能性は希薄だろう。
(しかし、こっちにはフィダーイーのユーイやナターシャ、ヴィクスがいる。ユーイの奴は何か知ってそうな発言をしてたしな)
それに、ナターシャは大戦前に生まれていて、古代道具に精通しているはずだとマイは言っていた。
まだ、糸が切れたわけではないんだから、こんなところで諦めるわけにはいかない。
救えなかったあいつらの分のためにも。
「一斗、一つだけ約束して」
「なんだ?」
いつの間にか強く握りしめていた一斗の両手を、マイは一斗の中にうごめいている感情を見透かしているかのように優しく包み込み、自分の胸元に持っていく。
「今回の作戦、誰かのためではなくて自分が……一斗が信じたことのために行うって」
「どういうことだ? 今回は世界が創り変えられてしまうの防ぐためだって」
そうだよ。
バスカルの追い求めている強制的な平和を勝手に創らせない。
都合が悪いものは排除して、自分だけが唯一正しいことをやっていると勘違いしているようなやつなんか。
「もちろんそうよ。ティスやラインたちもそのために戦う覚悟だと思うわ、建前はね」
「??」
マイの言っていることがよくわからない。
「今回の作戦はね、色々の人の想いがうごめいているわ。バスカルだけではないの。ラインたちやティス、フィダーイーのユーイたち、ヘッケルさん、それに……マイの想いも。
言葉は同じでも、そこに込められた想いまで同じとは限らない。だから――」
俺はマイの想いを初めて受け取った気がした。
翌朝――
昨夜は全員キールの屋敷で泊まることにした。
今外出して下手な騒動にならないように、レオナルドが配慮してくれたのだ。
昨日は有耶無耶のまま会議を終えてしまったからか、その後の雰囲気は決して良いとは言えなかった。
言いたいことが言えていない、そのことによる不平不満・鬱憤がそれぞれ溜まっている様子が今なら伝わってくる。
ギシギシとして、明らかに噛み合っていない。
今までの俺なら、こんな状況をなんとかして良くしようとするか、無理やり推し進めていたかもしれない。
しかし、今ならこれまで選択肢になかった第三の選択をとることができると、根拠のない自信がある。
今日は朝練も控えて改めて話し合いをする場に向かおうとしたところ、俺が寝ていた部屋にドアが壊れる勢いでティスが駆け込んできた。
「大変だよ、一斗! マイが、マイがどこにもいなくなっちゃったよ!」




