05 因縁
人間と鬼との戦いはいつ、どうやってはじまったのか?
実は、戦っている両者もよくわかっていないの。
なぜよくわかっていないかというと――戦争の引き金になった事件に遭った当事者たちが、全員謎の死を遂げてしまっていたから。
惰性的に数え切れない年月争ってきた両者には、年月の数なんか比にならない犠牲者が出ている。
なぜ争っているのか?
そもそも、争うことになったキッカケを忘れているのに。
そんな現状をどうにかして打破したいと思う派閥が、人間側にも鬼人族側にもあったわ。
それが、強硬派と和平派。
「こんな戦争を一日にも早く終わらせたい」
その想いはどちらの種族のどちらの派閥も共通しているのに、両者の出した結論は真逆だったの。
「人間(鬼)は滅ぼすべき」
であるという強硬派。
「人間(鬼)と和解すべき」
であるという和平派。
どちらにも言い分はあった。
けれど、少なくとも不毛な戦いに終止符を打とうという流れは和平派にあり、人と鬼との話し合いの機会が初めて設けられたわ。
それが――ちょうどマイが14歳の誕生日を迎える日だった。ちょうど今から303年前ね。
まさか、あんな惨劇の開幕が自分の誕生日と重なるなんて思ってみなかった。
「バスカルとの話から気になっていたが、303年前って一体どういうことだ? マイもバスカルのようにアルクエードで延命してきたのか?」
ラインの疑問ももっともね。
誓っていえるのは、マイはアルクエードを使ったことは一度もないわ。
何せマイが異世界転移する前は、まだ大戦は終結していなかったしね。
「「異世界転移!?」」
何も驚くことではないわ。
マイには時空の精霊の加護がついていたから。
「時空の精霊じゃと!? 全精霊の頂点に立つという精霊。何千年に一度このエルドラドで生まれると言われているのは知っておったが……まさか実在していたとは」
「ユーイ、そんなに時空の精霊は珍しい存在なのか?」
「一斗よ。珍しいとかいうレベルではない。時空の精霊の加護を持つものは、古代から神の申し子とも呼ばれていたときく」
よく知ってるわね。
兄のアレッサンドロは雷の精霊の加護を受け、剣を幼い頃から自在に扱えたことから剣童と呼ばれていた。
それに対して、マイは生まれたときからすべての精霊との相性が抜群に良く、生まれたときから魔道士としての才を認められ兄とともにクレアシオン王国に大切に育てられてきたわ。
特に、マイの場合は産まれたあとのお告げで『リクターを探す使命がある』と出て、物心ついたときからずっときかされてきたの。
「リクター? 初めてきく言葉だけど、何か貴重な遺跡や遺物か何かのことなの?」
そうよね。
おそらくティスだけでなく、他のみんなも初めてきく言葉かもしれないわ。
ナターシャを除いてね。
マイの一言で、ナターシャ以外の全員が一斉にナターシャの方を振り向く。
「リクター……世界を創りしものの因子を強く受け継いだものは、世界のリズムを調律するもの『リクター』と呼ばれている。表舞台に現れることはほとんどないけれど、特異点が生じたときのみ現れると。それこそ時空の精霊並みに伝説になっている存在よ……まさか!?」
ナターシャはある人物を驚いた表情で凝視した。
他のメンバーもつられるようにナターシャが凝視している目線の先を辿った。
「一斗……」
目線の先にいたのは、落ち着いた雰囲気でみんなからの視線を受け止めている。
ここにいるみんなは気付いているはずよ。
本来相容れないはずのメンバーがここに終結していることを。
そして、自然と薄れていったはずの人の繋がりが広がっていることを。
リクターと呼ばれる存在は、そういった調和をもたらす者であり、世界がおかしくなってしまうときに現れるとされているの。表向きはね。
「表向き?」
そうよ、表向き。
ここにいるメンバーはみんなきいていると思うけど、一斗は異世界の人間よ。
その異世界の人間の中で、リクターとしての素質がある人物を召喚するのが、時空の精霊の加護を持つ者の本来の役割。
「……話があまりに壮大すぎて、私のような頭の固い人間には理解に苦しみますな」
「ヘッケルさん、それは私も同じです。ただ、一斗殿がとても稀有な存在であることには納得できます」
レオナルドは対角に座っているユーイとヴィクスをちらっと見た。
「それは妾たちも同じだ。しかし、リクターの話とバスカル様の話はどこで繋がるのじゃ?」
ユーイの指摘はごもっともね。
両者に直接的な繋がりはもちろんないわ。
バスカル――大戦当時はリンドバーク帝国に属していてゴーンズ中尉と呼ばれていた彼は、戦いの最前線で指揮する将校の一人として招集されていた。
そこに、マイと兄アレッサンドロはクレアシオン王国の傭兵として派遣されたの。
大切に育てられていたとはいえ、出会った当初は一平民だったマイたちのことを中尉殿は軽視していたわ。
ところが、功を奏するのに焦った中尉殿はあっけなく敵の罠にかかり、危うく全滅しそうになった。
「その危機を救ったのが、あなた達兄妹だったのね」
ええ。そうよ、ティス。
鬼人族は人間に比べたら数こそ圧倒的に少なかった。戦力も9:1で最初は人間側の圧勝と言われていたわ。
けれど、鬼人族一人一人の強さは尋常ではなかった。たった一人の鬼に軍の小隊50人が全滅する、なんてことはざらにあった。
「たった一人で!? 軍が弱かったということは――」
ないわね。
レオナルド、あなたは決して弱くないわ。ただ、大戦時ではあなたと同レベルの実力がある兵士はごろごろいたわ。
それでも一方的に負け続け、瞬く間に人間側の領地は占領されていった。
その進行を阻止するために、開戦一年後に兄とマイたち傭兵団は最前線に赴き――そこで当時最前線を指揮していたバスカル・ゴーンズ中尉殿と出会った、というわけ。
日に日に後退していった最前線も、マイたち傭兵団の尽力もあって戦線を維持できるようになった。
そんなある日、マイは探していた存在に関する貴重な情報を入手し、旅立つことを決意した。
その時よ、ラインに託したそのアクト・シャフトをバスカルから譲り受けたのは。
「これを……だから、あの時あいつはあんなことを」
『我が一族の家宝アクト・シャフトに再びあいまみえることができようとは……』
ラインはアクト・シャフトを握りしめながら、バスカルと戦っていたときに言っていたことを思い出した。
実際に、バスカルとの接点は大戦時の共戦したということだけ。
ただ、マイが戦線を離脱したのちも、最後までバスカルは兄アレッサンドロと一緒に戦い続けたはず。
ならば、彼は鬼王の最期とアルクエードの真実、そして、兄の所在を知っているはず。
「ちょ、ちょっといいか、マイ。兄の所在ってどういうことだ? 勇者となったあんたの兄はとっくに死んでるはずではないのか?」
「ラインさん、あなたの疑問はごもっともです。しかし、マイさんがなぜお兄さんが生きていると推測しているのか。それは――アルクエードがまだ使えるから」
ラインの疑問に対して、マイが答える前にナターシャがおずおずとした口調で回答した。
「どういうこと? なんでアルクエードがまだ使えると、マイのお兄さんが生きているってことに繋がるの?」
「確かに。バスカルが鬼王の最期やアルクエードの真実を勇者様から直接聴いて知っているかもしれませんが」
ティスティの疑問を、レオナルドも抱いた。
それは――
「それ以上のことをあなたが教える必要はございません、マリアンヌ様」
突然部屋中に若い男の声が響き渡る。
「どこの誰だ!?」
一斗は即座にマイを庇うように立ち塞がった。
まさか、その声は――
マイは驚愕した声を上げた。
まるで、その声を知っているかのような。




