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04 緊急事態

◆キールの屋敷・大部屋

「何から話したらいいかわからないが、今がとにかく緊急事態であることには変わらない」

 ラインの一言に集まった人間のほとんどは険しい顔つきをした。


 それもそのはずだ。

 決起隊にしてみればこれまで水面下で動いてきたこともあり、今回のように公に指名手配されたのは初めてだった。

 名指しでの手配書はラインのみではあるが、ようやくエルピスでの基盤が出来始めていたところだ。隊員たちは不安を隠しきれないでいる。


「決起隊副隊長のレオナルドです。僭越ながら、今回の作戦の取りまとめをさせていただきます。まずは集まっているメンバーを紹介いたします。エルピスのまちの町長ザックス殿。この町を救った英雄の一人マイ殿とティスティ殿」


「マイ、一斗のやつはどうした?」

 ラインはことがことだけに、自分と同じく指名手配を受けている一斗もこの場にいるべきだと考えている。

「やること済ませて、すぐにでもこちらに合流するそうよ」

「そうか(一斗とのことは上手くいったみたいだな。お前はそうでなくては困るからな)」

 マイに今までのように自然体な明るさが戻ってきたのを感じ、ラインはほっとした。

 今回の大規模作戦の鍵を握るのは、バスカルと何やら古くからの因縁があるマイ。それから――、


「続いて……バスカル直属の暗殺組織フィダーイーの幹部ユーイ、ヴィクス」

「「……」」

 レオナルドが無表情でユーイとヴィクスを紹介すると、二人は周りの雰囲気を察したのか会釈だけで済ませた。


「もう一人ナターシャという子がいますが、現在まだ意識を取り戻していないため、また後ほど……最後に、決起隊のライン隊長」

「事が事だけに、関係者だけに集まってもらった。町の人たちにはすぐに知れ渡るだろうが、現状についてお互いまず共有して早急に対策を練る必要があると思うのだが……どうだろう?」


 ラインの提案に対して、一同は真剣な表情で頷いて答えた。


「それじゃあレオナルド、引き続き進行を頼む」

「承知しました。では、現時点で判明していることをご報告します――」


(私が……指名手配者かぁ)

 ティスティはレオナルドの話を聴きながら、心の中で呟いた。

 指名手配書に自分の似顔絵が載っていても、いまいちピンっとこないでいる。

 それでも幸いだと思ったのが、自分だけ名前が知られていなかったため、名前が書かれていないことだ。

 ただ、手配書だけあって険しい顔で似顔絵が描かれていることに、ティスティは声を出しては言えないがとても不満だった。乙女心は複雑なのである。


 /////////

 手配書


 前国王殺害容疑

 および

 現国王誘拐容疑

 で永久指名手配犯とする。


 Dead or Alive


 ////////


 なぜかフィダーイーは決起隊と通じていることになっていたり、現国王が誘拐されてしまいその実行犯が私たちになっていたり。

 まったく身に覚えがないことが平然と正しいこととして扱われているこの国の異常さが、嫌でも伝わってくる。


「由々しき事態になっていることはわかったが、これからあなたたちはどうするつもりなのだ?」

 ザックスは不安な気持ちを押し隠すように、ハキハキとした声で質問を投げかけた。


「どうするといってもな……これだけおおっぴらに指名手配されると、身動きもとりにくくなるし。かといって、何もしなければおれたちの包囲網が完成してしまうかも」

「ラインの言う通り、このままでは(・・・・・・)ジリ損ね」

 意味深な感じでマイはラインの意見に賛同した。


「それはわかってたことではないのか? この国はすでにバスカル様の手の内じゃ。現国王はバスカル様の傀儡で、誘拐しようがしまいが状況は変わらぬ。妾たちフィダーイーの運命ももう……」

 悲観しているというよりは、もう諦めきっているユーイは自虐的な笑いを浮かべている。

 ずっとフィダーイーに苦しめられてきた決起隊メンバーのラインとレオナルドはユーイを見て「いい気味だ」と思う反面、一概に喜べないでいる。


「そんな悲観する必要はねぇよ、ユーイ」

「「「一斗!」」」

 どんよりとした雰囲気を一掃するかのように、一斗が臨時作戦会議室に入ってきた。


「……けじめはつけてきた、一斗?」

 マイが落ち着いた表情で一斗に確認した。

「ケジメ?」


 他の人にはわからない質問に、ティスティは一斗とマイの両方の顔を見比べた。

 二人とも顔を合わすと明らかに何か企んでいるようだった。


「あぁ、もちろんだ。俺を誰だと思ってるんだ? と言っても、だいぶ泣かれたけどな……ミレイのやつにな」

 一斗は苦笑いをした。

「まさか、あの話を彼女に……」

 ラインは一斗たちがマーティカから連れてきた少女の顔が思い浮かんだ。


「大見得をきったことに対するけじめは……つけんといかんだろ?」


 一斗はマイとエスピルの町の外で話した後、その足で一斗はヘッケルの家に向かったのだ。

 そこで待たせていたミレイに会うために。

 ためらいながらミレイに会いに来た一斗だったが、ミレイは一斗が一人で来た時点ですべてを悟っていた。

 謝罪しにきたはずが、一斗はなぜかミレイに感謝される。

「今こうして生きていれるのはあなたのおかげです。これ以上何を望めというのですか?」とミレイに言ってもらえたときに、不覚にも一斗は一筋の涙が流れたのだった。


「それに、これから取るべき行動も見えたしな」

 そのときのことを思い出し、不意に出てきそうになった涙を堪えながら話を再開した一斗。





「それは一体どういうことですか、一斗殿?」

 レオナルドは緊迫した雰囲気の中であまりにも一斗が自信満々に答えるので、逆に一斗が言い放ったことが信じられなかった。


「どういうこともない。俺たちに残された選択肢は元より少ない。ただし、捕まる気がないならば話は簡単だ。『遅くても明日には王都奪還作戦を決行すること』これしかない」

「なぜだ?」

「それは――」

「勇者の復活はバスカル様……バスカルの理想郷の完成を意味するからよ」

 ラインの疑問に対して、ずっと意識を失っていたナターシャが一斗の代わりに答えた。


「ナターシャ……あなた」

「ごめんなさい、ユーイ。何もかも思い出してしまったの。これまでのことも、私自身のことも。マイのおかげでね」

 ナターシャはマイの方を向いて言い放った。

 ユーイとヴィクスは普段最低限のことしか話そうとしないナターシャが、雄弁に話しているのに驚いている。


「マイの? そういえば、手配書のことですっかり忘れていたが、マイとバスカルはただの知り合いってわけではないよな?」

『この件に関して隠し事はなしだぞ』という雰囲気を醸し出しているライン。


「……ふ〜。もうあの状況に居合わせて誤魔化しはきかないわね。それに……バスカルの提案を受け入れるか否かの判断をできる材料が、今のあなたたちにはないでしょうから」

「話してくれるの、マイ?」

「えぇ。もちろんよ、ティス。今回の件に関わることはすべて話すわ。そうね、まずはマイとバスカルが出会った時代から」



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