03 指名手配
フラッシュバックした映像は、ヴィクスと最初に対峙して敗北したシーンまで遡る。
「一斗……さん?」
ゼツは目に映っている光景が信じられなかった。
あんなに強い一斗が、あの大男によって倒されたのだ。
危険かどうかを考える間もなく、ゼツは一斗のもとに駆け付けた。
「ん~~ンアッ! はぁはぁはぁ……一斗さん、一斗さん!」
壁に激突してはまり込んでしまっている一斗を引きずり出し、何度も揺すってみるがピクリとも動いていない。
退避していた大人たちも今は危険性がないと察したのかオズオズと出てきて、一斗に話しかけた女性がゼツに近寄った。
「坊や……この方はもう――」
「うるさい! この人はそう簡単には死にません! だって……僕を初めて疑うことなく信じてくれた人だから!」
ピクッ。
慰めてくれた女性の手を払って、ゼツは泣きながら反論した。
慰めるように話しかけてくれた女性が悪い訳ではない。
それでも、ゼツはその後の言葉を聞きたくなかったし、そんなことはあり得ないと信じている。
だって――、
「一斗さんは、こんなところで死ぬような人じゃないんだから!」
ゼツの叫び声が辺りに響き渡る。
ピクピクッ。
叫び声に反応したのか、一斗の指がかすかに動いた。
『ゼツ……そうだ俺はこんなところでやられるわけにはいかない』
ザザッ
<三十代くらいの男女が優しい瞳で見守ってくれている>
『見守られてばかりではいられないんだ、俺は』
ザザッ
<学校で風評被害に遭い不当な扱いを受けるようになったところを、先ほどの男女が身を挺して守ってくれた>
『ゼツ……そうだ俺はこんなところでやられるわけにはいかない』
ザザッ
<そのとき決めたんだ。俺はあの人たちのように大切な何かを守れる存在になると!>
パキーンッ!
一斗のみぞおち辺りから五芒星の魔法陣が現れた。
星は鎖でがんじがらめで固められていたが、残り三つの鎖のうちの一つが砕け散って消滅した。
………………
…………
……
「ここは……どこだ?」
気が付いた時には何もない空間にいた。
立っているかどうかもわからない真っ白な空間。
「おーい! 誰かいないかー! まさか、ここが所謂天国ってやつか?」
『ふぉふぉふぉ。中らずと雖も遠からずといったところかのぅ、一斗よ』
「!? あなたはあのときの!」
声がした方に振り向くと、そこにはレオナルドとの一戦で遭遇した坊主頭の老人がいつの間にか姿を現していた。
『またこんな狭間で何をしているのだ、一斗?』
「狭間? 俺……いや、私もなんでここにいるのかサッパリでして」
溜口をきこうとしたが、やはりどうしても目の前の老人に対してそういった態度をとることができなかった。
『左様か。ならば、どれ。お主の状況を視させてもらおうかのぅ』
老人はフワフワと宙に浮いた感じで近づいてきて、俺の頭の上に手をかざして目をつぶった。
「い、一体何を?」
老人は俺の質問には答えず目をつぶり続けていたが、数秒後にゆっくりと目を開け、かざしていた手を元に戻した。
『ほぅ、アルクエードか。いまだに、奇異な術が使われているのじゃな。歴史は繰り返すのかな』
「アルクエードのことを知っているんですか!? それに歴史を繰り返すとは?」
いきなり自分にとって最も旬なキーワードである"アルクエード"というフレーズが、まさか見ず知らずの老人から聞けるとは思わず興奮した。
『ふぉふぉふぉ。いつも言っているじゃろう。自分で見つけた答えを大切にせよ、とな』
「ですが――」俺は必至に食いついた。
『まぁ、今の状態のお主にその言葉は酷か。ならば、一つヒントをやろう』
老人は右手人差し指を立てた。
『人が作りしものは、人でしか解決はできぬ。たとえ、神であっても不可能じゃわ。逆に言えばじゃ。人の手によって編み出されたアルクエードは、人の手で』
「……なんとかできる」
俺は老人の話を紡ぎ、自分の両手で握りこぶしをつくった。
握りこぶしを見ていると、なぜだか身体の中から力が沸き上がってくるのを感じる。
『そういうことじゃよ。一斗、お主にはその条件がすべて揃っておる。もちろん資格もな』
言いながら、老人の体はだんだん消えかかっていた。
「ま、待ってください! まだあなたには訊きたいことが――」
慌てて右手を老人に向かって伸ばすが、今度は自分の体も手先から消えかかっていく。
『慌てることはない。お主には今やるべきことがあるじゃろう』
優しい顔で見送る老人の最後の台詞を、俺は薄れていく意識の中でぼんやりと聞いたのだった。
……
…………
………………
「一斗さん! 一斗さん、起きてください! 一斗さん!」
「ん、んん? なんだこの揺れは!? あ、あんたたちは……」
体の揺れをすごく感じてバッと慌てて体を起こすと、目の前にはヴィクスと戦う前に逃がした大人たちの驚いた姿が目に入った。
「一斗さん、やっぱり無事だったんですね! 体の方は大丈夫ですか?」
「おおぅ、当ったり前だろ! 俺がそんなに簡単に死ぬわけねぇーだろ?」
俺はゆっくりと体を起こした。
不思議なことにヴィクスから受けた傷は完全に癒えている。
いや。むしろ、戦う前以上に氣が昂っていくのを感じる。
「まったく体は問題ないぞ」
「本当ですか……では、あの魔方陣は一体」
「あぁ、あれが出たんだな(だから、これまでのように封印が解けて力が漲ってきてるのか)」
何気なく両手で握りこぶしをつくり、状態を確かめる。
やはり、すこぶる体調は良好だ。
あれだけモロにあいつの攻撃で致命傷を受けたのに。
なんのおかげかはわからないが、この状態ならまだまだやれるぞ。
と、その前に――
「あれはな、俺にかけられた封印みたいなもんが解けたんだ。あまり知られたくはないから内緒にしてくれるか? 出来ればあんたたちも?」
俺はゼツと周りにいる大人たちにお願いした。
「もちろんだよ! 男同士の約束だね!」
「あぁ、そうだ!」
「えへへへ」
右手でつくった握りこぶしをゼツに向けると、嬉しそうにまだ小さな拳をコツン、とぶつけてきた。
「私たちも構いません……が、これからあなたはどうなさるんですか?」
それに対して、先ほどからずっと戸惑った様子の大人たちは心配そうに質問してきた。
「それは――」
***
そうだ。
あの後、俺はヴィクスの氣を追って、大人たちの避難はゼツに任せたんだ。
後から一緒に脱出することを約束して――。
ゼツ、俺はお前の呼びかけのおかげでこうやって無事生き延びた。
それなのに、お前たちは……。
あの時の出来事を回想している間に、ティスだけではなくマイとユーイもすぐ近くまでやってきていた。
「一斗よ。手合わせ、感謝する」
ヴィクスは一斗とすれ違うように歩きはじめ、マイたちに近づいていく。
「こっちこそ。サンキューな、おっさん!」
「フッ。大事にするのだぞ、うぬの大事な存在を」
「えっ!?」
ヴィクスはユーイからマイをそっと離して一斗の方に流した。
突然の出来事に対応できずによろめいたマイを一斗はそっと受け止め、ヴィクスは巨体を屈めてユーイを支えた。
「……うん、そうだね! ユーイとヴィクスさんはわたしが屋敷まで送るから、一斗とマイは後から来てね! じゃあ!」
「ちょ、ちょっと!」「おい、ティス!」
俺たちの呼び止める声をサラッと笑顔でかわし、今度はティスがユーイに肩を貸してゆっくりとした足取りで町に戻っていった。
「「……」」
三人が見えなくなっても一斗とマイは先ほどのままの状態で身動き一つとらずに、終始無言だった。
「……一斗、手」
ふいにマイが声を出した。
「手……あっ、わりぃー! ずっと肩を掴んだままで――って、ど、ど、どうしたんだ、マイ!?」
一斗はマイを自分から離そうとした瞬間にマイが抱きついてきて、気が動転してあたふたした。
「……ごめんなさい」
マイのその一言で一斗の中で停滞していたわだかまりが、ス~ッと抜けていくのを一斗は感じた。
「俺のほうこそ、ごめんな。マイが悪いわけでもないのに……勝手に自分の不甲斐なさを感じて、それで――」
言いながら、涙がこみあげてくるのを一斗は必死に抑える。
「わかってるよ、一斗。あなたはいつもみんなのことを大切にしてくれている。だから、今は泣いてもいいんだよ」
『いいんだよ』というフレーズを聴いた瞬間、一斗が必死に抑えていた涙腺が崩壊。
そのまま地面に二人して崩れ落ち、マイは一斗の頭を抱え込みながら。
そして、一斗はマイの胸の中で涙が枯れるまで二人とも泣き続けた。
まるで、これまで溜め込んでいた想いを洗い流すように。
◆キールの屋敷
「それでは、わたしは看病を代わってくれたレオナルドさんと交代してきますので、お二人はこちらの部屋で休んでいてくださいね」
「かたじけない、ティスティ殿」
「ティスでいいですよ、ユーイ」
ティスティはユーイとヴィクスを空いている客間に案内し、部屋を出て行った。
「変わったものたちですな」
「あぁ、そうじゃな。ヴィクスは変わったな、あんなに声を張り上げて話しているところを、長い付き合いの妾でも初めぞ? それだけあやつを気に入ったということかや?」
「それは、あなたも同様では?」
「うっ!? そなたも言うようになったものじゃの」
質問に対して的を射た質問で逆にヴィクスに返されて、ユーイは苦笑した。
「あやつが変わっていくように、我も変わっていく。もちろんあなたも。それだけのこと」
ヴィクスは腕を組んで、壁にもたれかかった。
「左様、か」
ユーイはベッドに腰を下ろした。
しばらく小一時間ほど余韻に浸っていたところ、コンコン、というドアをノックする音が聞こえてきた。
「遠慮なく入ってまいれ」
「……それじゃあ遠慮なく邪魔するぜ」
ユーイが返答すると、男の声が聞こえてきた。
「そなたか、決起隊隊長ライン・スターディア」
「……お前たちに至急話さないといけない事態が起きたんだ、フィダーイー隊長ユーイ。それに、ヴィクス」
切羽詰まっているラインの様子から、ユーイとヴィクスは何か動きがあったのだと察した。
「察してもらえると話が早い。実は、つい先ほど王都から遣いのものがやってきて、指名手配書を置いていった。それが、こいつだ」
ラインはユーイが腰掛けているベッドに二枚の手配書を叩きつけた。
「こ、これは!?」
ユーイは手配書をひったくるように取り上げた。
一枚目には、ラインの似顔絵の他に一斗とティスティの似顔絵が載っていた。
Dead or Alive
生死に関わらず捕らえたものに対する破格の懸賞金が提示されていた。
実質この国を牛耳っているバスカルに歯向かったのだから、当然の流れかもしれない。
だが、ユーイの動揺はそのことが原因ではなかった。
「妾たちが……決起隊の主犯格?」
もう一枚の手配書には、ユーイを含むフィダーイー幹部八名の手配書が掲載されているのである。




