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02 大事なもの

 ◆キールの屋敷

 一斗たちが聖なる花園(アバディーン)からエルピスに帰還して、三日が経った。


 エルピスに戻ったときに、レオナルドは全員が負傷していたことに心配したが、その中にフィダーイーの幹部が三人もいることに驚きを隠せないでいた。

 そして、今にもとどめを刺そうとしたところをラインに必死に説得され、渋々ではあったが矛を収めた。


 今後のことを決めるにあたって、ユーイたちから話を聞こうにも未だにユーイやナターシャは目を覚ましていない。

 ひとまずバスカルと一番古い付き合いであるユーイが目覚めたら情報を整理することになった。

 二人とも女性ということもあって、現在マイとティスティが交替で看病している。


「マイ、二人の具合はどう?」

 朝早く起きたティスティは、一斗との朝の鍛錬を終えたあと、怪我人が起きないように静かに病室に入った。


「おはよ、ティス。相変わらずユーイは目を覚ます気配はないけれど、この子(ナターシャ)は夜中に一度目を覚ましたわ」

 ナターシャの髪を優しく撫でながら、マイは答えた。


「それは良かったわ! 何かお話できた?」

「えぇ、一応事の顛末は伝えたわ。色々あったから全部ではないけれど」

「そうね……」

 ティスティは苦笑いしながら同意した。


 本当にエルピスを出発してからここ数日で色々あった。


 キーテジに向かう途中にあるマーティカでの出来事。

 マーティカのミレイとの出逢い、村の中で遭遇した男との戦い。


 一旦エルピスに引き返してミレイを預けた後に、キーテジへ。

 夜中に聖なる花園(アバディーン)に侵入して、ユジンたちの救出。その際に、イカエルさんに匿ってもらって。

 その後は、一斗とは別行動したときに離宮にあった施設でフィダーイーの一人シェムルと戦闘。途中でラインが助けに入ってくれて、本当に助かったわ。


 ラインがシェムルを打ち負かし、捕らえられていた子どもたちと共に外に出たところで、今度はフィダーイー隊長のユーイと側近ヴィクスさんと戦闘。

 私がヴィクスさんに負けそうになったところを、死んだと言われていた一斗に助けられて。

 一斗はラインが苦戦したユーイにも圧倒し、戦いが終わると思われたときにバスカルの介入。


 そのバスカルからの話で……。


 ティスティがマイの方を観察してみると、マイは優しそうな表情はしているものの、いつもと違ってどこか苦しそうな印象をティスティは受けた。


「マイ、大丈夫?」

「ええ、時々うたた寝していたから大丈夫――」

「そうじゃなくて……一斗とのこと。あれから二人で何か話した?」

「いいえ」

 一斗というキーワードにマイは一瞬ピクッと反応したが、すぐに表情を戻す。


「はぁ〜(何で二人はこういうところが似ているのかしら?)」

 ティスティには、マイに一斗の姿が重なって見えた。


 沈黙がしばらく続く。

 すると、「ん、ん」という声がベッドから二人の耳に聞こえてきた。

 そして、声の主であるユーイはゆっくりと目を開けた。




 ◆ハイムの森


 エルピスに戻ってからというものの、誰もが一斗とマイの間には明らかに溝があると感じている。

 マイは普段通りに振る舞っているように感じるけれど、一斗に対して接触しようとする素振りさえ見せない。いつもなら、同じ場所にいるときは必ず一斗の隣を死守するのにもかかわらず。

 一方、一斗は誰も近寄りがたい雰囲気を醸し出しており、周りは対応に困っているようだ。それでいて、かまってほしそうにしている。

 要するに、二人とも本音を隠そうとしているが、周りにはバレバレなのである。


 そんな本音がバレバレな一斗は、帰還してからも朝の鍛錬は怠ることない。

 ティスティは特に一斗とマイの話題に触れることなく、淡々と一斗の鍛錬に付き合っている。


「ハッ、ハッ、ハッ!」

 気合の入った突きを繰り出す一斗。

 ティスティが看病でいなくなってからも、一人で鍛錬を続けている。

 しかし、最近ではスッキリした表情で鍛錬することが多かったが、険しい表情をして必要以上に力んでいるようだ。


 現在、鍛錬の最中だろうとご飯の最中だろうと、一斗の思考の大半を占めているのは聖なる花園(アバディーン)での出来事だった。

「あの時はどうしようもなかった」ということをラインやティスティに何度も説得された。

 一斗も頭ではそのことを理解しているつもりだが、実際には納得できていない。

 なぜなら、一斗はマイに対して疑心暗鬼の真っ只中なのだ。

 今まで何度も助けてくれたから信じたい(・・・・)という想いと、何か隠していることに対する疑惑から信じられない(・・・・・・)という相反する想いがぶつかり合いイライラが募るばかりである。


「くそー!!」

 氣を思いっ切り周囲に拡散させると突風が巻き起こり、地面に生えていた草花を一気に吹き飛ばした。


「なんで……なんでなんだ、マイ?」

 一斗は何をやっても気持ちが晴れないムシャクシャを感じながら、遠い空に向こうに返ってくることのない質問をするのだった。



 結局ティスティが看病のために戻ってからも鍛錬を続けたが身が入らず、一斗はエルピスに戻ることにした。


 すると――


「一斗……一つ手合わせを願おう」

 ヴィクスがエルピスの出入り口付近で待ち構えていた。


「……もう怪我の方はいいのか?」

「うむ。ティスティに……治してもらったからな」

「そうか、そりゃあ良かった。でも、何で俺と手合わせなんか?」

「それは……怪我の癒え具合を……確かめるため」

 ヴィクスは俺に向かって気を放ってきた。

 それは以前のような殺気ではなく、もっと真っすぐな氣のような感じがした。


「いいぜ……ちょうどムシャクシャしてたところだ」

 俺はヴィクスと間合いをとった。


「では、こちらからゆくぞ」

「あぁ、いつでも来な!?」

 10メートル以上間合いをあけたはずなのに、気付いたときにはもう目の前にヴィクスの姿があり、拳を繰り出していた。


「クッ」

 ギリギリで後ろに跳んで拳を両腕で防ぎなんとか直撃は免れたが、数十メートルぶっ飛ばされた。


「いつの間に!?」

 バランスを取って着地は上手くいった。

 急いで顔を上げてヴィクスを捉えようとしたが――


「(いない!?)ハッ!?」背中がゾッとした感じがして慌てて前転すると、ブゥンッ、という風を切る音が俺のいた場所を突き抜けた。


「ほぉ、これを避けるか?」

 ヴィクスは感心した声を出して、蹴り出した左足を元に戻して再び正面の構えをとった。

 俺は隙きだらけだと思い、攻撃を仕掛けるがすべて完璧に弾かれていく。

 氣功術を使えば優位になるだろうが、相手も前回見せたような攻撃をしてこないから、使うのを躊躇ってしまう。


「何を迷っておる?」

「別に、何も迷ってはいない!」

「ならば、なんでそんなに氣が乱れているのだ?」

「!?」

 一斗はヴィクスの言葉に動揺したところをつかれて、今度はもろに相手の連打を腹に食らって倒れてしまった。


「ガハッ……はぁはぁはぁ」

 ヨロヨロした体を必死に起こそうとしたときに一斗は血反吐を吐いたが、まだ意識はある。


「二度目の戦いのとき、完全にお主のペースに巻き込まれ、完膚なきまでに負けた」

 ヴィクスはゆっくり歩きながら、まるで一斗に語りかけるように言葉を紡ぐ。


「だが、今回はどうだ? 完全に我が優位な土俵で戦っているのも気付かず、翻弄されるだけだなんてな」

「優位な……土俵」

「状況が変われば、今まで通用した考えも、行動も、放棄せねばならぬときもある。そんな中でお主は一体何を求めている?」

「クッ、くそーー!!」

 再び真正面から一斗は何度も拳を繰り出すが、すべてあっけなくかわされる。


「固執してばかりでは、いつか大事なものを全部失うぞ!」


 いつか……

 大事なものを……

 全部失う……だと!


「う、う、ウォーーーー!!!!」

 俺は全身にある氣を一気に放出するからのように、ありったけの叫び声を上げた。


 すると、記憶にはない人やあっちの世界で出会った人のイメージが過ぎていく。

 それに、こっちの世界でようやく見つけた大切にしたい存在(・・・・・・・・)

 スゥーとさっきまでごちゃごちゃしていた頭の中がクリアになっていくのを感じる。


(ムッ! 突然今までにないくらいの力を発したと思いきや……先ほどまでの氣の乱れがなくなった? ならば!)

「ウゥンッ!」

 気合と共に空気中の風がヴィクスの周りに纏わりつき、爆風が発生した。


「……」

「これで最後だ……受け取れ、一斗!」

 瞬時に一斗の目前まで迫ったヴィクスは、爆風の勢いに乗ったまま拳を繰り出す。


 圧倒的な力が俺に向かってくる。

 しかし、なぜだろう?

 まったく焦りがない。不安もない。

 怒りもなければ、イライラも。


 ヴィクスの拳が俺の顔面目掛けてやってきて、もうすぐ当たるかもという瞬間俺は体を左にひねった。

 そして、相手の軸足を右足で固定。

 繰り出された右手の手首を両手で掴み、相手の勢いをそのままに背負い投げの要領で持ち上げ――背中から地面に向かって投げつけた。


「……我の負けだ」

 ヴィクスはいつの間にか地面に仰向けで倒されていて、自分の首筋に一斗の手刀を感じて負けを宣言した。

 一斗はニヤリと笑い、右手をヴィクスに差し出した。


「まさか我を、あんなに簡単に持ち上げるとはな……我はてっきり――」

「また返し技をやられるかと思ったか?」

 俺の差し出した手をヴィクスが掴んだところで、グッと引っ張ってゆっくりと起こした。


「あぁ。その対策はしていたのだかな」

「どんな?」

「それは言えん。再戦のためにも」

「そっか、そいつは楽しみだな!」

 俺は再戦ができることに喜びを感じた。


「怪我はねぇーだろ?」

 自分の全身を不思議そうにピタピタ触って確かめはじめたヴィクスに確認したら、驚いた顔をしていた。

「あぁ、なぜだ?」

 ヴィクスは不思議だった。

 勢いのまま地面に叩きつけられたら、普通ならその勢い分の衝撃があってもおかしくないからだ。

 それなのに、自分はまったくの無傷で痛みはまったく感じていない。


「それは――」

「一斗~! ヴィクスさ~ん!」

お主の(・・・)大事な者たちのお出迎えだな」

「!? あぁ、あんた(・・・)のもな」


 ヴィクスの問いに答えようとしたところを、エルピスのまちの門から駆けつけてきたティスの声に遮られた。

 彼女の後方には、マイとマイに肩を借りて歩いてくるユーイの姿がある。


 その姿を確認した瞬間、俺は聖なる花園(アバディーン)で最初にヴィクスと対峙した後の出来事がフラッシュバックした。






次回は一斗にかけられた第三の封印

それが解けたときの話からスタートします。

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