15 ユーイの躊躇(後編)
大晦日連続投稿ラスト!
生まれ故郷での一件があった後、ユーイにとってバスカルがすべてだった。
だからこそ、これまでの価値観や常識をまったく当てはめることができない一斗の存在は、脅威にすら感じるユーイだった。
一方で、目の前の男は『理解できないが信じることができる』、というわけがわからないやつなのだという認識も生まれつつある。
「そなたはバスカル様の目指す平和は、間違っていると言った。ならば、本性がこんな姿の妾とも分かり合えるというのか?」
ユーイが髪の毛をほどくと、ユーイの額の上に二本の角が生えていた。
「妾は人間たちの敵、鬼人族と人間との間に生まれたハーフデーモン。人間たちからは……忌み嫌われた存在だ」
一斗を見てみると、ポカ〜んっとした表情をしていた。
「やはりそなたも同じ――」
「す、すげぇー! 本物のお鬼だ! 俺一度でもいいから会ってみたかったんだよ」
「はぁ?」
一斗の表情が忌み嫌っているんだと思いきや、忌み嫌っているどころか興奮して喜んでいるようだ。
まったくもって、意味分からない。
「お、鬼だぞ! そなたたち人間を滅ぼそうとした種族の末裔だぞ。そんなやつと会えたのが、嬉しいのか!?」
「バッカじゃねーか、お前。だから、俺はこの世界の人間じゃねぇーって言ってるだろ」
やれやれっといった呆れたジェスチャーをして、一斗は自分の頭上を右手で指差した。
「角が生えてたら敵、耳が長かったら敵。自分と違ったら、本当に敵なのか?」
「そんなこと――」
「ないよな?」
いつになく熱く語る一斗。
ユーイは予想していた反応とは真逆の反応が返ってきて、どう返答したら良いか困った。
「顔の色がちがったら、行動がちがったら、考えがちがったら。ちがうことが良くないとしたら、そりゃあ戦争はなくらないわ。平和もこないわな」
「……では、そなたはどうやって平和を目指すのじゃ?」
「わからん!」
「!? そなたというやつは。なんでそんなに自信をもってそう即答できるのだ?」
ユーイは苦笑しながら問いかけた。
「前にも同じようなことを言った奴がいたがな……やっぱ、俺にもそうとしか言えない。あとな、俺のいた世界でも鬼は悪者だった。人間にとってのな」
「フッ、どこでも境遇は同じなのね」
一斗の話を聴き、ユーイは悲しそうな顔で空を見上げた。
「けどな、実は鬼とされていた対象は、実は土地の守り神で。人間はその土地を侵略する名目で、鬼という悪を作ったという言い伝えもあるって知ってよ」
「どういう……ことだ?」
「つまりよ、どの視点で作られた話なのかってことがポイントなんじゃないのか? この世界で語られている話は、俺は人間目線の話しかきいたことがないしな」
一斗は桃太郎の話を思い出しながら、これまで考えていたことを話した。
一方、ユーイは迂闊にも「確かに」と呟いてしまった。
「だからな。俺は仲良くなりたかったんだ、鬼と。で、一度尋ねてみたかったんだ。『本当はどうしたかったのか?』ってな」
「真実を……知りたいのではないのか?」
「いんや。だって、言ったろ? 真実はどの目線で見るかで決まるって。だったらさ、そんなあやふやな事実ってやつよりも、当事者の本心を聴いてみたいって思わないか?」
目をキラキラ輝かせて、さも当然かのように楽しそうに答える一斗を前にして、ユーイは逆に動揺していくのを感じた。
平和な世界を導くためには、悪を駆除しなければならない。
多少の犠牲は仕方がない。
平和な世界が訪れれば、憎しみや悲しみに心が支配されることはなくなるのだから。
バスカル様からはそう教わってきたし、部下達にもそう伝えてきた。
伝えることで、そう自分自身に言い聞かせてきた。
すべての価値基準は、悪であるかないかだった。
だから、迷うことなく何だってできた。
嘘をつくことも、策略に陥れることも、傷つけることも……それに、人を殺すことだって。
けれど、一斗と話すうちに自分の中にあったはずの正しさがいとも簡単に崩れ去っていく。
(何、この感覚……怖いはずなのに、安らぐ)
これまで味わったことのない感覚がして、ユーイを満たしていく。
「……一つだけ正直に答えてやろう。そなたたちがアルクエードについて立てた推測は、ほぼ正解だ。しかし、本質はそこにはない。だから、アルクエードを解明しても、そなたが元の世界に帰ることはできぬ」
昔のことを思い出しているうちに、馬鹿正直に答えている自分に気づき、ユーイはフッと口元を緩めた。
「なぜだ? 願いを叶えることができるのであれば、その仕組みさえわかればできないはずはないんじゃないのか?」
ユーイの答えに、一斗は簡単に納得するわけにはいかなかった。
アルクエードの謎さえ解けば、元の世界に戻る手がかりが掴めると思ったからこそ、旅をすることを決めた。
危険なところにも飛び込んできた。
だが、ユーイの反応を見る限りでは、嘘や冗談を語っている様子は一切感じられない。
(あの封印とアルクエードも、まったく関係ないってことなのかよ! じゃああのメッセージは一体なんだったんだ!?)
「だが、一つだけそなたの願いを叶える可能性がないわけでもない」
「本当か!? なんなんだ、その可能性ってやつは」
一斗はグイッとユーイに体を寄せて、彼女の両肩を力強く握った。
「そ、それは――」
らしくもなく、いきなりの一斗の行動に喜びを感じたユーイは、もう話してみようと思った。
この男になら、と。
「そちがそんな表情をするとはのう。なぁ、ユーイ」
「「!?」」
一斗の問いに答えようとしたまさにその時、辺り一帯に聞いたことのある老人の声が響き渡った。
「危ないっ! ああああああああああああっつ!!」
「!?」
無意識にユーイは一斗を突き飛ばし、雷による一撃を受けた。
ユーイは断末魔の叫び声をあげて、そのまま気を失いバタリと倒れる。
「ほう? やはりあの時の生意気な小僧か、久しいのう」
「貴様は……バスカル!」
一斗は声がした方を特定すると、木のてっぺんにバスカルが立っているのを発見する。
バスカルは一斗と目が合うとそこから飛び降りて、音を立てずに地面に着地した。
さも何事もなかったかのような素振りで。
「なぜ……なぜこいつを!」
一斗はユーイを抱き起こして、バスカルを睨み付けた。
ユーイは完全に気絶しており、電撃による衝撃でピクピク震えている。息があるから何とか生きてはいるだろうが、一刻も早く治療しなければならないだろう。
そう感じた一斗は、すかさずユーイに対して<活氣功>を施す。
「なぜ? おかしなことを聞きおるな。反逆者には粛清を。当然じゃろ?」
「はぁ!?」
一斗はバスカルが言っていることに心底ムカついた。
(自分に逆らっただけで反逆者かよ! 自分に……逆らった……だけ?)
過去の記憶が一瞬一斗の頭をよぎるが、ブルブルっと首を横に振って記憶を振り払った。
「そうじゃった。あの男も同罪、じゃな」
「や、やめろーーーーっ!!」
一斗の制止を気にもせず、バスカルはいまだに気絶しているヴィクスに杖を向ける。
「<天雷>」
ヴィクスの遥か頭上に発生した雷雲から雷が放たれ、直撃した――かと思われたが、
「いつもお前の好き勝手にはさせないぞ! キールの仇をここで討たせてもらう」
ラインはいつの間にかヴィクスの傍まで移動しており、アクト・シャフトでなんとか雷を受け止めていた。
「なんじゃと……厶ッ!? その武器は……お主それをどこで見つけた!」
バスカルは雷を受け止められたことに驚いた。そして、さらにその流れでラインの持っているものを目にして、激しく動揺しているようだ。
「見つけたんじゃない。ある方から譲り受けたんだ」
ラインはバスカルに見えるように、アクト・シャフトを前に突き出した。
「お前の一方的な平和は、おれが否定してやる!」
「たかが50年も生きていない小僧が……意気がりおって。ならば、これならどうじゃ? 愚かな者たちへ神の制裁を、<灼熱の滅火>」
「何!?」
エルピスの教会で全滅寸前まで追い込まれた悪魔の炎が、ヴィクスを巻き込み再びラインを襲う。
「お主の属性は雷とみた。それでは、炎の檻を破ることは容易ではないぞ」
「クッ!」
(これじゃあ、あのときの二の舞じゃないかよ! なんとかしなければ)
ラインはアクト・シャフトで斬りつけてみるが、まったく炎は消えそうにない。
「わ、我を置いて逃げろ……ラインよ」
「目が覚めたか!」
今にも倒れそうになりながら体を起こしていくヴィクスに、ラインは近寄った。
「逃げろ……と言われてもな。逃げ道が――」
「<時空を切り裂く刃>」
ジリジリと檻が迫る中、どこからかきこえた声とともに、炎の檻はあっけなく切り裂かれた。
「これ以上やらせないよ」
「そなたは……それに、その魔法は……」
声のきこえた方にバスカルが目を向けると、そこには左手の手甲から光の刃を宿したマイが現れた。
「俺もいるぜ」
「私もだよ」
マイとは別方向からバスカルを囲うように一斗とティスティは移動して、包囲網をひいた。
「ここまでのようだな、ジジィ! さぁ、お前が隠しているアルクエードのことを洗いざらい吐いてもらおうか!」
一斗はバスカルを中心にしてバラバラにちらばったこの配置なら、今度こそ優位に事が進められるはずだと思い強気に言い放った。
「クックックック……カーカッカッカッ!」
「な、何が可笑しいんだ!」
突然笑い出したバスカルに、一斗たちは逆にどうしたらよいかわからず手が出せずにいる。
「我が一族の家宝アクト・シャフトに再びあいまみえることができようとは……長生きするものじゃな。それに、まさかあなた様と再会できるとは」
バスカルは心底嬉しそうにラインの持っている武器と、マイを杖で差す。
「マイ、こいつのこと知ってるのか?」
「し、知らないわよ。こんな醜悪なおじさん……」
一斗の問いかけにマイは激しく否定する。
(ん? 家宝……再会……まさか!?)
マイは何か思い当たる節があった。
バッとバスカルの方に振り向くと、バスカルは臣下の礼をとっていた。
「大変ご無沙汰しております。先の大戦で<濡羽の舞姫>として戦場の最前線を駆け抜けられ、勇者アレッサンドロ様の妹君でもあられるマリアンヌ・イクシス様。探していた方は見つかりましたかな?」
第三章 反逆のまち編 了
next contine 『第四章 創造のまち編』
第4章からアルクエードやマイ、そして今の世界の秘密が明らかになっていきます。
さぁ、どんな感じになっていくのでしょうか?
最近はおまかせな感じで書いているので、仁も正直わからなくなってきました(^^ゞ




