14 ユーイの躊躇(中編)
大晦日連続投稿2部目。
信じてもらえないと思うから、無理やり信じさせようとする……信じてもらいたくて。
けれど、お互いに信じてもらいたい強い気持ちが衝突すると、小さないざこざが生まれ、やがてそれが争いと発展していく。
ユーイはそんなことが日常茶飯事に起きている時代に、リンドバーク帝国の外れにあるカナーンという村で育った。
村を治める辺境伯は、代々この村を守ってきた貴族の末裔である。
300年前の大戦終戦直前、魔獣の大群が暴走して襲われ大勢の村人が殺される出来事が起きた。
そんな絶体絶命のピンチを救ったのが、当時宿敵だった鬼人族の一人・奈南だった。
奈南は氷の精霊の加護を受けた、鬼人族の中でも希少な存在だった。
なんとか魔獣たちを退けた奈南だったが、戦いで致命傷を負い、生死を彷徨う。
それが原因でか、戦争が集結しても奈南は消えることがなく、辺境伯は村を救った英雄として秘密裏に匿うことにした。
鬼であることは他の村人たちには伏せて。
大戦から半年経った頃、ようやく奈南は意識を取り戻す。
辺境伯は村を救った恩人として、奈南はずっと治療してくれた恩人として、二人の間に絆ができる。
そして、二人の間に子どもを授かるが、鬼の子ではなく人間の子どもだった。
奈南は産後まもなく死んでしまうが、辺境伯は生まれてきた子どもを大切に育てていく。
その次の世代も、次も、次も人間の子どもが生まれたので、このまま外部の人間に気付かれず、安寧にこの村で生活できると代々の辺境伯は信じていた。
しかし、突然その平和が崩れさる出来事が起きた。
A.W. 198年
ユーイが十歳の誕生日を迎えたばかりの頃のことだった。
ある快晴のお昼時に、四人の子供が村の郊外にある野原で駆けずり回っている。
「ユーイ、こっちこっち〜」
「待つのだ、サイ」
辺境伯であるトーマを叔父にもつユーイは、貴族の娘として大切に育てられてきた。
もちろん角は生えていない。
村にいる子どもの中でも一番仲良しのサイは平民であるが、二人は身分に関係なく名前で呼び合うくらい親しい間柄である。
他の二人リクとキキとはユーイよりも三歳年上だが、小さい頃からずっと仲良く遊んできた。
リクは仕切るのが好きで、キキはそんなリクのいつも傍にいて陰でサポートするタイプである。
「サイよ、この辺りは最近物騒だときいたが大丈夫なのか?」
「まだ昼間だろ? 大丈夫さ! それよりも、今日こそあの遺跡の謎を解き明かしてやろうぜ」
「そうだよ、今日こそ見つけだしましょう」
「じゃあさっさと行くぞ。みんな俺についてこい」
四人が話している遺跡とは、大戦後に見つかったもので四角錐状の奇妙な巨石建造物のことである。高さは20メートルほどあり、建物は大きな石が積まれてできている。
調査の結果、太古の遺跡と判断されたが詳しい年代は不明である。
なぜなら、調査をしようにも遺跡の内部に入るための入口がどこにもないからである。
それならばと、遺跡の一部を破壊しようとしたが何をやっても石を破壊することができず、お手上げ状態となっている。
四人が野原を抜けた先にある森に入ると、途端に雰囲気が変わり神聖な雰囲気が漂う。
森の中をしばらく歩くと開けた場所に辿り着き、そこに遺跡がそびえたっている。
「よし、今日も手分けして探すぞ。俺たちは下の方を探すから、二人は上の方を頼むな」
「わかった!」「……うむ、任せておけ」
サイとユーイは返事をすると、階段状にできている石垣を登っていく。
「いいの? 二人を除け者にして」
「除け者にはしないさ。ただ、一番で発見するのはこのリク様だからな」
リクはそうキキの耳元で宣言すると、意気揚々と遺跡に近づいていった。
「サイよ」
「なんだ、ユーイ?」
「そなたはもう気付いておるだろ? あの二人は何か掴んでいるって」
石垣を一つ一つ丁寧に調査しているサイに、ユーイは不貞腐れながら声を掛けた。
「……知ってるよ。けどね、あの二人では解き明かすことはできないよ」
特に慌てるわけでも、不満そうな顔をすることなく、楽しそうに答えた。
「じゃあ、なぜこんなことを……」
「それを今更きくか?」
「だって、こうやって意味なさそうな役割を回されて」
ユーイは今まで溜まっていた不満をサイにぶちまけた。
いつも美味しいところは、なんだかんだであの二人に持っていかれる。
ほとんどサイのおかげな場合が多いのに。
サイが不満に思っていないことが、ユーイにとっては不思議でしょうがない。
「それはユーイ、お前と一緒にいられることが僕の一番の幸せだから」
「ば、バカか! まだ成人前なのに……そんな戯れを……」
サイの告白ともとれる発言に、ユーイは照れを隠すためにそっぽを向いた。
「アハハハ。まぁ、もしかしたら実はこっちに何か重要な手掛かりがあるかもしれないから、くまなく探してみようよ」
「しょうがないやつだな、そなたは……」
ユーイはサイといる時間が好きなのは間違いないので、改めて探索を続行することにした。
しばらくお互い無言で作業をしていると、サイが何かを発見したらしく、ユーイを手招きした。
「どうしたのだ、サイ?」
「これ……見てくれよ」
ユーイはサイが指し示している先を見てみると、他の石とはサイズの異なる石があった。しかも、その石というのが――
「これは!? まさかこの遺跡の模型? こんなのがどこにあったのだ?」
そう、サイが見つけたのは遺跡にそっくりな形をしたミニチュアだったのだ。
「たまたまこの辺りの石が周りと違う気がして。色々いじっていたら、こいつがスッポリ取り出せてな」
ユーイがサイから出土品を受け取ってみると、サイズ感の割りにはすごく軽かった。
叩いてみると、カ〜ンっと透き通った感じの綺麗な音色が鳴り響くが、割れそうな気配はしない。
「お手柄だぞ、サイ。これさえあればリクたちを出し抜け――」
「キャー!」
「「な、なんだ?」」
突然女の子の叫び声が聞こえてきた。
「ユーイ、あそこを見て!」
「あれは……盗賊!?」
下の方を見てみると、リクとキキが盗賊三人に襲われているところだった。
「……助けなくちゃ」
サイはそう呟くと、ユーイから先ほど見つけたものを奪い、一気に石垣をかけ降りていった。
「ま、待つのだ、サイ! そなたは何も武器を持っておらんのだぞー!」
ユーイは突然襲ってきた恐怖でブルブル震えたが、サイのことが心配になり、意を決してサイの後を追った。
「さぁ、身ぐるみ全部渡してもらうか。それに、この遺跡に関する情報もな」
「だ、誰が貴様等などに……ガハッ!」
「状況がわかっていない小僧だな。お前達には選択肢はない」
リクはリーダー格の盗賊に腹を思いっ切り蹴られて、地面を蹲った。さらに髪を引っ張られて、顔を平手打ちされた。
「待てっ!」
「お前は……こいつ等の仲間だな?」
「サ、サイ」「サイ君!!」
サイはキキの隣りに並び、盗賊たちに話しかけた。
「そうです。この遺跡に関する情報は全部あなたたちにお教えします。なので、見逃してはもらえませんか?」
「命乞いか……いいだろう? では、まず先にその情報とやらを聴かせてもらおうか?」
「……わかりました」
サイは淡々とこの遺跡を探索して発見したことを話し、先ほど見つけたばかりのものを盗賊に手渡した。
「なるほどな……よかろう」
「じゃ、じゃあ……」
盗賊はリクを手放し、ヨロヨロとサイたちの方に突き飛ばされた。
それを見て、サイは交渉が成立したと思ったが、
「知りすぎたお前たちを、生かして帰すわけにはいかんな」
「「!?」」
いきなりの出来事だった。
盗賊が懐から剣を取り出し、刃物がリクを突き刺そうとした瞬間、キキがリクの身代わりになり、お腹を一刺されたのだ。
「……ゴフッ」
キキは大量の血反吐を吐き、崩れるように地面に崩れ落ちた。
「「キキ!!」」
慌ててリクとサイはキキの元に駆けつけるが、すでにキキは虫の息だった。
「なぜ、俺を庇ったキキ!」
「……わたしは……あなたに救われた……だから、ありが、と」
「キキ……キキーーーーーーッ!」
キキはリクの腕の中で笑顔のまま息を引き取った。
「あぁ〜あ、この女は売ったら金になりそうだったのに」
「しゃーねーだろ。まぁ、この遺跡の財宝さえ手に入れば問題なしだろ」
「確かに、な」
他の盗賊二人も剣を取り出し、卑しい笑いをしながらリクとサイに近づいてく。
「そ、そんなことって……」
ユーイは唖然とした。
サイの後を遅れて追いかけた時に、キキが盗賊に刺し殺されてしまった。
しかも、リクだけではなく、サイまでも殺されようとしている。
「そ、そんなこと……絶対にさせないわ!」
怒りを解放した刹那、ユーイは力が溢れていくのを実感した。
「覚悟しなさい、虫ケラども」
10歳には思えないくらい妖艶な笑みを浮かべ、盗賊たちに襲い掛かった。
頭の上に二本の角を生やして。
最初の一人は、気づく間もなく首を蹴られて即死。
慌てて二人目がユーイに斬りかかったが、ユーイに難なくかわされ、逆に一人目から奪った剣で心臓を刺されて即死。
「お、お前は……まさか鬼人族!? バカな、奴らは封印されたはずでは」
「……」
「く、来るな〜! なんだ、これは!?」
ユーイは盗賊二人を殺すと、無言のままキキを刺したリーダー格の男に近く。
そして、逃げようとするのを阻止するように、盗賊の足元を凍らせた。
氷は次第に足から上半身へと広がっていき、凍っていないのは顔だけとなった。
「い、命だけは……お助けを」
「お前たちはそう言われて、これまでどうした?」
ユーイが話終わった時には、盗賊の全身は完全に氷漬けになった。
「ユ、ユーイ! そこまで――」
「死ね」
サイが止めるより先に、ユーイが一言発すると氷は砕け散った。
「ば、ば、化け物だぁ〜!」
リクはユーイの行為を目の当たりにして、一目散に逃げ出していった。
「化け、者?」
ユーイはリクになんでそう言われたのかよくわからなかった。
フッと、いつの間にか握っていた二本の剣を覗いてみると――そこには、二本の角を生やした自分が写っていた。
「キャーーーーー!」
今まで叫んだことのないような恐怖の悲鳴を上げたところで、ユーイは気を失った。
「はぁ、はぁ。さっきのは夢? それにここは?」
怖い夢を見た。
キキが盗賊に殺さた。
そして、その盗賊たちを今度は妾が殺した。
頭上に二本の角を生やして、口元を綻ばせながら。
そこでハッとして、自分の頭をくまなく探してみるがどこにも角はなく、ホッとした。
(リアルだけど、夢だったにちがいない)
無理やり自分を納得させ、ベッドから立ち上がろうとしたが、疲労感のあまりフラついてしっかり立てなかった。
「なんか、外が騒がしいようだが……」
ユーイが住む屋敷は村の外れにあり、外が騒がしいなんてことはこれまで一度もなかった。
気になり、そっと窓の外を眺めてみたら、屋敷の庭中に松明を持った村人が集まっていた。
「魔女を差し出せ!」
「化け物はこの村にはいらない!」
「ご先祖様の仇! 生かしては返さないわ」
「な、なんのだ。一体何が起こってるんだ?」
普段は穏やかな村人たちが一様に怒っており、今にも屋敷内に踏み込んできそうな勢いがして咄嗟に隠れた。そして、しゃがみこんで耳を塞ぎ、目を瞑った。
(何なのだ!? 魔女? 化け物? 一体誰のことを……まさか、妾のことなのか?)
バタンッ、と急にドアが開かれる音がして、ビックリしてドアの方を見てみると、そこにはサイと叔父のトーマがいた。
「あっ、あっ」
いつもなら二人が会いにきてくれたことを嬉しく思うが、ユーイの全身が恐怖のあまり硬直してしまっている。
「どうしたんだ、ユーイ?」
「サイ……サイ! さっき怖い夢を見てな。キキが盗賊に殺されて、妾の頭上に角が生えて、盗賊を殺して……それで」
嵐のように激しく動揺しているユーイの背中をさすって、サイは彼女を落ち着かせた。
「落ち着いて聴いて、ユーイ。それは、全部本当のことだよ」
「そんな!? それは……あの遺跡で」
サイが懐から取り出した出土品を、ユーイは震えた手で撫でた。
サイの話からすると、ユーイが気絶した後、サイは盗賊が所持していたリアカーを奪取し、キキの遺体とともにユーイを村まで運んだ。
村に着く直前で、何だか村が騒がしいと思ったサイは、まずユーイの屋敷に向かいそこでトーマに事情を話す。
その後、数刻もしないうちにリクとキキの父たちが真実を求め、トーマの屋敷にやってきた。
即刻ユーイを差し出すように要求するキキの父に対して、トーマは村に伝わる村を救った英雄の末裔がユーイであることを説明し、人畜無害であることを説得する。
しかし、鬼に家族を殺された一族の末裔であるキキの父は納得できず、トーマを無視して帝国に密告する。
それから一週間経った今、村の雰囲気は一触即発。
今にもユーイの屋敷周辺でいつ暴動が起きてもおかしくない状況となっている。
「いいかユーイ、よく聴きなさい。ここにいつまでもいたら、帝国の兵士たちが押し寄せて来る。その前に逃げるのです」
「な、なぜ妾が逃げねばならぬのです。妾が……妾が鬼だから、なのですか?」
(好きで鬼になったわけでもないのに……何でなのだ)
この状況をどうすることもできず、ただいきなり自分の知らなかったことで振り回される。
無力な自分が、今まで仲良くしていた人たちに罵声を浴びせられる自分が、悔しくて悔しくて涙が出てきた。
「仕方ありません。我々人は守ってくれた事実よりも、自分たちに今被害を及ぼしかねないと錯覚した可能性にばかり焦点が当たってしまう。
ユーイ、お前は大切な人を守ったのだ。お主の先祖の奈南様のように。そのことを私は誇りに思う」
「あっ……トーマ……叔父様」
サイとユーイをトーマは優しく包み込むように抱いた。
「さぁ、行きなさい! 必ずお前の過去に囚われずに、受け止めてくれる者たちが現れる。その時まで、達者に生きるのだぞ。ユーイ!」
「はい、トーマ様!」
「ユーイ、こっちだ」
サイは立ち上がって、ユーイの手を取った。
遺跡の出土品は逃げるときの邪魔になると思い、ベッドの下に投げ込んだ。
「叔父様は? 叔父様はどうするのです? 叔父様ー!」
ユーイはサイに手を引っ張られ、部屋を出ていった。
出て行く時に垣間見たトーマの笑顔を、脳に焼き付けて。
「ご先祖様、これでよかったのですよね。私は私の信じるままに最期までやり抜きますぞ」
トーマはユーイとサイを見送って、決意を新たにした。
「「ハァ、ハァ、ハァ」」
妾はサイに導かれるまま、必死に走った。
(リンドバークを抜けて、隣国アウリムリアに向かえば追手もやってこないとのことだが、そこまで無事辿り着けるのか……)
ユーイが危惧していたのは、リンドバークとアウリムリアは隣国ではあるが、大戦後以降ほとんど交流がないことだった。
「ハァ、ハァ。ユーイ」
「なんだ、サイ?」
突然サイは立ち止まって話しかけてきた。
「追手が来てる」
「何!?」
後ろを振り向いてみると、遠くの方にもの凄いスピードで馬に乗ってこっちに向かって来ている集団が見えた。
「僕が時間を稼ぐから、君は急いでここから離れて」
「バカなことを言うな! そなたも一緒に逃げるのじゃ! そうでないと――」
「バカはユーイだ!!」
「!?」
こんなに大声で怒鳴るサイを初めて見て、妾は言葉を失った。
「いつも助けてくれるお前のために何とかしたいんだ。トーマ様も……そして、僕も。こう言う時くらい格好つけさせてよ、ユーイ」
はにかみながらお願いしてくる親友の想いを、ユーイは無駄にはできないと感じた。
「……わかったわ。その代わり、妾たちはもう一度生きて再会するのだぞ? わかったな!」
「もちろんだ! またな、ユーイ」
サイはユーイと拳を合わせると、元来た道を駆け足で戻っていった。
「サイ……」
妾は一人で逃げ出すことになった。
結局サイの助力も虚しく、あの後すぐに追手の帝国兵士たちに捕まり、村まで連行された。
そして――、
「魔女は生きていてはいけない!」
「よくも私たちを騙していたわね!」
「化け物には死を!」
つい最近まで仲良くしていた村人たちに直接罵詈雑言を浴びせられ、臨時に設営された処刑台へと連れて行かれた。
首輪に繋がれたまま。
罪人が着るようなボロボロの服を着せられて。
屈辱、怒り、後悔、悲しみ、失望。
ユーイの胸の内には様々な負の感情が湧き上がったが、最後には――何も残らなかった。
空っぽだった。
もう何も考えることも、感じることも嫌になった。
(逃がしてくれたトーマ様は屋敷に火を放って焼死。サイもきっと……)
「お前のせいで、キキは死んだんだ!」
ペチャっと、顔に卵を投げつけられた。
立ち止まって虚ろな瞳で投げられた方向を見てみると、そこにはずっと仲良く遊んできた親友のリクの姿があった。
「早く歩け、化け物!」
「ウッ」
思いっきり首輪と繋がっている鎖を引っ張られて、歩かされた。
街の広場に着くと中央には張り付け台があり、その周囲を村人が囲っている。
ユーイは張り付けにされると歓声が上がり、処刑が行われるときを今か今かと村人が皆待ちわびているようだ。
「これより化け物の処刑を執り行う! っと、その前に……粛清を実行する」
帝国の指揮官が手を挙げると、武装した兵士たちがユーイではなく、村人たちに矛先を向けた。
「な、何をするんですか?」
リクの父が指揮官に詰め寄ろうとしたが、兵士たちに取り押さえられた。
「お前たちは化け物を匿った罪人として、村人全員を死刑とする。かかれー!!」
指揮官が手を振り下ろすと、問答無用で兵士たちは一斉に村人に襲い掛かった。
まさか、自分たちが襲われると思わなかった村人は、逆らうこともできず次々に殺されていった。
「や、やめてください! なぜ、こんなことを……」
妾は目の前の光景が信じられなかった。
「なぜ悲しむ? こやつらはお前を売り払った者たちだぞ?」
「それでも……」
ユーイは見てられず目を背けたら、自然と涙が出てきた。
「ちゃんとこっちを見ろ」
「うっ!」
指揮官によって、無理やり顔を前にーー目の前の惨劇に向けさせられた。
「『お前たち鬼と関わると皆不幸になる』という見せしめだ。悪は必ず滅ぼす。平和のために、村人たちと共にお前には見せしめとして最後に死んでもらおう」
「くぅ〜。許さんぞ……お前たち!」
ユーイは憎しみの闇を瞳に浮かべた。
あっという間に村は鎮圧され、生き残りはユーイ一人になった。
「さぁ、最後はお前一人だ。地獄の業火に焼かれながらあの世に行くがよい。やれ!」
兵士たちが投げた松明は、張り付け台の下に引かれた木材に引火した。
「こんなところで……こんなところで死んでたまるもんですかー!!」
ユーイが感情をむき出しにして声を張り上げると、ユーイの頭上に再び二本の角が生えてきた。
すると、燃えていた木材は一瞬にして凍りついた。
「鬼!? それになんだ、この氷は!?」
「……あなたたちは凍え死になさい」
ユーイが指揮官の言葉を無視して、正気を失ったまま無意識のうちにある呪文を唱えた。
代々伝わる禁忌の言葉を。
「<凍てつく息吹>」
瞬く間に氷は辺りを覆っていき、人だけに限らず、動物も草木も建物も、すべてを凍らせていった。
正気を取り戻したユーイの目には、氷漬けになった村しか映らなかった。
「なるほどな。そちが鬼人族の生き残りか」
「あ、あなた様は……」
すると、すべて氷漬けになったはずの場所から、突如一人の老人が現れた。
その老人の顔は、リンドバーク帝国の人民なら誰もが知る男。
リンドバーク帝国宰相のバスカルだった。
「そちのその力、永遠の平和のために役立ててはくれぬか?」
「永遠の……平和?」
「そうじゃ。永遠の平和が約束された世界<桃源郷>を創るために。こんな醜い争いに満ちた世界を終わらせるために」
バスカル様が差し出した手を、妾は震える手で握りしめた。
その後、バスカル様に仕えることになり、フィダーイーの一員として平和のために暗躍することになったのだった。
いよいよ次回が3章のラストになります!
物語もここから大きく進展していく流れになります。




