13 ユーイの躊躇(前編)
年末ラストは3部構成でお届けします。
「一斗!!」
ティスティが嬉ししさのあまり、思わず大きな声で一斗に話しかける。
「おぅ、ティス。待たせたな!」
「あの人が一斗を殺したみたいな発言してたから……私……」
バタッ、と倒れそうになったところを、一斗が危なげなく支えた。
「その話は後な。とりあえず今は……<活氣功>」
マナが切れかかっていて、血色が悪くなり、息が荒れていたティスティだったが、次第に顔色が良くなってきた。
「ありがとう、一斗……」
心底悔しそうにしているティスティの頭を、一斗は察してポンポンと叩いた。
「しゃーねぇーよ。あのおっちゃんの実力は桁違いだからな。だから――」
一斗は優しくティスティを支えていた手を離し、ヴィクスと対峙する。
「あとは俺に任せてもらうぜ!」
「うんっ! (絶対に負けないでね、一斗)」
ティスティは改めて一斗を目視すると違和感がした。
(なんだろう? 別れたときとまったく違う気配がするわ。それに……頼もしくなって存在感が増したような気が)
いずれにせよ、今の一斗ならなんとかしてくれるのは間違いないと、ティスティは確信した。
そして、戦いの邪魔にならないように後退し、負傷したラインのもとに駆け寄る。
俺はストレッチをして、拳を突き出して攻撃を仕掛ける構えをとる。
「さぁて、待たせたなおっちゃん! 第二ラウンドといこうか」
「……お主には驚かされてばかりだ。だが、今度こそ息の根を止めるぞ」
再び爆風を発生させ、マナを高めはじめた。
「それはどうかな?」
左手には先ほどヴィクスから受けたマナを纏ると、ヴィクスは唖然とした。
「バカな! それは、そのマナは我の……」
「あぁ、前回あの技を食らったときに解析させてもらった。そして、さっき吸収したマナをこうやって再現してるってわけよ」
俺は発動させていた燃犀之見でコピーしたマナを左手に宿し、右手に自分の氣を纏い合体させた。
一斗の全身が緑色の氣で覆われていき、どんどんマナが高まっていく。
「じゃあ、今度は俺の一撃を食らってみろよ! <風牙円破翔>」
「ウオォォ!!」
一斗の放った<風牙円破翔>を、ヴィクスは自分の技で押し返そうとするが、押し切れずジリジリ後ろに押されていく。
「お、お主は……一体何者だ!?」
ヴィクスは必死に抵抗した。
力で押し負けたことなんて、これまで一度たりともなかった。
必死になることも。
(その我が……こんな若造に負けるのか?)
ヴィクスには一斗の存在そのものが理解できなかった。
戦うたびに適応してくる柔軟性。
まともに食らえば誰であれ致命傷になるはずの技。それを受けても無事という耐久力。
相手のマナを自分のものにしてしまう能力。
信じられないが、今起きていることを信じるしかないと悟ったヴィクス。
ついに技が押し負けて直撃を受け、ズゥンっという音を立ててその場に倒れた。
「何度も言わせるな。俺は世渡一斗だ」
ユーイは目の前で起きている光景が信じられなかった。
(ヴィクスの攻撃を完全に防いだだけではなく、真っ向からぶつかってヴィクスが競り負けるなんて)
ユーイの知る限りでも、ヴィクスと一対一でまともに戦ってこれまで勝てた相手なんて見たことも聞いたこともない。
それに、大抵ヴィクスは一対集団の戦闘が多いが、どの戦いでも傷一つ負ったことはないのだ。
その彼が名前もきいたことのないような若者に、完膚無きまでに倒された。
起きた事実を整理しているときに、ユーイはある一つの推測が思い浮かんだ。
「そなたは、エルピスで最近バルカス様に刃向かったものか?」
「あぁ、そうだ」
「なるほど。やはりそなたらは生かしてはおけぬ危険人物だ」
ユーイは双剣を構え、今までになく真剣な表情になった。
「危険人物? お前たちのご主人であるあいつの方がよっぽど危険だ。容赦無く炎で俺たちを消しかすにしようとしやがってよ」
「それでも、そなたらは生き残った……」
「まぁ、な」
質問に対して、臆することなく怒り狂うこともなく、淡々と答えていく一斗に対して、ユーイは最大限警戒している自分がいることに気が付いた。
『決起隊は隊長のラインのもとで結集した組織じゃ。あとはこちらから何もしなくても自然崩壊するじゃろうて』
(バスカル様はそう申していたが、自然崩壊するどころかますます結束していっている。ここで食い止めなければ)
ユーイはすかさず双剣で一斗を殺しにかかるが、一斗はすべて紙一重でかわしていく。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。話し合いの余地はないのか?」
「……そんな必要はない。平和を築き上げていくのに、そなたが邪魔になることは歴然である。ここで仕留めねば」
「ふ〜、あんたのご主人とそっくりだな」
「……どこが、だ!」
ユーイが大きく振りかぶって双剣で斬りつけたが、一斗は大きく後ろにジャンプして回避する。
「その、まったく話し合う姿勢がないところだよ」
「これから死にゆく者と、話し合うことなど何もない」
「なるほど〜、確かにな」
フムフム、と一斗は頷きながら納得したようなジャスチャーをとった。
「わ、我を侮辱するか!?」
「どこがだよ。こうやって納得してやってるのに」
ユーイは一斗の仕草が癇に障り、ますます怒りに任せて攻撃を仕掛ける。ところが、一斗にはカスリもしない。
逆に、今度は一斗も攻撃を仕掛け始めると、ユーイはあることに気が付いた。
(この動きは……妾の剣舞と同じ!)
「ライン……ライン、大丈夫?」
「う、うっ。ティスティか……お前の方こそ大丈夫なのか!? 痛っ!」
「ダメよ、まだ安静にしていないと」
ラインはティスティを認識すると慌てて痛みをこらえながら起き上がろうとすると――なぜか死んだと思われた一斗がいた。
しかも、戦っている相手はヴィクスではなく、ユーイだった。
「理解できないわよね、この状況を」
ティスティは苦笑しながらラインに話し掛けた。
「当たり前だ! なんで一斗は生きているんだ! まぁそれは嬉しいが……なぜあの男はあそこで伸びていて、あいつは――」
ラインは信じられなかった。さっきまで自分がまったく攻撃を当てることができなかった相手に、一斗はじわじわ攻撃を与え続けていることに。
ティスティとラインは、激しい攻防をただ見守ることしかできなかった。
戦う前まで毅然としていたユーイはどこにいってしまったのか、焦りに焦りまくっていて完全に一斗のペースだ。
「(そろそろか……)おい、あんた」
一斗はすかさずユーイに話しかける。
「なにか……用か」
ユーイが焦っているのに理由がある。
それは、いつものなら自らのペースで相手を翻弄していくはずが、一向にそうなっていく気配がないことだ。
(むしろ、逆に――いいや、そんなことは!)
いつもなら相手の話に耳を傾けることなく抹殺しているが、一旦動きを止める必要があると感じて、ユーイは一斗の誘いに乗った。
「俺たちはアルクエードの謎と、マーティカの村人さえ救出できればそれ以上のことは望まない。ここらで停戦しないか?」
「……村人たちは勝手に連れて帰ればいい。ただ……アルクエードの謎をなぜそなたは知りたいのだ?」
明らかに有利な状況に立っているのに、自ら停戦を持ちかける。
さらに、危険を冒してまでしてアルクエードの謎を知ろうとする目の前の男に、ユーイは純粋に興味が湧いた。
「それは……俺がこの世界の人間ではないからだ」
「!? 何世迷言を……」
一斗の言っていることが馬鹿らしくなりあざわらった。
「あいつらなんの話をしているんだ?」
「……遠すぎてはっきり聴こえない」
ティスティとラインのところまでは声が届いていない中で、話は続く。
「お前が信じる信じないは別だが、続きをいいか?」
「……もちろんだ」
一斗は包み隠さず、これまであった経緯を話し始めた。
元の世界での話。
記憶喪失のこと。
エルドラドに来てからのこと。
アイルクーダ・エルピス・マーティカでのこと。
そして、キーテジに着いてからのこと。
一斗自身、なぜこんなことを今しているのかさっぱりわからなかったが、話が止まらないからそのままにしている。
それに対して、ユーイは――。
(この男……本気だ。妾にわかってもらおうという気も、押し付ける気も一切感じられない。そんなことって……)
騙し騙され、妬み妬み合うことが日常の世界に生きてきたユーイにとって、一斗のあり方はまったく信じられなかった。
次回はユーイの過去です。
更新はお昼を予定しています(^^)v




