12 解放
マイがいた辺りには直径5メートルほどのクレーターができており、土以外何一つ残っていない。その光景が、矢の威力を雄弁に物語っている。
「ふ〜、今度こそ仕留めたはず」
ナターシャはクレーターを見渡したが、何も見当たらなかった。その事実に達成感がすると思いきや、それよりも後悔の念が湧いてきた。
(もう少しきき出せばよかった? いやいや、彼女は一族の仇……でも)
何度も思考が同じところをループするが済んでしまったのは仕方ないと思い、踵を返して歩き出そうとしたところ――
「あら? どこにいこうとしてるの、ナターシャ」
「!? そんな!?」
跡形もなく消し飛ばしたはずのマイが、怪我一つ負わず無事な姿でにっこり笑ってそこにいた。
「あなたは、あの一撃で確かに――」
「殺したはず、かな?」
何度も目をこすってみるが、マイはピンピン生きている、それは夢ではなく事実だった。
「まぁ、信じられないのも無理ないわ。ほんの少し前のマイなら、確かにあの一撃をまともにくらったらあぶなかった」
マイはクナイを指で回転させながら語り始めた。
「大丈夫よ、これは攻撃用ではないから。刃も落としてあるし」
クナイの刃を手の平でしっかり握っているようだが、まったく痛そうではなく血も出ていない。
(何の道具? 攻撃用ではないなら支援用の)
「あなたなら気になるわよね、この古代道具が」
「!? (不味いわ、この場から――あれ? 体が……)」
マイの言葉を耳にした瞬間、ナターシャは反射的に間合いをとろうとしたが、体がビクとも動かない。
「いい判断ね。ただ、あなたはすでに私の術中にはまっていたのよ」
ナターシャはマイの目線を追ってみると、自分の足元を見ていることがわかった。そこには、いつの間にかナターシャを中心にデルタ型に魔法陣が展開されていた。あたかも彼女がそこに来るのがわかっていたかのように。
「まさか……これは、時空間魔法!?」
「正解よ! 出でよ、<空間遮断>」
「ウ、ウ、アーーーーーーッ!」
マイはニヤッと笑って頷き魔法を唱えると、魔法陣の中心にいるナターシャを囲うように結界が張られ、その中でナターシャが胸を押さえながら苦しみ出した。
すると、次第にナターシャの体からピンク色の気体が吹き出してきて、それが出なくなったのを見計らって、マイは印を結ぶ。
「苦しめてごめんね、ナターシャ。今楽にしてあげるからね――<再接続>」
「あっ、あっ」
マイが結びの言葉を唱えると、ナターシャの頭の中に現在から過去に遡りながら記憶が蘇っていく。
フィダーイーとして暗殺を続けていたとき。
延々と嫌々道具を作らせれていたとき。
森で迷子になっていたところを無理やり連れて行かれたとき。
転々として住処を変えるたびに人間に弄らめていたとき。
本当の記憶。
思い出したくない記憶。
けれど、大事な私の記憶。
(あっ、でも心が満たされていた大事な記憶もあった。姫様と毎日おしゃべりしていた――)
バタっと、糸が切れたようにナターシャは前のめりに倒れた。
「おやすみ、ナターシャ」
マイは気絶して倒れているナターシャを抱き起こし、おんぶした。
「さて、この戦いに決着をつけにいくわよ」
近くに誰かがいるわけでなくそう呟くと、マイは人が集まっている気配を目指して歩き始めた。
***
マイたちの戦闘が始ってから、ティスティは黙々とシェムルの治療に専念している。
「あなたは……救援に……行かなくていいの?」
まだ毒による苦しみが若干残る中、シェムルはティスティに尋ねた。
「大丈夫よ、あの二人なら」
ティスティは真剣な表情を崩さず、簡潔に答える。
まだ戦闘をしていないマイの実力はわからないが、もしラインと同等かそれ以下の実力しかないとすると、明らかに状況はかなり厳しいとシェムルは予想している。
なにせシェムルはまったくユーイに対して手も足も出ないが、その自分と戦ってラインは負傷しているからだ。
「言いたいことはなんとなくわかるわ。でも、大丈夫なのよ」
「なんで……そんなことが言えるわけ?」
「……」
そのままティスティは表情を変えず、無言で答えた。
「別の仲間がいるのかしら? ただ、ユーイ隊長にはもう一人側近が……いるわよ。まだ姿を現していないけど、必ずここに来るはず」
シェムルはもう一人の側近のことを知っているが、単純な戦闘力だけならユーイをも凌ぐと言われている戦いを実際に見たことはない。
「!? どうやらそうそのようね。じゃあ、あなたはもう好きにするといいわ」
突然ティスティは驚いたように目線を林の方に向けた。そして、シェムルにかけていたバインドを解くと立ち上がり、拳にグローブをはめだした。
「どういう……こと?」
「その側近さんがどうやら戦っているところに向かっているようなの。あなたの治療はもう終わったから、もう問題ないわ」
「……私は助からないわ。任務を遂行できなかった私は、処分されるだけ……。それに、戦う力がもうない」
体を起こしながら弱々しく答えるシェムルに対して、ティスティは再びしゃがみ、シェムルの両肩を強く握り目線を合わせようとする。
「あなたは何も力を失っていないわ。むしろ、取り戻したのよ」
「それは……どういう意味?」
先のラインとの戦闘で、外部のマテリアルをマナ化して自らに取り組む術式が破壊されたばかりなシェムルは、ティスティの言っている意味がまったくわからなかった。
「そのままの意味よ。あなた自身の力を取り戻そうと、今急速にあなたの身体が変化していっているのを感じるわ」
目をゆっくり閉じて、シェムル自身を感じようとしてくれているティスティに、シェムルは今まで感じたことのないような温かみを実感している。
ティスティは最後にもう一度シェムルを真っ直ぐ見つめ、優しく微笑み、再度立ち上がった。
その時間は数秒のことだったが、シェムルには何時間もそこに浸っていたような感覚がした。
「……あなたが無事に帰ってきたら、もっと詳しく聴かせてもらうわよ?」
ティスティはシェムルの言いたいことがわかり、強く頷いて、戦場に向けて一気に駆け抜けていった。
(待っていて! 今助けにいくから)
ティスティは気持ちを新たにして、戦場に急ぎ駆け付ける。
シェムルと離れてみて気が付いたことがある。
それは、最近までずっと悩んでいた自分と彼女は、似ているところがあることだ。
私はできることがあっても、いざというときに役立てない自分に悩んでいた。それに対して、シェムルは頼っていた力がなくて、これまで仕えていた人たちに役立てないだろうと悩んでいる。
悩んでいる内容もきっかけも違うはずなのになぜか似ていると感じるのは、きっと「誰かに頼ってもらいたい」「認めてもらいたい」「役立っていたい」という想いが表面上ある。
そして、根っこには「誰かに認められない=価値がない」という思い込みがあるからだろう。
自分に関してはよくわからなかったけれど、他人を見ているとその雰囲気がよ~くわかる。
今の私には、私の状況に関わらずいつも通りに接してくれる一斗とマイがいる。
だからこそ、今の私にしかできないこと、私ができることをやるだけ。
マイとラインにシェムルのことを託されたからには、私には絶対にそれができるという確信があった。
その上で、私なら何ができるのか?
治療以外のことでも何かできる気がした。
それが彼女のためになっているかどうかはわからない。
なにせ、これは私の完全なわがままだから。
けれど――。
(別れ際の彼女の瞳を見る限りでは、大丈夫よね。あとは!)
ティスティはじわじわ湧いてくる達成感に喜びを感じつつも、これからのことを考えて気持ちを引き締めなおした。
「ライン!」
「はぁはぁ、ティスティか。あいつは?」
気が集まるところに駆けつけてみると、そこには完全に息が切れているラインとフィダーイーの一人ユーイが平然と立っていた。
「シェムルはもう大丈夫よ。それよりも今はあなたの方が――」
「いや……おれは問題ない」
手を貸そうとしたが、ラインはそれをやんわりはねのけて立ち上がろうとするが、思ったよりも力が入らずガクッと腰を落とした。
「あらあら、もうすぐだったのに残念だ。ねぇ、ヴィクス?」
「お主が遊ばなければ、もうとうに決着がついていたのではないのか?」
すると、ユーイの背後から新たな人影が姿を現した。
(さっきの気配はこの人ね。見た目のまんま手強そう……どうする?)
新たに現れたヴィクスと呼ばれた巨漢は、鋭い氣を発している。目が見えないのか、目を閉じたままゆっくりこちらに近づいてきてユーイの隣にきて静止した。
「お主、随分時間がかかったじゃないか? その格好が原因か?」
「まぁな……初めて遭遇した強敵だった」
ヴィクスは自分の体を確認しながら答えた。
「王国の関係者?」
「いや、ちがう。初めて聴く名だった。確か、一斗と――」
「一斗!」「!?」
「ほほう、その者たちの知り合いのようだぞ」
二人のやりとりに思わず反応してしまった。
(なぜ、この人から一斗の名前が……まさか!?)
「そこの娘よ。一斗はもうこの世にはおらん」
「!?」
「そなたがそこまで思う男と、妾も会ってみたかったぞ。生きているときにな」
ユーイはチラッとティスティの方を見ながら笑った。
わかりやすい挑発だった。
しかし、ティスティの体は反射的に動き、ユーイの顔面目掛けて拳を突きだす。
まさに当たる直前――
「なっ!? (なんて硬い腕なの!?)」
「お主の拳もなかなかだ。しかし……あの男には及ばないな」
ヴィクスの介入によって、攻撃は阻止された。
面前の男がいる限り、ユーイに攻撃を加えることが叶わないと悟ったティスティは、すぐに目標をヴィクスに切り換える。
連打を繰り広げるが、すべて軽々弾かれていく。
「へぇ〜、やるじゃないか。ヴィクスに両腕を使わせるとはな。どれ、見物しようか」
ユーイは先ほどまで戦っていたラインのことはお構いなしに、二人の戦いに集中した。
「お、お前の相手は……おれのはずだぞ」
膝を立てて、なんとかラインは立ち上がる。そして、アクト・シャフトを操る力がもう残っていないので、代わりに小太刀を取り出し斬りかかったが、あっけなくかわされた。
「そなたとの相手はこの余興が終わってからだ。大人しくそこで寝ているがよい」
「ガハッ!」
かわされたあと、逆に背中を斬りつけられ、あっけなく崩れ落ちた。
(く、くそっ! もう力が……ティスティすまねぇ。それに……)
一瞬、一斗らしき姿が見えたような気がしたところで、ラインは意識を手放した。
「やはりお主では我に傷を与えることができぬようだな。ならば」
先ほどまで防御しかしなかったヴィクスは、途端に攻撃に切り換えた。
「女だからといって、我は容赦せぬぞ」
「クッ(どうすれば……どうすればいいの、一斗!)」
今度は一方的に攻撃を受け出したティスティは、ヴィクスのようにすべて受け止めることができず、顔や腹をはじめとして上半身のあらゆる箇所に打撃を受け続けた。
「ハァ、ハァ、ハァ(あのマーティカのときのような力が出せれば……なんでこんなときに出ないのよ!)」
負けじとティスティも攻撃を仕掛けるが、体格差が大きすぎてまったくダメージを与えることができない。
攻防を繰り返すたびにティスティはますます押されていき、息も切れ切れになっていく。
そんな相手の様子を察して、ヴィクスはティスティとの間合いをとった。
「よくここまで持ちこたえたな。ならば、冥土の土産に、お主の大切な一斗をあの世に送ったこの技でトドメを差してやろう……ウゥンッ!」
気合と共に空気中の風がヴィクスの周りに纏わりつき、彼を中心に爆風が発生した。
「トドメだ!」
一気に身動きがとれないティスティに詰め寄り、渾身の一撃を放つ構えをとる。
(もう……だめ)
ティスティはもう避ける力が残っておらず、目を瞑り下を向いた。
「終わったな」
ユーイはつまらなそうにボソッと呟いた。
ヴィクスは爆風の勢いに乗って拳を振るうと、ドガンッ、という爆風がティスティを中心にして巻き起こり、土煙が空中を派手に舞った。
……
……
……
爆風は起きたが、いつまでもダメージを受けないことをティスティは不思議に思い、顔を上げて目をゆっくり開いてみる。
すると、ヴィクスの攻撃を片手で防いでいる手が目の前に広がっていた。
「あっ……」
「お主は!?」
ヴィクスは吃驚し、慌てて後退した。
「お前らのようなやつらに、仲間を……ティスを簡単に殺させないぜ」
「一斗!!」
年末連続投稿8日目(≧∇≦)b
封印の話は構成上明日に持ち越すことに。
そして、明日は大晦日。




