10 ヴィクスとの攻防
◆聖なる花園 離宮前
檻から少年少女たちを救出したマイたちは、急ぎ離宮の外へ向かう。
一旦子どもたちは離宮内にある安全性が確保できた部屋に待機させ、まずは退路を確保することにしたのだ。
離宮の外に出てみると、辺りは真っ暗であいかわらずシーンと静まり返っていた。
「なぜ私を連れ出そうとするのよ!」
そんな中、ラインはシェムルを背中に担いでいる。
「あ〜なんだ。なんとなくだ」
「なんとなく……なんとなくで敵対している、私を」
シェムルは自分を背負っている男の意図が掴めず、少し混乱している。
そうなるのも無理ないことである。これまでシェムルは一度敵だと認識した相手に関しては、命乞い仕様が何しようが容赦無く切り捨ててきた。それが、フィダーイーとしての心構えでもあった。
それなのに、さっきまで戦っていた相手はまったく危害を加えてくる気配もなく、はっきり言って拍子抜けで逃げ出す気力も湧いてこない。
「さて、これからどうする?」
話題を切り替えるようにラインが話をマイに振った。
「マイたちは一斗たちと合流するまでは、ここから離れられないわ」
一斗たちと別れてから、かれこれ二時間以上経つがまだ一斗からの合図を受け取っていない。
(イカエルと別れた辺りからなんかおかしいわね。こんなに簡単にことが運ぶのは不自然のような……)
マイは今おかれている現状に違和感がしつつも、他に何も手が打てない歯がゆさを一人感じている。
「合流したとしても、あなたたちにここを脱出できるかしら?」
「そ、それは……」
「いくら戦力が整おうが、この場所の秘密を暴かない限りはここからは出られないわよ」
シェムルのもっともな意見に、ティスティは押し黙るしかなかった。
「そういえば、ラインはどうやってここまで来たの?」
「おれか? おれはある奴らの後をつけてきただけさ」
途端に険しい表情に変わったラインに対して、マイは何かを感じ取ろうとした。
「……まぁいいわ。脱出する出立てなら、さっき見つけたしね」
「本当か!?」「本当なの、マイ!?」
「え、えぇ」
いきなり詰め寄ってきたティスティとラインに、さすがのマイもたじろいだ。
「まさか、この場所を特定したとでもいうの?」
「そのまさかよ。必要な資料はさっきの施設で入手したわ。それに……」
マイは研究施設から離れる前に、たまたま目に留まった資料のことを思い出す。
(なんであの人のことが書かれた資料が……まさか、バスカルの言っていた桃源郷と関係あるのでは?)
「マイ、マイ!」
「ハッ! どうしたの、ティス?」
「『どうしたの』じゃないわよ、まったくもう。ここを出る手段はあるのね?」
ティスティは念を押して確認する。
「ええ、それは任せておいて」
自信満々に答えるマイに対して、ティスティとラインはほっとした。
一方、三人が話している内容をシェムルは信じられずにいる。
(こいつらは絶対に頭がおかしいわ。仮にここから本当に脱出できたとしても、この国を完全掌握しているバスカル様に反逆して、無事でいれるはずがない)
「なぁ、シェムル?」
「なにか言ったか――あ、危ない!?」
「ば、ばか!」
思考しているところをラインに妨げられ、フッと意識を戻したところ、遠くでキラッと光るものが見えた。
シェムルは体を無理やり回転させ、ラインと自分の位置を逆転させた瞬間――、
「ガハッ!」
背中に弓矢が突き刺さり、そのまま地面に崩れ落ちた。
「お、おい! シェムル、どうした!?」
ラインはいきなり動いたシェムルを怒鳴ろうと思ったが、シェムルの背中には矢が刺さっており、泡を吹いて倒れていることからそれどころではないことが容易に伝わってきた。
「あら〜。一撃で仕留めるつもりが、そやつを盾にして生き延びるとは……やはりあなた達決起隊は、この世の悪だ」
「その声は!? ユーイ!」
暗闇の中から黒装束の女と黒ローブの女がゆっくりと姿を現した。
「久しぶりね、ライン。会いたかったわ」
ユーイの声には、恋い焦がれた相手にようやく会えたような喜びが含まれていた。
「ねぇ、しっかりしなさい!」
「ティス、早く氣功を!」
「え、えぇ!」
ティスティは弓矢を抜いて、口で毒を急いで外に吐き出し続けた。
「チッ! おれはできるならお前とは二度と対面したくなかったよ」
シェムルのことはマイとティスティに任せて、ラインは目の前の二人に対峙する。
「シェムルは大丈夫そうか?」
「えぇ、毒矢を受けたみたいだけど、このまま解毒を続けれればなんとか!」
ある程度毒を外に吐き出した後、ティスティは氣功術<心身一如>(一斗命名)を施し始めた。
<心身一如>は、カールがケインの父親ヘッケルに対して施した術で、解毒作用を促す腸に氣で直接的に働きかけ、どんなステータス異常を一改善させるという、氣功術の中でも難易度の高いものである。
まず、対象物をスキャニングする<観>。<観>で掴んだ情報を元にして、正常だった状態を読み取りその情報を氣で腸に転写する<写>。そして、氣の流れを強制的に活性化させる<活>で、ステータス異常を改善させるスピードを高める。
「あら、優しいわね。裏切り者にまで」
恍惚とした表情でユーイは言い放った。
「ユーイ……お姉様」
意識を取り戻したシェムルはユーイに見放されたことを悟り、悔し涙を流した。
ティスティはその姿を見ていられなくなり、ユーイをキッと睨めつけた。そして、瞳が紅色に染まり、立ち上がろうとしたところをマイが腕を伸ばして制止させた。
「ま、マイ……」
「怒りのまま戦ってはダメ。あなたを見失ってしまうわ」
マイはティスティとシェムルを庇うような形で前に出て、ラインの左隣りに並んだ。
「マイ、背の低い方を頼めるか?」
「えぇ、わかったわ。あなたの方は一人で大丈夫?」
「もちろんだ、と言いたいところだが。どうだかな」
ラインは冷や汗をかきながら、再びアクト・シャフトを強く握りしめた。
(あなたがそんなに緊張するってことは、余程の相手みたいね。それに……)
マイはユーイの後ろに控えている恐らく女性を見定めようと試みた。
身長はマイより10cmくらい低く、威圧感はまったく感じられない。しかし、ユーイとは異なる危険な雰囲気が漂っているのを感じる。マナの流れを読み取ろうとするが、何かが邪魔をして乱れていて、正確に察知できそうもない。
「さぁ、準備はいいかや? ナターシャ、あの娘は任せるわ。じっくり遊んであげなさい」
「……わかったわ」
ラインvsユーイ
マイvsナターシャ
ここに来て二度目の戦いの火蓋が切って落とされた。
◆聖なる花園 作業現場
時は遡り、マイたちが離宮に突入する頃。
一斗とゼツは中庭を抜け、地下に広がっている謎の作業現場にたどり着く。
上から見下ろしてみると、そこには三十名近くの大人が、金属の製錬工場で強制労働させられており、見張りの兵士が五名要所に配置されているようだ。
区別はつかないが、恐らくこの中にミレンの住んでいた村の住人がいるだろうと推測される。
「一斗さん、これからどうするんですか?」
「それは……どうしようか、ゼツ?」
「どうしようか、と僕にきかれても……一人一人気付かれないように見張りを倒していくしかないかと――」
「おー、それいいね! それでいこうぜ!」
「(か、一斗さん)」
自信なさそうに答えるゼツに対して、一斗はパッと目を輝かせて急に立ち上がり、大声を出してゼツの意見に賛同した。
そんな一斗をゼツは慌てて止めようとしたが――
「怪しい奴があそこにいるぞー!」
「武器を持ってこい!」
「であえ、であえー!」
兵士たちに早速バレてしまった一斗。
「(どうしよう、ゼツ?)」
見つかってから、一斗は障害物に隠れた。
「(このタイミングで『どうしよう』じゃないですよ! 逃げましょう)」
逃げようとしたゼツの腕を掴んで、一斗は引き止めた。
「(幸いなことにお前の存在はまだバレてはいないはずだ。ならば……)」
一斗はもう一度立ち上がり、下に飛び降りた。
「全員ぶちのめせば問題ないだろ?」
「こいつバカだぞ? たった一人で何ができる」
「脱走したアポスラートにしては大きすぎるな。迷子か?」
「迷子で命を落とすなんて、ますます――」
結局十名の兵士に囲まれた俺は、ひとまず舐めた口をきいてきたやつを<掌底破>でブッ飛ばした。
そいつは一瞬で飛ばされ小屋に激突し、そのままぐったり伸びている。
「おいおい、間抜け面でいつまで呆然と見てるんだ? そんなんじゃあ、俺は殺せないぜ? なぁ、小屋の中にいる強そうなおっちゃん」
「な、なぜ貴様がヴィクス様の存在を――」
兵士の一人が話しきる刹那、かまいたちのような風の刃でいきなり切り裂かれ、血を流して倒れた。
「ベラベラ話しおって。まぁ、我の存在に……すぐに気付くような輩が相手では、確かにお前達では……役不足だ」
半壊した小屋から、一斗より背の高い巨漢がのっそりと姿を現した。
(見た目からしてからなりヤバイぞ、このおっちゃん)
ラインのようなムキムキで鍛えられた肉体をして、歩く動作にも一切無駄がない。
余裕なのか両目を瞑ったままなのに、まるでそこに何があるのかが"視えて"いるかのようにこっちへ向かってくる。
ザザッ、と不意に下がってしまった。
周りの雑魚共はまったく気にならないが、目の前のヴィクスというやつは最大級に危険な存在だと俺の直感が告げている。
「あ、あなたは……」
「……依頼があって、あんたたちを救出に来た者だ。あんたはマーティカの人か?」
兵士たちがヴィクスの登場で慌てて道をあけたのを見計らって、強制労働させられていた人が俺に近づいてきた。
「は、はい! それに他の街から連れて来られた方々も――」
「じゃあ、今すぐここから離れろ! 巻き込まれるぞ!」
「……わかりました。お気をつけて」
兵士たちとは反対側の方に連れてこられた人たちは固まり、話しかけてきた女性は固唾を呑んで一斗を見守っているその集団に駆け寄った。
「ヴィクス様。我々はどうしたら――」
「うぬらはこの状況で、今更我に指示を求めるのか?」
「ヒ〜ッ! 失礼いたしました!」
怒っているわけでもなく、イライラしているわけでもなく。けれど、ヴィクスが放つ言葉一つ一つに重みがあり、兵士たちは恐怖の表情を浮かべたまま俺に向かって襲いかかってきた。
(ホホ〜、なるほど。八人を相手にしながら、我への警戒を怠らぬか……面白い)
さらにヴィクスは、目の前で瞬く間に倒れていく兵士たちの気配を感じ、久しく現れなかった強敵に喜びを感じずにはいられなかった。
「さぁ、残りはあんただけだぜ」
あっという間に兵士たちの気配は消え、目の前の青年だけが残っているのが視える。
「……お主の名は?」
「一斗だ! 世渡一斗」
(世渡一斗……聴いたことない名だ。決起隊や王家の一味ではない……ということか)
声を聴く限り、兵士たちと比べてかなり幼いと想像がつく。しかし、体内から溢れている蒼色のマナは桁違いに大きい。それに無駄のない動き……なんらかの武術を嗜んでいるのだろう。
しかし――、
「一斗よ、なぜそいつらの命を奪わなんだ? うぬを殺そうとしたやつらだぞ?」
「……後味が悪いんでな。殺すまでもない」
ヴィクスは一斗が一瞬動揺した気配を感じとった。
「そのような甘さを今すぐ捨てろ……でないと、我には勝てぬぞ」
内側に溜めていた氣を、ヴィクスは一気に一斗目掛けて放出した。一斗は間一髪で避けたことで、ドガンッ、という音ともに、衝撃波は一斗の後ろにあった鉄の器具を吹き飛ばした。
「あぶねぇ、あぶねぇ。てめぇ、何しやがんだいきなり!」
「すまん……あまりにも心躍る戦いでつい……な」
「『つい』で殺されてたまっかよ!」
減らず口を叩きながらもそれでもまったく隙きを見せない強敵に対して、ヴィクスは初めて本気で戦う相手だと認識した。
息の止まるような二人の白熱した戦いが続いた。
ぶつかり合う度に、ドワァンッ、という衝撃波がぶつかり破裂した音が鳴り響く。
一斗が<掌底破>を打ち込もうとすれば、ヴィクスも同じ型で打ち返す。逆に、ヴィクスが蹴りを入れようとすれば、一斗も同じ型で蹴りを入れる。
肘打ち・裏拳・正拳突き。
どれも決め手にならずに、激しい攻防が続く。
(クッ! ここまで技が決まらないなんて)
一斗は初めてヴィクスから距離を置いた。顔には出さないが、正直焦っている。
<燃犀之明>で相手の特性を見抜いてはそこを突く、見抜いてはそこを突くを繰り返しているが、一向に流れが自分に傾かない。
それどころか、ヴィクスの攻撃は打ち合う度に精度が増してきており、押され始めている気がしている。
(まさか……ここまで我と張り合うとは。若いのに恐ろしいやつだ)
ヴィクスは一斗と同じタイミングで距離を置いた。
毎日の鍛錬のおかげで、編み出した技の数ならフィダーイーで一番あると自負している。とはいえ、今までの敵は一撃で仕留めてきたから実戦で使うことはほとんどなかったが、今の攻防で七割以上使ってしまった。というより、『使わされてしまった』という方が正解かもしれない。すぐに技の特性を見抜いてくる一斗に対して、別の技を使わざる得なくなったのだ。
「(とはいえ、そろそろ戻らねばならぬな)ふ〜。一斗よ、よくぞここまで戦った」
「はぁはぁ、なんだそれは? まさかこのタイミングで勝利宣言か? 俺も、舐められたもの、だぜ」
「すまぬな、心ゆくまでうぬとは戦いものだが……そうはいかぬのでな。次の攻撃で一気に決めさせてもらう」
「上等だぜ、かかってきな」
(いい目だ。殺すのは惜しいが……是非もない)
「ウゥンッ!」
気合と共に空気中の風がヴィクスの周りに纏わりつき、ヴィクスを中心に爆風が発生した。
「な、なんだ!?」
「冥土の土産だ……受け取れ、一斗!」
瞬時に一斗の目前まで迫ったヴィクスは、爆風の勢いに乗ったまま拳を繰り出す。
「なっ!?」
ヴィクスの一撃は一瞬で一斗の上着を全部剥ぎ取り、岩壁まで弾き飛ばした。
そして――、一斗はそのままピクリとも動かなくなった。
「よく……ここまで我とやりあったな」
ヴィクスは一斗を一瞥した後、結果を確認することもなくその場から音もなく立ち去っていった。
年末連続投稿6日目!
次の回ではマイサイドの話が中心です(^^)v




