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09 フィダーイーとの遭遇

「マイたちはこの施設を調査しにきたものです。なぜ近づいてはダメなの?」

「そ、それは……」


 マイは言う通りに立ち止まって質問した。

 大声を上げた少年以外にも檻の中には少年少女が二十名いて、一様にマイが近づくことを恐れているようだ。

 それに、檻からは何か異様な気配を感じる。

 あの<栄光の涙>のような。


(マイ自身に恐れているというより、これ以上近づくと命の危険にでも晒さられるとでもいうの?)



「へぇ〜、お嬢ちゃんは単なる偽善者ではないようね」

「!? 誰!?」


 パッと後ろを振り向くと、いつの間にか黒のローブを被っている女が立っていた。


「私の名前は、シェムル・ピリャール。この施設を管理するものよ」

 シェムルと名乗る女はフードを取り、優雅に自己紹介をした。髪は黄色でショートカット。どこか立ち振る舞いに気品を感じ、黒のローブを着ていることに違和感がする。

 この場所にいることも。


「外部からここまで侵入できたのはあなたたちが初めて……久しぶりに思う存分楽しめそうだわ」

「あなたたち?」

「ええ、この子たちもあなたのお仲間でしょう?」

「!?」


 シェムルの後ろからティスティ・ユジン・リンカの順で現れ、最後尾にはシェムルと同じように黒いフードを被った人物が歩くのを促すように姿を見せた。


「手前の子にはだいぶ部下がやられちゃったわ。一体どうしてくれるのかしら?」

「(恐らくはユジンとリンカを人質に取られたってところかしら)……要件は何?」

「ダメよ、マイ! あなただけでも逃げて!」


(逃げ出せるならそれもありだけど、この状況じゃあ人質がいなくても圧倒的に不利だわ)

 マイが檻を背にして周囲を見渡してみても、脱出できそうな手立てはなさそうだ。


「賢い子は好きよ。あなたが檻に五分間だけいてくれればいいのよ。簡単なことでしょ?」

「や、やめろ」

「そんなことをしたらわたしたちは――」

 シェムルの要求を話している途中から、檻の中がざわざわ騒ぎ出した。


「……所有物の分際で、ピーピー五月蝿いわね」

 先ほどまでの優しそうな口調とは打って変わって、どす黒いオーラを纏って威嚇し始め、檻に近づいていく。


「こ、来ないでー!!」

「いや〜!!」

「命だけは助けて!!」

 檻の中にいる少年少女らは、檻にしがみついて必死に命乞いをしている。


 シェムルが檻の目の前に立ったところで、急に檻の中にいる三名の少年が苦しみ出した。


「アッ、ア」

「……」

 リンカは顔面蒼白になり、ユジンはこれから何が起こるか分かっているかのように無言で目をつぶって目線をそらした。


「「あー!!!!」」

 同じタイミングで苦しみ出した少年たちは絶叫し、一人は業火に焼かれ、一人は電撃で打たれ、一人は氷漬けに。

 次の瞬間小さな結晶体が床に転げ落ち、シェムルの手元にすべて吸い寄せられて言った。


「う〜ん、赤・黄・青の結晶かぁ。もっとレアなものを期待したんだけなぁ。あぁあ、ざ〜んねん」

「あ、あなたって人は!」

 マイは詰め寄って、シェムルを檻から離そうと突き放した。


「なぁに怒っているの、あなたは。ただ、所有物が人型から結晶に変わっただけでしょ? とにかく今度はあなたがやる番ですわよ、マイさん?」

「……」

 口調を元に戻し、妖艶な笑みを浮かべてマイに歩み寄り、マイの肩を軽く叩いて距離を置いた。



(どうする、マイ? ティスたちを助けるためにはやるしかない。しかし――)

 マイはティスティたちと檻の中の彼らを何度も見比べるが決断ができずにいる。

 選択肢は二つ。

 一つは、シェムルのいいなりになり檻の中にいる彼らを見捨てる。

 もう一つは、シェムルの要求を断り、自力でこの状況を打破する。

 生き残る可能性的には前者の方が高そうだが、相手が要求通りに従ったとしてもティスティ達を素直に返すとは限らない。何せ、ユジンとリンカは檻の中にいる彼らと同じ境遇である。きっと彼らと同じように殺される可能性が高い。

 仮に後者を選んだとしても、今のマイの力では一人を相手にできるのが精一杯。

 どちらを選んでも全滅のリスクがある。


(でも、一斗にあの言葉を伝えるまで死ぬ訳には――)





「何もこいつらに従う必要はないぞ、マイ」

 すると、この場所にいないはずの男の声が響き渡る。


「ライン!!」

「お前らはこんなところで死ぬようなやつらじゃないぞ。マイ、ティスティ」

 ティスティ達を牽制していた人物は、気を失って床に倒れこんだ。


「お、お前は!? 決起隊隊長のライン!」

「久しぶりだな、シェムル」

 シェムルはラインから距離をとり、戦闘態勢に入った。


「知り合いなの、ライン?」

 ティスティはラインの隣に並び、シェムルに対して敵対する構えをとった。


「あぁ、こいつらとはちょっとした因縁があってな。なぁ、フィダーイー諜報部隊のシェムル」

「諜報部隊?」

「そうだ。この場所に左遷されてきた男がいただろ?」

「イカエルのこと……彼は無事なの?」

 ティスティはイカエルの無事を確認したが、ラインは力なく首を振った。


「そ、そんなぁ〜」

「あぁ、あの傀儡ね。不穏分子をあぶり出すために泳がせておいたら、予想以上にうまくことが運んだわ。王国に仇なす悪は全部排除できたことを考慮すれば、いい働きだったかしら? ンッフフフ」

「くぅ〜、こんな奴に! 悪はこんなことをするあなた達の方でしょ!」

 余裕の表情で堂々と笑い続けるシェムルに、ティスティは怒りのあまり今にも襲い掛かりそうだ。


「バスカル様は戦いのない、誰もが平和に過ごせる世界・桃源郷を創ろうとされているわ。その弊害になる存在を悪と呼ばずに何を悪と呼ぶの? 平和を乱そうとする存在を排除して何が悪いの?」

「じゃあ、私たちは悪だっていうの!?」

「そうよ。髪の色が違うだけで悪魔。人族ではなければ悪魔。悪魔と呼ばれた者たちをモノ以下の扱いをして迫害してきた歴史がこの国に限らずあるわ。そいつらは悪じゃないの?」

「それは……でも、結局あなた達だって同じことを彼らにしてるんじゃないの?」

 ティスティは檻の中にいる彼らを指差した。


「ちがうわよ。あなた達は迫害しかできず憎しみや悲しみしか生み出さない。それに対して、私たちは所有物として平和にちゃんと貢献させているわ、この異能の力がね」

 シェムルは懐から先ほどの結晶のうちの一つを取り出し、丸ごと飲み込む。すると、シェムルの体が黒く光って、禍々しいエネルギーが体中から溢れ出し弾け飛んだ。


「離れろ、ティスティ。こいつはアポスラートと呼ばれる子どもから奪い取った力の結晶を、自分の力に取り込んじまうのさ」

 ラインはマイから受け取ったアクト・シャフトを取り出し、「神々の化身との契約(ユージ・ニルマーナ)」と唱え、槍を再び具現化させる。

 その様子を見ていたシェムルは「へぇ〜」と声をあげ、驚喜した。


「私にコテンパに負け、ユーイ姉様に隊を全滅させられた三年前のことをもう忘れてしまったのかしら?」

「……忘れるわけないだろ、あの時のことを!」

 グッと、強くアクト・シャフトを握り、ラインは一歩ずつシェムルに向かって歩み出した。


 ==============

 A.W. 297年。

 今から三年前、決起隊は王都フィレッセル城下の地下に根城を作り、レジスタントとして密かに活動していた。

 ある時、その場所がフィダーイーにバレて、アジトを襲撃された時に派遣されたのがシェムルとユーイだった。

 決起隊の主力を事前に逃がしていたとはいえ、殿部隊はユーイの前に呆気なく全滅。追手として差し向けられたシェムルに対しても、ラインは為す術もなく敗北したが、なんとか部下の機転で生き延びたのである。

 ==============



「あれからさらに力を手に入れた私に、あなたが敵うとでも?」

 シェムルは両手から冷気を放出させ、ラインに向かって一歩ずつ優雅に歩み寄っていく。


「あぁ。やってやるよ、今度こそな!」

「返り討ちよ!」

 ラインは槍を構え、シェムルは両手を合わせて印を結んだ。


「貫け! <雷の牙(ヴァジュランダ)>」

「砕け散りなさい! <凍てつく光矢(ブリザード・アロー)>」


 シェムルの放った魔法は、地面を凍らせながらラインに向かって突き進んでいく。


 それに対してラインはーー、

「アメェんだよ、そんな攻撃は!」

 叫びながらそのまま高速で駆け抜け、マイたちの視界に入った時にはシェムルの後ろに着地し、右ひざを床につけていた。


「クッ」

「「ライン!」」

 マイとティスティは急いでラインに駆け寄ると、ラインの太もも辺りが凍っていた。


「よくかわしたわね。でも、二度はないわよ」

 シェムルはまた両手から冷気を出そうとしたが、全く出る気配がなかった。


「あぁ、二度はない」

 ニヤッと笑い、ラインはシェムルをーー正確には彼女の胸元を指差した。

 シェムルが目線を下に向けると、みぞおち辺りが光っていることに気づいた。


「えっ!? アーーーッ!!」

 次の瞬間、光っていた部分から一気にエネルギーが放出され、シェムルは苦しそうに悲鳴を上げた。放出が収まった時には、先ほどとは一転して弱々しくなったシェムルだけ取り残された。

 そして、「ば、バカな」と信じられない顔で呟き、そのまま背中から倒れ、気を失った。



「殺ったの、ライン?」

「いいや、殺してはいない。あの奪い取った力を解放してやっただけさ。キールの時のようにな」

「あ〜、あの時の!」

 ティスティはキールが炎の精霊イフリートに変化した時のことを思い出した。


「もうその力を使いこなせるようになったのね、ライン」

 マイはラインの太ももに手をかざし、怪我の状態を確認していく。


「まぁな。マイから貰った折角の武器だから、使いこなしてなんぼだろ?」

 アクト・シャフトを握りしめながら、ラインはさも当然かのように答えた。


「でも、結局どうなったの? あいつ、いきなり弱くなった感じがするわよ」

「あぁ、さっきの攻撃であいつのマテリアルにエネルギーを寄与していた核だけを取り除いたのさ」

「なにそれ? なんでやつを殺さなかったの、あんな最低なやつ。仇なんでしょ?」

 ティスティはなぜラインが殺さず、生かしたのかがよくわからなかった。


「それは……きっとあいつの影響なんだろうな」

「あいつ? まさかーー」

「あぁそうだ。一斗のやつだよ。あいつはどんな敵対するやつでも、決して殺そうとしない。むしろ、助けようとするだろ? おれのときも、キールのときも」

「一斗はな〜んも考えてないと思うわよ」

「ウフフ。それは言えてるわね、マイ」


 確かに思い出してみても、ティスティがマーティカで遭遇したフィダーイーにとどめを刺そうとしたとき、寸前で止めさせたのは一斗だった。


「これまでのおれにとっては、正義か悪のどちらかでしかなかった。正義を貫き、悪を打ち砕いた先にこそ平和が訪れると信じていた。でも、それって本当なのか?」

「そ、それは……」

「おれにもよくわからない。けど、このアクト・シャフトでおれは自分の想いを形にして、おれにとっての真実を見つけていくって決めたのさ」


 ラインは目を閉じて、キールとした最期の約束を思い出す。

『あなたはあなたの信じた道をこれからも貫いてください』


「あいつなりに信じた平和。こいつなりに信じた平和。平和っていうのにいろんな形があるなら、それを見極める。そして、そこから導き出した答えをおれは貫くさ」

「フフフ。だいぶ一斗に浸食されたわね、ライン?」

「かもしれないな」

 マイとラインは穏やかな笑みを浮かべ合った。



「だから、あなたたちは……甘いのよ」


 五人は声が聞こえてきた方を振り向くと、まだ倒れたまま上半身だけ起こしたシェムルがいた。


「こんな所有物なんかに情けをかけて、反逆者になるなんてね」

「!? ティスティ姉ちゃんたちは……お前たちとは違うんだー!!」

 リンカは倒れた男が所持していた短剣を手に取ると、まっすぐシェムル目掛けて走り出した。


「や、やめろ!」

「みんなの仇!!」

 怯えるシェムルに向かって、お構いなしにリンカは目を瞑って短剣を思いっきり振り下ろす。


 ……

 ……

 ……


(あれ?)

 何も斬った感触がないことに違和感がして、うっすら目を開けてみるとーー、



「リンカ、そこまでよ」

 自分の剣をシェムルの頭にあたる寸前で、両手で受け止めているティスティの姿があった。


「あ、あ……」

 短剣からティスティの血がポタポタ落ちているのに気付き、リンカは短剣を恐る恐る手放す。


「良い子ね」

 ティスティは痛みを我慢して、リンカを安心させるように微笑むとゆっくり立ち上がる。そして、掴んでいた刃ではなく柄の部分を握り直し、自分の血を払った。



「な、なぜ私を助けた?」

「あなたを助けたつもりはないわ。もう決着はついている、ただそれだけよ」

「ヒィ〜ッ!」

 ティスティに冷たい目で睨まれたシェムルは、怯えて逃げようとするがーー、


「逃げられると思う?」

 ティスティはシェムルが行動を起こすよりも早く、気のバインドで拘束した。


「な、なにこれ? 動けない」

 必死にバインドを解こうとするが、シェムルはまったく身動きがとれない。

 諦めて力むのをやめると、不思議なことに力が戻ってきているような気がした。


「こ、これは!?」

「……気の流れを活性化させ、回復させる氣功術よ。少し安静にしてなさい」

 ティスティは興味が失せたように目線をそらして、震えているリンカのところにいき、優しく抱き寄せた。


「ティスティお姉ちゃん……わたし!」

「もういいのよ、あなたは何も悪くないわ」

 ティスティに強く抱きついたリンカは、小さく何度も震えている。


「ティスティ、それでいいのか?」

「えぇ。今ならなんであのとき一斗がとどめを刺すのを止めてくれたかがわかった気がするわ」

「そうか……じゃあ、檻の中にいるガキ共を助けて、この場から早く離脱するぞ」

 ラインの問いに、どこかスッキリした顔で受け答えしたティスティ。ラインはそこから何かを感じ、それ以上追求するのは止しておいた。


「そうね! でも、どうやって檻から出すの?」

「それは……」

 檻から出そうにも、近付けば逆に彼らを苦しめることになる。かと言って、檻をなんとかしなければ救出することもできない。



「その壁に一箇所だけ飛び出ているタイルがあるでしょ? そこを押せば檻の効力は消えてなくなるわ」

 しばらく五人で考えているところに、シェムルの声が響き渡る。シェムルが指差している方向を見てみると、確かに一箇所だけ凸凹しているタイルがある。


「どういう風の吹き回しかしら?」

「……どうせあなた達はここから逃げ出せない。だったら、教えても教えなくても結果は変わらないでしょ?」

 マイの問いに、少し血色がよくなってきているシェムルが顔を背けながら答えた。


 ティスティはリンカを抱えながら壁に向かって歩き出し、シェムルが指差した先にあるタイルを押した。すると、檻はゆっくり消えていき、檻から放たれていた異質なものも自然消滅していった。





年末連続投稿5日目。いよいよ第三章も終盤です♪( ´▽`)

このまま年明けまで突っ走ります!

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