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07 脱出

「本当にあなたたちは一緒に行かないのですか?」

「えぇ、マイたちのリーダーが決めたことだから」

 イカエルは何度も一斗たちに確認をするが、マイはその度に丁重に断った。


 建物から抜け出し、聖なる花園に来た時と同じ道を戻ると、そこにはピンク色の靄がかかっている異様な空間がある。

 大きさは大人一人がなんとか通れるくらいで、気のせいか少しずつ小さくなってきている。


『新月の真夜中にある場所で<栄光の涙>を空に掲げると、ある空間が姿を現す仕掛けがある』ということをイカエルは突き止め、脱出する機会に活用しようと企てる。


 すでに一斗たちイカエルと一緒にこの場に来た時には、他に脱出する予定だったものたちは逃したあとで一斗たち以外誰もこの場にはいない。


「わかりました。あなたたち三人ならともかくとして、その子たちのことはどうするのです?」

「さぁ、そんなことはむしろマイが教えてほしいわ」

 やれやれといった表情でマイは答える。

 他の人なら重大な問題だとして判断に迷いそうなことほど、逆に即断即決即実行するのが一斗である。そんな彼の振る舞いにマイとティスティは事件に巻き込まれていくわけだが、なぜか悪い気がしてしない。


「な!? じゃあなぜ彼に賛同したんですか?」

 イカエルにとって、目の前のマイの態度がまったくもって意味不明だった。

 自分たちも子どもたちも助かる手立てがあるのに、理由がわからないままあえて危険な選択をした一斗を支持したことが。

 けれど、嫌々ついていっているわけではなさそうだから、無理やり連れていくわけには行かなかった。


 イカエルはマイにつられて目線を右にずらしてみると、そこには一斗とティスティの腕にしがみついている助けた三人の子どもたちの姿があった。

 まるで、「自分たちは絶対に離れないぞ」と強く主張しているかのようだ。

 それでいて、子どもたちはイカエルのことがどうやら苦手で近づけないようなので、一斗とティスティはイカエルとは少し距離が離れたところにいる。


「仕方……ありませんね。では、時間がありませんので、私もこれにて」

「ええ。助けてくれてありがとう、イカエル。あなたたちが無事逃げ出せることを祈ってるわ」

 連れていくことは無理だと悟ったイカエルはマイに握手を求め、マイはそれに快く応えて握り返した。


「ふっ。正直なところを言えば、あなたとはもっと話してみたかった」

「嬉しい。それは口説きですか?」

 イカエルはマイに背を向けているが、本音でそう言っていることがマイには伝わってきた。


「そうかもしれません。かの大戦時に伝説の傭兵として知られているある女性に憧れて、私は騎士になりましたから。あなたと瓜二つの容姿をしている彼女と。

 ……では、これにて」

 イカエルは名残惜しんでいたが、靄を突き進む時はもうマイの方を振り返らずに進んでいった。


「そんな話が残っているのね……」


 そして、マイがボソっと呟いた時にはイカエルの姿が見えなくなっており、同時に靄は跡形もなく空中に拡散していった。



「本当に俺たちについてくるのか、お前たち」

 イカエルの姿が見えなくなってから、目線を子どもたちに合わせて一斗はもう一度確認した。


「はい、もちろんです」

「リンカも!」

「ぼ、ぼくも……です」

 ユジンが一斗の問いかけに真っ直ぐ一斗の目を見て即答すると、続けてリンカとゼツが自分たちの意志を伝えた。


「こうなったらこの子たちも守らないとね、一斗」

 ティスティは一斗に近付き、そっと耳元で囁いた。


「あぁ……もちろんだ。お前たちのことは俺に任せておけ!」

 一斗は自らの胸を太鼓のようにドーンっと叩いて、子どもたちにアピールした。


「「やったー!!」」

「ば、ばか! しー、しー」


 一斗は慌てて腰をおろして、"静かにしろ"というジェスチャーをした。

 子どもたちも嬉しそうに真似をし、四人は顔合わせて声を殺して笑い出した。



「一斗、嬉しそうね」

 マイはゼツから解放されたティスティにそっと声をかけた。


「えぇ。状況は依然としてどうなるかはわからない、むしろ悪化しているかもしれないわ。けれど、一斗と一緒ならなんとかなりそうな気がするのが不思議だわ」


 四人の様子を間近で見ていたティスティが答えた。

 確かに、ティスティ救出、ヘッケル救済、教会襲撃、それにマーティカへの介入など求められなくても厄介事に首を次々に突っ込んでいき、なんだかんだでなんとかなってきている。

 出会った当初、本人は「他人と関わることは面倒だ」と言って、親方やティスティ以外の街の人にはほとんど関わってこなかった。その時からすると、人と触れ合う機会が増えたことはいいことのように思えるけどーー複雑な心境なティスティだった。


「あははは、そうよね。まぁイカエルはそんなマイたちの考えていることがよくわからなくて混乱してたみたいよ」


「はははは、普通そうなるわね」


 ティスティは乾いた笑いをして、改めて現状について頭の中で整理した。

 ここに来た目的、アルクエードの謎の解明とマーティカの村人救出。どれもまだ糸口すら掴めていない。

 それなのに、ここに来て早々騒動に巻き込まれ……自ら(一斗によって)巻き込まれていって。

 襲われていた子どもたちを救出したからには、私たちがその子たちの安全を確保していく必要があるだろう。


(前途多難、という言葉はまさに今の私たちのために用意された言葉だわ)


 ティスティはそっとため息をつくと、まさに同じタイミングでマイもため息をついており、お互い顔を合わせて忍び笑いをするのだった。





 ◆キーテジのまち 中央広場


 一方、イカエルが靄の中を突き進んでいくと、キーテジのまちの中央広場にたどり着いた。


「このまちにたどり着いたのは何年振りだろうか」

 キーテジに無事に戻ってきたことに、ひとまず安心した。まだ目が慣れていないからか周りの状況はよくわからないが、寝静まっていることはわかる。


 左遷されてからの年月を思い出すと、あれから三年以上経つ。

 十年前に隣国の宰相バスカルが王都に来訪する知ったときには、嬉しさのあまり胸が踊った。なにせ、バスカルはあの伝説の傭兵と同じ時代を生き、今でも生存している唯一の英雄なのだから。


 イカエルの家系は代々王家に仕えてはいたが、皆文官だった。それなのに、なぜイカエルが文官ではなく武官の道を選んだのかというと、きっかけは家宝にあった。

 イカエルの家系には家宝として代々受け継がれているものがあり、それが前大戦時の膨大な記録をまとめた極秘資料である。

 極秘なのは、大戦後からこれまでの歴史に関する書物の規制が厳しくなったことに由来する。

 幼い頃からイカエルは両親に隠れて、その資料を貪るように読み漁っていた。

 そこに登場するのは、語り継がれている鬼王を打ち倒した勇者とその仲間たちの戦争記録だった。その記録にはバスカルの名前もあり、将校として最前線で戦い続けたと書かれている。

 そういった名前が残っている英雄以外に、一人だけ名前が残されていない人物がいると調査の結果判明した。

 その人物は女傭兵でありながら常に最前線で鬼人族と戦い、『頭脳明晰』『一人で千体倒した』『彼女のいる部隊に負けなし』『鬼の幹部とも互角以上の戦いを繰り広げた』という勇者以上の功績を残し、希代の魔術師と称されていた。しかし一方で、『突如行方をくらました』『鬼人族に寝返った』などという報告もあり、クレアシオン王国上層部は扱いに困る彼女の存在そのものを抹消したとされている。


 幼少期は血気盛んだったイカエルは、そんな謎に包まれた女傭兵の話に強く惹かれ、武術が軽視された時代であっても己を磨き続けた。

 メキメキと力をつけていったイカエルは文武両道を成り立たせ、同年代の中では誰よりも早く出世。二十歳になる頃には女王レギルス直属の親衛隊に抜擢される。

 バスカル来訪の話をきいたのは、まさにその頃だった。


 バスカルが王都に来訪してからは、常にレグルス女王のすぐそばに控えていたのもあり、話す機会が度々あった。最初の頃は、つい興奮のあまり大戦時の話を尋ねたり、手合わせをお願いしたりして、まさに至福の時間だったーー女王の容態が悪化したという知らせを遠征先で知るまでは。


 本来なら女王から離れての遠征は断固反対だったイカエルだった。しかし、女王自らの懇願だったため断りきれず、遠征に出た矢先の報告。


(あの時……レグルス様になんと言われようと、側に仕えてさえいればあんなことには!)


 ………………


 …………


 ……


「国王!」

 急いで遠征先から戻り、女王の寝室に門番の制止を払いのけて飛び込んだ。


「ま、まにあったか……イカエル。お主に、頼みが、ある」

 ベッドに横になっていたレグルスは、イカエルの豪快な来室で目が覚め、息切れ切れで話し始める。


 そして、イカエルは女王の顔を拝見した瞬間、絶句した。

 年齢不詳なくらい若々しく美しかった女王の顔は痩せこけてしまっており、不本意にも死期を感じてしまい、背筋が寒くなった。

 周囲にはソニア様と側近のガジルのみ控えていて、二人とも蒼白な顔で立ちすくんでいた。


「ソニアの補佐と……バスカルの監視を頼む」

 弱々しく両手でイカエルの手を握りながら懇願する女王に対して、イカエルは二重の意味で動揺した。


「ソ、ソニア様はわかりますが、なぜバスカル様を!?」

「あやつはこの国を乗っ取り、何かを……企んでおる。証拠をつかもうとしたが……ゴフォゴフォ。ハァハァ、このザマじゃ」

「(御自ら囮に……)承知いたしました。この国はなにがあろうと、このイカエルが守ってみせます!」

 イカエルの頼もしい発言に満足したのか、女王は静かに目を瞑っていき、そのまま息を引き取った。


 ……


 …………


 ………………



 結局私がバスカルを監視しようと動き出したときには、時すでに遅し。

 王国はすでにバスカルが掌握済み。

 長年王国に仕えていた士官はほとんど地方に左遷されてしまい、身動き一つ取れない状況だった。

 そして、私も重要機密を守るための役人という名目でこのキーテジへーー。


「おっと、思い出ばかりに浸ってはいられない。先に逃げたものたちと合流して、一刻も早くこの街から脱出し、姫様にあのことを伝えねば!」


(そうだ。クレアシオン王国に隠された秘密。もし本当にあるとしたら、その封印を解くことでこの世界は完全に奴のものになってしまうやもしれない)


 真っ暗な夜道を警戒しながらも走ることになったイカエルは、存在がバレるのを避けるために無闇に灯りを付けるわけにはいかなかった。

 とにかく慎重に、でも迅速に合流地点に向けて走っていたら、ピチャ、という音がした。


(雨が降った痕跡がなかったのに、なぜ!?)

 嫌な予感がして急停止して、音の発生源を確認しようとしたら倒れている人影が見えた。


「お、おい! しっかりしろ! 駄目だ、もう死んでる」

 イカエルは倒れていた人の体を揺すりながら小声で話しかけたが反応がなく、脈もすでになかった。

 暗闇の中ではっきりと見えないが、見覚えのある顔だ。


「ま、まさか!?」

 慌てて目を凝らして周りを見渡してみると、他にも地面に倒れている人影がたくさん見えた。


(まずいぞ、計画がやつらにバレてる! 急いでこの場から立ち去らねば!?)


 踵を返して走り出そうと思った途端に力が抜けて、イカエルは片膝を地面に着いた。


(まさか、これは麻痺か!?)

 いきなりの事態にイカエルは慌てて体中を触ってみると、首に針が刺さっているのを感じ慌てて引っこ抜く。


「今から死にゆくあなたに、これからのことを心配する必要ないわ」

 どこからともなく、高飛車な女の声が辺り一面に響き渡った。


「お、お前たちは?」

 薄っすらと薄れゆく意識の中で、目の前に三人の姿らしきものを確認できたが、麻酔に耐えきれずイカエルは地面に倒れこんだ。


(ひ、姫様……最後までお役目を果たせず、申しわけ……ありま)



「こやつで最後か?」

「あぁ。こいつが、主犯の王女直属の配下……イカエルだ」

 高飛車な女ユーイの問いに、配下のヴィクスはピクリとも動かなくなったイカエルの人相を確認し、答えた。


「……でも、人数がまだ足りない」

 暗闇の中から現れた三人のうち一番小柄な女ナターシャが、報告書に対してこれまで数えてきた人数を照らし合わせて差異があることを、機械的にユーイに報告した。


「そう。では、バロンの報告通りなら、残りはまだいるのかしら」

 ユーイは右手に持っている血糊のついたナイフをうっとりと眺め、蠱惑的な微笑を浮かべた。


 三人はそのままイカエルがやってきた方向に堂々と進んでいき、その姿は次第に靄の中に消えていった。





年末連続投稿3日目!

小説を書くようになって初めて

「毎日更新している人は凄い」

って痛感しています(^^ゞ

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