04 村の生き残り
「ねぇ、マイ。あとどのくらいでキーテジに着きそう?」
ティスティは地図を持っているマイに質問した。
「そうね。この地図を見る限りは、あと一日くらいかしら。途中に村があるから、今日はそこで泊まっていきましょう」
「ようやくだな」
あれから<操作>を試し続けてるが、ティスのおかげでだいぶコツが掴めてきた。
今ではほとんど無駄な氣を使わなくてもよくなり、負担もかなり減った。
とはいえ、ずっと氣を使い続けていることには変わらないから、さすがに体力的に限界が近づいてるかもしれない。
俺は、だけど。
「じゃあさ、この辺りでもう一回あの技をやってみせてよ、ティス? ティスと一斗で考えたという合作を」
「ええ、いいわよ」
ティスはしゃがみこんで地面に右手をつき、目をゆっくり閉じた。
「千里先を見通す力よ。我が氣を源に万物に伝えたまえ。天地開通」
天地開通
自分で練った氣を放射状に周囲に飛ばし、探知する氣功術。
この術で探知できるのは異様な氣や、飛ばした氣を察知された場合である。周りに自分たちの存在がバレてしまうリスクはあるが、事前に相手の存在を知ることで不意をつく攻撃を未然に防ぐメリットもある。
「こ、この氣は……」
「どうした、ティス? 何か探知できたか?」
俺の問いに対して、真剣な顔付きでティスは立ち上がり、進行方向にある山を指差した。
「あの山の中腹辺りで、氣が大きく乱れてるわ。争っているようなーーって、一斗!?」
「待ちなさい、一斗!」
マイの言葉で一斗はピタッと動きを止めた。
「このまま見過ごすわけにはいかねーだろ? 見殺しには……」
「誰が止めるってあなたに言った?」
「えっ!?」
だって、待ちなさいって今言ったじゃんか。
「ラインが警告していた相手かもしれないわ。無闇に突っ込んで、不意をつかれに行くのは得策ではないでしょ?」
「た、確かに。だったら、どうするよ? このままじゃあ」
「……ティス、相手にあなたの氣は察知された?」
マイは一瞬考えて、ティスに状況を再確認した。
「ううん、されていないわ」
「だったら、ティスの放った氣に乗って、最速で現地に直行するわ。二人ともマイの肩に掴まって!」
意味がわからなかったが、一斗とティスは言われるままマイの肩にそれぞれ手で掴まった。
「いくわよ。時空を繋ぐ道」
時空を繋ぐ道
時空間魔法の一つで、特定の目印を瞬時に繋ぎあわせることで高速移動を可能とする道を開く魔法。
マイも氣を察知できることから、ティスが飛ばした氣を目印にして道をつくることができるのである。
通常あと半日はかかる道を、たったの15分足らずまで短縮させ、一斗たちは問題の場所にたどり着く。
その場所はーー
赤く炎で燃えていた。
◆マーティカのむら
「「……」」
俺とマイは目の前に広がる光景に何もいえなかった。
俺の場合は単純に恐怖だった。すべてを燃やしていく炎と、辺り一面に響く人々の悲鳴。ティスの時とはまったく違う感じがする。
それに対して、マイはどこか冷静に周囲を分析しているようだ。
「……これは、一体どういうこと?」
ティスはブルブルと体を震わせて、怖さのあまりかペタンっと地面に尻餅をついた。
「うっ、う」
「おい、しっかりしろ! 大丈夫か?」
村の門の近くで少女が一人倒れているのを発見し、一斗は抱き起こして慌てて声をかけた。少女は身長は低く、服装はヒラヒラとした可愛らしい衣装を着ていることから、まだまだ幼いだろうことが想像つく。
「お、お兄ちゃん……誰?」
一斗に声をかけられた少女は、ゆっくりと目を開けた。
どうやら意識はちゃんとあるようだ。
「俺は一斗っていうんだ。この先にあるキーテジに用事があって立ち寄ったんだが……一体何があったんだ?」
「その前に一斗、早くこの子の治療を!」
マイも少女の目の前で腰を下ろして、一斗の代わりに少女の体を支えた。
「そうだったな! 活氣功」
活氣功
外部の氣を術者を通して他者に流し、氣の流れをよくしてマナを活性化させる術。
活性化したマナは、心身の疲労を軽減する効果がある。
一斗が施した活氣功によって、苦しそうにしていた少女の顔がだんだん安らかになっていく。
「あ、あれ? 痛くなくなってる」
「もう大丈夫だ。立てるか?」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
立ち上がったと思ったら、急に一斗に抱きついて甘えだした。
「よしよし、いい子だ。早速で悪いが、村で一体何があった?」
抱きついた少女を一旦地面に下ろし、俺はもう一度彼女に目線を合わせた。
「村で……ハッ! お母さん!?」
突然大きな声を上げたと思いきや、燃え広がる炎の中に駆け込んで行った。
「ティス!?」
そして、少女を追いかけるように、すぐにティスが後をつけていこうと駆け出した。
「一斗、マイ。私があの子の安全を確保するわ! 他の住民の方の保護をお願い!」
「わかったわ! 十分気をつけるのよ、ティス!」
マイが大声で返事をすると、ティスは前を向いたまま右手を上にあげて、少女の後を追って行った。
「これからどうするの、一斗?」
「……あの子のことはティスに任せるぞ。ひとまず、この火をなんとかしないとな。このままじゃあ、退路が確保できない」
「そうね。マイは避難誘導するから、一斗は退路の確保をお願い」
「あぁ、わかった」
どういうことだ?
この村に決起隊がいるという話はきいていないのに、なんでこんなことに。
それに……この村に着いてからきな臭い気配がぷんぷんしやがる。
どうやらこっちを片付けるのが先のようだな。
「一斗!?」
思い立ったら即行動。
とにかく気配のする方に行ってみるしかない!
「わりぃ、マイ! 問題を先に解決してくる」
「きーーーー」
何かマイが必死に声を掛けてくれているようだが、時間がねぇ。
とにかく急ぐぞ。
「翔ぶが如く! 疾風迅雷」
一斗は氣で足を強化して素早さを一気に高め、ターゲットめがけて一直線で駆け抜けるのであった。
「待って!」
ようやくティスティは、さっき一斗が助けた少女に追い付き、腕を握って動きを止めさせた。
「離して! お母さんを助けなきゃいけないの」
「落ち着いて!」
ティスティは少女の目の前に立ち、彼女の目線までしゃがんで優しく微笑んだ。
「私の名前はティスティ。あなたの名前は?」
ティスティの笑顔を見た途端に、少女は落ち着きを取り戻していく。
「……ミレイ」
「ミレイちゃん、いい名前ね」
ミレイはコクンと頷いた。
「この村で一体何があったの?」
単刀直入にティスティがミレイに質問する。
「わからない。突然村のどこかで爆発がきこえたの……」
怯えた声で答えてくれるミレイのことを、ティスティは包み込むように抱きしめた。
「大丈夫よ。他の村のみんなは? ここまでの最中に誰も見かけなかったーー誰、そこにいるのは?」
ティスティはミレイを庇うように立ち上がり、誰かいる気配がする方に声を掛けた。
「ほ〜。私の気配に気付きますか、アポスラート風情が」
存在そのものを否定する声が響き渡ってきて、建物の影から黒づくめの男が姿を現した。
(アポスラートって……確か、アルクエードが使えない子どもたちのこと、だったわね。ということは、この子は!?)
ティスティがミレイの顔を覗くと、恐怖のあまり途端に呼吸が荒くなっている。
「アポスラートだろうとなんだろうと関係ないわ。この子は……私が守る!」
無手の構えをとり、男に対峙した。
「バカな女ですね、そんな疫病神に関わらなければ命を落とすこともなかったろうに……簡単には殺しません。ジワジワと痛ぶるのを楽しんでから殺してさしあげますよ」
男は隠し持っていた鎌を取り出し、刃先をティスティに向けた。
「テ、ティスティお姉ちゃん……」
「言ったでしょ、私は大丈夫よ。あの男は私が食い止めるから、ミレイちゃんはさっきいたところに急いで戻って、私の仲間にこのこと伝えてもらえるかな?」
もう一度ミレイに向き合い、ティスティは彼女に一つお願い事をした。もちろん背後に注意を払いつつ。
「うん……わかったわ。気を付けてね」
意を決して、ミレイを元来た道を走って戻っていく。
「お別れは済んだかね?」
「お別れ? なんのことかしら? あなたとのお別れはこれからよ」
先ほどまで見せていた表情とはうってかわって紅色の瞳はギラギラ輝きだし、普段は見せない好戦的な表情を浮かべている。
「口の減らない女ね。いいわ、すぐに悲痛な叫び声をーーガハッ!?」
突然男は吹っ飛ばされ、家の壁に激突して、血反吐を吐いた。
(バカな、一体何をされた!? いきなり拳を突き出したと思ったら……まさか遠距離攻撃!?)
男は膝を手で支えながらなんとか立ち上がり、目の前の女を睨んだ。
「あら、黒星をまともに受けてまだ動けるのね? お仕置きが足らないかしら?」
ゆっくりティスティは男に近付く。
「い、いいのか? 私に盾突くということは、教団に盾突くことになりますよ?」
「へぇ〜、教団ですか……それは厄介ですわね」
歩みを一旦止めたティスティは、男の動向を探った。
(何か企んでいるわね)
「厄介でしょう。今なら見逃してあげますよ(油断した瞬間にこのーー)」
「油断した瞬間に、どうするんですか?」
「なっ、いつの間に!?」
瞬時に男の背後をとり、さらに男の思考を読んだティスティ。
その事実に対して、さらに男は驚嘆した。
「さて、もう拘束させていただきますね。呪縛の牢獄」
紅色の炎氣がバインド状に形成され、一気に男を拘束した。
「な、なんだこの魔法は? こんなの知らないぞ!」
「それはそうですよ、だって私が開発した術ですから」
ニッコリ不敵に笑って答えるティスティ。
「さて、それでは質問です。この村の惨劇はあなた方の仕業ですか?」
ピクッ
「……」
「沈黙ですか? じゃあ、次の質問です。聖なる花園はキーテジにありますか?」
ピクピクッ
「……」
「……最後の質問です。あなたはバスカル直属の組織フィダーイーに属してますか?」
「なんでその!?(し、しまった)」
ティスティは満足そうに微笑み、拳を強く握った。
「ア、アガガ!」
男を拘束していたバインドが、さらに強く締め付けられ、男が言葉にならない悲鳴を上げた。
「五月蝿いですね、このまま黙らせますか」
ティスティは微笑んだまま、手刀を男の首目がけて振り下ろした。
「んんんー(やめろー)!」
「やめろ、ティス。もう決着はついてる」
一斗は白刃取りの構えで、ティスティの手刀を防いだ。
「一斗……」
ティスは俺の姿を認識したのか、ギラギラと紅色に光っていた瞳もおさまり、落ち着きを取り戻していっている。
「何があった?」
もう一度声をかけてみると、ようやく俺にちゃんと焦点があった。
「何が……ミレイちゃんを追いかけて……あ、彼女は!?」
「大丈夫だ、あの子はマイに保護してもらってるから安心しろ。それより、だいぶ無茶したな」
バインドをかけられていた正体不明の男は、泡を吹いて完全に気絶している。
ティスの方は現状にどうやら困惑しているようだ。
とにかく、この男は邪魔だから火の手がまわらないこの建物に閉じ込めておこう。
「私が、やったの?」
一斗がティスティのところに戻るなり、ティスティは呆然と呟いた。
「まぁ、な」
「あの人が私やミレイちゃんのことを殺すと聴いた瞬間にカッとなってしまって……それで」
これまでのことを思い出したのか、ティスは思い詰めた表情をして下を向いた。
俺はそんなティスのことを包み込むように抱擁した。
「……一斗」
怯えた声でティスは呟く。
「心配するな。こいつはただ気を失っているだけだ、殺してはいない。それに、その力はこれから制御できるようになればいいだけだ」
「……ありがとう、一斗。いつも」
『その力』と言った瞬間にピクッとティスの体が震えたが、深入りせずそっとしておくことにした。
「で、いつまで抱き合っているのかなあなたたちは?」
「「エッ!?」」
一斗とティスティは二人して驚いてお互いから離れ、後ろを振り向いてみると……満面の笑みを浮かべているマイと涙目のミレイが立っていた。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん。大丈夫!?」
「ミレイちゃん!」
ミレイがティスティ目がけて駆け寄って抱きついた。
「と、とにかくみんな無事で何よりだな。一旦村の外まで退却しようぜ!」
「そうよね……あっちの方向に行こ」
マイが指差した方に、ティスティとミレイは手を繋ぎながら移動した。
(かなり仲良くなったんだな……じゃあ、俺もーー)
「痛っ!?」
そんなことを感じながら二人を見ていてたらいきなり背中をつねられ、振り向いてみると……そこには、
「……一斗♪」
「は、ハイ! なんでしょう、マイさん?」
笑顔なのが逆に恐ろしく感じて、一斗はマイに向かって敬礼した。
「疲れた……おんぶ」
マイは両手を広げて、おんぶしてもらう気が満々のようだ。
「おんぶってな、お前はガキかよ! まぁ……いいけどな。ほら、早く背中に乗れよ」
ぶっきらぼうになりながらも了承してくれたことにマイは嬉しくなり、もたれかかるように一斗の背中に覆いかぶさった。
(これは!?)
一斗はマイを背負った瞬間に、あることを感じた。
「なぁに、一斗。マイの胸の感触に欲情しちゃったの?」
俺が何かを感じたことを察したマイが、ニヤニヤしながら後ろから顔を前に出してきて、俺の顔をのそ〜っと覗いてきた。
「胸? どこにそんな感触がーーイテテテッ」
「……何か言いたそうね、一斗? 命が惜しくなかったら聴くわよ?」
マイは後ろから一斗のほっぺたを思いっきり横に引っ張った。
「ぬわんでも、はりまへん! ブルルル、急いでティスたちに合流します!」
一斗はマイを背負ったまま勢いよく立ち上がって、そのままダッシュでティスティたちがいる方向に走り出した。
(まったくよぉ、こいつは。あの魔法はやっぱり相当マナを消耗するんだな。体中のマナがガス欠寸前じゃねぇーかよ……それなら!)
一斗は自分の氣を〈集〉で活性化させ、背中を通してマイに氣を流していく。
「あっ」
そのことに気が付いたマイは一瞬体を起こしたが、体中がだんだん温かい氣で満たされていくのを感じた。そして、身を一斗に預けていき、徐々に目を閉じていった。
(あなたはどうなっても、そんなところは変わらないのね、一斗。ありが……とう)
◆マーティカのむら郊外
「一斗ー! こっちこっち!」
村を出る門の外で、手招きしているティスを発見した。
「わりぃー、遅れた。誰かと遭遇したか?」
「ううん、誰にも。やっぱりもうこの村には……」
「……とにかくこの場から一秒でも早く引くぞ。あいつに増援を呼ばれているかもしれんしな。それに、マイも休ませたいし」
さっきよりだいぶ顔色は良くなってきているからもう大丈夫だろうが、このタイミングで襲われたらマイとこの子の2人を庇いながらの戦いになる。
その事態だけは回避しないとな。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
ミレイがマイのことを見て、心配そうに一斗に質問する。
「あぁ、大丈夫だ。心配してくれてありがとうな。えっと……」
「ミレイだよ♪」
待ってましたとばかりに、ミレイは自分の名前を告げた。
「ミレイ……名前の通り可愛らしい良い子だ。もう少し移動するけど大丈夫か?」
「うん、大丈夫! 一斗お兄ちゃん」
よし、とにかくこの場から立ち去ろう。
確かマイが見ていた地図では、一旦道を戻ると分岐があって、山の中腹に続く道があったはず。
川が近くに流れていたから、給水ポイントとしても使えるよな。
「ティス、俺の代わりに荷物を背負ってくれないか? 俺はマイを背負って、ミレイを抱っこして走るから」
「大丈夫? すごく走りにくそうだよ?」
確かに……でもやるっきゃない。
「問題ない。とにかく俺に続いてくれ、ティス」
「わかったわ!」
ティスは荷物を背負って、走る準備を整えた。
「ミレイはこっちに」
「う、うん……」
急にモジモジしだしたミレイを、一斗は正面からそっと抱っこした。
そして、<操作>をミレイにも付加して、掴まらなくても落ちないように固定し、颯爽と山の中腹目指して走り出した。




