03 変わったことと変わらないこと
次の目的地が決まり、一斗たちがエルピスを去るという噂が瞬く間に街中に広まった。
「三日後に出発するなら壮行会をやらせてほしい」
と一斗はヘッケルに懇願され、流されるままその日のうちに壮行会が始まることに。
一斗たちは街を救った英雄。
特に一斗はレオナルドとの一戦や街中を献身的に介護してまわっていたのもあり、老若男女問わず大人気で、そこら中から引っ張りだこだ。
一斗は「しゃーねぇな」と相変わらず面倒くさそうに街の人と付き合っているように見える。
が、本当は飛び上がるくらい嬉しいのを必死に隠そうとしている。そのことを、二人の少女は見抜いていた。
「一斗はもっと素直に喜べばいいのにね、マイ」
「そうね、ティス。あれでクールに決まっていると本人は思っているらしいわよ。ほんといつまで経っても子どもなんだから」
呆れ返ってきているような発言だが、マイもティスティも一斗が徐々に変わってきていることに内心とても喜んでいる。
以前までの一斗は、そもそも積極的に自ら人と関わろうとしなかった。アイルクーダにいたときは、マイとティスティ以外ではハルクにしか一斗は接点を持とうとしなかったくらいだ。
ところが、ハイムの森で魔法陣が出現し、二つ目の封印が解けてから、一斗は明らかに変わっていった。教会から脱出したあと、自ら積極的に街の人の介護を申し出て、自然と交流を深めていったり、レオナルドやケインの修行も嫌々ではなく、毎日本腰を入れて取り組んでいたりしているのである。
「一斗お兄ちゃん、次はこっちこっち!」
「あ〜、次におんぶしてもらうのはわたしの番よ!」
「いやだよ〜。だって、一斗お兄ちゃんの背中温かいんだもん!」
「こらこら、おれはホッカイロじゃないんだぞ」
「「ホッカイロってな〜に?」」
子どもたちにハモって質問され、逆にフリーズする一斗。
「ホッカイロっつーのはな……あ〜もう! 次はどこ行くんだ?」
「こっち、こっち!」
「だぁ〜、そんな引っ張んな! 腕が、腕が」
今もマイたちの目の前では、街中の子どもたちに一斗はせがまれて両手を引っ張られながら、おんぶをさせられている。
その光景を、街の大人たちは皆温かい目で見守り続けた。
◆エルピスのまち 宿屋一斗の部屋
夜遅くになってようやく街の人たちから解放された一斗は、借りていた宿屋の一室に戻り、一人支度を始めた。
「ふ〜、やっと落ち着いたぜ」
(明日の早朝出発するっていうのに、三日間連続で壮行会という名のお祭り騒ぎに見事に巻き込まれたよなぁ。
結局早朝練習以外の時間はほとんど引っ張り回されっぱなしだったしな……ろくに支度もしてねぇ〜つうのに)
心の中で愚痴をこぼしてみたものの、思い出すことはどれも悪い感じがしなくて。
そのことに嬉しさを感じる一方で、一斗は戸惑いも感じていた。
これまでずっと他者を拒絶して、強くあろうとしてきた。
これまで、といっても記憶にあるのは退院してから施設に預けられてからしかない。
友達や知り合いの記憶どころか、両親の記憶もない。誰にも頼ることができずに児童養護施設に行くことになる。
そこでは親に虐待され心に深い傷を負っている子どもたちが大多数いた。が、俺からすると、親がいるだけましだと思った。知り合いがいるだけましだと。
頼ることのできる相手のいない俺は、とにかく強くあろうと必死だった。結局、強くあるためには独立する必要があると考え、施設も三ヶ月足らずで黙って抜け出すことにした。
あてもなく東京をさまよっているところを拾ってくれたのが、つい最近まで勤めていた会社の前社長だった。
身分を示すものがなかった俺を保護してくれ、厳しくもあったが可愛がってくれた。だから、「一日も早く成果を上げて拾ってくれたことが間違いではなかったことを証明させるんだ」そう言い聞かせ、がむしゃらに働く毎日を過ごした。
すぐに結果を出していき、ライバルは蹴落としていき、あっという間に異例の出世をして次期社長候補とまで言われるようになる。その頃に前社長の懇意で、現社長の娘と結婚が決まってすぐに前社長が突然死した。恩返ししたくてこれまで頑張ってきたのに、いきなり生きる目標が目の前から忽然と消え去った気がした。
それでもこれまでがむしゃらに生きてきた生活からは抜け出せず、むしろ以前より他者を拒絶しながら生きるようになった。心から喜ぶこともなければ、当然心から喜ばれることもなく、常に神経をピリピリさせながら生きてきたように思う。
他者と仲良くすればまた傷付くだけだ。
強くあればなんだって乗り越えられるんだ。
一人でもやっていけるさ、一人でだって。
そう言い聞かせる毎日が当たり前になった頃、あの事件が起きた。
「そういえばあの後だよな。マイと出会って、こっちの世界に来たのは。そして、あれをもらって……ん? んん? あれ?」
ないぞ、あれがどこにもないぞ!
あれがないと……!
「一斗、支度終わったかな。どうせまだだろうけど」
マイは「やることがあるから先に行ってて」と言って資料を整理していたので、ティスティは一斗の部屋に先に向かうことにした。
慌てて支度している姿が思い浮かび、ティスティはクスッと笑う。
ティスティは一斗と出会ってから素で笑うようになった。みんなに合わせる笑顔でも、無理やり作った笑顔でもなく。
昔のティスティを全く知らない一斗やマイでも、そのことに気付くくらいだ。
一斗の部屋の前に着いたティスティは、ドアをノックしようとしたところ……
「どこにもないぞーーーー!!!!」
「ど、どうしたの、一斗!?」
ティスティは突然部屋の中からきこえたから、ノックをしないで部屋に入ってみると部屋中が荒らされていた……荒らした張本人は明らかに一斗だが。
「あの本が、マイにもらった本がないんだよ! ここに入れっぱだったはずなのに」
言いながら一斗は今までにないくらい焦っていて、部屋中を漁りまわっている。
それこそ必死の形相で。
ベッドのシーツは剥がされ、クローゼットは開きっぱなし、引き出しは開けっぱなし。それに一斗の荷物も部屋中に散らばっている。
「一斗、急にどうしちゃったの!?」
マイもティスティと同様に、一斗の部屋に駆け込んで来た。
「マイ、いいところに来た! あの<真相の投影>で描いてくれた本がなくなっちまったんだよ! 知らないか? このバックに入れていたはずだったのに」
俺は焦って探しながら、マイに質問した。
あれには俺が、これまで成長するきっかけがたくさん詰まっているのに。
氣功術についてもそうだし、あの絵だって。
それに……マイが。
「……もしかして、最近見てなかった?」
ギグッ!
な、なんでそのことを。
「やっぱりね」
「い、いや、いらなくなったなったわけじゃなくてな。ほら、最近忙しかったからな。それでな」
なんか言えば言うほど、言い訳っぽくなってきた気がして目をそらした。
少し間が空いてからそらしていた目をマイに戻してみると、なぜかマイは微笑んでいて明らかに喜んでいるように感じる。
「おめでとう、一斗」
「!? どういうことだ?」
マイがなんで俺を祝福するんだ?
意味がわからん。
「だって、あの本に描いてあったことを受け止めて行動してきたんでしょ? だから、もう役目を果たしたから消えたんだよ、あの本は」
「そ、そうなのか……」
俺は受け止めることができたのだろうか?
「少なくとも、アイルクーダで再会したときに感じていたことと、最近感じることって変化してないかな?」
マイは俺の荷物を手に取り、片付けながら質問してきた。ティスも何事もなかったかのように片付けを手伝ってくれている。
その目の前の光景を見ていたら、なんだか――
「急に泣いちゃってどどうしたの、一斗?」
「えっ!?」
ティスに優しく声を掛けられ、初めて俺は泣いていることに気が付いた。
「い、いやこれは! ほこり……そうほこりが目に入って痛くなってな! あ〜あ、痛い痛い」
大声で言いながら、一斗はパッと二人に対して背を向けた。
思い返してみても、こんなに他人の存在を身近に感じて、しかもそのことが心地良いと思うのは、これまで一度もなかった気がする。
<真相の投影>に描かれていた絵のような『お互いが苦しくなる世界』で生きた俺にとって、今いる世界はまるで天国のような世界だ。
頼ってくれる人がいるのはもちろんだが、こいつのためになんとかしたいと心の底から思える相手がいること。
そして、何より俺が頼りたいと思える仲間もいること。いつの間にかそう思えるようになったことが、俺が変わっていく原動力になったにちがいない。
だから――
「ありがとな、マイ。ティス」
一斗は涙を拭って、二人の方に向き直して、ニカっと笑顔で感謝の言葉を伝えた。
それに対して、マイは笑顔で頷き、ティスティは「こちらこそだよ、一斗」と涙目になりながら応えるのであった。
「そういえばさ、一斗。聴こうと思ってたことがあるんだけど」
「なんだ、ティス?」
あのあと部屋を元通りにしている最中に、ティスティはあることを思い出して一斗に声を掛けた。
「あのキールとの一戦で、マイに振り下ろされたオーガの一撃をなんなく防いでみせたでしょ?」
「あぁ、あのときね……あれはさすがにマイも危なかったわ」
マイは戦闘時のことを思い出したのか、ブルっと震えている。
「なぜあんなに簡単に防ぐことができたの? それに、その後の技も」
そうなのだ。
一斗は明らかに自分より腕力のあるオーガの一撃を簡単にさばいた。
そして、その後にはマイの魔法をまるで吸収したかのようにして、氣と掛け合わせた合体技をオーガに与えたようにティスティは感じた。
しかし、氣功術にそんな使い方があるのはきいたことがないし、一斗が使っているのも見たことがはい。
「あ〜、<難攻不落>と<燃犀之見>のことな」
「ナンコウフラク? ネンサイノ……きいたこともない言葉だけどなんなの?」
ティスティは首を傾げながら一斗が話した言葉を復唱してみたが、まったくイメージがわかないようだ。
「まぁ、きいたことなくて当然だわ。だって、俺のオリジナルスキルで、かつ、あの戦いの前日に編み出したものだからな」
***
編み出したっていうと格好いい感じがするが、色々試していたら身に付いたという方が正しい。
あの日、ヘッケルの日記をマイと一緒に見た後のことだ。
「そう言えば、マイが使った魔法はなんていったっけか?」
「<重力の鉄槌>だよ。それがどうかした?」
「それはマイが思いついたのか?」
以前話を聴いたとき、<真相の投影>はマイではない誰かが編み出したと言っていた。
だとしたら、他の魔法はどうなのか?
純粋に気になっていた。
「それはマイが編み出したよ。と言いたいところだけど……」
「だけど?」
マイは本棚にある本を取り出して、中身を確認しては次、次と本を読み漁っていってる。
「実はね、古代魔法に関する書物を参考にしたんだ。マイの魔法は特別だから苦労したわ」
話によると、マイが扱う時空間魔法は扱える者はほとんどいないようだ。仮に、使える逸材はいるかもしれないが、自分が扱えることに気づかないまま一生を終える可能性が高い。
なぜなら、周りに使える人物や書かれている書物がないから、そんな魔法が存在することすらわからないでいるから。
「じゃあよ、魔法を編み出すってすごく難しいことなのか?」
「難しい……そうね。古代文明の人たちはそれぞれ固有の魔法を身につけていたときくわ。だから、失われた秘術とも言われているのよ。けれど、だからと言って難しいとは限らないかも。わかりやすく説明すると――」
マイは開いていた本を閉じて、机の上に置いてある白紙とペンを手にとった。
「本来体中にあるマナに精霊たちの力を付加させて、具現化させたものが魔法なの。ここまではいいかな?」
絵を描いてわかりやすく説明し始めたマイに対して、俺は興味津々に頷いた。
「この具現化させるときにイメージをすることが大事。けれど、ただイメージするだけではモヤっとしやすいから、イメージとそのイメージを表現できる言葉で”詠唱”するってわけ。こんな説明でわかるかな?」
「要は、自分でイメージしやすい言葉を選べってことだろ? なら、それは魔法だけじゃなくて、氣功術にも使えるんじゃないか? ヨッと」
俺は立ち上がって、氣を体内に循環させ始めた。
(このままだと、ただ氣が循環しているだけだ。ならば、この氣にイメージを付加してやれば!)
一斗の体中が蒼く光り始め――
「ダメだ〜。なんかイメージがうまく固まらん」
床に手をついて一斗は倒れ込んだ。
「だったら、一斗がイメージにぴったりな言葉を掛け声にしてみたらどう?」
「おっ、そうだった! じゃあ、もう一度」
再び氣を循環させ、イメージを固めるタイミングで――
「<難攻不落>」
俺が言葉を発した瞬間に、体中に力がみなぎってきて自分自身が何かに守られている気がしてきた。
「言葉からすると、防御力を高めたの?」
「そうそう。試しに、その杖で思いっきり殴ってみてくれないか?」
「いい、ヨッ!」
間髪入れずに杖で攻撃してきたのを、一斗は咄嗟に出した小指だけで防いでみせた。
「……うそ?」
「お前はあいかわらず、遠慮ってのを知らないんだな」
目の前で起きている状況が理解できずにいるマイに対して、俺はしてやったりな表情をしてみせた。
「……一斗の方こそあいかわらずね、その適応力は。もしかして、マイの魔法も防げたりするのかな?」
「えっ!?」
そっか。
何も氣功術に限った話じゃないかもしれないな……やってみる価値はあるか!
***
「――てな具合でな」
「てな具合って。何でそこから『魔法と氣を混ぜ合わす』なんて発想になるのよ。ねぇ、ティス?」
「ほんとだよ。でも、一斗って、新しく何かを生み出すのに長けていると思うわ」
ティスティは話しながら、一斗と一緒にいると飽きることがなんてないんじゃないか、と感じている。
実際、一斗はとにかくいろんな事件に巻き込まれている。レオナルドとの一騎打ちもその一つである。
しかし、それ以上に興味深いのは一斗の発想で、日常生活の何気ない出来事からヒントを得て形にしていく姿を、特にエルピスのまちに来てからよく見せてもらえている。
「まぁ、なんだ。俺も実は驚いててな」
「どういうことなの、一斗?」
一斗の発言にティスティは驚きを隠せなかった。
「(質問してくれたティスに答えてやりたいが、いつの間にかそうなった感じだからな)魔法と氣を合体させることができるって、感覚的にそう思ったんだよ。対象の本質を見抜き、自分のものにする<燃犀之見>もそうだが。マイの<重力の鉄槌>の特質を見抜ければ、自分の力に変換できないかなって」
思い立ったが吉日。
あの後、早速マイに<重力の鉄槌>を俺に対して唱えてもらったが、五発まともに食らってしまった。
今思い返してみると、あのまま続けていたら俺の体はやばかっただろう。。
ようやく六発目で本質を見抜く感覚がわかって、七発目で自分の力に変えることができるようになった。
結果だけ言えばそういうことだが、「なんで?」ときかれても、回答が思い浮かばない。
やっぱり才能か?
「もしかしたら、あの魔法陣と何か関係してるのかな、マイ?」
「そうね……封じられていたなんらかの一斗の能力が解放されたのかもしれないわ」
そう言うと、マイは何か考え事をし始めた。
この状態になったマイは声を掛けても無駄と知っている俺とティスは、お互い目があってヤレヤレって感じで笑うのだった。
◆エルピス 〜キーテジまでの街道
翌朝、まだ薄暗く寝静まっているエルピスのまちをあとにする人影が三つ。
キーテジ方面に向かって歩いている。
「エルピスでの毎日は濃厚だったわね」
イキイキと弾んだ声でマイは呟いた。
ちなみに、杖以外は何も持っていない。
「そうね。最初の頃は街全体が薄気味悪かったから、早く街から離れたいと思ってたけど……」
言っている内容に反して、どことなく表情は穏やかなティスティ。
ちなみに、手ぶらである。
「お、お前らな……少しは、歩くペースを、考えろよ」
汗をダラダラ流しながら、疲れきった表情で何とか声を振り絞って出した一斗。
ちなみに、全員分の荷物が入っていて、マイやティスティの身長くらいあるリュックを背負っている。
「だって、一斗が持ってくれるって言ったじゃん? 修行のためにって」
マイは一斗の方を振り返って、「今更なに?」みたいな顔で答えた。
「うっ、確かに……けどなぁ」
言い返そうとしたが、マイの言っていることは間違っていないため、一斗は押し黙るしかなかった。
「あははは、そうね。ところで、術の調子はどう、一斗?」
「ああ、<操作>な。実験は順調にいってると思うぞ」
操作。
マイが考案して一斗が実用化させた氣功術の一つ。
周囲の氣を集めて対象に付加することで、物体をコントロールする。
「ただ、現状は……な」
「なんか問題点でもあるの?」
ティスティからすると、すごく便利な術だと思うし、使えているなら不満なんてないと思った。
「ティス、一斗が懸念しているのは実用面のことよ」
「実用面? あぁ、そういうことね」
ティスティは一斗の状態を改めてみて、マイの言葉に納得した。
荷物を浮かせているから本当なら楽できるはずが、一斗は疲れ切っている。
つまり、一斗は氣をコントロールするのに慣れていないためか、余計に氣を発散しすぎているようである。
「だったらさ、こうすればいいんじゃない?」
ティスは突然俺からリュックをかっさらおうとする。
「お、おい! かなりおも……たくないか?」
平然と背負っているティスを見て、俺は驚きのあまり言葉が出なくなった。
だってよ、自分と同じくらいあるリュックを背負っていて、一見すると明らかに無理そうなのだが。
「きっと一斗は、常に氣を全身からリュックに流し続けていたんじゃないかな?」
「お、おう」
だって、そうしないとリュックを操作できないだろ?
「そうじゃなくてね。こうやって氣を物体に通して、自分の氣とリンクさせるの。あとは意識でコントールするだけでいいから、余分に氣を使うこともなくなるでしょ?」
当たり前でしょ?
みたいな感じで言われてもな。
言われれば、確かにって感じだが。
「さすがティスだわ。一斗の得意分野は発想力や創造力に対して、ティスの得意分野は生み出されたのに対する応用力って感じかしら?」
「そう、それだ! マイの言う通りだ。あっさり身に付けて、それを使いこなしていくのが得意だもんな、ティスは」
「エヘエヘ、そうかなぁ」
ティスは照れているが、ティスから学ぶところが本当にたくさんある。
レオナルド戦で使った<黒星>も、ほとんどがティスが考案したものをパクったようなものだからな。
俺には今回のティスのような素質はないだろうし。
「そ、そういえば、出発前にラインさんから何言われてたの?」
話をそらすように、ティスが話題を変えてきた。
「あぁそのことなんだけどな」
***
エルピスを出発するときに見送りはいいと伝えていたのだが、ラインが門の前で俺たちを待っていた。
「ライン、見送りは良いって言ったのに」
「まぁ、なんだ。一斗、お前に伝えておきたいことがあってな。ちょっと良いか?」
「ああ」
ラインに言われるままに、俺だけラインに近づいた。
「道中気をつけろよ」
「急にどうしたんだ? そりゃあ気をつけるが――」
何当然なことを言ってるんだ、ラインは。
「いや、お前が想定している以上に気をつけろってこった。特に、アルクエードの謎に迫ろうとするなら、な」
「何かあったのか?」
ラインの表情を見る限りは、過去に何かあったようだ。
あまり話したくない、思い出したくない何かが。
「実はな。三年ほど前に城下町で国の情勢について調査していたことがあったんだ。しかし……その時はフィダーイーのやつらに不意打ちを受けて、部下たちはみんなやられてしまってな」
「フィダーイー? 何かの組織の名前か?」
きいたことない名前だった。
「バスカル直属の組織ってことまではわかっているんだが、それ以上は……。あいつらはとにかく強い。しかも、どこに潜んでいるかわからない。すごい厄介なやつらなんだ……だから――」
「わかった。ラインがそこまでいうやつらなら、よほどなんだとわかる。わざわざ教えてくれて、ありがとな」
俺から握手を求めたら一瞬ラインはキョトンっとした顔をしたが、すぐに握手をしてくれた。
「……勝手にくたばるんじゃないぞ、一斗。お前との決着はまだなんだからな」
***
「フィダーイ……マイも知らないわ。ティスは?」
「私も知らないわ」
そうだよな。
いろんなことを知っているマイでも、この世界にずっといるティスも知らないとなると、ひとまずは警戒するってことしかできないか。
「とにかく不用意な行動は控えないとね、一斗」
「なんで俺だけに釘を刺すんだよ」
「だって……ねぇ、ティス」
「うんうん」
「けっ、勝手に言ってろよ」
体が勝手に動いちゃうんだから仕方ないだろ。
マイに言われたことに一斗はムッとしたが、反論ができないから首を横に向けた。
『あと、マイのことだが。彼女のことは絶対に守りきれよ。もちろんティスもだが。あいつはきっとアルクエードの謎に迫る上でのキーマンになると思うから』
最後にラインから言われたことを思い出しながら、一斗はリュックをティスティからバッと奪って再び歩き始めた。
(そんなこと言われなくなってわーてるさ。こいつは、マイは何が何でも今度こそ守りきる!)




