02 キールが残したもの
『戦線を離脱するっていう話は本当か!?』
ブルーベースの鎧に身を固め、顔にはどこかまだ幼さが残っている青年が私に必死な形相で詰め寄ってきた。
『ええ、本当よ。やるべきことが見つかったわ。私はそれを成し遂げるために生きてきたのだから』
私は目の前の青年を含む若手将校たちが固唾を呑んで見守る中、荷物をまとめることにした。
今は戦争真っ只中。
最前線のこの地では多くの死傷者が出ており、その大半は人間側である。
戦争が始まって以来、人間側はほとんどの戦線で負け続けているのが現状だ。
私に話しかけた青年は、そんな戦の最前線を指揮するリーダー的存在である。指揮をするといっても、実際に指示をするのは軍人の役割だが、劣勢の人間側で唯一負けずに勝ち続けていれているのはこの青年のおかげと言っても過言ではない。そのためか、いつの間にか青年は最前線の英雄、旗印としてみんなの希望となっていた。
この青年が、後に鬼人族の大将を打ち倒し、人間世界に平和をもたらした勇者として讃えられることになる。
『わかっているのか。ここが負けたら俺たち人間にはもう後がなくなるんだぞ……それでも行くのか?』
いかにも本当は怒鳴りつけたいのを抑えながら、青年は再び私に話しかけてきた。
『ごめんなさい。たとえ、逃亡者としてけなされることになろうとも、私は以前からずっと話し続けてきたことを成し遂げてみせるわ』
『……そこまで強い意志があるなら、もう俺が何も言うことはない。とっととここを立ち去るがよい』
『大将!』
青年が私に背を向けたので青年を慕う若い将校の一人が慌てて駆け寄るが、それから青年は一切口を利かず動かなくなった。
私は青年に対して深くお辞儀をして、荷物を持ち、この場を立ち去ることにした。
『達者でな、マイ』
そして、野営テントを出ようとしたところで、不意に青年の声が聞こえてきた。
抑揚はないけれど、どこか温かみのある声で。
『ありがとう、○○』
私は背を向けたまま小声で感謝の言葉を伝え、その場から立ち去って――
………………
…………
……
「夢……か。最近あの頃の夢ばかりね。ずっと見ていなかったのに……なんでかしら」
マイはほっぺたを二回パンパン、と叩く。
ようやく目が覚めてきた感じがして部屋を見渡してみると、隣で寝ていたはずの少女はもういなくなっていた。
「いつも朝早いわね、ティス。
さてと、マイもやるべきことをやりますか!」
マイは独り言を言って気合を入れつつ、服を着替え始めた。
だんだん暖かくなってきても、黒のローブを羽織ることは忘れない。
そのことをティスティが質問したときに一斗が、
「そりゃあ、ティスのスタイルと比べられるのが嫌――」
と言ったあとには、一斗の屍だけが残っていたとかいなかったとか……。
その一件以来、一斗はマイの服装に関する話題には一切触れなくなった。
――いつの世でも、男は女には敵わないようだ。
◆エルピスのまち 教会跡
準備を終えたマイが向かったのは、キールとの戦闘があり、バスカルによって完全消滅した教会跡地である。
一斗たちが修行をしている間、アルクエードや教会に関する情報を掴むためにマイは単身調査に乗り出したわけだが。
「やっぱり表層には何も痕跡が残っていない、か……あの人が早く来てくれるのを待つしかないわね」
マイは跡地周囲を探索したあと跡地に赴いてみると、そこに監視役以外に先客が一人いた。
跡地には穴を覆うように大きなテントがかけられており、雨対策がされている。そして、穴はとても深くて誤って転落したら危ないということで、決起隊が監視役として交代で見張っている。
マイが先客に近付いてみると、彼は何か祈っているようだったので、声を掛けずにそのまま待機することにした。
「……マイか」
「そうよ、ライン。今日もお祈り?」
「ああ、バスカルの野郎の思惑で死んでいったやつらに、必勝祈願も兼ねてな」
ラインは真っ直ぐ慰霊碑を見ながら、想いをこめてそう答えた。
「わぁ〜綺麗な花ね。その花は……キールの屋敷にあったものよね?」
白色、紫色、黄色。
三色の花弁が咲いており、とても色鮮やかな感じに、マイは目が奪われた。
「ああ、そうだ。クロッカスという花らしい。キールだけでなく、おれたちの親友キオンも大好きな花だったんだぜ」
「クロッカスかぁ、平和の象徴ね」
マイの一言のあと、二人の間には会話がなく穏やかな時間が流れた。
ラインが何やら物思いに耽っている中、マイも慰霊碑に対して黙祷を捧げることにした。
「そういえば、最近いつもレオナルドのやつが世話になってるな。ありがとよ」
今思い出したかのようにラインは立ち上がって、いつも通りな感じで感謝の意をマイに伝えた。
「ううん、こちらこそよ。最近はティスがレオナルドさんに何かを教わっているらしいしね」
マイも立ち上がって、ラインに心からの謝意を表した。
「そうなのか? あいつそういう肝心なところは言わないからなぁ」
「そうね……で、何かマイに聴きたいことがあるんじゃないかしら、ライン?」
マイの切り返しにビクッとラインは反応してしまい、観念したかのように首を左右に振って降参のポーズをした。
「さすがマイだな。一斗のやつが言っていた通りだ」
「一斗がなんて言っていたかは後で問い詰めるとして……ききたいことはその右手に持っているもののことかしら?」
マイはラインが右手で持っているものを指差した。
「ご名答。ずっと借りっぱなしだったからな。ありがとよ」
ラインは持っていた柄をマイに手渡した。
「……」
「どうした? おれは何も仕組んだり、壊したりしてないぞ」
受け取ってもマイが何も喋らなかったから、ラインは疑われていると思った。
「ううん、ちがうの。これはもうあなたのものだわ」
「!? どういうこった?」
差し戻された柄を見つめて、ラインはもう一度マイの真意を尋ねた。
「それはアクト・シャフトっていう古代技術で作られたものよ」
「古代技術?」
初めて聞く話に、ラインは頭を傾げた。
「そう。それは担い手の想いやイメージ、器に同期することによって、具象化する武器なの」
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□アクト・シャフト その1
現在は失われた技術で作られたものは、
総称して古代道具と呼ばれている。
その中でもアクト・シャフトは担い手の
マナやマテリアル、氣、魔法に呼応する技術が用いられている。
アクト・シャフトは特に高度な技術が必要なため、
希少性が高く魔道具の一つとしても知られていた。
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「そんなすごい武器なら、なおさらだろ。一斗やティスティにだって――」
「ううん、二人には無理だったの」
マイは苦笑いしながら首を横に振った。
「二人にも以前試してもらったけど、彼らにはまだ無理だったわ」
「まだ? 何かが足りなかったのか?」
「足りない……というよりも、適性の問題かな」
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□アクト・シャフト その2
担い手に大きく依存する特性があるため、
扱える人材はかなり限られている。
特に、担い手に適性があったとしても、
イメージを具現化するほどの想いの強さが
必要不可欠である。
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「なるほどな。でも、いいのかよ。そんな希少なものをおれなんかに譲ってよ」
「いいのよ。あなたなら」
………………
…………
……
「マイさん!」
マイが振り返ると、先ほどマイを引きとめようとしてくれた若手将校が走って近寄ってきて、あるものをマイに差し出した。
「中尉さん、これは……」
彼から差し出したものは、中尉の家宝の一つである魔道具アクト・シャフトだった。
「あなたには生きていてほしい。どうか受け取ってください」
真剣な眼差しでわたしのことを見つめ、本心で家宝を譲ろうとしてくれていることが伝わってくる。
「……ありがとう。きっとまだわたしには使えないけれど、大事に使わせてもらうわ」
両手で丁寧に受け取って胸元に持っていき、精一杯の気持ちを込めてお礼を伝えると――目の前の少年は年相応の満面の笑みで答えてくれた。
……
…………
………………
アクト・シャフトを譲り受けた時のことを、マイは思い出した。
(あの中尉さんもきっと納得してくれるわよね)
そして、マイはアクト・シャフトを握っているラインの手を優しく包み込む。
「あなたなら、あなた自身のために使ってくれるって信じれるから」
慈愛に満ちたマイの雰囲気に、ラインは心を奪われた。
「(なるほどな。一斗のやつが大事にしたくなるわけだぜ)わかったよ。有難くいただくぜ。そして、おれのために使いこなしてみせるさ」
「ええ、楽しみにしているわ」
一斗がこの場を見ていたら激しく嫉妬するくらいに、マイとラインの間には心地よい空気が流れている。
「そういえばよ、話は変わるが何か手がかりは掴めたか?」
「ぜ〜んぜん。本当に綺麗さっぱり証拠が隠滅されていて、あと残るはあそこだけよ」
ラインの質問にマイは残念がって答え、ある地点を指差した。
「あそこは……深い穴のことか?」
「ええ、そうよ。調査が難しいから後回しにしていたのよ。けど、ここが一番怪しいのよね」
マイは穴の方に近づいていき、ラインもそのあとをついていった。
穴を覗くと底がまったく見えない。
何もない。
その何も寄せ付けないような潔癖な底からは、「逆に何か怨念が湧き上がってきているんじゃないか」と、ラインはそんな嫌な感じが底から流れている気がした。
「実はこの穴を調査するために、そこまでの移動手段を作ってくれそうな人材に声をかけていたの」
「その人材とはいったい誰なんだ?」
そんな人材はこのエルピスにはいない。いったい誰なのか、ラインはその人物に興味が湧いた。
「それはね――」
「マイさ〜ん!」
「おっ、グッドタ〜イミング!」
決起隊のメンバーにつられてやってきたのは、アイルクーダのまちでハルクに弟子入りした若者だった。
「あれ、ハルク親方は?」
マイが辺りを見渡しても、ハルクの姿はどこにも見当たらなかった。
「すまねぇ、マイさん。ハルク親方は街の復興で今はどうしても手が離せなくてな。ただ、必ず駆けつけるって約束してくれました!」
「そう! 親方に会えなかったのは残念だけど、それは頼もしいわ」
「ところで誰だ、ハルク親方って?」
話についていけないラインが、ハルクのことについて尋ねた。
「アイルクーダの一流の大工職人だよ。一斗にとっての恩人でもあるわ」
「一斗の知り合いか!」
「はい、そうです。あっ、親方が一斗のことをすごく心配していましたよ。『あいつ、無茶ばっかしてないか』と」
「あははは。さすが親方、よくわかってるわね。でも、大丈夫よ。彼にはマイがついているから」
自信満々にそう答えるマイを前にして、アイルクーダからわざわざ来てくれた若者は満足そうに頷いた。
「そうだ。あと、マイさんからのもう一つの頼まれもの。親方から預かってきました。どうぞ」
「他に何を頼んでいたんだ、マイ?」
「フッフッフッ。それはね、とっておきの秘密兵器よ」
マイは若者からブツを受け取って不気味に笑い出したため、そんなマイを目の前にしてラインと若者は顔を合わせて苦笑いした。
◆キール邸 キールの部屋
現在は決起隊の駐屯地になっているキール邸。
そこに、マイとラインは訪れた。
「ところで見せたいのものって何なの、ライン?」
マイはキールの使っていた部屋に着くなり、ラインに尋ねた。
「あぁ、実はお前に是非とも見てもらいものがあってな……そうそう、これだ」
ラインはそう言うと分厚い資料を取り出し、付箋が貼ってある箇所を広げた。
そこには、キールの直筆である調査に関する詳細な記録が載っている。
======極秘資料======
決起隊結成以前から、
ずっと調査していたある施設に関する
調査結果をここにまとめる。
ただし、
この調査結果を確かめるのは
生死に関わる。
しかし、
友との約束を果たすため、
私は知る限りの情報をここにまとめた。
願わくは、
この行動が平和に繋がることを
切に願うものである。
キール・アルトーゼ
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マイは書いてある内容が信じられないような表情で、黙々と資料を貪るように読む。
ラインはそんなマイにはお構いなしかのように、目をつぶってマイが読み終わるのを待っている。
一時間経った頃にマイは一通り読み終わった。
マイは普段の天真爛漫な感じとは真逆のとても真剣で、険しい表情をしている。
「こんなことって……」
言葉を振り絞るように吐き出すが、マイはなんて言ったらいいかわからなかった。
「ここに載っている内容、俺はほとんどが真実だと思っている。実際に、似たような現場を見たことがあるからな」
「とても人間のやるような所業ではないわ……いえ、自分を守ることに精一杯な人間だからこそできるのかも」
マイは相変わらず顔面蒼白なままだ。
(当たり前の反応だな。発狂しないだけさすがだよ、マイ)
ラインはマイの表情を見ながら同情した。
この資料はとても危険な要素がたくさん詰まりまくっていて、誰でも気軽に見せれるようなものではない。
王国に報告しようものなら、逆に隠蔽しようとして、自分の首を絞める結果になるのは目に見えている。
それくらいまずい内容なのだ。
それこそ王国の信頼が一気に傾きかけないくらいの。
極秘資料には、要約すると以下の内容が書かれていた。
・アルクエードに関する考察
・アルクエードが使えない子どもに関する情報
・聖なる花園の存在
・古代道具の存在
特に、二番目の情報量が半端ない。
資料の約八割を占めており、キールが生前どのくらいの執念を込めて調査していたのかがわかる。
「おれたちの親友は『アルクエードが使えない』、ただそれだけの理由で拘束された。そこで”聖なる花園”と呼ばれる場所で強制労働させられ、芽が出ない子どもは……」
======聖なる花園======
規定の年齢に達してもアルクエードが使えない、少年少女らが収容される場所。
ここでは、アルクエードを使えるようにするための更生施設と銘打っているが、実際は実験体として様々な研究のモルモットして扱われる。
ここで素質に目覚めたものは、フィダーイーとして生きる道もあるが、過去百年間でフィダーイーに抜擢されたものは全体の1パーセントにも満たない。
ほとんどの子どもたちは、過酷な訓練という名の実験に耐えられず逃げ出すものもいる。
しかし、逃げたら問答無用で処刑されたり、生きる力がなく逃げる途中で衰弱死したりするケースがほとんどである。
創立者は不明であるが、辺境の地であるキーテジにリンドバーク帝国宰相バスカルの姿が何度か目視されていることから、彼が何らかの形で関わっているのは明らかだろう。
そして、肝心の詳細な場所だが、目撃情報からすると街の中心部にあるとされている。ところが現場に行ってみると、そこにはこの地域の守り神とされる御神体しかなく、未だに所在は不明である。
詳しく調査しようにも、何者かに監視されている可能性があるため、これ以上の介入は不可能と判断する。
【追記】
目撃情報によると、暗闇の夜に見知らぬ集団が街を出入りしているという報告がある。
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ラインは両手を握り拳にして、プルプル震えながら力強く握った。
親友のキオン。
いつもあんなに元気一杯だったあいつが、ただ『アルクエードが使えない』ということだけで思い悩み……。
あの秘密基地で喧嘩別れしちまったが、
もうお前のような境遇の子を
これ以上絶対に増やさせない!
それにキール。
お前は物心ついた時からずっと一緒だったよな。
なんだかんだでずっとお前を頼りにしてきた。
決起隊結成も、今も存続できていることもすべてお前のおかげだ。
あの最期に言いかけたこと……この調査結果は必ず活かして、お前の弔いにするからな!
何度も襲ってくる恐れや怒りに屈せずにいれたのは、よほどの誓いがラインの心の内にあるにちがい、とマイは目の前にいるラインを通して感じた。
支えとなる仲間がいなくなっても、折れても挫けても、立ち上がってまた歩み続けるその信念にマイは心打たれた。
「この内容によると、そのあなたたちの探しているところは”キーテジのまち"にあるようね」
「ああ、きっとな。ただ、あいつも特定ができたわけではなくて、あくまで可能性だが。
あなたたちは……って、その表情を見る限りでは行く気満々って顔だな」
「当たり前よ。アルクエードに関する謎が解けるかもしれないでしょ。それに……」
「それに、なんだ? 何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
何か言いたそうにしていたが、言葉にできず一瞬戸惑った表情を見せたマイのことがラインは気になった。
「……なんでもないわ」
「なんでもないって。そんな悲しそうな表情をして言われてもな……。
わかった、これ以上突っ込むことはしないから安心しな」
「ありがとう、ライン」
今の感じのマイと接してみて、ラインは一斗からお願いされていたことを思い出した。
『マイのやつは何か俺たちに言えない重大なことを隠している。それは間違いないんだ。だが……あいつの口から話すまでは訊きたいことがあっても、待ってくれないか? 頼む!』
「(一斗、お前がなんであの時そういったのかがようやくおれにもわかったよ。今のマイを見たらな)気にすんなって。おれたちは部隊編成に時間がかかるから、一週間後には出ようと思う。マイたちはどうする?」
「一斗たちと相談するけれど、きっとラインたちに先行する形で出発することになると思うわ」
マイは表情を切り替えて、表面上元の笑顔に戻して答えた。
「じゃあまた共同戦線することもあるかもな! そんときはまたよろしく頼むぜ」
ラインは右手を差し出し、握手を求めてきたので、マイは両手で差し出されたラインの手を優しく包んだ。
「ええ! こちらこそよろしく頼むわ、ライン。ただし、うちの一斗が猪突猛進な行動をとっても怒らないでやってね」
マイの男の心を魅了するウインクで聞き逃せない発言を、ラインはうっかり見逃しそうになったが――、
「そんときはおれも一緒になって突撃してやるから、安心しな」
「……うん、わかったわ!」
そう伝えると、今度はマイがキョトンとしたが、数秒後にようやく言葉の意味がわかったのか心底嬉しそうに微笑んで答えた。
◆フィレッセル城 ???
マイとラインがお互いの情報交換をしているちょうどその頃、フィレッセル城にある誰も近寄らない部屋に三人が顔を合わせていた。
「あなたたちに集まってもらったのは他でもないわ。これから妾たちはバスカル様のご指示により、キーテジに行き『選別』を行うわよ。歯向かうものには容赦しないこと、いいわね?」
バスカルから直接指示を受けた黒装束の女が、他の二人に対して命令した。
女の名前はユーイと言って、バスカル直属の<フィダーイー>のリーダーである。
髪は金髪で、前髪はオールバック、後髪はポニーテール。
鋭い目付きをしており、隠密行動が多いため化粧などはしていないが、顔付きや容姿から妖艶な雰囲気を全身から醸し出している。
実は人間族と鬼人族から産まれたハーフデーモンの末裔であるため、感情が高ぶると頭から角が出る。そのことで人間から虐げられていたときにバスカルと出会って以降、バスカルの配下して暗躍している。
「……我に問題はない。従おう」
ユーイの命令に最初に答えたのが、身長が百八十センチあり、三人の中では身長が飛び抜けている男。名をヴィクスという。
髪は茶色で、後髪は腰まで伸ばしてバンダナで縛っている。
体格は筋肉ムキムキのマッチョで、見た目が身長以上に大きく見える。
両目は幼い頃に受けた仕打ちの影響で隻眼になり、気配だけで周囲の環境を察知できる能力が身に付いた。
普段からあまり喋らず無口であり、常にユーイの命令には従って行動している。
「……ニンムリョウカイ」
最後に抑揚のない声で返答したのは、三人の中で一番小柄な少女。名をナターシャという。背だけではなくて年齢も若く見えるが、実際は大戦以前に生まれているため三百歳を超えている。
髪は銀色で、髪を長く伸ばしているが結ってある。瞳の色も同じ色をしている。
彼女はエルドラドでとても希少な存在、精人族の末裔。精人族は精霊とともに生きる民族で、彼らととても相性が良い。
ナターシャは大戦中、精人族の集落を離れて迷子になったところを、クレアシオン王国の兵士たちに捕らえられ、幽閉された。そして、同族を鬼人族から守りたければ、兵器を作るように言われ、泣く泣く従う。
大戦が終わってからも幽閉されていたが、三年前にバスカルによって解放される。その後、虐げられている存在を救うという名目でフィダーイーに入ることになった。しかし、これらの事実とは違う内容で記憶がすり替えられている。
二人が任務を引き受けたことを確認し、ユーイは口元を布で覆った。
「では、これからキーテジに向かいますわよ! ついて来なさい!」
「「御意」」
ヴィクスとナターシャが返事をしたと同時に、三人の姿が音を立てずに部屋から消えた。
こうして、一斗たちとバスカル直属部隊フィダーイーとの遭遇は避けられないものとなった。




