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10 ラインとキール

「終わった……わよね?」

「!? あぁ、今度こそな……」

 目の前の光景を見ていると、どこかで見たことのある気がしたが、マイの問いかけで意識が戻り、戦いの終わりを告げた。


 イフリートの脅威がなくなり、部屋は静けさが取り戻していく。

 <栄光の涙>の近くで倒れているキールをラインが抱き起こすが、意識がないようだ。


「おい、キール。おい!」

「う、うう……」

 ラインに激しく揺さぶられたせいか、キールは小さく呻き声をあげなら、薄っすらと目を開けていく。


「ライン……なのか? わたしはどうしてここに?」

 目を開けてみると、よく知った人物が心配顔でわたしの顔を覗いているのが見える。


「あぁ、ラインだ。今までこの場所でお前とおれ……おれたちで戦闘をしていたんだぞ? 覚えていないのか?」

「わたしと、お前が?」

 信じられない。

 単純な一対一の戦闘だったら、百回戦っても一度もラインに勝てる気はしない。戦略を練ることができるなら話は別ですが。


「そうだ。お前は操られていたんだよ……この結晶によってな!」

「これは……結晶か」

 まだ思うように動かないので、ラインの助けを借りることでなんとか体を起こすことに成功する。

 目の前に差し出されたものを見てみると、ラインの手の中には砕かれた結晶の破片がちらばっている。


(どこかで見たことある気がする……いつ……どこだ?)


「それより、お前はどこまで記憶が残っているんだ?」

 改めて真剣な顔できいてくるラインに対して、わたしは覚えている範囲内のことを伝えることにした。


「――とにかく、わたしには五年前から今までの記憶がないーーというよりも、とても曖昧な気がするんです」

「そう……か」

 記憶がない、と言っているのにどこか安心しているラインに若干疑問を抱くが、それよりも気になることがある。


「それより決起隊はどうなってる? 五年経ってもまだちゃんと存続しているのか?」

 ラインに任せたままでは、一ヶ月もつかどうかのはずだが……


「当たり前だろ! おれが隊長なんだからな」

「……支えてくれているメンバーが優秀なおかげだな」

「そう思ってるなら最初からきくなよな! 本当に昔っからそうだったよな、お前は。あいつと遊んでいたころからな」

「あいつ……かぁ」

 ラインと故郷を離れるずっと前。

 わたしとラインともう一人を合わせて三人でよく遊んでいたことを思い出す。

 それこそ、つい最近のことのように鮮明に――




 ………………

 …………

 ……


 港町の朝は早い。

 それはもう大昔の話である。


 わたしたちが育ったガスタークのまちは、大戦前後までは港町として栄えていた。

 もちろん海を隔てた先にある大陸。その大陸を治めている帝都に最も近かったことから、他の場所よりはまち全体がピリピリしていたと言われている。

 それでも、海が近くにあるということは交易も盛んということ。人やモノの出入りが激しくて、おおいに賑わっていた。


 ところが大戦が終わったある日、王都と帝都の友好イベントがガスタークで実施されることになる。

 そこで、人類共通の的である鬼人族を封印したことで生まれた、何でも願いを叶えることのできる魔法アルクエードが披露された。


 人々はイメージができる願いなら何でも叶うことを知ると、欲望のままに願いを叶えまくった。


「豪華な家に住みたい」


「きれいな顔になりたい」


「お金持ちになりたい」

 などなど。


 披露された当初はまだすべての人がアルクエードを使えたわけではないが、大戦後に生まれた新生児の9割以上が10歳になるとアルクエードが扱えるようになることが判明。そして、大戦後から百年経った頃には、ほとんどの人がアルクエードを扱えるようになっていた。

 以来、年々まちの様子がかわっていき、働かなくても生活に困らなくなったことで、それぞれが好きなことをするようになる。

 最初の頃はそのことに興奮して活気が出たのだが……遠くない未来に叶えたい願いを全部叶えてしまい、今度は叶えたい願いがないことに悩み、やる気のない人が街中に溢れることになる。

 皮肉にも、願いを叶えるアルクエードの存在がガスタークのまちを活気のないまちに変えてしまったのである。


 それでも、子どもたちは十歳まではアルクエードが使えないのもあり、まちには子どもたちが元気に遊んでいる姿が余計に目立つようになるわけだ。


「早く来いよ、キール!」

 静かな港町に男の子の声が響き渡る。


「はぁはぁはぁ。二人とも……はぁはぁ……はや……すぎるよ」

キールは目の前を走る二人に追いつけず、たまらず声をかける。


「あははは、だらしないなキールは。そんなんじゃあ素敵な女性と結ばれないわよ」

「むっ。どんなやつだよ、素敵な女性って?」

 少女の言っていることが気になり、ラインが会話に横入りする。


「それは、私のようなレディのことよ……って、何よ! その不満たっぷりな表情は」


「エ? ソンナコトナイゾ。ナァ、キール?」

「モチロンデス。アナタハステキナレディデス」


「そんな片言で……もう怒ったわ! あっ、コラッ、待ちなさい! ライン、キール!」

「ベー、やなこった! おれら二人でもお前には敵わないからな。逃げるぞ、キール」

「わかったよ、ライン! じゃあね、キオン」

 キオン・アスタノール。

 わたしとラインより1歳年上の女の子。髪はショートカットで、男の子が着るような服装をいつも着ており、ガキ大将のように振る舞っていたから、男の子によく間違われるようだ。

 実際、最近になってようやくキオンが女だとわかったくらいだから。


 しかし――、

 クリクリとした大きな瞳で、どんなときでも楽しいことを探しているせいか、いつも瞳がキラキラ輝いていた。

 そして、大人になるにしたがって、言葉遣いが女の子らしくなっていった。


 面倒見が良くて、明るくて。


 キオンはとっても魅力的な異性である、ということを、この頃からわたしとラインは認識し始めていた。


 ところが、ある日を境に突然キオンが姿を現さなくなる。

 不審に思ったわたしとラインは、キオンの家に行ってみたが誰もいなかった。もしやと思い、街の近くにある小さな無人島に行ってみることに。

 そこには三人で見つけた秘密基地があるのだ。


 深夜みんなが寝静まったのを見計らって、砂浜にあった小舟を拝借し、無人島に向かった。

 大人たちの目を盗んでよくやっていたので、慣れた感じでイカダを漕ぎ、五分ほどで無人島にたどり着く。


 島の形は綺麗な円形になっており、、端から端まで一時間もかからず移動できるような小さな島。島全体は木で覆われているだけーーなのだが、ちょうど島の中心部にある一本の巨大な木があり、その木の高さ約1メートルぐらいのところに他とは色が異なる部分(幅10センチ×高さ20センチの長方形)がある。


 そこに左手を添えると――突然周囲の景色が変わり、気がつくと人工的な光で満ちている部屋に移動する。

 部屋は結構広くて天井もかなり高い。よくわからない仕掛けが部屋中に設置されており、その部屋から外に出ることができないが、ここが何かの施設であることは間違いない。


 その部屋の奥に大きな椅子が三つ並んでおり、案の定中央にある椅子にキオンが両膝に顔をうずくまっているのを発見。その姿はまるで何かに怯えているかのようだった。


「キオン……やっぱりここにいたのか?」

「……ライン……それに、キールも。よく、ここがわかったね……」

 ラインが声をかけると、キオンは振り返って顔を上げて答えてくれた。

 今まで彼女は疲れ切った顔で泣いていたのがわかる。


「一体どうしたの? 急に姿を現さなくなって、みんな心配してるよ?」

「……理由はいえない」

「なんだと!? せっかくこうやって心配してきてやってるのに!」

 ラインは彼女の胸ぐらを掴んで責めた。


「……ごめんね、ライン」

「チッ!」

 目をそらして悲しそうに再び泣くキオンを前にして、ラインは仕方なく掴んでいた手を離す。


 しばらく沈黙が続く。


(彼女に一体何があったのか?)


 結局聞き出せないまま時間だけが過ぎていき、もうこれ以上いても無駄だと悟ったラインは怒って、というよりも、どこか悔しそうに元いた場所に戻っていく。


 そんな二人を見比べ、どっちについていくか迷っているときにキオンから一つたのまれごと(・・・・・・)を受けた。


 寂しそうに……でも、笑って手を振り見送ってくれるキオンに対して全力で手を振り、わたしも元の場所に帰還することにした。


 ――この日が、キオンと会った最後の日となった。



 あれから一年。

 ラインからキオンの話は一切しなくなり、わたしもその話に触れることが怖くて話すことはなくなっていた。


 そんなある日、わたしとラインを含めたある年齢に達した子どもたちが、街外れにある教会に集められた。

 そこで知った驚愕的な事実。

 それは、十一歳に達してもアルクエードが使えない子どもたちはある施設に預けられるということ。

 そこでは、人として扱われず、背教者(アポステート)として家畜のように扱われること。

 もし逃げ出したり、この話を誰かにすると、場合によっては話をきいた者も含めて死刑されること。


 そして――、

 見せしめとして見せられた資料の中に、背教者(アポステート)として連行されている行方不明のはずのキオンの姿があったこと。


 その資料を見た瞬間、わたしとラインは悟った。

 同じ年だと思っていたキオンは、実は1歳年上であること。

 あの日、あの秘密基地でなぜ彼女自身が陥っている状況を、自分たちに話せなかったのか……。


 幸いにも、二人ともアルクエードは使えるようになっていて、何もされることはなかった。

 しかし、大切な仲間だったキオンを追いつめ、陰で暗躍していた教団の存在に憎悪を抱くようになり、世の中を変えるために動くことを二人で誓ったのだった。


 ***



「最後にキオンに会った日、別れ際に言われたこと。それが『ラインのことをお願いね』だったんです……それで、あなたのやりたいことを近くで見守ることを決めた……はずだったのに」

「いや、お前はずっとおれを守っていてくれたさ」

「だ、だが――」

 申し訳なさそうに弁明しようとするキールに対して、ラインは手をキールの顔面前に出した。


「なにせ、お前が作ってくれた組織のおかげで、無鉄砲なおれが今日ここまで生きてこれたんだからな……だから……ありがとうな、キール」

「ラ、ライン……!? そういえば、ずっと探していた例の――」


「ふぉふぉふぉ、友情ごっこもそこまでじゃ。のう、キール?」

 ずっと探していた施設の場所のことを思い出し、伝えようとしたところで、きいたことのある声によって話が遮ぎられた。

 声がした方を向いてみると、一人の老人が杖をついて悠然と姿を現した。



「あんたは!?」

「あなたは……バスカル様」


「そちの役割は、この街でアルクエードを利用した平和システムを構築していくことだけじゃ。それなのに……」

 部屋の中を見渡してみると、キールの他に決起隊隊長。それに、見たことのない男女が三人――


(ん? あの女子はどこで……まぁよい)


 黒髪で、魔法の杖を持っていて、こちらを見て驚いた表情をしている女のことを、わしは知っている気がする。

 が、たとえ知っていようと、ここにいるやつらをみすみす生きて返すことはできぬ。


 水晶玉を取り出し、これから行うことの準備をする。


「さて、いただくものだけもらって、わしは退散するとしようかのぉ……『<栄光の涙>よ、われのもとへ来たれ』」


「「「「!?」」」」


 アルクエードを唱え、手元にあった水晶玉と<栄光の涙>を入れ換える。

 その光景に周りのやつらは驚いて声も出ない……ようじゃが!


 初動作なく杖を真横に振り払い――


「ウッ!」

 鳩尾に打撃をあたえ――


「小僧、不意打ちをしたいのなら……もっと気配を消すのじゃな!」

「ワァァァァ!!」

 杖を通じてさらに電撃をくらわせ、そのまま薙ぎ払った。


「「「一斗!」」」


「だ、だい、じようぶだ」

「ほう? <天雷(てんらい)>をまともにくらって意識があるとは……じゃが、ワシの計画は誰にも邪魔させはせん。もうすぐ完成するのじゃからな……誰もが目指した桃源郷(アルトカナ)がな」

 この<栄光の涙>さえあれば、ここにはもう用はない。


桃源郷(アルトカナ)……もしや……いやそんなはずはないわ」

 マイは心当たりがあるのか、独り言をつぶやきながら考え事をし始めた。


「さて、そろそろワシは王都に戻るとしようかの。置き土産を残してな! 愚かな者たちへ神の制裁を、<灼熱の滅火(ディバイン・フレイム)>」

 記憶の杖で魔法を呼び出し、炎の檻を出現させる。

 檻は部屋全体を囲むように形成させ、わしを含む奴らの物理的な逃げ道を完全に防いだ。


「この炎は塵一つ残さず燃え続ける、まさに滅びの火じゃよ。今日まで尽くしてくれたお礼に、せめてものたむけじゃわい」

 バスカルは結果には見向きもせず、霧の中に溶け込むように姿を消すのだった。





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