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09 押し付けられた世界

 召喚したゴブリンのうち、最後の一体が吹き飛ばされて消滅していく光景を唖然とした表情で見ているキール。


「あんたが頼りにしたゴブリンはいなくなったぞ。さぁ、洗いざらい吐いてもらおうか! このまちのこと、教団のこと。そして、アルクエードのことを!」

 俺はキールを指差したあと、構えをとった。


「なんであんなに活き活きとしてるんだろう?」

「それはね。きっと一斗は、前回出番がなくて悔しかったから目立ちたいのよ」

「あ〜、なるほどね」

 シーンと静まりかえった空間で、マイとティスの小声は逆によく響きわたった。


(だまりんしゃい! ……それにしても、相変わらずこの空間は居心地が悪くて仕方ねぇぜ)


 二人の小声をスルーしつつ、目の前の相手を警戒しながら今いる部屋全体を感じてみる。


 自然の中にいるような清らかで澄みきった感じがするというよりも、逆に澄みきりすぎていて殺菌消毒された部屋にいるような感じがする。

 そう、まるで閉塞感のある病院の中にいるかのような。


「ふ〜、やはりあなたは無駄だとわかっていても、最後まであがくのですね。もう手遅れなのに……」

「手遅れかどうかは、そうなったときに始めてわかることだろ! ここであんたさえくいとめれば――」


 キールに一発拳をぶちかまそうと接近する。


(隙だらけじゃんかよ!)


 振りかぶって顔面に向かってパンチをしようと思った瞬間、ニヤッとした表情のキールと目が合い、


(!? ヤバイ!)


 瞬時に攻撃をやめたところ、いきなり右から何者からの強烈な打撃をモロに食らい、一斗はそのまま壁に激突した。


「「一斗!!」」


「バカ、今近付くな!」

「えっ!?」

 突然吹き飛ばされた一斗に駆け寄ろうとしたマイとティスティだったが、ラインの制止をきいて立ち止まった。

 いつの間にかキールを守るように巨体が立っている。


「まさか! オーガ!?」

「ほぉ、一目見ただけでよくわかりましたね。そうです。この栄光の涙を使って、かつてハイピスの森を守護していたオーガを再現しました。気に入っていただけましたか?」

 すでに勝った気満々のキールに対して、三人はオーガの気迫に圧倒され全く動けないでいる。


 オーガの身長は3メートル以上あり、ガッチリ鍛え抜かれた体格。片手剣を所持していて、銀色の瞳から放たれる眼光は三人を震えさせるには十分だった。


「……さっきのゴブリンといい、なぜあなたは見たことないはずのオーガを、そんな忠実に再現できるの?」

 ビビっていたのを微塵も感じさせないように、マイはキールに向かって歩きながら疑問を投げかけた。

「マイ、それはどういうことなの?」

「つまり――」

 マイが言いたいことをまとめると、

 アルクエードは術者のイメージした願いを具現させる魔法であるため、そもそもイメージできないものは再現できない、ということだ。


「じゃあ……なんでそいつが今俺たちの目の前にいやがるんだ?」

 ヨロヨロと立ち上がりながら、ラインはマイに呟いた。


「それは――」

「それは私が代わりにお伝えしましょう」

 キールはマイが答えるところに割り込んでいき、懐から何か細長い壺を取り出した。


「そいつは?」

「古代道具の一つ〈封魔の壺〉です。これは発動したエリアに強く残留している思念体を封じて、使役することができるようになります。

 ゴブリンとオーガはハイネの森に漂っていたその残留思念体をベースに再現したもの。

 ただし、思念体であって実体はないのですが……」

「アルクエードの副作用で集めたマナを原料にして実体化させた……」


「正解です……どうやら貴女は色々と知りすぎているようですね!」

「グオォォォォォォー!!」

 キールは興味深そうにマイのことをみると、その仕草に反応したかのようにオーガは雄叫びをあげてマイだけを睨みつけた。


「!?」

「さぁ、あの青年に続いて、今度は我々の計画の邪魔になりそうなそこの娘を片付けてしまいなさい!」

 オーガは標的をマイに絞り、ドスンドスンッと床を振動させながらゆっくり近づいていく。


「マイ、逃げて!」

「うっ!? 体が動かなくて」

 マイはなんとか体を動かそうともがいているが、全く動かせずに、逆に力が抜けたように床にしゃがみ込んでしまう。


「そうでしょう。オーガの<強者の束縛>に心乱されたものは、身動きが取れなくなるのです。さぁ、排除してしまいなさい」

「こ、こっちが隙だらけだぜ!!」

 キールの言葉を遮るようにラインが叫び声をあげて<強者の束縛>を自力で解放し、オーガに突進していき、小太刀で斬りかかるーーが、


「なっ!?」

 全力で斬りかかった刃は、オーガの強靭な肉体の前にいとも簡単に折れてしまった。


「グルルルゥ〜」

 オーガはラインが攻撃した箇所を何事もなかったかのようにポリポリ触って、再びマイに近づいていく。


「そうです。ラインは後回しでいいのです。それよりも、今もっとも脅威になりそうなあの娘を排除するのです、オーガ!」

「ガァァァァァ!!」

 オーガは雄叫びをあげながら剣を振りかぶって、一気にマイに向かって振り下ろした――


「マイー!!!!」


 ……


 ……


 ……


「起き……よ、……イ」

 マイは何か声がきこえたような気がして、うっすらと目を開けていくと――目の前にはオーガの攻撃を、あろうことか両手で防いでいる一斗の姿があった。


「……か、ずと。遅いじゃない、一斗?」

「すまん。思っていた以上にあいつの攻撃の解析(・・・・・・・・・)に手間取ってな」

「じゃあ、いけるわね?」


「あぁーー当たり前だ、ろっ!」

 一瞬マイの方に振り返った一斗は自信満々に答え、オーガの剣を勢いよく振り払った。



「な、な、なぜオーガの攻撃をそんなに簡単に防げるんです、あなたは!? それに、先ほどはもろに攻撃を受けたはずなのに……なぜ、なぜなのです!」

 これまでにないくらい狼狽しているキールを見て、俺は自分の賭けが成功したことを確信する。


「さぁ、なぜだろうな? 確かにあの攻撃はほんの少しでも対処が遅れていたら、まともに立つことすらできなくなっていただろうな!」

 俺はそう言うと、溜めていた気をからだ全体に纏った。全身を蒼い気で覆い、準備を整えることにする。


「準備はいい、一斗?」

「あぁ……やってくれ、マイ。やってやるさ、俺なら……俺たちならできる!」

 マイは俺の掛け声を合図に、詠唱し始める。


「な、何をするつもりですか、あなたたちは!?」

「なんだろうな……ただひとつ言えることは、お前の思惑もここまでということだ!」

 左手を真上に上げたところに、


「いくよ、一斗! <重力の鉄槌(グラビティ・ロード)>」

 マイの放った魔法はオーガではなく、一斗に向かって放たれた。


「マ、マイ! どういうこと!? なんで一斗に攻撃するのよ!」

 ティスティは訳が分からなくなり、マイに詰め寄る。


「大丈夫よ、ティス。これもマイたちの作戦なの」

「作戦?」

 マイの指差す方を見てみると、一斗は魔法による攻撃でダメージを受けている様子はなく――むしろ、一斗から感じる力が突然膨れ上がっていくようにティスティは感じる。


「さぁて、お仕置きの時間だ」

 右手には自らの氣。左手には時空間魔法のマナを纏い、両方を掛け合わせーー向き合わせた両手の間に生じた力を、


「これで終わりだ! 母なる大地の波動に包まれて安らかに眠れ、<重力波(グラビティ・ドライブ)>」

 蒼い光の渦に変えて、オーガに向けて解き放った。


 オーガは剣で防ごうとしたが、耐えることができず剣は跡形もなく砕け散っていく。

 そのまま光の渦に飲み込まれたオーガは、そこから抜け出すことができず、悲鳴をあげながら渦と共に消滅した。


「ふぅ〜、いっちょあがりだ……さてと」

 俺はオーガの消滅を確認し、再度キールに向かって構えをとる。



「ば、ばかな……オーガが……こんなに簡単にやられるなど……」

 これまでこの部屋に侵入したものたちは、ことごくゴブリンで簡単に撃退してきた。

 それに、ゴブリンより遥かに強いオーガはその脅威的な強さ故に古代では人間族だけではなく、鬼人族も不干渉だったといわれている。

 そのオーガが、一斗の一撃で完全に消滅してしまったのである。

 キールはこれまで味わったことのない不測の事態に、狼狽えてしまうのも無理ない話なのだ。



「残念だったな、キール」

「ライン……お前……」

「すまねぇ、ここからは俺に任せてくれ。お前が何しようとしていたか分からないが……これまでだ!」

 おれはキールに対峙している一斗の右肩を叩き、一斗の前に立つ。


(キールのやつとこうやって対峙するのは……まだ決起隊を結成する以前だな)


 キールは一斗の代わりにおれが視界に入ったからか、先ほどまで狼狽えていた表情が落ち着きを取り戻しているようだ。


「キール、戦闘はお前には向かない。手駒はもう殲滅した。大人しく投降しろ」

「投降……ふふふ、何寝言を言っているんですか、ライン? 私は世界のためになること……正しいことをやろうとしているのです。この世に平和をもたらすというね」

「平和? ハイムの森で再会したときも言っていやがったが、お前の平和って一体なんなんだ?」

 自然と握っている拳が力んでいくのがわかる。


「知れたこと! 争いのない状態のことだ。誰もが願っていること。それを実現するためには、争いの種である人間の心をアルクエードが組み込まれた<栄光の涙>で操り、そんな世の中を実現する……そう決めたのです! あなたはどうなのですか、ライン?」

 自分の言っていることで絶対的に正しいものであると信じ込んでいるキール。




***


「ライン、ぼくたちが目指している平和は実現できるでんだろうか?」

 生まれ育ったまちから離れ、海辺にたどり着いたラインとキール。


「あったりまえだろ! そのためにおれたちは故郷を捨てて、旅立つって決めただろ? 狂ったまちに変えちまったアルクエードをこの世からなくすってな!」

「そう……でしたね」

「あぁ! まずは仲間を増やしつつ、情報を集めようぜ。頼りにしてるぜ、参謀!」

 二人は強く握手し合い、決意を確認する。


「ふふふ。ラインが考えた案では常に一択しかないからな、ぼくが補佐しよう」

「一択? なんだその一択って?」

「自分で気づかないのか!? 一択っていうのはさ――」


***



「(あの頃のことを思い出すなんて……本当に懐かしいな)あぁ、偉そうにお前に平和って何か聞いたがな……正直おれにはそれに対する回答は持ち合わせていねーんだよ!」


 ……

 ……

 ……


「バカか、あんたは!」

「うるせえ、一斗! ないもんはないんだよ」

「ないくせに威張って答えるなよ!」

「そんなこと知るか」

 一斗とラインはキールのことをそっちのけに取っ組み合いをし出した。



 そんな一斗とラインのやり取りを遠くで見ていた女性陣たちは――


「よくあんなこと言えるよね、一斗」

「他人事だからじゃない? どっちかというと、あの隊長さんの無鉄砲さって、どこかの誰かさんにそっくりよね?」

「確かに……」

「「ね〜」」

 なんてやりとりがあったとか、なかったとか。



「ともかく……」

 おれは再度キールに向き合った。


「おれはな、考えることは得意じゃないさ。ただな、一つ言えることは……おれはな、そんな押し付けな願いを叶えたいんじゃないんだよ! おれにできることはな――」

(そうだよ。おれは難しいことを考えることはできないさ。そんなおれにできる唯一のことは――)


「自分の信じた道を貫き抜く! ただそれだけだ!」

 そうだ。

 おれはあれこれ考える必要はないんだ。

 あのときこいつの前で誓ったこと。

 それをただやり通すだけだ。


「あはははは! やはりあなたを言葉で説得するのは無理のようですね。そして、もうこれまでです。そのものたち共々、まとめて排除させていただきます。この平和の象徴アルクエードの力を持って!」

 キールが両手を上げると、<栄光の涙>からエネルギーがキールの胸元にある結晶に流れていく。

 しだいに、キールの体がどんどん変化・拡大していき、


「ウォォォォォ!!!!」

 全身が真っ赤に燃え盛っている一匹の怪物が、一斗たちの前に姿を現した。


「あれは……火の精霊・イフリート」

「イフリート!? それこそ伝説の生物じゃない!」

 火の精霊・イフリート。

 八大精霊の一つ、火の精霊が幻獣化した存在。普通の人間ではたどり着けない灼熱の大地の奥地に生息している。

 性格は荒々しく、争い事があれば気まぐれで参戦し、好きなような暴れて去っていく。

 炎を自在に操れることのできる。

 姿形は鬼にそっくりである。鬼人族はそんなイフリートを戦神として崇めており、戦いの前には必ず炎を燈台に灯し、勝利祈願をしていたと言われている。


「どうするよ、隊長さんよ?」

「……戦う必要はない」

 一斗が後ろから話しかけてきた。一斗の両隣には女性がいて、まともに動けない一斗に肩を貸しているようだ。


(両手に花とは羨ましい限りだぜ)

 こんな事態だからこそなのか、目の前の三人を見ていたら肩の荷がすっと降りて、これからおれがやらなくてはいけないことが視えてきた。


「はぁ? 何言ってるんだよ! あいつは今すぐにでも襲ってきそうなんだぞ」

 一斗のやつが突っかかってきたが、戦う必要はない気がするのは間違いない……ただ――


「イフリートっていうのか? あいつの胸元を見てみろ。結晶があるだろ? キールの胸元にもまったく同じのがあってな。あれがあいつになんらかの作用をもたらしているにちがいない。あれさえ砕ければ……あるいは」

「あはは、冗談よね? あんなやばそうな怪物の懐に飛び込んでいくなんて」

 恐怖のあまりティスティは空笑いしている。


「おれの槍さえあれば……あれだけを一気に打ち砕くことができるかもしれないんだが。あいにく持っていた小太刀もこれじゃあな」

 両手におさまっている刃が根元から折れている小太刀を床に置いて、実体化していく怪物を睨み付けた。


「……もしかしたら、あなたならこれを使いこなせるかも」

 マイは懐から刃のない長さ20センチほどの柄を取り出し、ラインに差し出した。


「マイ、そいつは!?」

「ん? なんだ、それは?」

 一斗のやつが驚いているが、おれからするとただの柄にしか見えない。そんなものがこの状況を打開するとはとても思えんが。


「詳しい説明は後! 今はこの柄を握ってみて」

 よくわからんがこのお嬢ちゃんの言う通りに柄を握り、体の前に突き出してみる。

 すると、ふっと思考や視界がクリアになり、自分の内側から力が湧き上がってくるのを感じる。


「そう、その調子。目をつぶって強く念じてみて。あなたが今必要なものを……あなたのありったけの想いをその柄に込めるように……」

 おれが今必要なもの……

 ありったけの想い……


 おれは……親友を助けたい!

 そのための力を!


 どんどん胸の辺りから力が湧き上がっていき、その力を柄に集中させる感覚がわかる。この後、なんて唱えたらいいか!


「そして、こう唱えるの――」

「「神々の化身との契約(ユージ・ニルマーナ)!」」

 そう唱えた直後、握っていた柄が橙色に光輝き、光がおさまると2メートル近くの見たことのない槍がつくられていた。


 柄以外の箇所は半透明になっており、色は薄っすら橙色。矛先は尖っていて、力を入れると特に強く輝く。

 重量はまったく感じなくて妙に身体に馴染んでいるせいか、からだの一部のように感じる。


(これならいける!!)


 そう思い、槍を投擲する構えをとった。


 イフリートを見てみると、もう完全に実体化が完了したようで、大きく口を開けて何か攻撃をしようとしていた。


「お、おいっ……あれはなんかやばいぞ!」

 一斗はマイとティスティの前に急いで出て、防御の構えをとる。


「ここはおれに任せろ! いい加減、目を覚ましやがれー!!」

 ラインが槍を投げると同時に、怪物の口から炎が放たれた。

 放った槍は炎で燃えることなく、逆に切り裂いていき、勢いが衰えることなく胸元の結晶に突き刺さり――結晶にヒビが入る。


「ギャアァァァ!!」

 途端にイフリートは激しく苦しみだす。次第に吸収していったエネルギーは外界へと拡散していき、怪物はみるみるうちに小さくなっていく。

 人間サイズに戻ったと思ったら光で包まれて……眩しさがおさまった後にはキールが倒れている姿が目に入った。






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