08 それぞれが心指した平和
ラインと副長が爆発のきこえた方向ーーアジトの広間に駆けつけると、百人以上いる決起隊の隊員たちに囲まれた元決起隊のキールがいた。
「お前生きて――いや、どうやってここまで来た、キール!? それに、その服装は?」
「察しの通り、私は今エルピスを統括する役職、つまり、教団の一員です。ここへはある方法で来ました。ライン、あなたと再会するために」
ラインは外に繋がる通路を見てみたが、誰も潜んでいる感じはしなかった。
(不自然すぎる……でも、いやしかし)
ラインは旧友が生きていてくれたのは嬉しいが、その相手が倒すべき組織に寝返っているということが受け入れることができずにいる。
そんなラインの気持ちを見透かしたように微笑み、決起隊に向けて宣言した。
「あなた達決起隊はこの世界の平和を乱すものとして、捕縛させていただきます」
「そう簡単に行くと思うのか!」
「一人で何ができるんだ!」
「あいつを囲んで逆にこっちが捕縛してやれ!」
隊員十人がキールの発言に怒り、彼の周りをさらに囲んで捕縛を試みようとする。
「あなたたちは――」
「かかれー!!」
「「応!!」」
「少し黙っていてください」
「な、なんだこれは!?」
隊員が剣でキールを襲いかかろうとしたまさにそのとき、突如光の縄が出現し、突撃した隊員たちを全員捕縛した。
「それは――アルクエードか!?」
「ええ、そうです。あなたと目指した平和のために」
ラインがキールを問い詰めるように大声で叫んだが、キールは涼しい顔をして答えた。
「平和のため……だと?」
「そうです。争いのない平和の世界。誰もが幸せでいれる世界。私はその実現のために今ここにいます」
「……あの出来事を、あの悲劇をまだ繰り返させる気か?」
ラインはどこからか湧いてくる怒りを抑えようと必死に堪えている。
「もちろん繰り返させません。もうすぐその仕組みが出来上がります。なので、あなたの抵抗は無意味に帰するのです!」
パチンッ!
キールが右手で指パッチンをすると同時に、いきなり広間全体を囲うように王国の兵士たちが出現した。
「何!? いつの間に?」
「ライン、あなたが広間に現れたときにはすでにいましたよ。ここにね」
兵士たちは槍を構えて、決起隊を包囲しながら威嚇した。
「くっ!?」
「でも、お前さえ倒すことができれば――」「やめろ!!」
「で、でも、隊長」
キールに今すぐにでも襲いかかろうとする副長を押しとどめ、ラインは武器をおさめてキールに向かって歩きはじめた。
「どうせ俺がこうするってことも計画のうちなんだろ、キール?」
「ええ、もちろんです。『最小限の行動で最大限の成果を得る』が私のモットーですから。さすがに、あなたに暴れられたら作戦が上手くいくかわからなくなりますからね」
キールは先ほど捕縛した隊員の一人を立たせていて、人質にしていた。
「ライン、あなたのその潔さや仲間を想う姿勢は素晴らしい。ですが、平和を作り上げていくためには無用な長物なのです……さっ、兵士のみなさん、彼らを捕縛して私の館まで連行してください」
「はっ! 承知いたしました、キール様」
決起隊のメンバーは抗おうとするが、見るからに力が入っていない感じになり王国の兵士たちに次々と捕縛されていく。
(クッ! やはりこれもアルクエードの影響なのか……ここに来てから力が入らないと思ったら)
ラインは何度かキールを不意打ちしようと試みたが、いつもの力が出せそうもなく、大人しく捕まるしかなくなった。
決起隊たちとともに兵士たちも次々に魔法陣から次々と転移していき、残るはラインとキールだけとなった――その時!
「待ちやがれ!」
広間に男性の叫び声が響き渡ってきた。
「あなたは!?」「お前はあの時の!?」
二人は声のした方を振り向いてみると、青年が一人広場にすい星のように乱入してきた。
「お前がキールってやつだな! ケインの親父さんをあんなにした」
「ケイン? あ〜、ヘッケルさんの息子さんですね。その節はどうも。あなたの名前は確かーー」
「一斗だ! それよりこれはどういうことだ? なぜそいつは拘束されているんだ? それに他の奴らの姿が見当たらないぞーーって待ちやがれ!」
構えをとってキールに対峙したが、奴はおれのことなんかお構いなしに光り輝いている魔法陣の方に進んでいった。
「あなたには何もできませんよ。たとえラインのように勇ましかったとしてもね」
「……一斗」
「おぅ、いま加勢してやるからな!」
「いや……これ以上犠牲を増やすわけにはいかねぇ。ましては無関係のやつを巻き込むことはおれにはできない」
一斗の言葉に対して、一瞬ラインは嬉しそうな顔をしたが、すぐに真剣な表情に変わった。
「そ、そんなこと言ってる場合かよ! そいつは、エルピスのまちをあんなのにした張本人だぞ」
「……諦めて帰ってくれ」
ラインが何かを伝えようとしていたように感じたが、そう言うと自ら魔法陣の中に入っていき姿がかき消えていく。
「あなたもラインと同様遅すぎるんですよ、気づくのがね。それに、あなた方にはもう何もできませんよ――それでは御機嫌よう、一斗さん」
「こ、こら! まっ――クッソ〜!!」
一気にキールに掴みかかろうとしたが、僅差で魔法陣の中に逃げられてしまい、空中に伸ばした手だけが虚しく伸びている。
「一斗……」
「ティス、か。何で来た? ここは危ないから来るなって言っただろ?」
キールとケインがこの地を去ってから、ずっとこの場で放心状態だったらしい。
ティスティの声が聞こえたから顔を上げてみると、心配そうにおれを見つめるティスティの両隣にはマイやカールの姿が見える。
「もうすぐで救えたはずなんだ、あいつらを……」
「救えたかもしれないけれど、単独行動は危険だよ! もしものことがあったらどうするの?」
「お前らが無事ならそれで――」
バシーンッ!!
「一斗、それ本気で言ってるの?」
「イッテ! 何しやが――」
突如マイの平手打ちをくらったから、腹が立って言い返してやろうと思ったが――マイが泣いている姿が目に留まり何も言えなくなった。
「一斗はね、いつも全部一人で抱えすぎなのよ。マイたちのことを大切に思ってくれているのは嬉しいわ。けれど――」
「マイ……」
「わたしは――わたしたちは、一斗。あなたがいない世界なんてこれっぽちも望んでないわ」
そう言って俺を見つめながら寂しそうに笑うマイと、マイの言葉に頷いて同意しているティスティの姿を見ていたら、次第に意識が飛んでいくのを感じる。
ザザッ
<誰かのために独りで働きまくっている今より幼い俺が見える>
(そんなに独りで頑張ってどうするんだ、俺?)
ザザッ
<そんな俺のことを悪くいっている奴らの陰口を聞いてしまい、あの少女が見るからに悲しんでいる>
(俺は、俺は本当にこのままでいいのか!?)
パキーンッ!
一斗のみぞおち辺りから五芒星の魔法陣が現れた。星は鎖でがんじがらめで固められていたが、二つ目の鎖が砕け散って消滅した。
「「!?」」「何なの、これ?」
この光景を初めて見た三人は、それぞれ反応を示した。
次第に魔法陣は消えてなくなり――、一斗はそのまま重力に引っ張られるように地面に倒れた。
「「一斗!!」」
◆エルピス宿舎 寝室
「う、うう……こ、ここは?」
目を覚ますと見たことのある天井が見えた。
「気がついたかね、一斗くん」
「あなたは……ハイムの森近くで出会った、カール……さん」
視界には安心感のある笑顔で見つめるカールの存在が入り、会って間もないのにどこかホッとしているを感じる。
「あー、まだ動かないでくださいね。今からお二人を呼んできますから」
カールは起き上がろうとする俺をそっと制して、部屋から出ていった。
ふ〜っと、ひとまず落ち着いてゆっくりしようとしたところ――、
「「一斗、大丈夫?」」
ドアが壊れるんじゃないかっていうくらいの勢いで部屋に入ってきたマイとティスの登場で、ゆっくりする雰囲気が消し飛んだ。
「おぅ、おはよう! 二人とも」
「『おはよう!』じゃないわよ! 突然倒れたからビックリしたじゃない」
「わ、わりぃ、わりぃ。なんで倒れたかわからんけど、今は体調は良い感じだぞ。ほら?」
目の前まで迫ってきたマイにドキドキしたのを隠すように、マイと距離をとって起き上がり、何度か飛び上がってみせる。
「もぅ。心配させてないでよね、ティスがまた倒れてしまったあなたのことを心配しすぎて大変だったんだからね」
「むっ、それを言うならマイの方がもっと凄かったんだから。倒れた直後なんか動転しちゃって、一斗に――」
「あ〜!! それはいいの、いいの!」
(それってなんだ?)
と聞き返そうと思ったが、きいたらドツボにはまる気がして、話す寸前のところで言葉を飲み込むことに成功した。
「二人とも心配してくれてありがとな。でも本当に大丈夫だ」
「それならよかったわ。それより、一斗が倒れる寸前に見えたあの魔法陣はなんだったの?」
ティスティは聴こうと思ったけれど、聴きそびれてしまったことを一斗とマイに尋ねた。
「魔法陣? ……あ〜、この世界にくるときや、ティスを助けるときに見えたやつか。実はおれにもサッパリでな。マイは知ってるか?」
「……」
注目がマイに向くが、マイはその視線に気付いていないんじゃないかっていうくらい、なにかについて集中して考えている。
「マイ、どうしたの?」
「あ、ううん。なんでもないわ。マイにもよくわかんないんだ。でも、おそらく――」
「記憶や体験を封じる術式が組まれた魔法陣、ですね?」
マイが答えようとしたところに、カールがいつの間にか部屋に入っていて答えた。
その言葉をきいて、反射的に身構えるマイだったが、カールだとわかると一応納得いかない感じで警戒を解いた。
「記憶や体験を封じる……」
これまでにフラッシュバックしたことを思い出してみる。
それと同時になにかが解き放たれたーーそんな感触だけが妙に鮮明に残っている。
「……そうね。でも、その術式は一人では絶対に完成しない。必ず誰かが一斗にかけたことになるわ」
「誰かって?」
「きっと今それを突き止めるのは困難でしょう。それよりその解放された何かについて、一斗くんは心当たりあるかね?」
「それは――」
心当たりは――ある。
一つ目は、ティスを助けに火事の中に飛び込む前後で変わっていたことがある。
それが、あのときから「想いを伝える」ということをするように、できるようになったことだ。
それまで俺は記憶喪失だったからか、よくわからない自分のことをきかれるのも、話すことも嫌だった。
まるで自分という存在が希薄に感じる気がして。
でも、ティスティが――ティスの命が消えようとしているのを、俺は黙ってみていることなんてできなかった。
たとえ、彼女自身が死ぬことを願っていたとしても……。
そして、今回の出来事。
「俺一人で何とかすればいい」
という思考でこれまでずっといたからか、人に頼ったり、一緒に何かするというのにはまだ抵抗がある。
だから、ついつい独りよがりになってしまっていたけれど、マイに叱咤され、二人の瞳を見たときに気付いた。
(あ、何も自分一人に固執する必要はどこにもなかったんだ)
って。
「俺がこの場にいなきゃ」
「やっぱり俺がやらなきゃ」
確かにそういった場面はあるかもしれない。
けれど……あのフラッシュバックした光景を思い出してみると、独りよがりは相手だけでなく自分自身を時には傷つけてしまうこともあるかもしれない、ということも。
一斗は心当たりのあることを思い出しながら、マイたちに今自分が感じていることを伝えることにして、今後の方針について提案するのだった。
◆エルピス教会 隠し部屋
緑色に輝く結晶――栄光の涙に対して何かを唱えている男がいる。
男が持っている小さな結晶たちからキラキラした光が出ていき、栄光の涙へと流れていく。
しばらく経つと小さな結晶から輝きはなくなり、その分だけ栄光の涙の輝きがより増した。
「さて、そろそろ首を縦に振ってくれませんかね、ライン?」
準備が整ったキールは、床に座っているラインに声を掛けた。
「……お前の一方的な平和を改めたら、話し合いに応じてやる。それまでは何もしねーよ、何もな」
「相変わらず強情ですね。部下の一人くらい見せしめにーーおっと、冗談ですよ。そんなに怖い目で睨まないでください。世界の平和を目指している私が、そんなことをするわけないじゃないですか」
「そうか……」
ゆっくりと立ち上がったラインは、腰に身につけていた小太刀をスッと取り出した。
「無防備の私に危害を加える気ですか、ライン?」
「無防備だと? まともに身体検査をしないままここに連れてきたお前が、無防備のままでいるわけがねーだろ。何考えてやがる?」
ラインはあえて小太刀をキールに見えるように見せつけた。
「やれやれ、お互いのことがわかるというのは厄介ですね。仕方ありません。あなたには少々痛い目にあってもらいます。私に従いたくなるようにね。
出でよ、ゴブリンたち!」
ラインが結晶に向かってそう唱えると、床に複数の魔法陣が描かれ、そこからゴブリンが五体出現した。
(ゴブリン!? 大戦時の災厄がなぜここに?)
「私が願ったんですよ。あなたを懲らしめる戦力が欲しい、と。さぁ、ゴブリンたち! ラインを戦闘不能にしてしまいなさい! ただし、殺してはなりませんよ」
「「シャ〜ッ!!」」
ラインは冷や汗をかいていたが、大きく深呼吸をして、襲い掛かってくるゴブリンたちを睨みつけ、小太刀で応戦する構えをとった。
――30分後
「はぁ、はぁ、はぁ(やばいな……このままじゃあ)」
満身創痍のラインは片膝をつき、小太刀を床に刺して体を支えながら、残り1体となったゴブリンを再び睨み付けた。
「さすが、ラインですね。まさか1人でゴブリンを四体倒すとは……けれど、ここまでのようですね。さぁ、ゴブリンよ! やってしまいなさい!」
「ガルゥ〜!!」
「くっ!?」
休む間もなく襲い掛かってくるゴブリンに、ラインはなんとか攻撃をさばいていく。しかし、どんどん壁ぎわに追い詰められていった、その時――
突然近くにあったドアが吹き飛び、そこから人影が見えたと思ったら目の前に現れ、
「消し飛べーっ、<掌底破>!!」
完全に無防備だったゴブリンはもろに攻撃を受けて、ぶっ飛ばされながら消滅していった。
「今度こそ話をきかせてもらうぜ、あんたたち」
ここぞとばかりに戦いに乱入した一斗は、ラインとキールに自分の存在を目立ちまくるようにアピールしながらの登場に成功した。




