05 平和の裏に隠された思惑
「この辺りのはずなんだけどなぁ。ごめんね……」
ティスティの本日十回目となる一言が呟かれた。
「ううん。気にしないで、ティス。住所がわからないんじゃあすぐに見つけるのは困難だってわかっていたし……それに――」
道を歩いている人に尋ねまくっても、どの人もちゃんとした会話ができないことにイライラしている一斗を見て、マイとティスティは苦笑いした。
ティスティの昔の親友を捜しに翌朝出かけたわけだが――行ってみて改めて気が付いたのは、そもそも日本のような表札があるわけではないこと。
つまり、家の特徴がわかっていない限り、外からは判断のしょうがない。
そこで、一斗は策として身近な人に声を掛けまくって、居場所を突き止めようとしたわけである。
ところが、やはりどの人もどこか機械的で、こちらの挨拶には反応せず、同じような動きばかりしているため、調査を始めて二時間経ってもまったく手掛かりがつかめていない。
「くっそ〜、あいつら本当に人間かよ! いや、犬や猫でもなんらかの反応してくれるところを考えると、そもそも生物なのか!?」
イライラを隠せず唸りながら、一斗はマイとティスティにもとに戻っていった。
「ははは。でも、表情が変わらず笑顔なのが逆に怖いわよね〜」
「マイもそう思うわ。それに――んっ!?」
ティスティが一斗に同情しつつも、このまちの不自然さに嫌気が差してきている。
そんなティスティに同意して何かを話そうとした瞬間、目線の先を凝視しだした。
「どうしたの、マイ? そっちの方に何か見えるの?」
ティスティもマイが見ている方をじっと見てみたが、特に目立ったものは何も見受けられない。
「なんだなんだ? あっちに何かあるんか?」
一斗も加わってマイの視線の先を追ってみたが、特に何も見つからなかった。
「あそこ……あそこの建物の四階から、男の子がこっちを覗いていた感じがしたの」
「どこどこ?」
「ほら! あそこだよ、ティス。窓ガラス越しに見える派手なカーテンがあるところ――」
「!? あれは? あそこだよ二人とも! 私の親友だったケインの家は」
そう言うやいなや、ティスティはマイが指差した先に見える建物に向かって走りはじめた。
「どういうことだ、ティス?」
慌ててティスティを追いかける一斗とマイ。
「あの派手な七色のカーテンは、私が引っ越し祝いにプレゼントしたものなの!」
「そうなの!? でも、カーテンならいくらでもあるんじゃあ――」
「そうなんだけど、実はプレゼントするときに、私がでっかいお日様を描いたの! それがあったから……ケインはあそこにいるはずだわ!」
いつも一斗やマイの後を追いかけるばかりだったティスティが、全力疾走で先頭を駆け抜けいく――。
その姿を後ろで見ていた、一斗とマイは顔を合わせて嬉しそうに頷き、ティスティの後を追った。
「ハァハァハァ、ここね。ここにいるのね、ケインは……こんにちは! 誰かいませんか?」
目当ての四階建ての建物は周りにもたくさんあり、同じモノが並びすぎて逆に違和感がある。
ガチャ
「鍵が開いてるわ……これは行けってこと――イッター! なにするのよ、マイ!」
ティスティにようやく追いついたマイは、ティスティがドアを開けると同時に、すかさず杖の一撃を喰らわせた。
「ハァハァ、『なにするのよ』じゃないわよ、まったく! 完全に不法侵入じゃない」
「だって〜」
「だってもヘチマもないの! こんなことをするのは一斗一人で十分なのよ」
二人同時に一斗の顔を見て、一息入れてから、また同時に顔を見合わせて、
「……そうよね、マイ。私が間違っていたわ」
「お、お前らなぁ〜! フゥーーー、はぁ〜〜〜〜〜〜〜っ、
『この建物にいる人! これからお邪魔するけど、もし嫌だったら返事しなー!!』
……よし返事がないってことは歓迎されているってことだな。折角だからお邪魔しようぜ」
辺りに響き渡るくらいの大声で叫んでも何もアクションがないことを歓迎されている、と受け取った一斗は、また堂々と建物の中に入っていった。
「……あそこまでいくと、馬鹿を超えていて怒る気にも、止める気にもならないわね」
「……同感。馬鹿なことは彼に任せましょう」
そして、結局マイとティスティもなんだかんだいって一斗に続き、堂々と建物の中に入っていくのだった。
「ここね……私が見た少年がいる部屋は」
四階まで階段で上がり、目指していた部屋の前に辿り着いた一斗たちは、ティスティを先頭にして立ち止まった。
「ティス、お前が声をかけてみないか? もしかしたら反応があるかもしれないし」
「……わかったわ」
ティスティはさらにドアに近付き大きく深呼吸して、ドアを叩いた。
「ケイン、そこにいるの? 私よ、アイルクーダのティス、ティスティよ! もしそこにいるのなら出てきてー!」
しばらく間が空いた。
何も反応がないと思ったが、耳を澄ませてみると、スタ、スタ、スタと足音がかすかに聴こえてきた。
ガチャ
「……」
「ありがとう、ケイン。――じゃあ入るわね」
入って行く前にティスティは一斗とマイに対して、ゴメン、と合図を送った。
一斗だけは気付かず付いていこうとしたが、マイに無言で引き止められ廊下で待機することになった。
ティスティがドアを開けて入ると、部屋の中央部に一人の少年が驚きつつも、疑う眼差しでティスティを見つめた。
「お前……本当に、あのティスなのか?」
「そうよ、ケイン。かなり久しぶりね、元気してた?」
「……」
「……そうよね。このまちの状況からすると、元気でもいられない、か」
久しぶりに会った親友ケインは頬がこけていて、体格もホッソリしている。
別れたときにはポッチャリしていたイメージだったから、ケインを見ることがティスティにとってもとても苦しかった。
「……よくここまで無事にこれたな。あいつが支配するこの最悪なまちで」
「あいつ?」
「あぁ、このまちの町長でもあり、王国の、教団の犬。そして、親父を操り人形に変えやがったキールのやつだ」
「操り人形? じゃあまちの人はみんなそのキールっていう人に操られているの!?」
「操られている……というか。人の願いを巧みにコントロールしているというか……」
お父様のことを思い出しているのか、ケインはベッドの上に腰掛けて、あごの下に両手を組んで、とても悔しそうな顔をしている。
「あなたの、お父様はいまどこにいるの?」
「わかんねぇ……変わり果てた親父を、見たくなくて。ただ……おそらく今は二階の書斎にいると思うぞ……親父に何か用があるのか?」
怪訝そうな顔で私を見つめるケイン。いくら幼なじみであっても、きっと見られなくないのだろう。
(あなた、お父様のこと大好きだったものね)
思い出すと、ケインは太っていていじめられっ子だったけれど、本人はまったくめげてなかった。いじめた人たちを悪くいうこともなく、自分のことを卑下することもなく。
子ども同士の取っ組み合いの喧嘩なら負ける気がしなかった私だったが、ケインに対してだけは一目置いていて、なんとなく一緒にいる時間をつくっていたように思う。
そんなケインは、大好きなお父さんが口癖のように言っていた言葉を本気で信じていた。
『平和になればみんな幸せになる。だから、みんな仲良くしよう』
その平和にかける情熱を買われて、王国直属の役職に大抜擢された経緯がある。そんな父親以上にケインは喜んでいたことを今でも思い出す。
「うん。どうしても聴きたいことがあって。教団のこと。アルクエードのこと。決起隊のこと。ケインは何か知ってる?」
「……決起隊のことは正直よくわかんないけど、教団やアルクエードに繋がることならーーさっきも言ったが、あいつらは人の心理をついて、願いを巧妙に操作してやがるんだ。
『平和のために』『幸せのために』という謳い文句をいえば、中身に関係なくみんな良いものだと思って無意識に信じちゃうから……ぼくや親父ヘッケル。そして、まちのみんなのようにーー。
ごめん……これ以上はまた後で話す。部屋は自由に出入りして構わないから、確認がとれたらまた来てくれないか?」
「……わかったわ。じゃあまたあとでね、ケイン」
力なく項垂れているケインのことを何とかしたいと思った。
しかし、考えても何も思い浮かびそうになかったから、静かに部屋を出ていくことにした。
「どうだった、幼なじみさんは?」
「……ここを離れてから話すわ。まずは、二階の書斎に行きましょう」
無理やり笑顔をつくってそう話すティスティを見て、一斗は絶対に何かあったな、と思ったが、マイと一緒に黙ってティスティの後をついていくことにした。
「ここね……〈コンコン〉」
二階の書斎に着いて、ティスティがドアをノックしてみたが、やはり反応がなかったので書斎に入ることにした。
書斎に入ると、部屋一面に本棚があり、そのすべてに本がきれいに並べられていた。
本棚を辿っていくと、部屋の奥に立派な机と椅子がありーー誰かが椅子に座っていた。
ゴックン
ケインの父親なのか?
父親だとしても、正常なのか、それとも……
「ケインのお父様……ですか?」
三人はそんなことをそれぞれ考えつつも、恐る恐るティスティは話しかけながら、顔が見える位置に移動したーーが、相手の顔を見た瞬間口を両手で抑え、悲しそうに涙を流すのだった。
「どうした、ティスーーって、おいお前! 大丈夫か!? おい、なんとか言えよ!」
記憶にあるケインの父親ヘッケルに間違いはなさそうだ。
しかしーーその相手は一見すると笑顔でいるように見えるが、つくられた笑顔で涙を流していた。
突然泣いたティスティに驚き、問題の人物を見てすぐに、一斗は心配して声を掛けながら、ヘッケルの肩を大きく揺さぶった。
「ちょ、ちょっとやりすぎよ、一斗」
「でもよ、やっと見つけた手掛かりだぜ! なんとしてでも正常に戻して――!?」
なすがままに揺れ続けるヘッケルの身を案じて、一斗を制止したマイ。
そのマイに反論した一斗。
「「一斗!?」」
と、そのとき、突然殺気がして一斗は後ろに飛び退った。
いつの間にか手に刃渡り15センチのナイフを所持して、ヘッケルは一斗に斬りかかってきたのである。
「シンニュウシャハッケン。タダチニハイジョシマス」
機会的に話して攻撃相手を仕掛けてくる相手に下手に攻撃もできず、一斗はひたすら攻撃を避け続けている。
(この感じ……あのゴブリンのときと同じだ! ということはーー!?)
一斗は攻撃を交わしながら考え事をしていて、もうすぐで考え事が整理できそう、というタイミングで状態を崩してしまう。
「ヘイワヲミダスモノニハ、テンバツヲ!」
(や、ヤバい!!)
それを好機と判断した相手が一斗にトドメをさしにきたところ――、
いきなり真横にぶっ飛んでいき、本棚に激突。本が上からドサドサと落ちてきた。
「いくらケインのお父様でも――、一斗は殺らせないよ!」
一斗のピンチを救ったのは、つい先ほどまで泣いていたティスティだった。
***
時間は少し遡り、一斗がヘッケルに攻撃をされている最中。
(どうして……こんなことに)
親友の父親が操られてしまっていて、かつ、大好きな人を殺そうと襲いかかっている現場を見て、ティスティは言葉も出せず、行動もできずただ立ち尽くしてしまっている。
一斗は一方的に攻撃されてはいるが、余裕で交わしているとはいえ、ナイフの刺しどころがわるかったら致命傷になりかねない。
でも――、
(まったく動けないの、私は……また!)
今までのことを思い出し、グッと力が戻ってきたタイミングで、一斗がちょうどバランスを崩してしまうのを目撃。
(アブナイ!!)
その瞬間、ティスティは無意識に体を動かしていて、一気にヘッケルに近付き<掌底破>を横っ腹に叩きつけていた。
「ハァハァハァ、一斗大丈夫?」
「あ、あぁーーウッ!?」
ティスティは一斗の目の前に立ち、しゃがみ込んで手を伸ばした。
その手を取ろうと手を伸ばした途端、顔を背けた。
「どうしたの、一斗!? どこか痛めたの?」
「い、いや、なんでもない! これくらい自分で立てるさ――うわぁ!?」
ますますそのままの体勢で近付いてくるティスティ。ますます顔を背ける一斗――に対して、マイは思いっきり一斗を引っ張り起こした。
「何すんだ、マイ! そのまま本棚に突っ込みそうになったじゃねーかよ!」
「だ〜いじょうぶでしょ? 助平な反応をする余裕があれば……そうよね、一斗?」
「本当に大丈夫なの、一斗?」
「あ、あぁ。ティスのおかげで間一髪危機を免れたからな! ありがとよ、ティス」
満面の笑みで問いただしてくるマイに対して、ティスティは何でマイがそんな対応をしたのか首を傾げながらも本気で一斗のことを心配している。
そのことがわかった一斗は素直に感謝の言葉を伝えた。
「それにしても……彼は大丈夫、かな? 前に一斗が見せたときよりも見事に決まってたような気が……ねぇ、あなた大丈夫?」
そう言って、マイは不用心に近付く。
「ウ、ウ、ウッ」
「あ、彼が目覚めたみたいよ!」
喜んで一斗とティスティの方にマイは振り向いた。
「本当!? ――ってマイ、後ろ!?」
「!?」
後ろをバッと振り返ったマイは突然首を絞められ、空中に持ち上げられた。
「「マイッ!」」
「ウゴクナ、コノオンナノイノチガホシクバナ」
「クッ!」
人質にされて手が出せなくなった、一斗。
「マァ、ドノミチコイツモ、ソシテ、オマエヤアノオンナモ――」
――バンッ!!!!
いきなりドアが開いて、誰もがそっちを凝視したーーと、その時にはドアの前には誰もいなく、マイとヘッケルの目の前にケインが右手をぎゅっと握りながら走り込んでいた。
「いい加減目を覚ましやがれ、このクソ親父ー!!」
「ケ……イ――」
ケインの渾身の一撃を自分の父親にかました。
ヘッケルはその反動で首を絞めていた両手を手放し、二、三歩後ろによろけて尻餅ついた。
「ゲホゲホッ、ハァハァ」
「大丈夫か、マイ!?」
急いでマイのもとに駆けつけた一斗に、マイは最大限安心させる顔を向けた。
「だ、大丈夫。死ぬかと思ったけど……それより――」
マイは先ほどまで自分の首を絞めていた相手を案じるかのような眼差しで、ヘッケルと息子のケインを見つめた。
「ケイン……なのか?」
「なのか、じゃないぞ。バカ親父。もう少しで人を殺すところ、だったんだぞ」
「俺が、人を、殺す? 俺が……ウッ!」
バタンッ!
「親父!」「おじ様!」
不意に気を失って倒れたヘッケルをケインとティスティは助け起こし、声をかけるが反応がなかった。
「これは一斗の時と同じようにマナが欠乏している可能性が高いわね……というより、もっと原因は他にありそうだけど。一斗、ちょっと来て」
「なんだ?」
「彼の胸あたりに手を当てて、氣を感じてもらえる?」
「……わかった。こうでいいのか?」
「そう。それで、氣の流れが不自然になっているところを探してみて」
一斗は無言で頷くと、目をつぶりヘッケルの胸あたりに手を当てて、意識を集中し始めた。
「なんとか……親父はなんとかなるんでしょうか?」
「ええ。あなたのお父さんが今回のような状態になってしまった要因さえ排除できれば……」
(……この辺りを基点にして、どんどん氣が外に抜けていっているような――)
じっくり探ってみると、みぞおち辺り――つまり、マテリアル周辺からアルクエードと似た反応を一斗は感じた。
何かがマテリアル全体を覆っていて、がっちりロックしているイメージ。
一斗が何かを感じただろうことを察したマイは、
「じゃあ、その問題の箇所に対してピンポイントに<氣伝波>を放ってみて」
(ピンポイントっつーのは難しいな……ハ〜ッ)
<氣伝波>を当ててみたところ、そこからアルクエードの気配が次第に抜けて、消滅していった。
「ふ〜、これでどうだ?」
一斗に言われて、今度はマイが同じような姿勢をとった。
「…………うん、これならもう大丈夫! 氣が循環し始めたから、しばらく安静にしていたら」
「本当ですか!?」
「ええ。けれど、この体勢では休みにくいだろうから、寝室に運びたいんだけど」
「わかりました。親父の部屋は隣の部屋にありますので、そちらに運びます」
マイの言葉をきき、ケインは嬉しそうに父親の抱きかかえようとする。
「じゃあ、俺が――」
「私とケインが運ぶから、一斗とマイは落ち着ける場所で休憩してて」
「でしたら、一階のリビングを自由に使ってくつろいでいてください。じゃあ、ティスお願いできる?」
「うん、もちろん!」
そう言って、ティスティとケインはヘッケルに肩を貸してゆっくりと運んでいくのを、一斗とマイは心配になりながらも黙って見送った。




