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04 あなたにしかできないこと

 ラインの猛攻を退けた一斗たちは、一旦荷物を預けてある宿屋に戻った。


 宿屋の主人は他の人たちと同じで、話しかけない限りは喋らないし、ずっとその場に静止したまま。

 本当に生きているのか? それとも偽物なのか――、


「考えるだけでは埒があかないと思ったから、教会に乗り込んだわけだが……さぁて、これからどうしたもんかね〜」

 一斗は独り言を呟きながら、ベッドに寝っ転がった。



 一方、一斗が一人で部屋にいる頃、マイとティスティは宿に備え付けの露天風呂に入っていた。


「ふ〜、風呂はやっぱりいいわよね♪ ずっと野外だったからろくに体を洗えなかったから、スッキリするわ〜」

 手足を背伸びをしながら目一杯広げ、頭の上にタオルに置いて気持ちよさそうに湯船に浸かる、マイ。

 しばらく入っていたが、なかなか湯船に浸からず体にタオルを巻いて周りをキョロキョロ見渡している、少女が目にとまった。


「キョロキョロしても、愛しの一斗はここにはいないわよ?」

「!? そ、そんなんじゃないわよ! だって……その……」

 突然声を掛けられた上に図星だったので、手をブンブン振って否定するのだが、


「一斗は来ないわよ〜、彼はゆっくり一人で風呂に入りたい人だしね。それに……そんなティスの艶やかな美貌を魅せつけられたら、きっと悩殺されて、もう帰ってこれなくなるかもよ?」

「??」

 最初マイが何を言っているのかわからなかったが、


「きゃっ!」

 マイのニタ〜っといやらしい目つきでわたしの目線の下を見ていて、ティスティは自分がいつの間にか素っ裸でいることにようやく気が付き急いでタオルで隠し風呂に入った。


「あははは、わたしたち女同士なんだからそんなに慌てなくってもいいのに〜♪」

「う〜、それでもよくありません! マイはほんと時々おじさんになるわよね」

「なんですって!? こんな可愛い美少女をつかまえておじさんとは、一体どういうことよ〜?」

 湯船からバッと立ち上がり、腰に両手をあてて抗議をするマイに対してティスティは――


「ぷっ、あはははははは!」

「もう、なんなのよー!?」

 大声で嬉しそうに笑い、マイはそんなティスティを見てホッとするのだった。



「あ〜あ、笑った笑った♪」

「じと〜。え〜、そうよね。あんなけ私を笑いものにすれば、気が済むわよね。ふ〜んだ!」

「うふふ。ありがとう、マイ」

 いじけた姿も可愛いらしいマイを見て……そして、お風呂に誘ってくれたマイの意図を感じてティスティは素直に感謝の言葉を伝えた。


 マイもティスティの気持ちを感じ取り、静かに微笑して、湯船に浸かり直した。


「……マイでよければ話を聴くよ?」

 急に話を聴くよ、といわれて驚くところだが――、


「隠したつもりだったんだけど、やっぱりマイにはまたバレちゃってたのね……実は――今日の戦闘のことでね……思っちゃったことがあったの」

「……何を思ったの?」

「私って、まだまだ役立っていないなぁって……」


 そう。そうなのだ。

 アイルクーダでも自分でなんとかできる力があったのに一人で脱出できなかったり、一斗を助けることができなかったり。


 エルピスまでの道中も野外での生活は慣れていないから、ずっと一斗とマイに頼りっきり。


 エルピスに着いたは着いたで、戦闘はほとんど一斗が引き受け、あの隊長さんたちから離脱する打開策はマイが考えてくれて――私はただ二人の支持に従っているだけで……。


「せっかく一斗とマイと旅に出たのに、私だけお荷物だなんてそんなの嫌なの!」

 大声で叫んだ私の声が周りの壁に反響してきこえ、静かに空気中に消えていった。


「ティス?」

 とにかく今思っている想いをマイにぶつけたら、マイから優しく声を掛けられ、私は彼女に向き直った。


「一つ、質問いいかな? ……ありがとう。誰があなたのことをお荷物だと思っているの?」

「それは――」

 二人が……っと言おうとして、思い留まった。そもそも――、


「マイや一斗、かな? もしちがうなら他の誰が思っているのかな?」

「……わたし、だわ。」

 責められている感じではない、マイの問いかけが私の中に根強く残っている自己嫌悪クンにそっと寄り添ってくれている気がして、すっと答えが出た。


「もしそうだとするなら、あなたは責任感が強すぎるのよ、彼と同じで。他の人には優しくできても、自分には厳しくなってしまう。

 自分のことを認めるハードルがものすごーく高いの。当然、それもあなたの魅力の一つだわ。でも、それであなた自身が苦しんで、苦しんで……深い後悔の泥沼にはまっていくのをマイは見逃せないわ」

 時々見せるこのキリッとした顔は、女の私から見ても格好良く感じてドキッとする。


(なんでこんなに私のことみてくれるんだろう?)


 そんなことを考えていたら、


「それはね、あなたのことが好きだからよ♪」

「え、え、え〜!? それはどういう? というか、なんで私の考えていたことがわかるのー?」

「あははは! だってティスの顔を見れば、今何を感じて、考えているのか一目瞭然よ♪ ほんと一斗にそっくりで羨ましいわ」

「う〜、そんなこと一緒でも……」

 素直にマイが言ってくれていることが喜べない私がいる。


「そう? 私だったら気になる人と共通点が一つでもあれば、誰であってもそれだけで嬉しいわよ〜」

 マイはどこか羨ましそうな表情で私を見つめ、そして、スッと夜空を見上げた。

「『同じ人を好きになった』だけでなくて、仲良くしたいと思った。もっといろんな話をしたいと思ったの。恋バナとかね♪」

「こいばな?」

「恋バナはね、好きな人のことの話のことよ♪ そういった話をティスとできるだけで、マイはすご〜く癒やされているし、満たされているんだよ!」

「……そんなことで? マイは喜んでくれるの?」

 私が好きなことをしたり、ただそこにいるだけなのに――


「もっちろん♪ それは一斗も同じだと思うわよ。出会った頃とは考えられないくらい、ティスと出会ってから良い顔するようになったしね」

「そっ、か。私、また自分で自分の首をしめて独りで苦しんでいたのね――」

「って、ほら。また苦しんでるよ、ティス」

「あ!?」

 気付かないうちに当たり前になっていた私の思考が、マイと話すと次々に発見されていく。

 今までなら自分の胸のうちに閉まっておくように必死に抵抗したと思う。

 けれど、そんな自分を発見してしまいあちゃ〜って顔をしている私を、優しく見守ってくれる。

 そんなマイの存在がとても有難く感じる。


「何も自己嫌悪しちゃダメっていいたいんじゃないよ。だって、ダメ、ダメ、ダメのままではいつまで経ってもダメの連鎖から抜け出せないもの。だからね、そんなときは自分に『そうなのね』って分かち合ってあげてみたらどうかな?」

「分かち合ってあげる……」

 マイの言葉が自然と私の心の中からもささやかれ、心地良い感じが体中に広がっていくのを感じる。


「そう、ティスが感じたことを一旦自分で受け取るの。『わたしはそういうふうに感じたのね』って。まずは、そうやってティス自身が自分の最高のパートナーなんだって。その上であなたが決めたことを信じて動いてみる。

 ほら、決めたよね? アイルクーダを出発する前に一斗に宣言したことを。覚えてる?」


『――だから、今度は……一斗のためにティスの力を思う存分使うことに決めたわ。あなたの身近にいて、みんなの希望となっていくあなたをずっと支えたい』

 私はそう決めたんだった。


「あなたがやるって決めたことは、他の誰でもない――あなたにしかできないことよ、ティス」

 マイが言った通りだ。


 相手がどうとか、自分の現状がどうだとか。そんなのは全部二の次だった。


 ――さぁ、今の私ならどうする?



「お待たせー、一斗♪ お、ちゃんと料理ができているね〜、えらいえらい」

 お風呂からあがったマイとティスティは、あの後もワイワイおしゃべりをしつつ食堂に入ったら、むすっとした顔の一斗がテーブルに肘をついてあさっての方向を見ていた。


「なにがえらいだよ、まったく。お前らは何時間風呂に入れば気がすむんだっつーの」

「あははは、ごめんね一斗。つい、マイと話で盛り上がっちゃったの」

「……なら仕方ねぇーな。ご飯よそっちゃうから早く席につけ」

「「はぁ〜い」」

 ますます二人が仲良くなったことと、ティスティから迷いがなくなっていることを感じたから、一斗はしぶしぶそうに席を立って三人分のご飯をよそいはじめた。


 一斗はずっと自炊したきたこともあって、料理は人並み程度にはできる。

 けれど、やっぱり男としては女性の手料理を食べたいと思うのが本望……なのだが――


(マイはともかく、ティスの料理は劇的にやばいからからな。あれは本当に死にかけた)


 まだアイルクーダにいたころ、一斗が料理しているところを見て、『私も料理をしてみたい』とティスティが言ってきた。

 武道の件もあるから、きっとすぐに作れるようになるだろうと思い任せてみたら――


 見た目はほとんど一斗の手料理と変わらないはずなのに……味だけは思い出したくない異様な味だった。

 辛くて、苦くて、すっぱくて、甘くて……もうどんな味がしているのかわからなくなり、ヤケクソで全部一気に平らげた――と思ったら、気がついたら気を失っていた。


 そんなティスだが、野宿のときには一緒に料理をして、ようやく少しは食べれるようになってきた。そう、ようやく、少しは……。



 一斗が現実逃避しているうちにご飯は食べ終わり、ようやく一息つくことができた。


「さてと、これからどうしようか?」

「そうね、腹も満たせたしね♪」

 話し合うべき内容は主に二つある。


 まずは、今回の旅の目的であるアルクエードについて。

 教会を探索して見つけた隠し通路。その先の部屋にあった緑色に輝く結晶には、明らかに何か秘密がありそうだ。

 現に、部屋に入ってすぐにアラーム音が鳴り、ゴブリンが突然現れ襲ってきた。それは暗に秘密がそこにある(・・・・・・・・)と言わんばかりだ。


 そして、もう一つはゴブリン襲撃後、教会の外に出たあとに続けて襲ってきた謎の集団について。

 謎の集団のリーダー格はライン隊長と呼ばれており、戦い慣れているためまともに戦うと苦戦は必須であること。

 そして、そもそも向こうは集団、こっちは三人。数で押し切られるような戦いを強いられると歯が立たないだろう。


「あいつらの敵対組織の仲間だと、おれらを絶対に勘違いしてやがるよな」

「そうよね。あの隊長さん、話をする前から確認することなく戦う気満々な感じがしたわ。でも、なんでその敵対組織の仲間だと勘違いされたんだろう?」

 確かにティスティの疑問はもっともである。

 事実、このまちについてからまちの人と会話をしたのは、ラインが初めてだったはずだ。


 それなのに一斗たちを敵対視した、ということは――、


「……やっぱりあれじゃないかな? マイたちが教会に出入りしたところを目撃した、とか」

「なんで教会に出入りしただけで敵対されなきゃいかんのだ?」

 やってやれないって顔をして、一斗は両手を組んで後頭部にやり、椅子の背もたれにもたれかかった。


「そうね、情報がこれだけじゃあなんとも――」

「もしかしたら……あの人たちは九年前から噂になっている決起隊なんじゃないのかしら?」

「「決起隊?」」

「そう、決起隊。教団が勧めているアルクエードによる世界平和に異を唱えて立ち上がった反乱分子のこと、だそうよ。まだ私が引きこもる前にはけっこうその話題で持ち切りだった気がするわ。あの事件があってから……どうなったかは知らないけど」

「そ、その事件のことは親方からきいたが――」

 一斗はティスティに嫌なこと思い出させてしまったかと思い、慌ててフォローしようとしたが、


「一斗、私はもう大丈夫よ。あの事件のこと、何度も忘れようとしたわ。思い出す度に胸が苦しくなるから……でもね」

 そこまで言うとティスティはマイに視線を向け、それに気付いたマイは笑顔で頷きこたえた。


「でも、あの事件があって引きこもっていたからこそ、私は周りの環境に流されずいれた。

 それに、心の奥底にある何かをしたくてウズウズする気持ちが溢れかえっていて、もう人に関わるのは嫌だと思ったけれど、まちの人にはない雰囲気を感じるあなたにすごく興味が湧いたわ。

 だから、決してあの事件も私にとって何一つ無駄になっていない。今は素直にそう思えるの」

「……そっかぁ、よかったな。なんかティスティ、また変わったな」

 率直に感じたことを一斗はティスティに伝えた。


「か、変わったかな?」

「あぁ、ますます輝いて魅力的にみえる。こう、この辺りからパァ〜っとな」

「……ありがとう、一斗」

 一斗が自分のことをいつも見てくれていることを感じ、ティスティは素直に感謝の言葉を伝えた。

 そんなティスティに笑顔でこたえる一斗。


「(む〜)あの〜、お二人さん。マイもいるんですけど〜」

 と、そんな二人が自分を除け者にしていると感じたマイは、頬を膨らませて二人に抗議した。


「そ、そんなことわかってるぞ。なぁ、ティス?」

「も、もちろんだよー、マイ! そうそう! でね、以前話したと思うけど、八年前にエルピスに引っ越した親友がいてね。その子のお父さんが決起隊を取り締まる王国の仕事に就いたらしいの。だから、もしかしたら親友のお父さんならもしかしたら――」

「教団や決起隊のことについて何かわかる、か……よし! じゃあ明日は朝一にその子のおやっさんを捜しに行くか!」

 一斗は気合を入れて立ち上がった。


「そうね。なんかはぐらかされた気がするけど……それが良さそうね。どの辺りに住んでいるのか覚えている、ティス?」

「確か……門とは反対側にある町外れの住宅街に移り住んだって言っていたと思うから、そっちを中心に捜してみましょう!」



 次の目的地が決まり、勢いづく一斗たち。


 しかし、事態は一斗が想定できていない方向に動いていた。

 このときの一斗はもちろんそのことを知る由もなく――されど、このとき彼らがとった行動が世界を、エルドラドを救うきっかけになるとは本人たちも思いもよらなかった。







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