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03 教団と決起隊

 ◆エルピスのまち 街中


「ふ〜、なんとか逃げてこれたかしら?」

「そうだな……あの気配はもうしないから、今んとこは大丈夫そうだ。(変な奴ら(・・・・)は後を付けているみたいだがな)」

 一斗はティスティの問いに答えると、その場で尻をついて息を整えることにした。最後の台詞は二人にはきこえないくらいの大きさでボソっと呟いた。


 ティスティは先ほどのはじめての戦闘では最後のみの参戦だったから体力的には問題ないが、緊張感のあまり精神的には一斗よりも参ってしまっている様子だ。


「それにしても、さっきの結晶やあの魔物はなんだったんだ?」

「あの魔物はゴブリンと呼ばれる精霊の一種よ。普段は森の中にいてとても大人しい一方で、もっとも環境に感化されやすい種族とも言われていてね。大戦時は怒りに感化されたゴブリンが大発生してしまい、人間側は特に大打撃を受けたそうだわ」

「へぇ〜。やっぱり古代の知識に関しては特に詳しいな、マイは」

「そうよね。私はゴブリンのことを小さい頃読んだ絵本の中でしか知らなくて。しかも、そのゴブリンたちは災厄をもたらす魔物としてしか描かれていなかったから……マイはそういった知識をどうやって手に入れているの?」

 二人が疑問に思うのももっともである。


 三百年前の大戦以前の記録はほとんど残されておらず、特に大戦前後百年間については何一つ発見されていない。

 一説には戦火に焼かれて焼失したと言われているが、少なくともアイルクーダやエルピスなどのまちを治めるクレアシオン王国の領土内には他にもたくさんまちや村があるのにも関わらず、過去の文献が一つも残されていないのが現状である。

 ちなみに、ハルクが見つけた古代道具(エレディウム)と呼ばれていて、大戦時は秘宝として貴重視されていたが、今ではその存在を知るものはほとんどいない。


『過去のことを忘れて 今を生きよう』


 そんな教団のキャッチフレーズのもと、大戦後戦争によって被害を受けたまちは瞬く間に復旧していった。


 その代わり、芸術や歴史が軽んじられるようになり、固有の文化が生まれなくなり、まちも人も均一化していく傾向がある。

 それは、クレアシオン以外の二大国家リンドバーク帝国・アウリムリアでも、大なり小なり似たような一途を辿っていると言われている。

 この三大国家は大戦前まで長い間睨み合ってきたが、鬼人族との戦争が始まると一時休戦。連合国として応戦。大戦後は三国の名前は残ってはいるものの、大戦時に大きな成果を上げたザイカルが形式上では三国を統括するようになった。

 一方クレアシオンのある大陸から海を渡ったところにあるリンドバークには教団の総本山があり、実質的にはそこが大きな権力を持っている。


「マイの専門分野は時空間だからね。古代のもの(・・・・・)に対する知的好奇心のアンテナは半端ないのよ♪」

「……いつかきこうと思ったんだけど、なんでマイは他の人が興味を持っていない時空間という分野を研究しようと思ったんだ?」

「そ、それは……」

 マイは二人からの質問に戸惑いの色を示した。


「それ、私も気になってた! そもそも時空間魔法があることすら私は知らなかったし」

 純粋に聴いてみたいことだった。

 少なくとも自分に会うために異世界まで来たマイの想いを、一斗は知りたいと思った。


「……」

 いつもなら言いにくいことは軽くかわすところなのに、マイはそのまま下を向いたまま押し黙ってしまった。


「ま、まぁ無理に知りたいってわけではないからな。なぁ、ティス?」

「そうだよ、マイ! そんなに悩まないでね」

「で、でも――」

 何か言いたそうだが、何も言えない。マイはそんな歯がゆい感じの表情をしている。


「お前は必ずいつか俺に真相を伝えてくれると約束した、それに間違いはないよな? ……だったら、今この場ではいいさ。だって――」

「なんか面白そうな話をしているな、にーちゃんたち。おれも仲間に入れてくれないか?」



「「!?」」「(こいつはさっきから感じた氣の中でも、最も力強く感じていたやつか)」

 一斗が次の言葉を紡ごうしたところ、建物の陰から男性が一人スッと姿を現した。


 額には赤のバンダナを付けていて、片手に槍を持ち、肩に構え、軽防具を身に着けている。

 身長は一斗より低いものの、ヘビー級プロレスラーのようなごっつい体格をしていて、そこにいるだけで存在感を強く感じる。

「何者だ、お前は!?」

「何者……か。確かにそうだよな。おれらからしても(・・・・・・・・)お前らはそうだからな!」


 目の前の青年が槍を高く上に上げたのを合図に、一斗たちの後方から十人現れ、一斗たちを後方からは逃げれないように包囲した。

「ライン隊長! 包囲完了しました!」

「……何が目的なの?」

 マイは一歩大きく前に出て、目的が何なのか訪ねた。


「随分強気だな、ねーちゃん。なぁに、ちょっと尋ねたいことがあるから、おれらのアジトまで来てくんねーかなってな」

「尋ねたい? 問答無用にわたしたちを連れていこうとしている気がするんだけれど?」

 マイの質問に対してラインと呼ばれている男は、ニヤッと笑うだけで答えようとしなかった。


「(どうする、一斗?)」

 小声で一斗に相談するマイ。


「どうするっつーても、あいつら俺らを逃がす気はまったくないみたいだしな……面倒くさいが、こいつを無力化して(・・・・・)ここを突破するしか――」

「話し合いは? 今度はまともに会話できそうな人達だから……」

「確かにな。でも、もし話し合いをむこうさんが考えていてくれるなら、俺らをだいぶ前から話しかけてくれたはずさ」

 自信なく提案するティスティに対して、一斗は否定はせず、ゆっくりとラインに向かって歩き始めた。


「話し合いは終わったか、にーちゃん?」

「あぁ。悪いがあんたらに関わる義理はねぇーんでな。ここを突破させてもらう!」

「ほう? にーちゃん一人でいいのか?」

「もちろんだ。その代わり、こいつらには手を出さねーでくれねぇか?」

 一斗の態度や提案が意外だったのか、ラインは驚いた顔で、でもそれ以上に嬉しそうな顔をした。


あいつらの仲間(・・・・・・・)にしては、正々堂々としてるんだな。わかったよ、後ろのねーちゃんたちには手は出させないさ。

 わかったな、お前ら!」

「「了解しました、隊長!!」」

「というわけだから、早速戦おうぜ!」

 武器を構えるラインに対して、一斗はまず大きく深呼吸した。

 リラックスした体勢から左足を出し、足の膝とつま先を相手に向ける。

 目線は相手を含む周り全体を見て、左足は右足と直角になるようにして、ゆっくり徒手で戦う構えをとった。


「……本当に素手で戦うんだな」

「あぁ、これが俺のスタンスだからな。さぁ、どっからでもかかってこいよ!」

「じゃあ――遠慮なくいかしてもらうぜ!!」


 ブゥン!


 ラインの一閃が一斗のいたところを貫いた。


「ハッ! ハッ! ハッ!」

 自分の攻撃が避けられたことはお構いなしに、次々に追撃をするライン。

 その攻撃を一斗は僅差でかわし続ける。


「どうした、どうした? 防戦一方じゃあ俺には勝てないぞ!」

「ところがな、これが――勝つため(・・・・)の、戦法なんだよ」

 ラインのますます強まる猛攻避け続けながら、一斗は絶妙なタイミングを待った。


「(ここだ!)<掌底空波>!!」

 一斗は食らったら危なそうな一撃を避けた反動で、初めて攻撃の構えをとり、右手に溜めていた発のエネルギーをそのまま掌底でラインの横っ腹目掛けて放った。


「そんなに弱っちい攻撃じゃあ、おれにはまったく効かない――ぞ……あれ? 力が全然、入らない……」

 ラインはそういうと握っていた槍を手放し、ガクッと膝をついて倒れた。


「バカな……お前の攻撃は、ほとんど当たっていない、ハズなのに。一体何をした!?」

「確かにあんたの体外(・・)には直接打撃を与えていないさ。なんせ今の俺にはその防具と鍛え抜かれた体を突破できる攻撃はできないかんな。だから、無力化するエネルギーを氣に変換して、空気を通してあんたの体内(・・)に直接送り込んで影響を与えたってわけだ」

 言い終わるやいなや、一斗はラインに背を向けた。


「ま、待て! どこへ行く? まだ戦いは終わってないぞ!」

「戦い? 俺の戦いは終わったさ、『この場から離脱できるチャンスをつくる』っていうな!」

「一斗、いいわよ!」「離脱しましょう!」


(みすみす逃がすものか!)

 とラインは慌てて部下たちに声を掛けようとしたら、全員自分と同じように倒れ込んでいた。


「な、なんだ!? この場から、動けない……」

「た、隊長! ご指示を!」

 一斗が技を仕掛け、ラインが倒れ油断しているタイミングを見計らって、マイとティスティは先の戦闘で使った<重力の鉄槌(グラビティロード)>と<氣伝波>を兵士たちに仕掛けていたのである。


「くっ!?(しくじった! まさかこうなること(・・・・・・)を狙って一人で戦いを挑んだのか!? 逃げる機会をつくるためにーー)」

 自分だけはなく部下たちも動けないのではどうしようもできないことをラインは悟り、作戦が失敗したことを痛感した。


「わりぃな。でも、俺らはあんたらに敵対する気は一切ないから、ここは退かせてもらうぜ!」

 そういうと、先に離脱した二人の後を一斗は追って、見事戦線を離脱することに成功するのだった。



 一斗たちが離脱してから数分経った後、ようやく体がまともに動くようになったラインの部下たちは悔しい顔しながらラインのもとに集まった。


「申し訳ございません、隊長! みすみす重要人物たちを取り逃してしまいまして!」

「あいつら奇っ怪な術を使いやがって!」

「私たちが油断さえしなければ――」

「いや、お前たちはなんにも悪くない。まさかあんな手を隠し持って使ってくるなんてな……それに対処できなかったおれこそ責められるべきだ」

「そ、そんなことは!?」

 ラインは初めて取り逃してしまった獲物に対して、驚くことに部下たちのような悔しさはなかった。

 それよりもこの感覚は――


「あいつ、一斗って呼ばれていたな……今度会ったときはこうはいかないぞ――それでは、この場から我々も速やかに撤退。一度アジトに戻って作戦を立て直す!」

「「ハッ! 了解いたしました、ライン隊長!」」

 一斗にとって最高のライバルであり、友となるラインとはこのときめぐり逢い、これから長い長い付き合いになっていくのだった。




 ◆ライン撤退後、エルピス郊外某所


 コンコンッ

「キース様! 例の件でご報告があります」

「待っていましたよ。入ってください」

「失礼いたします!」

 鎧を着ている兵士が部屋に入ると、キース以外にもう一人身を潜めているのがわかり、途端に緊張しはじめた。

「!?」


「それで、首尾はどうでしたか?」

「は、反乱分子たちが撤退する後をつけてまいりまして、ついに新たなアジトを発見しました!」

「良くやってくれました。ゆっくり休んでくださいね。あと、明日動きますので他の兵士たちには出陣の準備をさせてください」

「ハッ、承知いたしました。そ、それでは、失礼いたします!」

 兵士は報告を終えると、急いで部屋を退出していった。


 なぜ兵士は部屋に入った途端に緊張したのか?

 それは――


「そちの部下たちはそそっかしいのぉ」

「いえ、あの兵士はあなたの姿を拝見して驚いたのですよ――リンドバーク帝国宰相バスカル様」

 リンドバーク帝国宰相バスカル。

 知る人ぞ知るアルクエードを信仰している教団のトップであり、リンドバーク帝国のブレーンでもあるバスカルは、実質陰で世界を牛耳っていると言っても過言はない。


「そうかのぉ。それより――」

「はっ! 今回こそ決起隊メンバーを全員見事一網打尽にしてみせましょう」

「お〜、頼もしい限りじゃ。このまちの統括手腕は確かなもの。期待しておるぞ」

「お任せください、バスカル様(今度こそあなたたちを救ってみせますよ、ライン)」


 一斗たちの知らないところで、雲の流れのように事態はしだいに移り変わっていく――。








掌底空波しょうていくうは

〈響〉で相手を無力化する近距離攻撃。

無効化すると同時に、一定時間気力を奪い続ける作用もある。

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